[1853] 死を告げる山の音

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1853    2005/10/28.Fri.14:00発行
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   1998/04/13創刊   前号の発行部数 18346部
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<「大きいお友達」ばかり>

■映画と夜と音楽と…(268) 
 死を告げる山の音
 十河 進

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■映画と夜と音楽と…(268) 
死を告げる山の音

十河 進
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●やるせなさが漂う成瀬作品

NHK衛星放送で成瀬巳喜男監督の生誕100年記念特集をやってくれたおかげで、20本以上もの成瀬作品を見ることができた。一度見ただけで赤く焼けた鉄を胸に押しつけられたような体験をした「日本で最も凄い映画」と思っている「浮雲」も数十年ぶりに見たが、やはり心を乱された。

見終わって、気持ちが何かに急かされてじっとしておれず、といって何をしてよいかもわからず、ただ部屋の中を歩き回った。ヤルセナキオと呼ばれた監督だが、それは単なる語呂合わせではなく、彼の本質を衝く評言だった。二度目に見た「浮雲」は、やはり僕をやるせなくさせてしまう。

未見だった戦前の代表作「妻よ薔薇のやうに」はひどく状態が悪かったが、70年近く前の映画の斬新さに感心した。「鶴八鶴次郎」では山田五十鈴は若い頃から名優だったのだと確認できたし、昭和20年代の作品がどれも名作揃いで、最初に海外で評価された日本人監督なのだと改めて納得できた。

僕が同時代作品として覚えているのは、若大将をやっていた頃の加山雄三が主演した「乱れる」や「乱れ雲」だ。中学生の頃だったろうか、若大将シリーズしか見ていなかったから、加山雄三のシリアスな演技を見直した。当時の僕には成熟した大人の女性だったが、改めてみると司葉子が美しく胸がときめく。

昭和29年(1954年)制作の「山の音」は以前にも見ていたけれど、久しぶりに見るといろいろ発見することが多くて、見終わってから原作本を再読した。僕が持っているのは昭和54年に買った新潮文庫だから、26年ぶりに読み返したことになる。川端康成が昭和24年(1949年)に連作の形で掲載した小説だ。

ちなみに年譜によれば川端康成は「山の音」の直前に「千羽鶴」を完成させている。「千羽鶴」は中学生の頃に僕が初めて読んだ川端の長篇で、うまく説明できないのだけれど強烈な印象を残した。その一度だけで川端の凄さを感じたものだ。「千羽鶴」も吉村公三郎監督と増村保造監督によって二度映画化された。増村版を僕は見ている。

「伊豆の踊子」「雪国」といった学校指定図書のような名作は別にして、「千羽鶴」体験が強烈すぎて僕は川端作品を長く敬遠していたのだが、大学時代の友人のSがしきりに「山の音」の話をするので一度は読まねばと思っていた。Sはなぜか「やまのね」と言い、僕は読んでいなかったものの「やまのおと…なんじゃないか」と思った。

しかし、Sがずっと「やまのね」と言うので、「音」を「ね」と読むのもいいなと思い始めた。それを確かめる意味もあって、読まねばと思っていたのだ。だが、僕が「山の音」を読んだのは大学を出て数年経ってからのことだった。その間、時々Sのことを思い出しては「読まなければ…」と借金を返していないような気分になった。

「やまのおと」か「やまのね」かの問題は、簡単に解決した。新潮文庫の奥付にはタイトルにルビが振ってあり、「やまのおと」になっていたのだ。連作の第一章が「山の音」であり、その部分を読むとやはり「やまのおと」と読むのが自然だった。深夜に主人公が山の鳴る音を聞き、恐怖に襲われ死期を告知されたような気分になる。

●老境になった男の心情を描く

主人公は62歳になる尾形信吾で、裏に山をひかえ庭のある鎌倉の家に住む裕福な勤め人だ。丸の内あたりの大企業に勤めているらしく、おそらく重役クラスである。当時では老年の主人公であり、死を意識する年齢だ。「山の音」を書いたとき、川端康成は50歳。今の僕より若いが老成している。

