[1520] 愛と友情の物語

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1520    2004/05/14.Fri.14:00発行
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   1998/04/13創刊   前号の発行部数 19009部
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<投資家や起業家が「オタク文化」に目を向け始めた模様>

■映画と夜と音楽と… 211
 愛と友情の物語
 十河 進

■かりん島 
 ユニバーサル ランゲージ<No.2>
 北川かりん

■デジクリトーク
 土壌(前編)
 GrowHair

■展覧会・イベント案内
 「gravicells -重力と抵抗」gravicells - gravity and resistance


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■映画と夜と音楽と… 211
愛と友情の物語

十河 進
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●ジョバンニという男

4月26日、遅くに帰宅して夕刊を広げると「ジョゼ・ジョバンニ」という文字が飛び込んできた。死亡欄である。いっぺんに酔いが醒めた。「ジョゼ・ジョバンニが死んだぁ!!」と知らずに叫んでいた。カミサンが「夜中なのよ、もっと静かにして」と言ったが、そんな声はほとんど聞こえてはいなかった。

翌日、Iさんからのメールに「ところで、ジョゼ・ジョヴァンニが死にましたね。彼の映画を一本見たくなりました」とあった。Iさんとジョゼ・ジョバンニの話をした記憶はなかったが、やっぱり見る人は見ているのだ。ジョゼ・ジョバンニが死んだことに、今、どれだけの人が感慨に耽るだろう。

僕らの世代までならけっこう大勢の人が「ジョゼ・ジョバンニが死んだぁ」と夜中に叫んでいるかもしれない。もうハヤカワポケットミステリでもジョゼ・ジョバンニの本は見あたらなくなったけれど、一時期、フランスから輸入されるフィルムノアールのほとんどはジョゼ・ジョバンニ原作のものだった。

Iさんからのメールを見たときに僕の頭に浮かんだのは「ル・ジタン」のタイトルバックだ。ジプシー出身で五本の指さえ揃っていなかった天才ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのギター曲が流れるシーンである。「ジャンゴ」という名曲を捧げられるほどジャズメンに尊敬されたミュージシャンだ。

ところで、「ル・ジタン」とはジプシーのこと。「ジタン」というフランス煙草は「ゴロワーズ」と同様、日本でもポピュラーだ。僕は、お土産にもらったジタンを封を切らずに飾ってある。パッケージに描かれたジプシー女のイラストがとても素敵だからだ。

ジョゼ・ジョバンニが監督した「ル・ジタン」は、被差別民族であるジプシー出身のギャングの悲哀を描いた作品だった。ジプシー出身であるがゆえに彼の犯罪は社会へのアンチ・メッセージとして受け取られる。ジプシーたちは官憲に追われる彼を命を賭して匿う。

すでに中年の域に入っていたアラン・ドロンが非情さとある種の哀切さを表現した。弾丸を体内に残したまま逃亡し、助けを求めて戸を叩いた獣医との無言の友情が印象に残っている。口ひげを生やしたドロンの姿を僕は甦らせた。

ジョゼ・ジョバンニは自らが暗黒街に身を沈め、長い刑務所生活を送った人間だから、犯罪者を描くときには常に彼らの側に立った。彼らから見ると官憲は卑怯で汚く、看守は囚人を人間扱いしない人非人だった。ギャングたちは裏切ったり敵対したりするが、仲間内では友情に厚い男たちとして描かれた。

ジョゼ・ジョバンニの処女作はサンテ刑務所からの脱獄を図る囚人たちの物語である「穴」だが、これは出版されてすぐにジャック・ベッケルによって映画化された。僕の大好きな映画だ。続いて「おとしまえをつけろ」「墓場なき野郎ども」「ひとり狼」「オー!」「生き残った者の掟」が映画化される。

「穴」と同じようにジョゼ・ジョバンニの小説を映画化した多くは名作として残った。主演者はリノ・ヴァンチュラであり、ジャン・ポール・ベルモンドであり、アラン・ドロンであり、ミッシェル・コンスタンタンだった。とりわけ「生き残った者の掟」はロベルト・アンリコ監督によって「冒険者たち」となり、世界中に多くのファンを生んだ。

