[1843]ニューギニアに降る雪
【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1843 2005/10/14.Fri.14:00発行
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<女装する男性はしない男性よりも長生き?>
■映画と夜と音楽と…(266)
ニューギニアに降る雪
十河 進
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ロリ服が好き
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■映画と夜と音楽と… (266)
ニューギニアに降る雪
十河 進
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●役者一族に育った名優がいた
成瀬巳喜男監督の生誕百年特集としてNHKが二十数本の作品を放映し、僕はそ
のほとんどを見た。僕が最も凄い日本映画だと思っている「浮雲」を作った監
督なのに、今まで数本しか見ていなかったからだ。
その成瀬監督の戦後の作品には、ほとんど加東大介が出演していた。僕は子供
の頃からあの小太りで禿げ上がった俳優が好きだった。口跡がよく、どんなセ
リフもよく聞き取れる。
黒澤明の「七人の侍」では勘兵衛こと志村喬の一番の右腕で最後まで生き残る
ひとりを演じたが、例によって怒鳴りまくる黒澤映画の中でもきちんとセリフ
が聞き取れた。三船敏郎など何を言っているのかまったくわからない。
子供の頃から歌舞伎の舞台で鍛えたのだから、スタッフとして入社試験を受け
にきて、たまたま東宝ニューフェースになってしまった三船とは俳優としての
基礎が違うのだろう。
加東大介の家族は芝居の世界で生きてきた人ばかりである。姉は名女優の沢村
貞子(成瀬作品「晩菊」でも舌を巻くほどうまかった)、兄は沢村国太郎、甥
は長門裕之と津川雅彦である。
先日、呑み友だちのIさんと会ったときも「もともと好きだったけど、成瀬作
品を見ていると、つくづく加東大介はうまいと思いますね」と言う。「ああい
う脇の人がいなくなりました。『女が階段を上がる時』は、主役じゃないけど
加東大介がいないと成立しない映画です」とIさんは手放しだった。
その夜は、ほとんど成瀬映画と加東大介の話題で盛り上がり、例によって翌朝
はフラフラになっていたし、記憶が定かでなかった。もっとも、定かでない記
憶は店を出てから自宅のベッドで気付くまでの間のことだから、Iさんとの会
話はしっかり覚えている。
翌朝、僕は二日酔いのぼうっとした頭で「南の島に雪が降る」という加東大介
唯一の著書のタイトルを思い出した。最近、どこかの出版社が文庫で出したは
ずだという記憶を頼りにネットで検索してみると、光文社知恵の森文庫で昨年
に発行されていた。まだ、書店に並んでいるかもしれない。
昼休みに会社の近くの本屋へいくと、一冊だけ棚にあった。「南の島に雪が降
る 加東大介」という背文字が太くしっかりと印刷されている。表紙のイラス
トは、アウトフォーカスになった旧陸軍兵士の後ろ姿だった。南方に配属され
た兵隊はうなじまで隠れる日よけのついた軍帽をかぶっている。
「南の島に雪が降る」というテレビドラマを子供の頃に見た記憶はある。具体
的なシーンは思い出さないが、何となく内容は覚えている。映画化され公開さ
れたのは1961年9月29日だから、NHKがテレビドラマにしたのはその前のことだ
ろう。僕は小学校の4年生だった。
映画は「おはなはん」で有名な小野田勇が脚色して、「警察日記」で有名な久
松静児が監督した。加東大介が主演で、伴淳三郎、渥美清、桂小金治、森繁久
彌、三木のり平、フランキー堺など豪華な顔ぶれが出ている。見てみたい。
●人間を消耗品としてしか見ない頽廃した指導層
加東大介は明治44年の生まれ。兵役はすませていたが、昭和18年に30歳を過ぎ
て召集令状がくる。前進座の役者だった加東大介は大阪公演の途中に東京へ帰
り、両親や姉、それに妻に見送られて軍隊に入る。