彼はひとつ年上の老妻と息子夫婦と同居している。結婚して数年になるが、息子の修一は外に女を作っている。そんなとき、嫁にいっていた娘がふたりの子供をつれて帰ってくる。信吾は嫁の菊子をやさしくいたわり、菊子も舅に頼り、ふたりの間に微妙な感情が通い出す…

映画は信吾を山村聰、菊子を原節子、修一を上原謙(加山雄三のお父さん)、信吾の妻を長岡輝子、出戻りの娘を中北千枝子(日生のおばさんで有名かな。先日、ロバート・ワイズ監督と並んで死亡記事が出ていました)が演じた。

原節子は黒澤明、小津安二郎、そして成瀬巳喜男という日本映画の巨匠たちに気に入られた女優である。黒澤作品「我が青春に悔いなし」「白痴」ではエキセントリックで力強い女を演じ、小津作品「東京物語」「麦秋」「晩春」ではしとやかで控えめな女を演じた。

そして「めし」「山の音」「驟雨」という成瀬作品では、人生に不満を持ちながら日常を生きる女を演じた。成瀬作品を見るまで僕は原節子にあまり女は感じなかったが、「めし」で演じた倦怠期の妻からはなまめかしさを感じたものである。「山の音」の菊子など実にエロチックで艶やかだった。

ある朝、信吾が起きて台所にいくと、手ぬぐいで鼻を押さえて上を向く菊子がいる。ドキッとするほどなまめかしい。「鼻血か」と菊子の後頭部に手を添えて「仰向けになりなさい」と介抱する信吾も平気ではいられなかっただろう。

映像で描かれると、義父が嫁をいたわるだけのシーンとしか見えない。だが、信吾が女として菊子に惹かれているのはわかる。40近く歳の離れた男女だし、嫁に心を寄せるなどアンモラルなことである。小説の発表当時はかなりスキャンダルな設定だったかもしれない。

原作を読むと、菊子に惹かれる信吾の心理の底にはかつて若き日に憧れたひとりの美女の存在がある。それは基調低音のように、繰り返し現れるのだ。信吾は、その年上の女性に憧れていたが若くして亡くなり、妹と結婚する。それが今や口うるさいだけの女になった老妻だ。

まったく似ていないし姉の美貌に較べればどちらと言えば醜女だったのに、憧れていた人の妹というだけで結婚し何十年も連れ添った挙げ句、諦めを感じながら毎日の妻の様子を観察しているような信吾である。直接、信吾の心理が書き込まれることはないが、彼の人生は不幸なのかもしれない。

●人生の終末期に何を想う

信吾の生活自体はある程度成功した人間のものだ。鎌倉の閑静な住宅地に広い家を持ち、都心の会社に通っている。個室を持ち、部屋付きの秘書がいる身分である。勤め人ではあるが裕福な家庭を営んでいる。長男は妻を娶り、同居し同じ会社に通っている。長女も結婚し、子供がふたり生まれた。

だが、些細な不幸と言ってしまえばそれまでだが、長女はだらしない夫とうまくいかず子供を連れて実家に帰ってくる。その娘から信吾は何かというと「お父様が私を嫁にやったのですわ」という恨み言を聞かされ、夫の愚痴を当てつけのように言われる。

信吾から見たら非の打ち所がなく美しい菊子という嫁がいながら長男は外に女を作り、信吾の知らない顔を見せているらしいことを秘書から聞かされる。女の家で酔って暴力をふるうという。女に「歌え」と強要し荒れるという。女が妊娠すると乱暴して子を堕ろさせようとする。

そんな凶悪な面が息子にあったとは信じられない。戦争にいったことが人を変えたのかとも思う。妻、息子、娘…、自分が懸命に守り育ててきたものが、まったく自分と遠い存在になってしまったような言いようのない絶望を信吾は感じてしまったのかもしれない。

