笑わない魚[205]なんともならないものはどうにもならない
── 永吉克之 ──

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2002/04/25配信のデジクリ(No.1076)のなかで、私は、たとえ今は不遇でも、「そのうちなんとかなるだろう」と信じて生きていくしかないじゃないかと書いた。そして私自身もそのつもりで生きてきたが、無責任な発言だった。いくら「そのうちには」と信じて頑張っても、なんともならない人はなんともならないからだ。

もし手段を選ばないのなら、そりゃまあ、たいていの願望はなんとかなるだろう。寝る間も惜しんで稼いでもサラ金の返済に消えてしまう、借金を返すために生きているようなものだ、これをなんとかしたいと思ったら、連帯保証人の家族も道連れに一家心中すれば、返済に苦しむものが誰もいなくなるから、たしかに「なんとか」なる。

しかし「いまでこそ足もとを見られて低賃金の下請けに甘んじているけど、いつか必ず相手から頭を下げて仕事を頼みにくるような立場になってやるぞ」とか「もう何年も通行人や死体の役ばかりだけど、我慢して続けていればいつか必ずキャストに名を連ねるような俳優になれるぞ」と念じ続けても、そうなるように宿命づけられた人でなければなんともならないのである。


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なんだか陳腐な格言で、あまり使いたくなかったのだが、要するに「人事を尽くして天命を待つ」の話をしているのだ。つまり、人間としてできることをやり尽くしたら、あとのことは天にまかせておけという意味だが、一般的にこの「天命」には、結果的に期待に通りではないまでも、どこか愛が感じられ、厳しくともありがたい教訓として受け入れやすいものというイメージがある。

たとえば、選挙運動で、新人候補者が時間と体力の許す限り各地をまわって記録的回数の遊説をし、何千という有権者と握手をして頑張った結果、過労で倒れるほど「人事を尽くし」、入院先のベッドで点滴を打ちながら選挙結果を待ったところ次点で落選だった。しかし、無所属新人とは思えない健闘が評価され、次の選挙から自民党公認という肩書をもらうことができて、とにかくなんとかなったなんていう、努力に報いてくれる天命もあるかもしれないが、いつもそんなに甘くはない。

次点どころか圧倒的最下位で落選し、新聞には「実現困難な公約ばかりならべたて、自分ひとりで世の中を変えられるような大言壮語を弄したのが有権者から総スカンを喰う原因になったのだろう」とコキおろされ、もうだめだ、これで完全に政治生命を失った、と放心状態で病院の中庭にある池を眺めていたら、池で飼ってあった人食いワニに水中に引きずり込まれて、八つ裂き死体で発見される、というのもまた天命なのだ。

また、朝、通勤電車の中で、お年寄りに席を譲って、降りた駅の出口で赤い羽共同募金に奮発して1,000円札を寄付。昼休みに会社の前の公園に停まっていた献血車で献血。くたくたになるまで残業して帰りの電車でやれやれと座ったと思ったら、目の前に明日にでも生まれそうな妊婦が辛そうに立っているので席を譲り、結局、疲れた脚で立ったまま1時間近く電車に揺られて、降車駅を出たところにあるコンビニで、息子へのおみやげににシュークリームを買って家に帰える道すがら、人気のない暗い路地で、バットを持った3人の少年に襲われて、所持金を奪われたうえに、全治3か月の重傷。後遺症に悩まされて仕事を辞めなければならくなり、家庭は窮地に陥る。

一方、襲った少年達は、奪ったカネをゲームセンターで使い果たし、翌朝には、襲ったことはきれいさっぱり忘れていたが、目撃者がいなかったため、結局捕まらず、いつものようにゲームセンターのあたりでたむろしていた。たまたま3人ともイケメンだったので、芸能スカウトの目にとまって、ワルのイメージを押し出したユニットとしてデビュー。「24時間テレビ愛は地球を救う」で「LIVE! 24HOUR TV」とプリントしたTシャツを着て踊るのであった。

これが天命というものだ。心の優しいものには災を、心の邪なものには幸運を。ことほどさように天の価値観とは推し量ることがむずかしい。

まあ、とにかくやるだけのこたあやったんだ。あとのことはお釈迦様にでも閻魔様にでもおまかせだい。煮るなと焼くなとどうにでもしやがれ、さあ殺せの境地に到ることができた人間だけが「なんとかなる」の恩恵にあずかることができるのではあるまいか。

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まわりくどくなってしまったが、そんなわけで、私は、好意的な天命を授かることができないようで、このままいつまで経っても、なんともなりそうにないので、アーティスト稼業はあきらめて、堅気衆のひとりになることに決めた。

もう亡くなったが、母親の介護をするために昨年の10月に専門学校講師の仕事をやめたとき、歳も歳だから、再就職する場合もまともな仕事はないだろうと思っていたら、なんのなんの、マンションの管理人、工場内軽作業、警備員などかなり年齢制限のゆるい仕事がけっこうあることを発見して、なんとかなりそうな感触を得たのであった。

続きは後日…

【ながよしかつゆき/堅気】katz@mvc.biglobe.ne.jp
前回、「役不足」のことを書いたが、「気の置けない」も同じく、正しく使うときには注意が必要な日本語になってしまった。正しくは「気を遣わなくてもいい」という意味なのだが、「気の置けない人間」と言うと「油断のならない奴」といった意味に取られるおそれがあるので、取り扱い注意である。

・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz/
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・Metabolism< http://www.maxwald.co.jp/
>第二、四水曜に掲載中。

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