笑わない魚[222]続・政令指定都市はいいかもしれない
── 永吉克之 ──

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【注】これは「笑わない魚」[177]の続編ともいえるが、それを読んでもあまり意味がない。なぜなら、この原稿を書き上げてから[177]を読み返して、結局、似たよーなことを書いてしまった、ということに気づいたからだ!

昨年四月に、わが大阪府堺市が政令指定都市になってから一年、人口は急増し、面積も三倍にまで拡張した。人びとは、あらゆる悪徳、憎悪、羨望、貪欲から解放され、豊かさと平和を享受している。過去に罪を犯した者は、寺や修道院で改悛と贖罪の日々を送っている。そして猛獣たちも、もはや狩ることをせず、鹿や兎たちと仲よく水を飲み、草を食む。

日の出の時刻になると、人びとは、いっせいに窓を開け放ち、そして、口ぐちに叫ぶ、おはよう、おはよう、と。その声は生駒山の中腹にぶつかり、こなごなに砕け散って、みぞれのように、奈良県民の上に降りそそぐ。こうして、堺の一日は始まる。


日の入りの時刻になると、人びとは、いっせいに窓を閉じ、そして、口ぐちに叫ぶ、おやすみ、おやすみ、と。その声は部屋中に共鳴し、窓ガラスはこなごなに砕け散って、爆弾片のように、通行人に襲いかかる。こうして、堺の一日は終る…

もし、政令指定都市になっていなければ、堺市民は、こんな喜びに満ちた生活を願う気持すら持てず、陽の光の届かない地の底を這うような絶望の日々を、いまだに送っていたことだろう。

しかし今や多大な権利を得て、堺市民は、かつて織田信長にすら楯突いた時代の誇りと自信をとり戻し、お上にはばかることなく天下国家を語り、いつ誰とでも自由にセックスができるようになった。

政令指定都市はいい。仮に堺市を出るとしても、住むならやはり政令指定都市と決めている。このエロス、いつ果てるとも知れない恍惚、尽きることのない官能の愉悦。アヘンにも似た背徳の快楽。いったん政令指定都市の甘い蜜を味わってしまったものにとっては、もう他の都市は不毛な荒野でしかないのだ。

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この四月、浜松市と新潟市が、あらたに政令指定都市の仲間入りをした。そこで思うのだが、この二都市を最後に、政令都市の指定は廃止するべきではなかろうか。今回の昇格で政令指定都市の数は17となった。四捨五入すると20である。ピリオドを打つにはキリのいい数字だ。

いや決して、これ以上政令指定都市が増えて、堺市の価値が下がるのを心配しているわけではない。上の両市を、堺市の地位を脅かすものとして、恐れているなどということは断じてない。ましてや水戸市や船橋市など、政令指定都市昇格を虎視たんたんと狙っている都市を、ふん、小生意気な連中だと忌々しく思っていることなどあるはずがない。

もちろん浜松、新潟の両市が格上げになったことは、まことに喜ばしい。浜松市の銘菓「うなぎパイ」、そして新潟市出身の歌手、小林幸子は日本の、いやアジアの二大珍味といっていい。これだけの資源を有する両市が政令指定都市にならずして、いったいどの市がなるというのか。

ところで今年の三月の時点で、日本には「市」が782あるが、そのうちの17もの市がすでに政令指定都市になっている。ということは、46市に1市が政令指定都市ということになるわけだが、これは少し多過ぎはしないだろうか。

スペースの都合で、ここでは詳しく説明することができないが、782という市の数を考えると、政令指定都市は15がもっとも理想的なのである。だから堺市を最後にすべきだったのだ。

まあ、考えてもみていただきたい。近い将来、50も60も政令指定都市が湧いてきて、選ばれた市民であるという特権意識に我を失った愚民どもが、手前勝手な要求を押し通し、道徳は廃れ、治安は悪化し、各地で掠奪や破壊が行われ、動物園のオットセイやフクロネズミやビーバーが逃げ出し、多くの市民がその餌食になるかもしれないであろうことを。

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ところで日本には、「先輩後輩」の秩序を重んじる美しい伝統がある。あまりに美しすぎて、暴力団や暴走族の中にまで浸透しているほどだ。そこで当然、政令指定都市間においてもその美徳は守られなければならない。でなければ、その都市は、暴力団以下の自治体と呼ばれることになるだろう。

ついこの間まで新入りの政令指定都市市民だった、われわれ堺市民は、わずか一年の差とはいえ、堺市よりも早く政令指定都市になっていた静岡市にも、他の先輩諸都市に対するのと変わりなく、心底より敬意を払ってきた。新幹線で静岡市を通過する間は、ずっと車内で起立している。

同じように、堺市民の後輩である、浜松市民、新潟市民が堺市に足を踏み入れる際には、まず最敬礼をしていただきたい。そして堺市民と話をするときは、相手が大人であろうが、ガキであろうが、野良犬であろうが、金魚の死骸であろうが、敬語を使っていただきたいのである。

ただ、堺市を一歩出て、非政令指定都市に入るときは、そんな気遣いは無用である。新参者とはいえ両市民は、まぎれもない政令指定都市市民なのであるから、それ以外の市民に対して敬語なんかで話してやる必要はない。相手が誰であれ、二人称は「おまえ」だけでいい。声をかけるときは「おい」、出入り口に誰かが立っていて通れないときは「どけ」。この三つくらいで充分である。

ヘタに敬語を使ったり丁寧に接するのは、連中に、自分が政令指定都市市民と対等になったかのような錯覚をもたせるから禁物だ。厳しいようだが、それが結局は彼らのためなのだ。

【ながよしかつゆき/骸骨】katz@mvc.biglobe.ne.jp
九月公開の映画『HERO』にエキストラで出演した。これは2001年に木村拓哉、松たか子主演で放映されたテレビドラマの映画化。設定は東京なのに大阪府庁でロケをしたのは、府庁のような古風な建物が東京にはないというのが理由らしい。私は裁判所職員と報道記者の役(つまり使い回し)で、一応、ちょっとセリフもあるし、演技もしてます。カットされてるかもしれないけど。

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