入隊し大阪に移送され、司令部の用事で外出したときに稲垣浩監督・坂東妻三
郎主演「無法松の一生」を見ようとして憲兵にとがめられるエピソードがある。
映画を見ようとしたのは、無法松が仕える吉岡ぼっちゃんの役で甥の沢村アキ
ヲ(後の長門裕之)が出ているからだ。せめてスクリーンででも甥と別れたか
ったのだろう。
その後、彼は台湾を経由してニューギニアのマノクワリという場所に送られる。
衛生兵の伍長である。マノクワリというところが戦略上でどういう位置にあっ
たのかはわからない。地図を確認すると、オーストラリアとルソン島の間にあ
り重要な拠点だったろうと思える。
今では想像もできないが、太平洋戦争を闘っていた日本はとんでもなく戦線を
拡大した。中国大陸で闘い、インドシナ半島で闘い、太平洋の島々で闘ってい
たのだ。グアム、サイパンはもちろんフィリピンでも闘い、ニューギニアでも
闘った。まさに環太平洋戦争である。
よくそんなところまで軍隊を送ったものだと、今更ながら地図を見て溜め息を
つく。何万人もの兵隊を船で送るだけでどれくらいの日数がかかるのか、それ
らの兵隊を養うための食料や武器弾薬をどのように調達するのか、素人考えで
も無理があると思う。
神国日本が負けるはずがないという狂信、大東亜共栄圏のためにという大義名
分、忠君愛国教育、天皇の神格化など、戦前の大日本帝国は歴史的に見て愚か
で異常な国だったと思う。最近の北朝鮮の報道を見るたび、金日成が敷いた体
制はすべて大日本帝国を手本にしているように見える。
加東大介は移送の途中で船がマニラに寄ったとき、別の部隊の兵隊が自分たち
と同じ装備で同じ場所へ違うルートで向かっていることを知り、上官に問う。
──コースを変えて、どっちかをマノクワリに着かせる寸法なんだな。片いっ
ぽうがボカ沈を食うのは計算に入ってるんだよ。ダブル・キャストってわけさ。
「そんなバカなッ」と加東大介は憤慨する。彼の記述はクールだが、兵隊を消
耗品としてしか見ない軍の上層部の卑劣さが静かに伝わってくる。消耗品のひ
とりが生き延び、戦後に映画俳優となって名を成し、一冊の戦記を書くことな
ど、彼らには想像もできなかったに違いない。
作戦を立てる上層部の人間たちは「一万人の部隊」と言うとき、それぞれ別の
顔をした一万人の人間を想像することは絶対にない。それは現代の政治家たち
も同じだ。イラクに派遣する自衛隊員のひとりひとりを想像したら、とてもそ
んな命令など出せないだろう。
●ジャングルに囲まれた劇場に降った雪
加東大介が派遣されたニューギニアは悲惨な状況だった。敵機の空襲がある。
三方をジャングルに囲まれ、湿気に悩まされる。マラリアなどの病気がはびこ
る。加えて食糧難が全部隊を襲う。間もなくサツマイモの栽培を始めるが、イ
モの葉まで食料にしないとやっていけない。日々、戦友が死んでゆく…
そんな中、加東大介は理解のある上官に頼まれて演芸部隊を編成する。三味線
をやっていた者、コロンビアレコードの売れない歌手だった者、浪曲師など様
々な職業の兵隊たちが集まる。舞台美術を担当する者、衣装やカツラを作る者
もいる。やがて劇場が完成し、各部隊が毎日見にくるようになる。
ある日、長谷川伸の「関の弥太っぺ」を上演するときに「雪を降らそう」と誰
かが言い出す。マノクワリにも飛行場があったが、もう一機もやってこないの
がわかっていた。その倉庫にパラシュートがいっぱいあった。
演芸部隊は舞台に白いパラシュートを敷いて雪景色を作り出す。降る雪は紙を
細かく切ったものだ。仕掛けは大受けだった。「雪だアッ」という叫び声が兵
隊たちの中から起こり、余韻がいつまでも消えない。
何日めかのことだった。場面が変わって幕が開き、大詰めの雪景色の舞台にな
った途端、騒々しかった客席がシーンと静まりかえった。不思議に思った加東
大介は舞台の袖から客席を覗く。全員が声もなく泣いていた。三百人近い兵隊
が両手で顔を覆い、肩を震わせて泣いていた…
彼らは国武部隊といい、全員が東北出身者だった。芝居の後、加東大介は国武
部隊の将校に礼を言われ、さらに「ウチの隊に、もう歩けなくなっている病人
が、なん人かおります。そのものたちにも、この雪を見せてやりたいんです」
と頼まれる。