だが、「冒険者たち」のふたりの名がマニュ・ボレリとローラン・ダルバンであり、それは「穴」で脱獄を図るふたりの囚人の名であると気付く人は少なかった。ジョゼ・ジョバンニはマニュ・ボレリという人物に思い入れが強かったのだろう、ミッシェル・コンスタンタンを主演にして「生き残った者の掟」を自ら映画化する。

●小説のハードさと監督作のウエットさ

「生き残った者の掟」は日本では未公開だったが、70年代に入りジョゼ・ジョバンニの監督作品は立て続けに日本で公開される。ジャン・ギャバンが老保護司を演じアラン・ドロンが出所した元ギャングを演じた「暗黒街のふたり」やアラン・ドロンが息子を救おうとする元犯罪者の実業家を演じた「ブーメランのように」など、ジョゼ・ジョバンニは犯罪者の悲しみを描き続けた。

若かったその頃の僕は、ジョゼ・ジョバンニ監督作品のウェットな作風を嫌った。ジョゼ・ジョバンニの原作が持つハードさとは対照的に思えたのだ。ジョゼ・ジョバンニの小説世界には男たちの絆があり、筋を通すために体を張る男たちがいた。名誉を重んじ、汚名を雪ぐために命を捨てるバカな奴らがいた。

それは美化されているとはいえ、彼自身の経験から紡ぎ出された物語だった。あるいは彼が知っていた犯罪者たちの物語だった。ジャン・ピエール・メルヴィルが言うように彼の物語では「愛と友情」があり、それらを守るための「裏切り」が描かれたのである。

それでも、好きなジョゼ・ジョバンニの映画を一本あげろ、と言われたら僕はすぐに「ラ・スクムーン」と答える。原作は「ひとり狼」。邦訳のタイトルは、おそらく市川雷蔵が主演した大映映画「ひとり狼」の剽窃だ。当時、「一匹狼」という言い方は一般的だったが「ひとり狼」という言い方はなかった。

原題は「追放された者」という意味だという。主人公はラ・ロッカ、またの名をLa Scoumouneという。「死神」というスラングだ。コルシカ、あるいはマルセーユの暗黒街で使われていた言葉だろう、と翻訳者の岡村孝一さんは書いている。

「ひとり狼」はすでに一度「勝負(かた)をつけろ」(原題は「ラ・ロッカという男」)というタイトルで映画化されている。監督はジャック・ベッケルの息子のジャン・ベッケル、主演は「勝手にしやがれ」で一躍、世界中で有名になったばかりのジャン・ピエール・ベルモントだった。

ジャン・ピエール・ベルモンドは11年後、原作者であるジョゼ・ジョバンニを監督に迎え「ラ・スクムーン」のタイトルで同じ役を演じた。相手役はミッシェル・コンスタンタンとクラウディア・カルディナーレに変わったけれど…。

●男たちの絆を描く

ジョゼ・ジョバンニの死を知った夜中、僕は昔買ったレーザーディスクを取り出し「ラ・スクムーン」を見始めた。今はもう会うこともなくなってしまった昔の友の顔を思い浮かべながら…

「ラ・スクムーン」は愛と友情の物語だ。ロベルト・ラ・ロッカには強い絆で結ばれた兄弟分クサビエがいた。ラ・ロッカはクサビエの妹ジュヌビエーブを愛し、三人は家族以上の存在だった。彼らはマルセーユの暗黒街を牛耳るがクサビエが罠にはまって二十年の刑になり、ラ・ロッカも殺人で刑に服する。

刑務所で再会したふたりは互いにかばい合いながら脱獄を企むが、やがて戦争が始まりフランスはドイツに占領される。だが、彼らは囚人のまま戦争を過ごし、戦後、ドイツ軍が残した地雷や不発弾処理に志願すれば特赦があると聞き、刑期を終えたいばかりに危険な仕事に従事する。

ある日、ラ・ロッカはやっかいな不発弾を見付ける。ほんの少し間違っただけで爆発するのに、信管を抜き取れるように不発弾を移動しなければならない。そのまま昼食の時間になり、囚人たちはテントに引き上げる。だが、先ほどのラ・ロッカの様子を見ていたクサビエは黙ってラ・ロッカの持ち場に戻り、不発弾の処理を始める。

