[2144] 真っ白な手帳が欲しくなる

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<「で?」>

■音喰らう脳髄[23]
 サンマ、天空を翔ける
 モモヨ

■創作戯れ言[5]
 評価について
 青池良輔

■買い物の王子さま[136]
 真っ白な手帳が欲しくなる
 石原 強

■イベント案内
 「この街のクリエイター博覧会」本日開催!


■音喰らう脳髄[23]
サンマ、天空を翔ける

モモヨ
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日曜日の新宿は、東京マラソンで朝からてんやわんや、激しい雨にもかかわらず大変な人出だったようだが、昼も間近い頃になると、さすが冷たい雨降る天候に似つかわしい閑寂なそれに戻っていた。

その閑寂な街路をぬけて新宿タワーレコードを目指す。氷雨と言ってもいい冷たい雨だ。本当なら、氷雨そぼ降る中、出かけるのもためらわれるところだ。天候にかこつけて逃げたいところだが、仕事であれば逃げるわけにはいかない。何をぶつぶつ言っているのか不審に思われる方もあろう。タワーレコードで何があったのかというと、前回のコラムで書いたようにインストアライブを敢行したのである。それもエレキギター一本での弾き語りだ。

エレキギター一本での弾き語りは、これまで何回かライブハウスで試みてきたが、インストアというやつは初めてだ。その昔、店頭ライブというのを幾度か経験したが、全てバンドでの演奏だった。弾き語りなど、そもそも人前でやったことがないばかりか、エレキというのは弾き語りに不向きなところが多々ある。単なる弾き語りなら、アコースティックギターの方が楽にきまっている。コードをジャカスカやればいい。

「ならばエレキを使わなければいいじゃないか」

そう思われるむきもあろうが、私の場合、エレクトリックにとことんこだわっているところがある。なぜそれほどこだわっているのか、我ながら理由が見つけられない。不条理であることは百も承知だが、それでもこだわっている。まさに理由なき反抗である。私はとことんパンクス、あるいはロッカー向きに生まれついているのかもしれない。

新宿タワーレコード七階奥の、小さな舞台を目の前にして緊張がさらに高まる。なにしろインストアライブである。昔ながらの言葉では、店頭演奏あるいは店内演奏である。言うなれば、口上をうなって物販するテキ屋さん、路上での実演販売そのものである。CDを照らすのと同じ白色の照明がステージをも照らす。剥き出しの光だ。

そのミニステージ上に、鮮魚店の店先に並ぶサンマのような自分の姿を脳裡に描いてみる。まさに晒し者ではないか! 舞台特有のギミックを何一つあてにできず白金の光にさらされて、自分は耐えられるだろうか……不安のあまりに腹痛を覚えた。いや吐き気すら覚える始末だ。しかし、これは仕事である、覚悟はできていたはず、などと自分に言いきかせつつリハーサルをこなす。

この段階を終えてやっと覚悟が固まった。

フリップ&イーノに似たエレクトロニクスよりのアプローチで、新しい弾き語りスタイルを確立する。今回のコンセプトはそれだ。ために数多いリハーサルもこなしたし、ライブハウスのステージで実験も済んでいる。なにも晦(くら)ますことのない状態で、断固たる気合で筆を和紙にはしらせる、エレキギターでの弾き語りに必要なのはそんな覚悟である。覚悟が固まれば、あとは……。

それから本番まで、正直をいうと信じられないほどに天恵の連続だった。どういう事情からだろうか、新しいメロディやコード展開、歌詞などが次々と心のうちに湧いてくる。そのアイデアを形にすることに追われさえする。そして、天翔ける心地のうちにライブが終わっていた。なにが起こったのか、わからない。ライブは上出来だった。そればかりか歌の種さえ心にきざす至福の数分間だった。

考えてみれば、インストアという環境は覚悟を固めるに最適だったのかもしれない。どこでも演奏させてもらえる場所があれば出かけていく。その覚悟の果てに、いまだ見たことのない風光が見えてきた。人生とは不思議なものである。今週末は、この覚悟を持って大坂へ行く。梅田のタワーレコードでもサンマは天を翔けるだろうか? すべては覚悟一つにかかっている。