翌朝、彼は戦友たちに担架で連れてこられたふたりの重病人が寝かされたまま
手をのばして散らした紙の雪をソーッと触っているのを目撃し、いたたまれな
くなる。彼は「紙じゃねえか。紙じゃねえか」とわけのわからない言葉を叫び
ながら宿舎へ駆け戻る。
彼の中には、栄養失調とマラリアで死んでいく兵隊たちを、そんな状況に追い
込んだ目に見えないものに対しての怒りが煮えたぎっていた。彼らは故郷を遙
かに離れ、ニューギニアのジャングルの中で死んでいく。紙で作った雪を愛お
しそうに触りながら…。誰が悪いんだ、誰のせいなんだ、と加東大介は叫びた
かったに違いない。
「南の島に雪が降る」が出版されたのは昭和36年、戦後16年めのことだ。まだ
まだ戦争の記憶は生々しく、傷跡も癒えてはいなかった。ニューギニアで息子
を戦病死させた老母が加東大介を訪ねてきて「劇中で担架にのった病兵が舞台
を見ているところがありましたが、そこに息子の姿を見ることができました」
と手をついて礼を言ったという。
それから44年後の現在、先日の朝日新聞に載っていたが、大勝した自民党がと
うとう憲法改正案を見せ始めた。愛国心、国防、天皇制などについて前文に記
述されるという。そんなきな臭い時代だからこそ、「南の島に雪が降る」をも
っと多くの人に読んでもらいたい、と今の僕は思う。
加東大介は多くの名画名演と共に、一冊の名著も遺してくれたのである。その
本は戦争が人類最大の愚行であることを、静かに、そして感動的に訴える力を
未だに失っていない。いや、ますます強めている。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
柴田さんの編集後記で私の本が出ることが知られ、会社でも冷やかされ始めた。
6年前、作っている雑誌の宣伝になるかと思って本名で書き始めたが、こんな
ことならペンネームにしておくのだったなあと思う今日この頃。会社が出して
いるビデオ誌に映画コラムを書いていたときは吉里侑だったし、昔、柴田さん
がやっていたネットマガジンでは藤川五郎だった。
デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
<http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html>
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■Otaku ワールドへようこそ!(13)
ロリ服が好き
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ファッションの一ジャンルに「ロリータ」というのがある。ロココ時代の上流
階級のお家に暮らす、12歳ぐらいの少女のお出かけスタイルといったイメージ
のいでたちである。刺繍やフリルやリボンによる装飾がこれでもかってくらい
施され、乙女チックな可愛らしさが強調された服である。実際には現代の10代
から20代向けであるが。
ロリータ服の代表的なブランドに "Baby, the Stars Shine Bright" というの
がある。去年の夏ごろ上映された映画「下妻物語」でフィーチャーされて、一
気に人気が高まった。深田恭子の演じる主人公桃子がこのブランドのお洋服を
とっかえひっかえ着て登場するのである。
中でも特に可愛いのが「はわせドール」と名前のついたワンピースのピンクで
ある。おフランスの野山の空想シーンや茨城県下妻の牛のシーンなどで着てい
て、ポスターにも使われている。ピンクの綿の生地には薔薇の刺繍が施され、
白の細かいレースが縦にも横にも走り、さらにピンクのリボンがあっちにもこ
っちにも、ばってんばってん、蝶結び蝶結び。今、それを着てこれを書いてい
る。はぁ~ん♪(うっとり)
いや、以前から密かにそういう趣味があったというわけではなく、特にロリ服
を着るのは今日が初めてである。しかしまあ、着てみたかったのは否めないと
ころで。これはKotoiっちにお願いして譲り受けたものである。彼女とは、4月
に新宿のロフトプラスワンで開催された「ローゼンメイデン決起集会」で知り