人はいつ頃から晩年を意識するのだろう。自分の死を意識することで人生の残りを自覚する。だが、いつ死ぬかは自分ではわからない。もう大して生きないだろうと思いながら数十年を生きることもある。いつ死んでもいいと思いながら、死がなかなかやってこない。それも考えてみれば辛い話だ。

子供も育ってみれば、いつの間にか自分の知らない存在になっている。長く連れ添った妻も、結局は心が通じ合った歓びなどかつて一度もなく、すれ違ったまま数十年を一緒に過ごしてしまった。今では、なるべく顔を合わさないようにして暮らしているような有様だ。

自分がいなくなっても彼らは少しも困らないだろう。今まで通り生きてゆくに違いない。死んだときには泣くかもしれないが、やがて慣れ、忘れることはないにしろ、いつの間にか自分がいないことなど意識することがなくなるはずだ。何事も日常の中に埋没する。

「山の音」の淡々とした文章の奥にそんな想いが浮かび上がる。死そのものは怖い。だが、死を受け入れる精神的な準備はできている。懸命に守ってきたもの、責任だけは果たそうと歯を食いしばって耐えてきたもの、そんなものが我が身から離れていき、肩の荷を降ろしたような気分と同時に諦めが心を占める。

もしかしたら、Sも今の歳になって「山の音」を読み直したことがあるのだろうか、と不意にそんな想いが湧き起こってきた。二十代で読んだ印象とはずいぶん違うはずだ。信吾の心情が文章の奥から立ち上がってきたのではないか。もういいか、と思ったのではないか。死期を告げるという山の音を聴いてしまったのではないか。

映画化作品のデータを調べる必要があり「ぴあシネマクラブ」で「山の音」の項目を見たら「やまのね」とルビが振ってあった。「やまのおと」が作者の意図なのだろうけど、「やまのね」と読むのはSだけではなかったのだと少しうれしくなった。

成瀬の「山の音」を見ながら原作を読み返したくなったのは、「やまのね」と連呼するSの声を、姿を、思い出したからだった。今はもう夜中の電話で、Sの文学の話を聞くことはなくなった。Sは今年の春に自殺した。ぼくより一歳若い年齢だった。

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私の本は500部限定だそうですが、そんなに売れるのでしょうか。今の段階で僕はまだ出来上がった本はみていないのです。明日(10/24)届く予定。自宅に届くとカミサンにばれるので会社宛にしてもらった。恥ずかしくて、身内には知られたくないですね。
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デジクリに書くようになってから、たま~に見知らぬ読者の方からメールを頂戴することがある。今までのところ、例外なく共感を表明する内容で、嬉しいやら恥ずかしいやら、読んでいただけるだけでもありがたいことなのに、わざわざ感想を送っていただけるなんて感謝感激、本当に励まされる思いです。

あんまり褒められてばかりいると堕落しそうなので、これからはお叱りのメールがいただけるよう、がんばってみましょうか。オタクの立場から、パンピー(一般ピープル)を挑発してみたりして。……悪い冗談はさておき。

●テレビ番組制作会社からメールが来た

10月12日(水)にテレビの制作に携わる方からメールが来た。オーストラリアの旅情報番組で東京を取り上げ、その中でコスプレを扱いたいのでいろいろと教えて下さい、という依頼だった。旅のガイドブックで「ロンリープラネット」というのがあり、世界で広く読まれているそうだが、それのテレビ版、60分の番組だそうである。来年放送予定の一回分で東京にスポットを当て、その中で10分ぐらいをコスプレに割きたいとのこと。

それは面白そうだし、趣旨には大いに賛同するものである。しかし、今までメディアがオタクを扱ってきた姿勢にはバイアスがかかっていないとは言い難いものも少なくなく、複雑な思いがある。宮崎勤連続幼女誘拐殺人事件が世を震撼させた1989年以降は、オタク全般がまるで犯罪者予備軍のように扱われることもあったし、メイド喫茶が世に知られ始めた去年ぐらいからはよくて珍獣扱いだし、今年になって電車男が話題になってようやく「いい人」の地位に片手でぶら下がれる程度にはなった。

