笑わない魚[214]死ぬ気で平成十八年をふり返る
── 永吉克之 ──

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前回のコラムの原稿を編集部に送ったら、連載は年内あと一回、「死ぬ気で頑張れや」という返事を編集長からもらった。そうだな、どうせ妻子も両親もいない天涯孤独の身、いつ死んでもいい、命短し恋せよ乙女、明日の月日のないものを、と志村喬もブランコに揺られながら歌っていたことだし、というわけで、今回のコラムは死ぬ気で書くつもりだ。

今年一年をふり返るという、誰も思いつかないようなユニークなテーマで書こうと思うのだが、考えてみれば「死ぬ気で頑張る」とはどういうことなのかよく分らない。いろんな解釈ができるからである。


●「死ぬほど気を入れて頑張る」説

つまり、致死量に達するほどの気を注入して頑張るという意味だが、私は気功の経験がないので、どうやって気を入れたり出したり切ったり貼ったりするのか知らない。それに、そんな膨大な量の気を入れて死んでしまっては、頑張れるものも頑張れなくなるから、おそらく、そういう意味ではないだろう。

●「結果的に死ぬことになろうとも頑張る」説

国家権力や、特定の思想・宗教団体の信条や教義を皮肉るようなことを書いて暗殺されるというのは、いつの世にもあることだ。かなり以前のコラムになるが、某宗教の教義の解釈について書いたことがある。私としてはそれを皮肉るつもりはまったくなかった。意図的にちょっと曲解しただけだ。

しかしそれに対して、某新興宗教団体に属していると思しき数名の読者から抗議のメールをもらった。なかには、宗教に関する問題はデリケートなので、発言には気をつけた方がいいですよ、先生と、やんわり脅しをかけてくる内容のものもあった。

つまり編集長は、そういう危ないことを頑張って書けと言っているのだろうか。もちろん私は何も恐くない。言論の自由を圧殺しようとする者に対して自分の身を危険にさらすのは覚悟の上だ。しかし身近な人たちに累が及ぶことがあってはならない。私には、妻と三人の子、そして老いた両親がいるのだ。そういうわけで、この説を支持するわけにはいかない。

●「死んでいても頑張る」説

仮に肉体が滅んでも、執念で頑張り続けるという意味だ。ハエがたかり、ウジがわいている腐乱死体がパソコンに向かって頑張るのだから、さぞや凄まじい光景だろう。「そんなわけで、平成十八年は私にとってまさ飛躍の年になった。この勢いを来年につなげてゆきたい」とかなんとか締めくくったことろで絶命する。…いやもうすでに死んでいるのだから、絶命するというのも変な話だ。なんと言えばいいのだろう。

ジョージ・ロメロの映画では、ゾンビは頭を銃で撃たれたら活動を停止していたが、それは死んだのではない。ゾンビはもともと死体だからだ。死体を殺すというのは、すでに解雇した社員をわざわざ呼び出して、お前なんかクビだ、この野郎、と悪罵を浴びせるようなものだ。そんな、人の名誉を毀損することは私にはできない。

●「いまにも死にそうな状態で頑張る」説

これが「死ぬ気で頑張る」のニュアンスにいちばん相応しい。なぜかというと、この言葉の雰囲気に最も似つかわしいからだ。つまりこれが他の説に比べて、断然フィットするし、おまけにマッチしていて、しかも適切だということだ。

人間は死にそうなときにこそ本来の力を発揮するのである。アンナ・パブロワが舞う『瀕死の白鳥』(チャイコフスキー)は観たことはないが、その美しさたるや、えも言われぬ美しい花を咲かせて散ってゆく、なんとかという名前の花、死の間際に竪琴のような優雅な羽音を鳴らす、なんとかという蝶を彷彿とさせるもので、私は劇場で観終わったあとも、しばらく席を立てなかった。

【いまにも死にそうな状態で平成十八年をふり返る】

こ、今年も残すところ、わずか10日となりま、した…ううっ。こんどの正月まで、なんとか生きて、最後の雑煮、た、食べたいなぁ…ぐはっ(吐血)…

今年の話題といえば、ハアハア、安倍さんが、しゅ、首相になったことですけど、で、でも、どう…して首相の奥さんって、みんなそこそこ美人なんでしょうか…ねえ。うぐっ! み、水だ…水を飲ませてくれ…

…政治家として、せい…成功するには、やっぱり…奥さんもそこそこ美人じゃないと、かっ、格好がつかないんでしょうかね、ねえ…ごほっごほっ…政治家といっても、ごほっ、見かけが大事なんですね、は、ははは…ごほごほ…

…政治家としての器なんて、し、支援者にもなかなかわからないけど、とにかく…とにかく奥さんがそこそこ美人…で、せ、性格もそこそこなら、そりゃ…ダンナの印象も、よく、なるって、もんで…しょう、うう…目が、目がよく見えない、もっと光を!

外交面では…しょ、将軍様に振り回された一年だった…か、な…。でも、あの顔で、あの…あの出っ腹で人民の圧倒的支持を集めてるんだから、さ、さすがは…さすがは独裁政権ですよ…ね。せ、政治は能力で行なう…もの、容姿じゃない。だから…一日も早く、テポドンに核弾頭をつけて、いつでも発射できるようにして…わが国を、き、北朝鮮の脅威から守ってくだ…さ…ぐひ(絶命)

【ながよしかつゆき/傍観者】katz@mvc.biglobe.ne.jp
来年のNHK大河ドラマは『風林火山』だってさ。『源義経』『功名が辻』に続いて、3年連続で戦乱ものですか。いったいいつになったら、戦のない世の中になるのだろう。

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NHK大河ドラマ 風林火山〈1〉風の巻
井上 靖 大森 寿美男
日本放送出版協会 2006-11

by G-Tools , 2006/12/21