クサビエを演じるミッシェル・コンスタンタン、ラ・ロッカのジャン・ポール・ベルモンド、共にクールな演技だが熱くたぎる気持ちがほとばしり、強面のふたりの表情から互いをかけがえのない者と思う熱い何かが伝わってくる。その人間のためには命を失ってもかまわないと思うほどの熱いものが…

だが、不発弾は爆発し、画面は戦後のパリの歓楽街に変わる。片腕になったクサビエが酒を浴びるように呑んでいる。

僕は再び、十年会っていない友を思い出す。「ラ・スクムーン」が大好きだった友、いや、何よりジョゼ・ジョバンニの小説に入れ込み「絶対、読め」と僕に押しつけた友。彼は今も失意に沈んでいるのだろうか。片腕をもがれたような想いで…

彼は僕の高校の一年後輩だった。だが、在学中に会ったことはない。僕が一年遅れて入った大学の同じ学部の同じクラスに彼はいた。入学してしばらくした頃、校舎の廊下を歩いていると「ソゴーさんですよね」と声をかけてきた。僕のことを知っていた彼の友人から聞いたのだという。

最初、どうしても高校の先輩後輩を意識してぎごちなかったつき合いも二年になる頃には「ソゴー」と呼び捨てになり、互いの下宿に行き来して何日も一緒に暮らすようなつき合いになった。共に映画館をハシゴし、オールナイトを含めると二日間で二十本ほどの映画を並んで見たこともあった。

彼も僕と同じように「冒険者たち」を特別な映画だと思っていた。そして、見ることのできないジョゼ・ジョバンニ版「生き残った者の掟」を見たいと願っていた。「墓場なき野郎ども」のリノ・ヴァンチュラに己を似せようとしていた。彼の体型はヴァンチュラみたいだったのだ。

僕とは逆に卒業を一年遅らせた彼は出版社に入り営業に回った。編集部が志望だったが、やがて「営業は天職だ」と言うようになり精力的に書店を回っていた。人に好かれる性格で、結婚したときには東京の主だった書店の店長たちが発起人になってお祝いの会を開いてくれた。

その後、「本の雑誌」にミステリや時代小説についての原稿を書いたり、五味康祐の文庫本の解説を書くというアルバイトも入るようになったけれど、会社運に恵まれず、とうとう十年前に東京を引き払った。僕の会社にやってきた彼は「食い詰めて帰るよ」と自嘲的に、しかし明るく言ったものだった。

それから一度だけ、帰郷したときに彼と会った。計画していた仕事がうまくいかず、観光地のホテルに勤めているという。簿記の資格を持っていた奥さんも経理の仕事に就いた。三人の子供たちは元気だが、長男が東京に帰りたがる、と少しぼやいた。

彼もきっと「ジョゼ・ジョバンニが死んだぁ!!」と声をあげたに違いない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
連休中、無精して髭を剃らなかった。髪はまだ黒いのだが、髭はごま塩状態だった。五連休の最後の日、外出から戻って鏡を見たら、何とそこには少し垂れ目のなぎら健壱が…。やっぱ、剃ろう。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html


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■かりん島 
ユニバーサル ランゲージ<No.2>

北川かりん
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前回、銀座で開いたグループ展で知り合った、キダムでコスチュームデザイナーをしているティナから楽屋招待を受けて2~3日した頃、電話があり、突然だが明日来れないか? という要望に応えて、同じグループ展に出品した琥珀さんと一緒に訪問する事になった。

代々木の大きなテント前は人が溢れていて、どこから入ったものだろうか? と迷っていたら、脇にガードマンが立っている入口があったので、そこで尋ねる事にした。琥珀さんが、ティナと連絡をとってくれていたので、彼女の名前を告げるとガードマンは少し不審な表情を見せながらも、楽屋に連絡してくれた。中から痩せた黒人の男の人がやって来て、インカムで何か喋りながら、笑顔で私達をエスコートしてくれた。

開演30分前。期待に胸を膨らませた人々の楽しげなざわめきにとまどいながら、人混みを進んで行くと、白く塗られたコンテナのような建物に案内された。すると向こうから満面の笑みをたたえたティナが「Karin! How are you?」とやってきた。

長い金髪をくるくるっとお団子に束ねて、柔らかな素材の若草色のセーターをラフに着こなした彼女はとっても可愛い。しかも私の名前もちゃんと覚えてくれてる! 感動だ!