このように、オタクの株が辛うじて上昇の途上にあるのは、オタク自身が変化したことよりも、メディアの扱いが変化したことによる要因の方が遥かに大きいように感じられる。この調子でいくと、遠からず賢者とか聖人君子とかネ申といった正当な評価に到達する日が来るような気がしなくもないが、今はまだまだである。結果的に、私自身がオタクをメディアに売り飛ばす裏切り者になっては申し訳が立たない。

そのあたりの思惑はメールで伝えた上で、会って話をしましょうということになった。10月15日(土)の午後、担当の横川芙美枝氏(仮名)に中野駅まで出向いてもらい、近くの喫茶店で小一時間ほど説教、ではなく打合せ。

その方は、やや小柄ながら元気いっぱいな印象だ。担当する仕事の責務からしてそれなりの年齢だと思うが、かなり若く見える。私がどちらかというとシャイなのと対照的に、積極的に人と関わり、どんなことにもばりばりと前向きに取り組んでいく力強さが感じられる。さすがはテレビの国の住人である。だけど気やすい感じで、気取ったところがまったくない。企画の人って、わけの分からんカタカナ言葉をやたらと多用する気取り屋なんじゃないかって、勝手にイメージ作り上げてたかも。

番組の趣旨について聞くと、基本的には旅の情報番組なので、見た人が「楽しそう」、「行ってみたい」と思えるようなものを意図しているが、観光客の物見高さという視点から一歩踏み込んで、文化を紹介するものにしたいという。

コスプレについても、「ほら、びっくりでしょ」で終わりではなく、そこに駆り立てる原動力は何かといったメンタリティに迫りたいという。また、今はまだそんなに詳しくないが、番組作りには、まず制作側がテーマを深く理解することが重要なので、これから調べたり、歩き回ったり、人に聞いたりしてよく知りたいという。それに、いまどき「オタクは気持ち悪い」なんて言っているような人に明るい未来はないだろうという。その言葉が心強く響き、積極的に協力したいと思った。

コスプレの世界の概略を説明し、まずどこを歩いてみるべきか助言した。秋葉原とかコスプレや同人誌のイベントとか。翌日さっそく行ってみるという。実のところ、一番のハードルは出演者探しである。ロンリープラネットの創始者であるトニー・ウィラー氏と気やすく話をするシーンから入りたいので、英会話ができることが必須とのこと。英語の話せるコスプレイヤー。う~ん。耳で飛べる象を探すような話ではないか。

というわけで、出演者募集中。自薦他薦を問わず、下記のアドレスから私宛てにメールをいただければ、横川氏にお取次ぎいたします。

●こういう具合にしやしゃんせ

テレビ番組の制作に関わった経験はないけど、もし、コスプレをテーマに番組を作ってくれ、と言われてすべてを任されたら、私ならどんなふうにするだろうと空想してみる。

まずはコスプレイベントの実態を映し出すところから入りたい。遊園地系のイベントを俯瞰して撮ってみるとか。きっと一般の人々から見れば異様な光景であり、衝撃的に映るかもしれない。一回のイベントの来場者数は2,000人程度であり、すごい数のコスプレイヤーがド派手な衣装を着て、ごちゃっといるのは壮観である。

しかし、それだけで終わっては珍獣扱いの域を出ないので、その「なぜ?」に迫りたい。コスプレイヤーをピックアップして、インタビューしてみる。何の作品の何というキャラか、衣装はどうやって調達したのか、作ったのなら材料費はいかほどで、制作にかかった時間はどれほどか。そして、そこまで入れ込ませる原動力は何か、ということで、原作の面白さを語ってほしい。