合った。その後も何回か会っているが、ほとんどいつもロリータ姿であり、し
かも同じ服を二度見ることはなく、クロゼットにはいったいどれだけあるんだ
か計り知れないぞってあたり、下妻の桃子に通ずるものがある。そう言えば、
深田恭子の出演する「富豪刑事」にはエキストラで出て、撮影終了後に本人と
もあいさつを交わしたそうである。
5月にバラ園にて、Kotoiっちと彼女の分身のスーパードルフィー「ローズ」ち
ゃんとをお揃いの姿で撮らせてもらったのだが、そのときのを最近譲り受け、
今着ているというわけである。はぁ~ん♪
●遠い思い出
初めて女装したのは小学校1年のときである。した、というか、させられたの
だが。あのころ私は、クラスの女の子のスカートをめくることを人生の目的と
していた。朝、1時間目の授業が始まる前にはクラス中の女の子がどんなパン
ツをはいているかを把握しておくのが日課になっていた。今でもあの子たちを
思い出すときは、パンツとともに記憶がよみがえってくる。医者の娘であるゆ
き子はシルキーな光沢のある白だったし、かおるの赤に黒の縁取りのあるやつ
とか、たか子の緑色の毛糸のなんかが珍しかったのを昨日のことのようにあり
ありと覚えている。
教育熱心な鈴木道子先生は、そんな私の将来を案じ、この悪癖をなおす策を練
って下さった。で、クラスの前で大恥をかかせればきっと懲りるに違いないと
思い至られ、再三の警告の後、ついに私にスカートをはかせた。そのスカート
はひろみのはいていたものである。真っ赤なプリーツの吊りスカートで、吊り
紐が背中でクロスしていた。クラス中の視線が集まる中、教卓の陰で先生は私
のズボンを脱がせ、ひろみのスカートをはかせた。ちなみに私の位置からひろ
みは丸見え、クリーム色の毛糸のパンツをはいていた。私はポーズをとってみ
せたりして、クラス中がやんやと沸いた。
鈴木先生、ひとつ誤算がありましたね。それ、罰にも何にもなってませんでし
たよ。ウケる快感を学習してしまいました。もし今どこかで同じようなことが
あったら虐待とか人権侵害とかで問題になりそうであるが、私としては今振り
返ってもそういう解釈はぴんとこなくて、トラウマどころかむしろいい思い出
である。仰げば尊しわが師の恩。
まあ、スカートめくりのほうは、ほどなく止んだ。しかし、小学校の高学年ま
で、女の子から髪留めなどを借りては自分につけたりしていた。もともとは笑
われるためにしたことだったが、意外と目が慣れるようで、すぐに誰も反応し
なくなった。それを逆手に取り、市民権を得たものとして、一日中つけていた
りした。そうこうするうちに、そういう装飾品がけっこう好きになっていった。
ただし、それをきっかけに女装に目覚めちゃったというほどではない。中学高
校は一貫の男子校へ行き、女の子自体が遠きにありて思うものになった。
目覚めたのはつい今しがた、それも本格的にというほどではなく、半分はシャ
レである。これからどんどんエスカレートしていくことは多分ないと思う。ま
あ、着心地はすこぶるよろしいのだけど。はぁ~ん♪
●ロリ服と悪戦苦闘
普段は着るものにほとんど頓着しない。高校時代からさして変わらぬ格好であ
る。こういうファッションにも最近は名前がつくようになり、「アキバ系」、
「アキバカジュアル」、「A系」などと呼ばれる。
アインシュタイン方式とにな川方式の採用により、朝起きてから10分で出かけ
られる態勢が整う。アインシュタイン方式とは、何を着て行くかというような
些事に囚われる時間を最小限に抑えるために、アインシュタインにより考案さ
れ実践された方式で、同じ服をたくさん揃えておくというものである。にな川
方式とは、綿矢りさの小説「蹴りたい背中」からで、にな川が部屋に干しっぱ
なしの洗濯物を直接もいで着ることから。
ところがロリ服を着てみると、女性がお出かけの準備に途方もなく時間がかか
るというのがよ~く理解できる。まず、上下揃いのパンティーとブラを付け、
さらにドロワーズという下着をはく。これはKotoiっちに買ってきてもらった
のだが、Babyの純正品で9,345円もした。裾のレースが大きくて、かなりリア
ルな薔薇の花の模様になっている。
