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[2075] 少年の黒く艶やかな瞳

<もし宝くじで一億円当たったら、欲しいものがある>

■映画と夜と音楽と…[309]
 少年の黒く艶やかな瞳
 十河 進

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■映画と夜と音楽と…[309]
少年の黒く艶やかな瞳

十河 進
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●クエンティン・タランティーノを魅了した瞳

その年のカンヌ映画祭審査委員長を務めた映画監督クエンティン・タランティーノに「多くの映画を見たが、最後まで脳裏を去らなかったのは彼の瞳だ」と言わしめた、その少年の視線が僕も忘れられない。映画を見終わっても、鋭く、そして悲しみを秘めた少年の瞳が浮かび上がってくる。

「誰も知らない」という映画は、実話を元にしていると聞いた。その内容もある程度情報として入っていた。だから、「誰も知らない」(2004年)を見ることに二の足を踏んだのだ。辛くて見られないのではないか、あまりに悲惨で目を背けたくなるのではないか、そんな思いがあった。

実際の事件は、1988年に東京・西巣鴨で起きたという。出生届も出されておらず、学校にも通っていない四人の子供を置き去りにして、新しい恋人と暮らすために母親が出ていった後、一年間、子供たちだけで生きていたという事件である。そして、長男の友人の折檻によって二歳の三女が死んでいる。

長男は、その二歳の妹の遺体を友人二人と一緒にビニール袋に包み、さらにボストンバッグに詰めて電車で運び、深夜に秩父市大宮の公園脇の雑木林に捨てた。遺体を捨てた後、帰る電車がなかったため、その夜は駅で明かしたという。無惨としか言えない話だ。

だが、ポスターで見た長男を演じた少年(柳楽優弥)の視線が印象的だった。さらに史上最年少の十四歳でカンヌ映画祭の最優秀男優賞を受賞したというニュースに後押しされて、僕は「誰も知らない」を見た。そして、淡々とした描き方に感心しながらも、ときおりこみ上げてくるものをこらえながらも、やはりいたたまれない気持ちになった。

子供たちが不幸であることが僕には耐えられない。子供同士で傷つけあうことにも心が痛む。だが、不幸な子供たちは世の中にいくらでもいる。世界を見れば、様々な不幸は弱者である子供たちに襲いかかるのだ。戦争、災害、飢餓…、すべてまっ先に子供たちに犠牲を強いる。

戦争や飢餓とは無縁のような現代の日本でさえ、不幸な子供たちのニュースが後を絶たない。保護者がいなければ人間の子供は育たない。その保護者であるべき親たちが子供を棄てる。虐待する。殺しさえする。そんなニュースを聞くたびに僕はいたたまれなくなる。しかし、何をすることもできない。

戦争や飢餓で苦しむ子供たちになら、ささやかだが何らかの支援をすることはできる。たとえ、それが自己満足だと言われようと、偽善だと言われようと、そうした小さな支援が大きな救いになることもあると僕は思う。だが、マンションの隣の部屋で親に虐待されている子供にどう手を差し伸べられる?

「誰も知らない」にも、そんな隣人が出てくる。薄々は変だと感じながら、何も救えない大人たちだ。実際の事件でも大家が警察に通報したのは「子供たちだけで住んでいて、不良の溜まり場になっている」という理由からだった。長男がよく買い物をしたコンビニの店長も「変だとは思っていた」と取材に答えている。

●少年の瞳の奥の深い悲しみ

映画は、大きなトランクを脇に置き羽田に向かうモノレールに乗っている少年の描写から始まる。初めて見る人はそのシーンが何を意味しているのかはわからないだろう。だが、映画を見終わってもう一度ファーストシーンを甦らせるとき、観客たちは少年の瞳の奥に見えたものが「深い悲しみ」だったことに気付く。

幼い妹を死なせてしまった悔いが、彼の表情を覆っている。その妹を弔うために、生きているときに約束したように、飛行機の見える場所へ妹を連れていこうとしているのだ。生まれてからほとんど外へ出してもらえなかった、たった数年しか生きられなかった妹である。社会的には存在さえしていなかった妹だった。

そのシーンで大切そうにピンク色の大きなトランクをなでる少年の手が描写される。そのシーンに静かにタイトルが出て次のカットでは、新しいアパートに引っ越してきた母親と少年が大家に挨拶している。母親は父親が海外赴任しており、少年とのふたり暮らしだと説明している。

