笑わない魚[204]因果な空席
── 永吉克之 ──

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昔から「風が吹くと桶屋がもうかる」というたとえ話がある。これは、

1)風が吹くと、砂ぼこりが舞い上がって目に入る。
2)ほこりが目に入ると、目を患って失明する人が増える。
3)目が見えない人が増えると、三味線を弾くことを生業にする人が増える。
4)三味線の皮にするために、ネコがたくさん捕まってその数が減る。
5)ネコが減ると、ネズミが増える。
6)ネズミが増えると、かじられて使えなくなる桶が増える。
7)桶屋がもうかる。

というような理屈であるが、現代とは明らかに状況がちがって因果関係が分りにくいかもしれない。そこで「風」と「桶」の関係を現代人にも理解しやすくするために言い換えると、以下のようになる。


1)風が吹くと女性のスカートがまくれあがる。
2)それに目を奪われたタイガー・ウッズがショットを外し、翌朝のスポーツ紙で笑いものにされる。
3)それを自分のことだと勘違いした中日ドラゴンズのタイロン・ウッズが汚名返上とばかりに、満塁サヨナラ場外ホームランを打つ。
4)ボールがラーメン屋にいた客のドンブリの中に飛び込む。
5)その客がチンピラで、おい、この店じゃ客にホームランボールを喰わせるのかいと因縁をつけて、カネを巻き上げようとする。
6)それを見ていた遊び人姿の遠山の金さんが、ちょいと待った、一部始終は見せてもらったぜ、あこぎな真似すんじゃねえよ、とその客の腕をねじ上げて店の外に放り出し、あんな手合いにゃ気をつけなよと言って立ち去る。
7)桶屋がもうかる。

これは決してこじつけではない。因果とはすべてそうしたものなのだ。例えば私が経験した風と桶は「空席があると笑わない魚がなくなる」である。

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15年前の寒い日の夜、鍋をつつきながら熱燗で一杯やりたくなったので、数年来の行きつけの「神酒松」(みきまつ)に行ったら、いつもなら店が空いているはずの時間に、見たこともないサラリーマンの団体が、ネクタイ巻きつけた雁首ならべてカウンターを占領していやがるのが店の外から見えた。

常連さまをさしおいて太え連中だ。なかでもまだ二十歳そこそこの若造が、厚かましくも私の指定席で、お客様面してのうのうとアン肝を食べているのを見てカッとなった。それにこのままよそ者に門前払いを喰わされるのも癪なので、満席を承知でとにかく店に押し入った。

そして雁首たちに聞こえよがしに、亭主に「空いてるー?」と尋ねたら亭主が「ごめんなー、ちょっと今いっぱいやねん。すまんな」と返してきた。常連客が入ってきたら、新規の客を外に引きずり出してでも席を作るのが客商売というものだろう、と憤懣やるかたなかったが、諦めて店を出た。

しかたがないので、同じ商店街にある「とり世」という初めての店に入ったのだが、たまたまカウンターの私の席の隣にいた、殿山泰司似の薄汚い中年の男性客が私と同じ美術系の人間ということが分り、それが縁でその人とあちこちで飲むようになった。

その後、専門学校の講師をリストラされたとき、その人の紹介で設計事務所に勤めるようになり、さらにその関連会社で建築CADを行なっている事務所に移り、3Dソフトの操作を憶えたところで、それを使ってグラフィック作品を制作し、CGクリエイター団体の「ディジタル・イメージ」に送ったら入会を承認されて、そこの世話人の一人であるデジクリ編集長の柴田氏と知り合い、それがデジクリで連載をもつきっかけとなったのであった。

つまりあの夜、神酒松に空席がなかったからこそ、パソコンの操作も身につけることができて、コンピュータスクールの講師の職も得ることができ、今こうしてデジクリの原稿を書くことができ、デジタル業界の人たちと知り合いになることができ、本まで出版してもらうことができたわけなのだ。風と桶の関係そのままである。すべては因果のなかに存在している。

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しかし、もし神酒松に空席があって殿山泰司に出会うことがなかったとしたら、いまごろ私はどんな人間になっていたのだろう。講師をリストラされて、ビジネスを起こす才覚もなく、肉体労働をする体力もなく、強盗をする度胸もなく、それでいてホームレスになるにはプライドが邪魔をする、そんな人間が生きて行くには、飢え死にをするか、怪人になるしか道がないのである。

実際、リストラされた当時、私はまだ35歳と若く、2〜3か月は飲まず食わずで生きていられたので飢え死にはあきらめて怪人になることばかり考えていた。怪人ならば、法を遵守しているかぎり他人から干渉されることもないし、世間のしがらみからも自由で、他人の冠婚葬祭に顔を出す面倒もない。

だから、将来に希望を失なっていた私は、大阪府摂津市のアパートで寿命が尽きるまで怪人として暮らそう、近所付き合いは極力控えて、人知れず暮らそうと決め、表札の名前も怪人にふさわしく「恵美須ヤコブ」に変えたばかりのときに殿山泰司から、知り合いが経営している設計事務所で企画の仕事をしないかという誘いをもらったのであった。それからのことは上に述べた通りだ。

人生、いったい何が幸いするか分らないが、人との出会いを大切にしておくと、少なくとも悪いことよりはいいことの方が多いような気がする。

【ながよしかつゆき/アーティスト】katz@mvc.biglobe.ne.jp
「役不足」という言葉が本来とは正反対の「役が重すぎる」という意味で使われることの方が多くなってしまった。正しく使ってはいけない日本語か。

・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
>
・EPIGONE < http://www2u.biglobe.ne.jp/%7Ework
>
・Metabolism< http://www.maxwald.co.jp
>第二、四水曜に掲載中。

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by G-Tools , 2006/10/05