それからワンピースを着るのだが、一番苦労したのは首の後ろでホックを留め
るところ。小さな輪にホックをひっかけないといけないのだが、見えないので
手探りだし、後ろ手なので、どっちにどう力をかければよいのか、感覚がつか
めない。思っていた向きと反対に動かした瞬間、偶然ふっと留まった。
それで終わりではない。首の下あたりと胸の両脇とに一対ずつ長いリボンが垂
れているのだが、これをどうしたらいいのか。Babyのホームページへ行って調
べる。首のリボンは、前で交差させて、首の後ろで蝶結びに。難しい~。胸の
脇のリボンは背中で蝶結びに。一段と難しい~。他にも蝶結びにするとこがい
っぱい。袖のリボンがほどけると大変で、着たままでは結べない。幸い袖だけ
着脱可能になっているので、全部脱がなくて済むのは助かるけど。まさに悪戦
苦闘。仕上げは同色の大きなカチューシャリボン。
これは恥ずかしいのであんまり言いたくないのだが、実は背中のファスナー、
上がりませんでしたー。私の体型はB92・W90・H93、でかすぎるらしい。中学
高校時代は背が低いのを引け目に感じていたものだが、今となってはでかくな
ってしまった自分が恨めしい。なんと、Babyのお洋服は、ひとつしかサイズが
用意されていないのでした。お洋服が着る人を選ぶというコンセプトのようで。
私じゃ、だめですか? Babyの社長兼デザイナーであらせられる磯部様、どう
か大きいサイズのも作っておくんなまし~。
●これはお薦めかもしれない
悪戦苦闘の甲斐あって、着心地は最高。ああ、もう、どうかなりそう、ってく
らい。着ているものの色が淡いピンクだと、それだけでがらっと気分が変わる。
人間の内部に本来備わっているのに、ともすると忘れられがちな、生きようと
する原動力みたいなものを、可愛いお洋服が引き出してくれる感覚。
現代社会は高度に文明が発達し、暮らしが超便利になっている反面、どこか精
神を疲弊させ、元気を萎えさせるものがある。内部が疲弊しきっているのに、
表層的な意識がそれを認めず、がんばらねばと意思の力で何とかして自分を奮
い立たせようとするとき、本来内発的に湧き出してくるはずのエネルギーまで
表層意識の支配下に置いて管理しようとする無理な力が働き、エネルギー源は
かえって抑え込まれてしまう。そんなときこそ、ピンクのひらひらを着てみよ
う。ロリ服セラピー。
日本人の平均寿命を見ると、女性85.0年、男性77.8年と、女性の方が7年も長
い。また、一般的に女性の方がストレスに強いと言われる。これにはいろいろ
な要因があろうが、着るものの違いというのは効いていないのだろうか。女装
する男性はしない男性よりも長生き、なんて統計はないかな? 来年はクール
ビズを一歩進めてキュートビズで行かないか、小泉さん。
試しにと「女装サロン」でググってみた。おおーっ、やってる、やってる。メ
ジャーなところでは、百人にもおよぶ女装者たちを美しく撮った写真が載って
いる。うわっ。...しばし絶句...。みんな表情がいい。顔のいかつい造形はど
うにもならんとして、微笑む表情が女性そのものなのである。こんな表情は普
段の男性からは決して見ることができない。心が開放されて嬉しそう。
それともうひとつ、女装する男性というのは、男性から見るとおぞましいイメ
ージがあるかもしれないが、女性からは意外とウケがいい。それは、女性の側
に立ってものごとを見てみようとする姿勢に対する親しみ感なのかもしれない。
世に女好きの男性は多いが、ややもすると、獲物かトロフィーのように、対象
を獲得しようとの強い思いに駆られているばかりで、女性の内面を深く理解し
ようという姿勢が伴わないことがある。対象として相対するのではなく、壁の
向こう側に回って同化しようとしてみるときに初めて見えてくる女心みたいな
ものがある。
例えば、女性が着飾るのは、男性の気を引きたい心理からくるものだと信じて
いる男性が多いようだが、それは大きな勘違い。私がBabyのお洋服を着るのが
男性の気を引く目的でないのと同じである。すべては自分の気分を高めるため。
ストレスを溜め込んで参りそうになっている世の男性諸君、だまされたと思っ