トラックが到着し、荷物をおろし始める。少年は明るい顔になり二階から駆け下り、トラックの荷台を心配そうに見る。大きなトランクが二個、荷台の真ん中に置かれている。少年は「おかあさん」と呼びかけて、ふたりでピンク色の大きなトランクを運ぶ。

階段を昇りきったとき、ドスンとトランクの片端を落としてしまい、少年はハッとした表情になる。心配そうに母親を窺う。愛しそうにトランクをなでる。部屋に運び込んだトランクを開けると小さな幼女が現れる。もうひとつのトランクからは男の子だ。少年の弟と妹である。

やがて夜になり、少年は駅にいく。そこに小学生の高学年らしい年頃の少女が待っている。少年のもうひとりの妹だ。大きくなったのでトランクに入れなかったのだ。少年は人目を避けるようにして妹をアパートに連れ戻る。少女が最初に聞いたのは「部屋、広い?」であり、次に「洗濯機は?」である。

長女である彼女の仕事は洗濯なのだろう。案の定、子どもたちはベランダさえ出てはいけないと母親に言われているが、洗濯のときだけはベランダに出ていいと彼女は言われる。子どもたちに戸籍はなく、小学校さえ通っていない。部屋から出ることさえ禁じられている。

やがて、母親に好きな男ができ帰ってこなくなる。やがて送金も途絶える。子どもたちは自分たちだけで生きていかなければならない。少年は自分が働こうと思い、知り合いになったコンビニの店員に頼むが「十二歳では無理。警察とか福祉事務所に連絡したら」と言われ、「そんなことしたら四人で一緒に暮らせなくなるから」と答える。

少年は、妹や弟と一緒に暮らしたいのだ。家族を維持したいのである。学校にもいけないし近所の目を避けて暮らしていても、彼にとっては幸福な家族だったのだ。身勝手な母親ではあっても、少年の母親なのだ。母親が帰ってくるまで、彼は母親に言われた通り、弟と妹の面倒を見ようと決意している。

しかし、現代の日本に生きる十二歳の少年にとって、それはあまりに過酷なことだ。同じ世代の少年たちと知り合い、少年は彼らの遊びに染まり始める。コンビニでマンガを立ち読みし、テレビゲームやアニメに夢中になる。無理もないことだ。遊びたい盛りの時期に、彼は家族の中心にならざるを得なかったのである。

やがて、金が尽き電気も水道も止められる。彼らの理解者は、いじめで登校拒否になった中学生の少女だけである。公園の水道で身を洗い、コンビニで賞味期限を過ぎた弁当を貰うようなことまでして、少年は弟と妹を養おうとするが、次第にその重みに耐えられなくなってゆく。そして、幼い妹が死ぬ…

●過酷な状況が子供たちを結束させる

「誰も知らない」を見終わって十二歳の少年の悲しみを想像したとき、僕は、数年前に短期間入院したとき向かいのベッドにいた老人のことを思い出した。また「酔っぱらった馬の時間」というイラン映画が記憶の中から浮かび上がってきた。

その老人のことは「過酷な人生を恨まない」というコラムに書き、「酔っぱらった馬の時間」(2000年)については「誰かのために生きる」という回で佐藤忠男さんの映画評を紹介した。そのときには未見だったが、その後、僕は「酔っぱらった馬の時間」を見ることができたのだ。

短期間入院したときに向かいのベッドにいた老人は、疎開先に姉と弟と三人でいるときに十三歳で両親を東京空襲で亡くした。しかし、姉と弟と一緒に暮らすために東京で働き始めたという。十三歳である。終戦後のことだ。そんな話はいくらでもあった。だからこそ、当然のことのように十三歳の少年は覚悟を決めることができたのだろう。

「酔っぱらった馬の時間」のイランとイラクの国境地域に住むクルド人の兄妹たちも同じだ。長兄の病気の治療費と幼い弟妹を養うために次男は重労働に従事し、やがて密輸の集団に加わる。十二歳の少年が家長として家族のために生きていく姿は、僕の心を強く撃った。

彼らは、自分たちが十二歳や十三歳で働かざるを得なくても、そのことに何の疑いを持っていない。妹や弟のために働くのは当然のことなのだ。家族のために働き、家族は結束して困難に立ち向かう。

友人たちは彼の部屋で自由に過ごすために自分を利用していたのだと気付いた「誰も知らない」の少年も、改めて弟妹の保護者としての自覚を持ち始める。そのことに誇りさえ感じ始める。母親がいなくても、できる限り普通の家庭のように過ごそうとする。