できれば、その原作の映像を流せるといい。人気の出る作品は、大人の鑑賞にも十分耐えるストーリーの面白さがあり、心の機微をうまく描写し、絵のクオリティが高く、声優さんの声の演技が洗練されている。作品に感動し、キャラにぞっこんほれ込むとき、それが虚構の世界であることが苦痛に感じられ、現実側に引っ張り出したいという思いが起きる。キャラクタの不在を脳内で補完する行為こそが、いわゆる「萌え」の正体だとする向きもある。コスチューム制作という途方もなく手間のかかる儀式を通じて感動が完結する感じ。それが伝えられたら。

作品の映像の中のキャラから、それに扮する実在のコスプレイヤーへとモーフィング(morphing、連続変形)の手法で移行させる映像が作れたら面白そうだ。できればコスプレイヤーの衣装作りの場面も入れたい。ひと針ひと針縫っていく作業の地味さと、イベントでのお披露目の華々しさとの対比は面白かろう。

●海外を啓蒙してさしあげたい

海外から見ると、日本の文化は謎に満ちていたり、前近代的に映ったりすることもあるようである。

ひとつの固定観念として、漫画やアニメは子供向けのものというのがある。ストーリーが単純で、絵も落書きの域を出ないものだ、と。だから、いい歳をした大人がそんなものに熱を上げるのは、精神的に幼稚であることの現れだ、かっこ悪い、気持ち悪いという見方をされがちである。

まあオタク自身の側からもそれを認めているところがあり、自虐的に駄目人間呼ばわりすることがあるので、完全に間違ってはいないけど。好きなことに徹底的にのめり込んだ結果、その世界にはやたらと詳しくなった、だけどそういう知識は実用の役にはまるで立たなかった、気がついてみたら社会的には競争力に欠ける人間になってた、だめじゃん、みたいな。だけど、作品が決して子供向けではないクオリティの高さを備えていることは、伝わってほしい。

いい例が、8月20日(土)、21日(日)と文京シビックホールで開かれた「TBSアニメフェスタ」である。同局で放送するアニメ番組が紹介され、声優さんの生のトークと歌で盛り上がった。7時間以上にわたるこのイベントで1,800席の会場を埋め尽くしたのは、ほんの数人の子供を除いては「大きいお友達」ばかりであった。私が行っても、ちっとも恥ずかしくないのである。

私の目当ては、言わずと知れたローゼンメイデンである。ロビーに試作品として展示されていた真紅のスーパードルフィーは12月の発売が楽しみだし、水銀燈の「中の人」である田中理恵さんが自作の水銀燈コスでステージに現れたのは大拍手とどす黒い歓声があがったが、語り出すと止まらなくなるので、置いといて。10月20日(木)より第2期の放送が始まったが、深夜1:55amからという放送時間を見ても、子供向けでないことがよく分かる。堅気のサラリーマンにとってもツラいけど。

もうひとつ、海外から見たときに、コスプレは女性蔑視の現れのように見られてしまう恐れがある。美人コンテストみたいなものに風当たりが強くなってきているのだ。

10月16日(土)付けのJapan Timesに、東京で開かれたモデル撮影会の記事が載っていた。スウェーデン出身で日本在住歴5年の男性記者が潜入して書いたもので、「(男性の興味の対象として)利用された女性たちの苦境に怒りを覚えた」とあるのだが、どこをどう見るとそういうふうに見えるのか、私には「は?」という感じであった。

UNDP(United Nations Development Programme, 国連開発計画)による2003年の調査結果によると、対象159か国または地域のうちで、日本は総合評価であるHDI(Human Development Index、人間開発指数) では11位と健闘しているのに、女性の地位を示すGEM(Gender Empowerment Measure、ジェンダーエンパワーメント指数)では43位と低い。

その記事ではこれを引き合いに出して、日本は遅れていると言いたいようであった。しかし、UNDPのレポートを見てみると、GEMは働くの女性の地位に基づいた指標である。だから、労働環境に改善の余地が多々あるだろうというのはよく理解できる。だけど、モデル撮影会が何やら差別社会の権化のように言う論拠としては、関連性が薄くないか?