Momoyo The LIZARD
管原保雄
< http://www.babylonic.com
>

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■創作戯れ言[5]
評価について

青池良輔
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コンテンツ制作を行う上で、常に気になる事に「評価」があります。

感想やコメント、クライアントの満足度など様々な形で受け入れなければいけません。もちろんそこには「良い評価」と「悪い評価」があり、なるべく良い評価を得られる様にがんばっている訳ですが、「評価ばかり気にしていると良い物はできないよ」という話も耳にします。

評価を気にして作品が良くならない理由は、「萎縮する」「ウケ狙いに走る」「こびる」「安全策をとる」などでしょうし、確かに健康的な創作環境とは思えません。クリエイターと名乗る限り、自己表現はちゃんとしておきたいと思うのが当然だと思います。しかし、「評価を気にしない方が良いよ」という言葉には、何となく偽善のニオイも感じてしまうのです。極端な話、全く評価を気にしないということであれば、作品には表現の勢いや個性は出る可能性が高くなるかもしれません。しかし、「で?」と。

少なくとも、コンテンツ制作という仕事においては「努力」は作品自体の評価対象ではないと思います。ものすごくがんばって作ってみても、長年温め続けた企画を食う物も食わず必死に完成させたけど、「で?」と。こういう事をいうと冷血なプロデューサーのようですが、コンテンツの評価の基準がそこにないのですからしょうがないかと。

僕の場合、今まで作ってきたコンテンツのほとんどは受注であれ、オリジナルであれ、なにかしらの「対価」をもらって制作しています。その対価は、評価の金額換算と考える事もできるでしょう。より自分のコンテンツを高く買ってもらえるには、それなりに評価を予測する意識をもっていかなければいけないと考えます。よりコンテンツを魅力的に見せる創意工夫を取り入れたり、アイデアをもう一段深くブレインストーミングしてみたりというのは、決してマイナスではないはずです。「前向きに評価を気にする」ことで「萎縮」は「空気を読む」、「ウケ狙い」は「ターゲット設定の明確化」、「こびる」は「よりわかり易い内容、ユーザビリティーを考える」、「安全策」は「メジャー感をもたせる工夫」に変わっていくのではないかと思います。

そこで改めて「評価を気にしない」という言葉の偽善を考え直してみると、「評価と向き合う事を避けている」ように思えるのです。僕はコンテンツ制作をする時に、かなり評価について悩む方ですが、正直いつも「怖い」です。企画書でも、脚本でも、作品自体でも、それを見せる時には「う〜」とか言いながら、もじもじしています。もちろんできる限りの努力をして良い物を創ろうとしていますが、「はぁ〜ん。がんばって、この程度?」と言われる恐怖は、自分の才能や人間性を否定されているように感じてしまいます。

完全燃焼して「イマイチ」と言われる位なら、「評価は気にしない」というヨロイを着込んでしまった方が安全です。そして「純粋な自己表現を追求してみたい」という言い訳を準備した安全策こそが偽善のように思えるのです。良い評価が出たら身を翻して「狙ってました」と言いそうな口先だけの軽さを感じるのです。

では「ひたすらにズルく。計算高く作品をつくればいいのか?」というと、ちょっと考えてしまいます。「分析」とか「駆け引き」とか「誘導」とか、それはそれで非人間的な感じがします。理詰めでプランニングされ、評価さえ計画の中に取り込んでしまえば、何を言われても怖くなくなります。ただ、これは大変極端な例で大手の代理店にでもならない限り実現は難しそうです。

僕などは、「評価を気にしないっていうのは、偽善っぽい」「評価は気にして制作してるけど、怖い」「理想の結果を出せるような分析力もない」と、ただ翻弄され憔悴していっているような感じがしますし、どこかで手を打たないと、コンテンツ制作そのものができなくなりそうです。