クリスマスイブには、値下がりするまでコンビニの前でじっと待ってケーキを買う。弟妹たちと祝う。正月には、母親から預かったと偽って残り少ない生活費から幼い弟や妹にお年玉を渡す。彼は弟や妹に母親を慕い続けてほしいのだ。そのために、お年玉袋の宛名を知り合いになったコンビニの店員に母親の字のように書いてもらう。

そのお年玉でキュッキュッと鳴る運動靴がほしいという下の妹のために靴を買い、手をつないで散歩に出る。目の前を走るモノレールを見ながら「いつか飛行機を見にいこう」と約束する。その妹が椅子から落ちて死んだ後、妹の遺骸をトランクに詰め一緒にその靴を入れる。

登校拒否の少女と共に妹を飛行機の見える海辺に葬った後、再び少年と妹と弟の日常が始まる。そこには少年と心を通わせた登校拒否の少女も加わっている。それはまるで、小さな父と母と幼いふたりの子供たちのように見える。彼らは生き抜くだろう。何かを学びながら過酷な人生を生きていくに違いない。逆境が彼らを育てている。

少なくとも、ラストシーンの子供たちの姿に僕は救いを感じた。やがて、この映画のモチーフになった事件の子供たちもすでに成人し立派に生きているに違いない、と想像した。「誰も知らない」の過酷な状況を生き抜く少年の姿が僕に希望を感じさせてくれたのだ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
珍しく一日禁酒した。定期検診で飲まされたバリウムが体内にあるうちにアルコールを摂取するとバリウムが固まると脅されたからだ。昨年は定期検診の夜にアルコールを摂取した。確かに翌日は辛かったです。

僕の勤め先が11月28日〜29日開催のフォトショップワールドを共催しています。
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デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
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■Otakuワールドへようこそ![38]
コスプレ撮影に欲しいレンズ

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もし宝くじで一億円当たったら、欲しいものがある。一眼レフカメラ用の交換レンズである。誰も欲しがらないから誰も作らないけど、私にとっては是が非でも欲しい。だから、札束を持ってメーカーへ乗り込み、私のために一本だけ作って欲しいとお願いするのである。やってくれないだろうか。

あ、ところで、宝くじについては、いろんな人がいろんな買い方をしていいと思うが、私には私の買い方がある。あれはむやみやたらと買っていればいつかは当たるというものではない。運命だ。ある日、宝くじ売り場の前を通りかかると、一枚の券が光っている。それを買うと、当然のごとく当たりで、事もなげに「知ってたよ」とつぶやく、そんなもんじゃないかと思う。そういうわけで、いまだかつて、買ったことがない。

●2つの相反する懸念

欲しい欲しいといったって、タイムマシンや不老不死の薬が欲しいのとはわけが違う。メーカーまでお願いしに行こうってんだから、ちゃんと作れるものなのかどうかぐらいはしっかり考えておかなくてはいけない。

「そんなもん、物理的に不可能でしょ」と追い返されたりしては、目もあてられない。理系の面目が丸つぶれな上に、欲しいレンズは手に入らず、しかも一億円が余ってしまう。

逆の懸念もある。そんなレンズ、すでにあったという場合である。欲しいレンズが手に入るという救いはあるものの、知らなかった自分が赤っ恥かく上に、やはり一億円が余る。

●幻想的な絵が撮れるレンズ

それは「ピントを合わせる位置によって画角が変化しないレンズ」である。それがどういうものかという説明は後回しにして、まず、なぜそんなレンズが欲しいかという、背景事情から。

私はコスプレ写真を撮るとき、二重露光を多用する。一枚撮った後、フィルムを次のコマに送らず、同じコマでもう一回シャッターを切り、絵を重ねるのである。これにより、現実を写実的に切り取るという写真の側面とは一味違った、幻想的な雰囲気が出せる。

無関係な二枚の絵を重ねても、たまたま面白い絵になることはあるけれど、私が多用するのは、もっと狙いのある手法で、同じ位置からピントだけを変えて、二重露光するというものである。望遠系のレンズを使い、絞りを開いた設定で、近くの被写体にピントを合わせると、背景はほとんど物の形が判別できないほどぼやけて、もやもやした模様になる。