その事を素直に伝えたら、「よく来てくれたわ! ありがとう! 多くの日本人の名前は私にとって難しいんだけど、Karin! あなたの名前はすごく覚えやすいの」と話してくれた。

そういえば、「かりん」ってティナが言うと、どことなく「キャリーン」っぽい。山田花子の「私、キャサリン!」ってギャグみたいに傍からは見られてるのだろうか? しかし、自分の名前がそんなにインターナショナルだとは全く知らなかった。棚ぼたである。

楽屋の扉を開けると、想像していた以上に大きな体育館のような吹き抜けの空間にびっくりした。左端ではマットレスが敷き詰められ、出番前の出演者達が練習をしている。その隣の中央部分では舞台が映されたテレビを中心にソファが丸く置かれ、出番を待つ人達が静かに座っている。そして右端には衣装や小道具の部屋が設けられ、ティナはそこで働いていた。

私達はソファに案内され、そこで画面を見てくつろいでいてと言われた。ティナは仕事の合間に軽く一緒に喋ったりして、ショーが終わった後、一緒にご飯を食べましょうという話だった。

私の隣には筋骨隆々とした若い男の子が座っていた。まるでギリシャ彫刻のような肉体である。中国人の小さな女の子がじゃれあい、フランス人形のような女の子が足を組んで無表情に座っている。目の前ではジャグリングの練習を真剣にしているスーツ姿の男性。うさぎのような帽子を被った女性がシナを作ってソファの周りをスキップしている。これだけ書くとまるで妄想癖のある人のようだが全て現実だ。

突然こんな人達の中に放り込まれて、どうしたらいいのか分からず微動だに出来ない状態だったが、隣の琥珀さんはとてもリラックスした様子で好奇心いっぱいに目を輝かせ、ショーで使い終わったリボンを巻くのを手伝ったりして、場に馴染むのが早かった。私はといえば、オロオロするばかりで、琥珀さんの 柔軟さが羨ましかった。

ティナは仕事中なので、時々ソファにやってきては「どう?」って感じで軽くおしゃべりはするけど、又すぐ人に呼ばれて衣装部屋に引き返してしまう慌ただしさだった。私も翌朝早いので、最後までいられず、その時はほんの少ししかお喋りする事が出来なかった。

ティナが書道に興味があるという事だったので、今度は一緒に書道をしましょう! という約束の元、その場を離れた。何だか慌ただしいばかりで、コミュニケーションもうまくとれなかったけど、とても気持ちが通じ合う気持ちの良い人で、私はとても楽しい気分で家に帰った。

作品を見せちゃえば、余計な事スっとばして友達になれちゃうなんて、きっと英語だけで私達は話してる訳じゃないんだ。内面の言語の周波数がピタッと合うからこんな妙ちくりんな英会話でも通じ合えるんだなーなんて思ったりした。

そして、次回は書道セッションのお話です。お楽しみに。(つづく)

北川かりん
http://www.h3.dion.ne.jp/%7Etasu/index.htm


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■デジクリトーク
土壌(前編)

GrowHair
https://bn.dgcr.com/archives/20040514140200.html

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こんな寓話はいかがだろう。

じめじめとした日陰に生える草がある。日本固有の種であるが、古来からあったわけではなく、戦後のあるとき突然変異で生じたらしい。目立たないけど、何を養分にしてか、やせた土地でもよく育つ。知らぬ間にけっこう増殖していたらしい。別段ものの役に立つわけではないので、雑草扱いで踏みつけにされてきた。

ところが最近になって海外の好事家が試しに食してみると、意外といい味を出しているという。それを知った日本人の起業家は、さっそくこの草を栽培する大規模農場の経営に乗り出した。彼もいちおう食してみるが、実はあまり美味いとは感じなかった。

不思議なことに、彼の農場では、この草は生育があまりよくなかった。出荷してみても、売れ行きがいまひとつ伸びない。農場の経営は苦しくなってしまった。その草の名をオタ草という。