今の時点では、言い訳や恐怖や分析など全てをひっくるめ、自己評価と自己分析の結果を具体化して、自分自身の背中を後押しする必要があるようです。

コンテンツ制作の実際において、周りの人の意見や決定を除き、もろもろ自分で決めないといけない事には、「こうやったらこう言われるだろうな・・」という「漠然分析」。「あ〜、なんかヤバい感じがするけど、これでいこう」という「恐怖対策」。「この位は言い訳させてもらおう・・」という「甘える準備」など、心の中にラインを引くしかないかなと思っています。

外部の評価と上手く付き合うには、まずこの自己評価が納得できる所までの作品を作れば良いと感じます。最終的に褒められても、叩かれても、自分の中でもろもろの「評価基準」ができていれば相対的に判断できるでしょうし、コンテンツ公開前から無駄に怯えなくても良いような気がします。

自己評価の基準は、経験や自信などで刻々と変化してゆきます。良いと思っている事も、ケースバイケースで判断が変わってきます。立ち位置が変われば、同じ評価を外部から受けてもその感じ方も変わるでしょう。今の自分が「面白い」と思える物に注力するのが第一なのかもしれません。

生意気言いました。

【あおいけ・りょうすけ】your_message@aoike.ca
< http://www.aoike.ca/
>
1972年生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。学生時代に自主映画を制作したのち、カナダ・モントリオールで映画製作会社に勤務する。Flashアニメシリーズ「CATMAN」でWebアニメーションデビューする。芸術監督などを経て独立し、現在はフリーランスとして、アニメーション、Webサイト、TVCMなど主にFlashを使い多方面なコンテンツ制作を行う。

・書籍「Create魂」公式サイト
< http://www.ascii.co.jp/pb/flashbooks/create-damashii/
>

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■買い物の王子さま[136]
真っ白な手帳が欲しくなる

石原 強
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毎年のように新調するけれど、ほとんど使わずに終わってしまうのが手帳です。スケジュール管理は仕事の基本とは分かっているものの、いつも途中で書き込むのが面倒になってしまいます。年末にほとんど真っ白な手帳を見ると、もったいないと思うけど翌年はもう使えません。

スケジュール管理のための手帳というよりも、思いついたアイデアを書き留めたりどうしても必要な予定をメモしたりという雑記帳のような使い方をしているので、日付の入った手帳は性に合わないようです。

それでもずっと使える手帳が欲しいと、いつものようにサイトのお店を物色している時に、まずネーミングに惹かれて欲しくなったのが「トラベラーズノート」です。外国製かと思ったら日本の文具メーカーのもの。しかもデザインしたのは、可愛いノートや便せんのイメージの強い「ミドリ」です。

「手に取って旅に出たくなるノート」というコンセプトは、いかにもカッコつけすぎと思ったけど、日付も掛線も何もない白紙のリフィルなら、日頃のちょっとしたことを書き留めるのに良さそう。気が向いた時だけに使うのもいい。

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使い込むほどに味わいが増すレザーカバーとノートというシンプルな作りで、
ポケットシールや表紙の留めゴムなど様々なカスタマイズが可能。旅の思い出
や趣味の記録を残したり、日々のビジネス手帳としてもご利用いただけます。
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サイトあるいろいろな使い方を眺めていたら、使ってみたくなりました。値段は3360円とちょっと高いけど、毎日使うなのなら元はとれます。自分らしくカスタマイズも楽しみたいので、黒と茶の二色から、より変化が楽しめそうな茶色を選びました。

三日後、サイトのロゴ入りの小振りな箱が届きました。パッケージは素朴な雰囲気の白い布袋でした。取り出してみると軽くて片手で持てる手頃の大きさがいい。タイのチェンマイで作られているという、革表紙のくたっとした感触もいい。

リフィルは無地で薄いものが一冊、革の表紙にゴムで綴じてあるだけ。開かないように留めるのもゴムのバンドで本当にシンプルな作りです。これっぽっちも装飾がないのがいい。早速、手近にあったボールペンを挿して鞄に入れて旅行者気分で出かけます。

昔ながらの製法でなめされた革表紙には表面加工もありません。表紙の革は柔らかいから鞄の中に入れていたら、すぐにキズだらけになって早くもいい雰囲気に育ってきています。