10月2日(日)に茨城のポティロンの森で撮らせてもらった写真をホームページに載せたところ、2人のレイヤー(コスプレイヤー)さんからメールをもらい、どちらも「きれいに撮ってもらえて感激した」という内容だった。また、7月10日(日)の声優コンサート「ネオロマンスフェスタ」で撮らせてもらったレイヤーさんたちとは個人撮影話が持ち上がり、先日都内の日本庭園へロケハン(location hunting、撮影場所探し)に行ってきた。

撮るときはいつもレイヤーさんに喜んでもらえることを第一に考え、本人の魅力を引き出すとともに、キャラのイメージを壊さないようにと心がけている。その辺のことも誤解なきよう伝わるといいのだが。

●世界に広がるコスプレの輪

というわけで、はらはらする要素は多々あるのだが、着眼点はすばらしいので、ぜひとも一歩踏み込んだ深みのあるルポルタージュを期待したい。放送を見た人が東京へ行ってみたいと思うだけでなく、漫画を読んでみたい、アニメを見てみたい、さらにはコスプレしてみたいと思ってくれるような番組に仕上がったら嬉しい。それが呼び水となって、次から次へと取材攻勢がかかり、日本のポップな文化が世界に広がるのにいっそう勢いがつくといい。

なので、英語のしゃべれるレイヤーさん、ぜひともご一報下さい。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。今日のテーマとは関係ないが、やっぱりBabyのロリ服を着て書いてみた。はぁ~ん♪(← 癖になってる)可愛いお洋服が着れるようダイエットを始めようと思ったが、その瞬間に食べ物がみんな美味しそうに見えてきて、始める前からリバウンドしそうな勢いの42歳。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/
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■編集後記(10/28)
・今月末日から、大阪デザイナー専門学校のギャラリーで「Virtual Beauty EXPO」を開催する。会期は11月9日まで。ということは、この週末は大阪に行って展示作業をしなければならない。というはずだったが、今回は非常に簡単に展示できるシステムにしたので、責任者が行かなくても大丈夫なのであった。東京会場から自宅に送りつけた段ボール箱は120サイズで5箱。この中に額装された作品が全部収納されている。段ボール箱は作品がぴったり収まるサイズをネットでさがしたのだ。先日、箱を開けて全点をチェックした。フロアーはCG美少女で満開、なんというあやしい家庭だ。現場に行かなくて済むのは、わかりやすい設計図を作ったからだ。ギャラリーの壁面は計5面、そこに3段掛けすると、たて型作品99点、よこ型作品14点がきれいに収まる計算になる。作品をすべて名刺くらいのサイズにプリントしてカード化する。模造紙を壁面と見立てて、1~5面にそのカードを配置していく。その並べ方は、わたしなりのある評価に基づいているが、なかなか悩ましくも楽しいレイアウト作業である。全部の位置が決まったら、カードをセロテープで固定する。現場では、このミニミニギャラリー(設計図)通りに吊ればいいのだ。現場であれこれ悩むことがない、はずである。これもサイズをA3イレパネと統一したからできることだ。このシステムだと、会場の壁面の図面さえあれば、レイアウトは自宅でできる。段ボール箱5箱と設計図を送りつけて、現場作業はお任せにできる。全国どこでも簡単に展覧会が開けるのだ。CG美少女展を開きたいという組織、または個人はご連絡下さい。(柴田)
< http://allabout.co.jp/entertainment/virtualbeauty/
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・最近、gooが使い易い。gooの「地図」は拡大比率が高いし、全域はカバーされていないがgoogle並みに航空写真は見られる。渋滞予測やルートガイドもあり。「路線」は経由駅まで選べる。時刻表も同じページから検索できる。トップには交通情報やウィルス情報まであって便利。注目ワードも面白い。普通に検索すると、通常の結果以外に、ニュース、ブログ、「教えてgoo」の結果まで出る。この「教えてgoo」が役に立つ。同じようなことを疑問に思う人って多いんだもの。gooってこんなに進化してたのか。(hammer.mule)
< http://www.goo.ne.jp/
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