バブルがはじけて以来10年以上にわたって、日本の経済は停滞しっぱなしで、「失われた10年」と言われている。どっちを向いても元気の出る材料の見当たらない昨今の日本だが、「なんのなんの、元気じゃん」の声を挙げたのは、海外のお方である。

アメリカのジャーナリストであるダグラス・マグレイ(Douglas McGray)氏は、国際政治・経済の雑誌「Foreign Policy」'02年5/6月号の中で、「日本は新しい意味で再びスーパーパワーになりつつある。よく言われているような政治的・経済的逆境に押しつぶされることなく、日本の文化の世界的影響力は増大する一方である。実際、ポップミュージックからコンシューマエレクトロニクス、建築からファッション、アニメーションから食文化に至るまで、今の日本を見ていると、1980年代の経済的スーパーパワーから、文化的スーパーパワーに変貌した様相を呈している。」と述べている。

「ポケモン」は30カ国語以上に訳され、65カ国で放送されて、世界の覇者(Pokemon Hegemon)となり、「千と千尋の神隠し」はベルリン映画祭で金熊賞を獲得し、「ハローキティー」は1年間で10億ドル売れた。

マグレイ氏は、この文化的パワーをGNC(Gross National Cool)と呼んだ。これはGNP(Gross National Product 国民総生産)のもじりである。"Cool"とは、「かっこいい」、「いけてる」といった意味である。「国民総文化力」とでも言えばよいか。

マグレイ氏は、GNCは数字で測れるようなものではない言った。ソフトパワーの一種である。「ソフトパワー」とは、10年以上前にハーバード大学のジョゼフ ナイ ジュニア氏が提唱した造語で、ある国が別の国の人々の購買意欲に対して非伝統的な形で与える影響力をさす。その頃は、日本の潜在的なソフトパワーは認識されていたが、日本の島国的閉鎖性から、それがグローバルな影響力を持つに至るとは目されていなかった。

'02年7月に、丸紅経済研究所の杉浦勉氏が、GNCの数値化を試みた。レコード、テープ、書籍、絵画、写真、映画、美術品の輸出総額等を指標としてみると、1991年から2001年までの10年間に5兆円から14兆円へ2.8倍に伸びていた。同期間の輸出総額は42兆円から49兆円へ1.2倍弱しか伸びていないことと比較すると、いかに日本のGNC関連指標の伸びが高かったかがわかる。

これをきっかけに、投資家や起業家が「オタク文化」に目を向け始めた模様である。どっちを向いても右肩上がりの要素が全然ないと思われていた日本の経済が、こんなところで活況を呈していると分かったのだから、それで一儲けしてやろうと考えるのは自然なことである。

また、購買層として若者を狙うのも妥当であるように見える。2002年9月、景気低迷の真っ只中にあって、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)は、表参道にブティックをオープンした。この店は本拠地パリの店よりも高い値札をつけて、世界のどの店よりも高い売上を計上している。景気低迷の折にそんなぜいたく品が売れるのは矛盾しているようだが、可処分所得(disposable income)で見たときに、若者の方が「お金持ち」だからと言われている。

しかし、本当にそうだろうか。若者の購買力はもうとっくにサチって(飽和して)いないか。彼らがいかに「お金持ち」といえども、欲しいものを何でもかんでも買えるというわけではない。欲しいものはいっぱいあるのに、買えるものは限られている。だから、欲しいものに優先順位をつけて、本当に欲しいものだけを選んで買っている。かなり我慢しているのである。

なのに、若者の財布を当てにして、企業は次から次へと魅力的な商品を出してくるものだから、結局相対的につまらないものは見捨てられる。そんな状況の中で、新たに投資してより面白い商品を開発しても、それは限られたパイの取り合いとなり、全体的な景気の向上は見込めないのではなかろうか。

海外輸出は伸びるかもしれないが、国内のお金の流れがどこかで停滞していては、景気はよくならない。経済は、お金がぐるぐるぐるぐる循環してこそ活況を呈してくる。一国の景気とは、国民がどれだけお金を持っているかではなく、お金がどれだけ動いているかが問題なのである。

いまつっかえているのは、オジサン世代から若者世代へのお金の流れである。若者の主な収入源は、親や親戚からのお小遣いやお年玉、それとバイト料である。お小遣いの方は親の財力に余裕がなければ話にならないし、一般的な学生のバイト料はたかが知れている。この堰をどっと開くことができれば、一気に循環が加速するに違いない。