なんだかこの手帳は持っているだけで満足してしまいました。せっかくだから何でも書き留めようと思っているのだけど、なんだかつまらないメモを書くのがもったいないような気がして、いつになっても中身は真っ白な状態のままなのです。

手帳を買ったお店「エキサイトイズム セレクトショップ」
< http://blog.excite.co.jp/ismshop/
>

【いしはら・つよし】info@muddler.jp
ウェブプロデューサー、ウェブアナリスト
このお店はつい最近、2月13日に閉店してしまったようです。Safariのデフォルトページにもよく新商品へのリンクが出ていたのでチェックしていました。この手帳はGoogleで検索すれば扱っているお店がいくつも見つかります。
・ウェブアナ
< http://www.muddler.jp/
>

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■イベント案内
「この街のクリエイター博覧会」本日開催!
< http://www.mebic.com/event/konokuri/20070220.html
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Mebic扇町では「この街のクリエイター」を中心に構成される実行委員会により、クリエイターの交流を促進し、顔の見える関係を深化させることで互いに触発し、モチベーションやスキルの向上、クリエイター同士あるいはクライアント企業との連携促進を目的としたイベント「この街のクリエイター博覧会」を開催します。

日時:2月20日(火)14:00〜21:30(交流会:20:00〜21:30)
場所:Mebic扇町2F(大阪市北区南扇町6-28 水道局扇町庁舎2F)
< http://www.mebic.com/access/
>
参加費:無料(交流会2,000円)

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■編集後記(2/20)

・娘が風邪をひいて不調なのでクリニックに行った。風邪なんぞ医者も薬も不要、二〜三日寝てりゃ治るというのがわたしの主張だが、幼児を二人を抱えていてはそうはいかないというところか。頼まれて薬局に薬を受け取りに行ったら、えっ、うっそーと思うくらい薬が山盛りで出てきた。風邪の諸症状を緩和する薬が四種類、胃関係が二種類、それにうがい薬だ。六種類の薬はいっぺんに飲んでいいですよと言う。各薬品の名前、形状写真と効能と服用法をまとめてレイアウトし、インクジェットでカラープリントした説明書がついてくる。便利な世の中だ。2000円を軽くオーバー、薬代でこんなにかかったのは初めてだけど。うがい薬の他はいらないような気もするが、患者はこれで一安心するだろうからいいのかも。プラシーボ効果か。わたしなんぞ、市販の風邪薬でさえもう数十年飲んだことがない。二か月に一回くらい、頭痛が耐えられず鎮痛剤を飲むくらいだ。薬は身体にとって異物に決まっている。飲まないにこしたことはない。よく理解できないのが「食前・食中の服用が効果的」という胃腸薬だ。頭が痛くなる前に鎮痛剤飲めっていうのと同じではないのか。挨拶のため立ち上がった長塚京三が「食べる前に」と発すると、野村監督が現れて「ノム」と一言、静寂の宴会場。いいんだなあ、絶妙の間、このCM好きでたまらん。ついでに言うと、頻繁に流れるW田とS助が悪だくみしているとしか見えない、生えてくる云々のCMは違和感満載の微妙なCMだな。(柴田)

・ホラー映画ばかり見ている人に話を聞いた。「怖くないの?」「怖がらせるための仕掛けが見えるからなぁ。」「じゃあストーリーにのめり込むってことは?」「ないね。怖がらせるためにいろいろと大変だなぁと(作り手に)同情することはあるけど。」「気持ち悪くなったりは?」「それもないなぁ。所詮は作りものだし。B級だと笑えるし。びっくりすることはあるな。」「でもわざわざホラーを見なくても。」「んー、恋愛映画や政治モノは見ていて疲れるでしょ。ハリウッドは大仕掛けで映像やストーリーを追うのが疲れる時あるし。ホラーだと気楽に見られるしなぁ。怖がらせてくれる新しいアイデアがあるのだろうと毎回期待しながら見るし。あ、でもちゃんと覚えているのは数本だけだな。」……何のためにホラー映画を見ているのだ?(hammer.mule)