二回目の露光で、今度は背景にピントを合わせることにより、もやもやの中に絵を描き加えることができる。一方、被写体はピンボケになるので、元の絵と重なると、ソフトフォーカスのような効果が得られる。全体としては、ソフトフォーカスよりもいっそう幻想的な感じになる(作例1、2)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Photo1 >
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Photo2 >

このとき、ピントを変えたことによって、絵の縮尺が変わってしまっては問題が起きる。ピントのカチッとフワッとの位置がずれてしまう。それより、もっと大きい問題は、被写体の輪郭線の付近が背景に負けて欠けてしまうのである。二重露光で絵が重なった場合、明るいほうが勝つ。樹木のような暗めの背景に、髪の色が蛍光ピンクの人ならよいが、晴れた空を背景に、黒い髪の人では、完全に負けて、頭の一部がなくなってしまう。

この問題は、遠方にピントを合わせたときに、絵の縮尺が小さくなるときに起きる。今あるレンズはたいていこのタイプなのである。

●コスプレと二重露光は相性がいい

風景写真の場合だと、できるだけ写実的に情景を切り取ることにより、その場の臨場感を忠実に伝えようとするのがよいのかもしれないが、コスプレ写真の場合、必ずしも写実的な描写がよいわけではない。「コスプレをやっています」という現実を伝えたいわけではなく、架空の物語の世界を表現したいのであるから。

架空のキャラを理想として、それを人間が真似るわけだから、どうしても人間がキャラに追いつかないという限界は避けられない。そこを写真特有の効果で補い、現実くささを薄れさせるのが撮る腕前の見せどころだともいえる。こういう目的に、上記の二重露光の手法は、よく適している。

逆に、写真特有のさまざまな効果がアニメ作品の絵に取り込まれることがある。ソフトフォーカスの効果はどの作品にも当たり前のように多用されている。写真では、光のいたずらで、写実性を阻害するさまざまな現象が起き、「フレア」とか「ゴースト」と呼ばれて邪魔物扱いされるが、そういうものでさえ、なんらかの効果が見出され、使われることがある。

強い逆光を浴びて撮ると、カメラのレンズ間で何回も往ったり来たりの反射が起き、絞り羽根の形がフィルム上で結像してしまうことがある。絵の中に、白っぽい五角形あるいは六角形が、斜め線上に点々を連なって写りこんでいるという形で現れる。「マリアさまがみてる」のアニメ版では、この絞り羽根が描き込まれた絵があった。二重露光の効果も、いつかアニメで使われることがあればいいと思う。

●で、作れるの?

では、そういうレンズが物理的に製作可能なのか、検証に入りたい。

そもそもレンズとは何か? レンズとは、平行に入ってきた光を屈折させ、一点に集めるような形に加工された透明物質である(図1)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig1 >
(厳密に言うと、これではちょっと狭いけど。凹レンズもあるし、屈折ではなく回折現象を利用した回折格子レンズもあるし)

光が集まった点を「焦点」といい、レンズから焦点までの距離を「焦点距離」という。入ってきた光が一点に集まるのが理想だが、いろいろな要因で、そうならないことがある。これを「収差」という(図2)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig2 >

では、レンズを使うと、なぜ写真が撮れるのか? 物体の表面に光が当たると、あらゆる方向に拡散反射する。物体の表面上の一点から拡散した光のうち、レンズの表面に当たった分は、レンズの表の面と裏の面とで二回屈折して通り抜け、しばらく行ったところで一点に集まる。そこに何もなければ、そのまま直進して、再び広がっていく。物体の別の一点から拡散した光は別の一点に集まる。そこで、光が集まる点からなる平面上にスクリーンを立ててやると、物体の倒立像が現れる(図3)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig3 >

スクリーンの代わりに、受けた光の強さに応じて化学変化を起こす乳剤を塗った透明フィルムを置き、そのフィルム上に像を映し出した後、現像処理を施すことによって、乳剤の化学的変化を透明度の差異に置き換えてやることで、絵が記録される。これが写真のしくみである。デジタルカメラの場合は、フィルムの代わりに、受けた光の量に応じて電圧を生じるフォトダイオードに置き換え、電気信号として絵を取り出す。

●ピントによって画角が変わる

次に、画角とは何であるか? 画角とは、物体側のどれだけの範囲がフィルムの枠内に収まるかを表す角度のことである(図4)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig4 >

カメラを持った人が実際の風景を眺め、まっすぐ左から、斜め左前、正面、斜め右前、まっすぐ右へと、ぐるぐるっと180度見渡したとき、そのうち何度がフィルム上に収まるか、という角度である。