だから、オジサンがオモシロイモノを作って若者に売りつけよう、というのは発想の向きがまるっきり逆。近い将来、GNC関連ビジネスの成功は、オジサンから若者へのお金の流れを、それも健全な形で、仲介した者にもたらされるであろう。(つづく)

・GrowHair
世代を踏みはずしたサラリーマン、41歳。
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■展覧会案内
アートインスタレーション「gravicells -重力と抵抗」
gravicells - gravity and resistance
< http://www.ycam.jp/index.php
>
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会期:5月15日(土)~6月20日(日)10:00~22:00 
会場:山口情報芸術センター スタジオB(山口市中園町7-7 TEL.083-901-2222)
内容:山口情報芸術センター(YCAM)では、「科学とアートの対話」プロジェクトをスタートする。これは普遍的科学とアート表現を、最新のメディアテクノロジーを媒介にして体験可能な作品として発表していくもの。今回は、その第1弾として、知覚によるインターフェイスを中心とした作品を発表してきたアーティスト、三上晴子と、建築家で実験建築ユニット「doubleNegatives」主宰の市川創太の両氏のコラボレーションによる新作体験型アートインスタレーション作品「gravicells(グラヴィセルズ)-重力と抵抗」を開催する。

・関連シンポジウム
日時:5月16日(日)14:00~16:00
場所:山口情報芸術センター スタジオC
出演:三上晴子、市川創太、その他ゲストパネラー予定
入場料:無料

<応募受付中のプレゼント>
 『イラストレーションファイル・デジタル04』『イラストレーションファイル2004』2冊セット「デジクリ」1517号。5月18日(火)14時締切。

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■編集後記(5/14)
・先日、大阪まで行って日帰りした。新幹線に乗っている時間はのぞみによってだいぶ減ったが、貴重な読書時間であることに変わりはない。行きは、まだ頭の冴えている午前中だから、仕事関係の本。印刷之世界社刊「変わるか・印刷業の構造と意識の改革」を読む。「DTP技術環境を主テーマに、現状での課題を把握整理し、課題解決の手法を提示すると共にシステム展開の基軸となる概念変革を促すことを目的とする」という。すべてゴシック体でぎんぎんに詰め込み、改行はあまりないが文字校ミスはある(笑)という、とっても読み応え満点の本で勉強になった。「標準印刷なくしてワークフローなし」はわかる。わたし自身ワークフロー云々と言いながら、印刷を信用していなかったのだ。帰りは年金の本、やさしく書かれていたが結局よくわからなかった。(柴田)
http://www.monz.co.jp/books/info/book157.html


・私は国会議員にはなれない。学校を卒業してすぐに働き始め、厚生年金を払っていた。でも厚生年金を払っているという意識はなかった。なんかたくさん天引きされるなぁという感覚しかなかった。退職時に「年金手帳」なるものをもらい、なんじゃこりゃ? と思っていた。歳とったらお金がもらえるらしいけれど、いまからそんなお金をあてにして生きていくわけにはいかないしなぁと思っていた。任意だと思っていた。生命保険みたいなものだと思っていた。無職になってから国民年金を払っていなかったと思う。請求もこなかった。フリーになってから(確定申告をしてから)過去二年分の請求書が来て、なんじゃこりゃ? と。いらないよ、こんなの、と思っていたが、保険事務所や周りの説得によって払うことにした。将来もらえないかもしれないけれど、私が払うことによって、いまのお年寄りを支えることになると聞いたからだ。でもそれが義務だと知ったのはこの騒ぎがあってから。期間が満了せずにもらえないひともいるらしいのに、義務だなんて思わないじゃない。二年分しか遡れないのに義務だなんて思わないじゃない。全額払わないといけないんじゃないの? と疑問を持ったわよ。その二年分の支払い後は、ずっと払い続けてはいるけれど、無職の期間はハローワークから連絡が行って免除になっていた……ってことはないよなぁ、きっと。いまの議員さんたちの体を張ってのPRには頭が下がりますよ。これで「国民の義務」ということを知らない人は少なくなったでしょう。過去のことは謝る以外にどうしようもないしね。(hammer.mule)

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