て女装してみよう。美しく着飾って、ちょっとはにかみつつにっこりと微笑ん
でみれば、あ~ら不思議、元気百倍ですぞ。お互い長生きしようではないか。
【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。いくら何でも半年以上放ったらかした無精ヒゲとロリ服とでは相容れ
ないものがあった。でも、脱色して同系の淡いピンクに染めればヒゲもそれな
りに可愛く見えそうな気がする。さすがにやる勇気ないけど。
<http://www.geocities.jp/layerphotos/>
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■編集後記(10/14)
・わたしにとって、今年最も注目の展覧会は「北斎展」である。中学校時代の
宝物が、平凡社「世界名画全集」別巻の浮世絵(風景画)だった。「東海道五
十三次」「富岳三十六景」「木曾街道六十九次」などをなめるように眺めてい
た。ヘンな少年だ。その本は、外箱がボロボロになってもずっと持っていたが、
この前の引っ越しのときに処分してしまったらしい。記憶にないのだが(ハシ
モトか? わたしは)。広重VS北斎では、わたしは広重が好き(とくに木曾街
道)だが、世界的評価は圧倒的に北斎だ。ヨーロッパの印象派は北斎の影響で
生まれたとか、ドビュッシーの交響曲「海」は「神奈川沖浪裏」からのインス
ピレーションであるということはどこかで読んだ覚えがあるが、LIFE誌のアン
ケート「この1000年でもっとも重要な世界の100人」に、日本人として唯一人
選ばれているとは知らなかった(それにしても、たった一人とは情けない)。
10月25日から東京国立博物館で開かれる「北斎展」は、大英美術館、ボストン
美術館、メトロポリタン美術館はじめ内外から500点が集まった。本邦初出品
となる作品は約100点。この規模の「北斎展」は100年に一度のチャンスだとい
う。日本人ならこれは行かずばなるまい。10月24日までの前売りで、2回券
(2,300円)を買えば、会期中2回行けて700円お得だ。メールマガジン2誌を早
朝に仕上げて、とにかく早い時刻に上野に向けて出発だ。 (柴田)
<http://www.hokusaiten.jp/>
・前日は雨だったのに、決勝は晴れ。秋だというのに蝉が鳴いている。日差し
が強いので同行者らは帽子購入。A木さんは、レース終了後に叩き売りするか
もと言っていた。私はパンフレットを購入。自由席の我らは、前日の大雨の中、
A木さんがシートを張っているというスプーンカーブに向う。ゲートから一番
遠い場所だ。「デグナーにしようかと思ったんだけど、スプーンなら長く車を
見ていられるし」と。スプーンに到着するまでの間、ここが130R、ここがヘア
ピン、この辺りだと一瞬しか見られないとか、逆光になるから観戦しづらいと
か、この辺りも以前は自由席だったんだよ、などと教えてもらう。駅で見かけ
た脚立の使い方(フェンス越しに見る)や、簡易とはいえない堂々とした折り
たたみ椅子が何故必要なのかもわかった。剥がされているかもしれないと懸念
していたシートはちゃんと残っていて、スプーン中央の一番上にスペースを確
保。スプーンに入ってくるところから、西ストレートへ加速していくところま
で見渡せるベストポジション。といっても、決勝前に来ても隙間に人は入れる
し、私たちの後ろにも折りたたみ椅子が次々に並んで行くぐらいの余裕はある。
中途半端な指定席に座ると見づらいことがあるし、何しろ自由席なので寝転ん
でもいいし、前後左右の人との距離が広くとれ、のびのびできていい感じ。無
いのはTVビジョンだけ。 (hammer.mule)
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発行 デジタルクリエイターズ <http://www.dgcr.com/>
編集長 柴田忠男
デスク 濱村和恵
アソシエーツ 神田敏晶
リニューアル 8月サンタ
アシスト 鴨田麻衣子
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