画角は、フィルムのサイズとレンズの焦点距離とによって決まる。フィルムの範囲を底辺として、焦点距離を高さとするような二等辺三角形を考えると、その頂角が画角に相当する(図4のハッチング部分)。

さて、被写体が非常に遠くにあるときは、焦点距離のところに像ができるが、近くに寄ってくると、ピントがぼけてしまう(図5)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig5 >

このときは、フィルムを焦点距離よりも離してやると、ピントの合った像ができる。被写体がどんどん寄ってくると、フィルム面をどんどん遠ざけなくてはならないが、このとき、画角も変化していく(図6)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig6 >

被写体が近づけば近づくほど、画角が狭くなるのである。つまり、ピント位置によって画角が変化しないレンズは存在しない。ないものねだりであった。

●レンズは一枚ではない

しかし、あきらめるのは、まだ早い。この結論は、レンズ一枚では無理だと言っているにすぎない。実際のカメラで使われるレンズは、一枚だけということはなく、何枚かを組み合わせて構成されている。複数のレンズを組み合わせる目的のひとつは、収差の除去である(図7)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig7 >

しかし、それだけでなく、ズーム機構のような機能性を持たせることもできる(図8)。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR061027/FigDGCR061027.html#Fig8 >

レンズ群をふたつのグループに分け、グループ内では互いに固定して、グループ間の距離を変化させることにより、画角が制御できる。言い換えると、レンズ全体としての焦点距離を変化させることができるのである。ということは、ピント位置によって変化した画角をズーム機構でなおしてやればよいのである。

第一の懸念が払拭されたとたんに、第二の懸念が台頭してくる。一億円出してでも欲しいレンズがただのズームレンズだったというオチ。それもなさけない。

まあるい緑の山手線の真ん中を通って延びる中央線の沿線に住んでいる私は、さっそくヨドバシカメラに行って、ズームレンズを片っ端から覗いてみた。画角が変わらないようにピントをズームと連動させたものは見あたらなかった。しかし、驚いたことに、ピントを近くに合わせるほど画角が広くなるという、通常とは逆の動きをするものがあった。それができるなら、一定に保つことだって可能だろう。きっと誰も欲しがらないので、別の機能を優先して、こうなったのだろう。だとしたら、連動機構をなおすだけである。新たにレンズを設計しなおさなくても済むので、一億円もかからないだろう。

●私はクロマニヨン人

行ったついでに、デジタル一眼レフも見てみた。私はフィルムカメラで撮っているが、そろそろデジタルが欲しくなってきた。キヤノンの EOS 5を使っているので、レンズの互換性から、デジタルもキヤノンしか選択肢はない。ところが、あろうことか、キヤノンのデジタル一眼レフは、どれもこれも多重露光の機能が備わっていないのである。げ。

そういうのは二枚別々に撮っておいて、後でやれ、と。それだったら、画角が違ったって、片方を拡大なり縮小なりして合成すればいいわけだよな。普通そうするもんなの? なんだか自分がものすごーく時代遅れの人のような気がしてきた。あー、ショック。

しかし、面倒な後処理なしに、その場で絵が合成できたほうが便利ではないか。レンズの先につけるフィルタで、中心付近の円内は素通し、周辺部では回折格子でレンズ機能を持たせ、中心部で近くの物体にピントを合わせると、周辺部では遠くの物体に合ってるようにしたらどうだろう。

一回の露光で済むし。ファインダー絵が見れるし。動画も撮れるし。言っちゃう前に特許出願しておくべきだったか。

(付記)図はレンズ設計ソフト「ZEMAX」を使って作成しました。図中の花の絵はフリー素材の「Star Dust 素材館」よりいただきました。
< http://lunar.littlestar.jp/stardust/ >

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。日曜日、高橋里季さんの個展に行ってきた。原宿という場所柄によく合った、いまどきの女の子のイラスト作品。モデルはいないというが、ライフスタイルまで見えてきそうな現実感。赤と白のほぼ相似な女の子二人の絵のタイトルが「フィボナッチ数列」って...。数学から物理、哲学、宗教、精神分析、文学、美術、萌え... とすっかり話し込んじゃって、楽しかったぁ。
里季さんのサイト:
< http://www007.upp.so-net.ne.jp/RIKI/ >

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■編集後記(10/27)

・仕事中に音楽を聴くことはほとんどなかったのだが、最近イヤホンで聴き始めたらけっこう快適なことがわかって、夜の仕事の時は聴いていることが多い。夕食にビールや日本酒を飲むと眠くなってしまうので、それを防止する意味もある。はじめはスカイプ用のヘッドセットだったが、メガネのつるとヘッドホンが耳のあたりで触れ合ってなんとなく落ち着かないので、イヤホンにしてみた。iPodは持っていないので、マック本体のイヤホンジャックにつなぐ。しかし、本体をかなり離したところにセットしているので、普通のイヤホンではコードが短くて届かない。コード延長のグッズを探して、1メートル延長できた。主にクラシックとSF映画のタイトル音楽を聴いているが、久しぶりにKRYZLER& KOMPANYを試したらなんという快感だ。しばらくはこればっかりだ。ここ数日は珍しく外出したが、電車の中では耳栓代わりに音楽は必要だなと感じた。昨日は、学校の教師らしい女性二人が吊革につかまって、問題ある児童のことを声高に話し合っていた。聞きたくないが聞こえてしまう。公衆の面前でふさわしくない会話だ。おもにしゃべっている方の下品な口調と、内容のくだらなさに辟易して、少し離れたブロックに移動したがまだ聞こえていた。ああ不愉快。このごろは不愉快な物件がどんどん増えている。見たくないものは、電車の座席で女性の化粧である。なんという不運、二度も遭遇した。恥ずかしい行為だ。本人が自覚していないようだから始末が悪い。マナーキャンペーンが必要だ。(柴田)

・所幸則さんにお会いするなんて恐れ多いなどと言っていたのに、終電までちゃっかり飲み会に参加。舞い上がっちゃってみっともない自分がいたけどとっても幸せ。天使をモチーフにしたものって、なんていうか実感がなくて心を動かされることが少ない。背中に何かついてますよ、という感じなのだ。幼児に天使の羽根を背負わせると可愛いけど、それは蜂の羽根でも可愛いし。漫画での墮天使の黒い羽根が散らばっているところは綺麗だけれど、これは薔薇の花びらが散っているのと同じように背景の一部に見てしまう。友人らは天使の羽根、翼、卵から羽根が生えたモチーフなんて大好きだし、天使の絵も好きだ。私は天使はもちろん、色鮮やかなものもあまり好きではなかった。でも所さんの天使の世界は好きだし、鮮やかさも好き。所さんが「(写真で使われる)天使の羽根ってみんな同じでしょ。ふわふわの白い羽根。背負ってます、って感じの。同じになるのがいやだったんだよね。僕の中の天使の羽根のイメージは……。」とおっしゃられて、はっとした。そっかー、あのどこにでもある羽根じゃなかったから、天使を意識せずに、何か現実にいないものというイメージのまま受け入れられることができたんだな。写真だと背負った羽根の重力を感じたりするところに嘘くささを感じていたんだな。そしてそのイメージを実現させるために3Dソフトが必要だったり、エアブラシが必要だったり。鮮やかな天使を際立たせるためには黒バックにしようと、私なら安易に思ってしまうのだけれど、所さんのは黒バックのものよりビビッドなもの、パステルカラーのものの方が天使や人物が目立つのも不思議。(hammer.mule)
< http://www.seian.ac.jp/event/artsite/artsite_2006.html >  11/2まで
< http://www.tokoroyukinori.com/ >  公式
< http://www.dgcr.com/kiji/tokoro/ >  まつむらさんの

photo
レッドルーム
クライズラー&カンパニー 鷺巣詩郎
ERJ 1996-07-21
おすすめ平均 star
star大好きなCDです
starようやく出会えました
starエネルギッシュ
starレッドルーム
starベストアルバム

ブルールーム フォルテシモ SHOWCASE シャコンヌ Traveling Notes

曲名リスト
  1. オールド・ランドマーク
  2. 草原情歌
  3. 美しきロスマリン
  4. 愛のよろこび
  5. 恋は魔術師
  6. 水族館
  7. 花のワルツ
  8. 白鳥の湖
  9. ヴィーナス・ラヴ
  10. ムーンフラワー
  11. 春(ザルツブルグ・ライヴ・ヴァージョン)
  12. カプリス(ザルツブルグ・ライヴ・ヴァージョン)
  13. 悲しい王様
  14. 交響曲第5BURN「炎のベートーヴェン」
  15. ジュピター
  16. レインドロップス・イン・マイ・アイズ

by G-Tools , 2006/10/27

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