Otaku ワールドへようこそ![58]私はUFOを見た!
── GrowHair ──

投稿:  著者:


ここ二〜三週間、UFOにつけ狙われている。私を拉致しようという魂胆らしい。外を歩いているときなど、ふと気配を感じて振り返ると、低空を円盤状の乗り物がホバリングしていて、側面から突き出た物質転送ビーム砲の銃口が発射のタイミングを見計らって私を追尾している。その度ごとに建物の陰などにさっと逃げ込んで、ぎりぎり難を逃れている。

UFOは全体がホログラフィックスクリーンで覆われていて、全方位カメラで撮った映像をリアルタイムで映し出しているため、あたかもあらゆる入射光がそのまま透過したかのような効果により、どこから見ても完全透明、見た目には何もないように映る。しかし、心の目というか、第三の目というか、存在を光によってではなく、重力場のゆがみによって感知する手段によれば、はっきりと姿を捉えることができる。

球形を上下から押しつぶしたような扁平な楕円体。直径10メートル、高さ3メートルほど。人のような形をした身長60センチほどのものが四つ乗っている。やつらの狙いは私の脳内妻、真紅らしい。テレビで自慢しすぎたようだ。

……てなことを本気で言い出すほど症状が進んではいないものの、このところオカルトの世界に引きずり込まれている。コミケで関わった同人誌「Spファイル」のせいである。


●「好き」と「信じる」の狭間で
「Spファイル」はオカルト的な不思議現象について、これでもかというほど語り倒す同人誌。毎年夏コミで新刊が出て四号目を数える。UFOの目撃談や超常現象の体験談を分析・解説したり、ゆかりの地を実地検分してレポートしたり。80ページほどの紙面のほとんどが細かい文字でびっっっしりと埋められている。大文字のSは「ハイ・ストレンジネス(とても奇妙な)」、小文字のpは「ロウ・ポッシビリティ(ありそうもない)」を表している。

今年の夏コミの号では、依頼を受けて、私も一枚かませてもらった。といってもオカルト方面に何の知識があるわけでもなく、担当したのは写真の撮影である。私の中では、同人誌を作る人たちはオタクの中でも一段高いところにいる。ネタ至上主義とでも言おうか、価値があるんだかないんだかよく分からないことに情熱のすべてを燃やし尽くす、崇高な精神の持ち主たち。チョイ役ながら、私も仲間に入れてもらえた気分。非常にうれしい。

門外漢の私に声がかかったのは、人づてによってである。知り合いの人形作家である美登利さんがまず引き込まれ、去年の夏コミの新刊向けに、人面魚を作っている。今年の新刊では、シモントン事件と称されるUFO遭遇事件をイメージした写真を載せようという企画があり、美登利さんを通じて撮影話が来たのである。札幌在住のプロのモデルであるみやびさんにお越しいただき、横浜にあるフォトスタジオ "StudioR310" で撮影した。
StudioR310 < http://r310.net/
>

「Spファイル」全体を通じて底流をなす独特のユーモアは、実にややこしいところに成り立っており、なかなか説明しづらい。執筆者はみんなオカルト話が大好きで、たくさんの書物を読み漁って豊富な知識を蓄えているが、だからといってすべてを鵜呑みにできるほどイノセントではなく、なまじ科学的知識や論理的分析力があったりするもんだから、話の粗雑なところはすぐに見抜けてしまう。痛烈な皮肉を投げつけてみたくもなるというものだ。

今年の号にも「直立二足歩行する人類、特にビリーバーと呼ばれる奇特な方々において、頭部に明確な二つの節穴がある。古くはコティングリー妖精事件において、紙を切り抜いて制作された二次元妖精の写真を名だたる紳士たちが声高に本物だと主張している。あまりの痛々しさに、撮影した二人の少女が真相の公表をはばかったほどである」とある。ついつい白熱しすぎる議論に対して距離を置いて静観するユーモア感覚である。

しかし、そんなに馬鹿にするのなら自分がその世界に入っていかなければよさそうなものではないかと思えば、そういうわけにもいかず、強い興味をもってのめり込んでいるわけだから、あんまり冷やかしてばかりいると、自分のまたがっている木の枝の元のほうを鋸で引くようなことになる。だけどもうそんなことはどうでもいいから、オカルトの世界を徹底的にほじくって遊び、ほじくりすぎて何もなくなってもさらにほじくって、しまいには何か出してしまおうという、すばらしいノリのよさなのである。

そのあたりを理解していなかった私は、去年の号では、見事なまでに企図にはめられた。

●オカルトを低くみていた

正直言って、私は、オカルト系に群がる人たちを心の中で低くみていた。超常現象を無邪気に信じるのも、意地悪く疑ってみるのも自由だけど、ただ、印象として、不思議な現象には執着する割に、正統派の科学には無関心なようにみえていた。真実にいたるための方法論に関する共通基盤が不在なのに、ただ熱いだけの真剣な議論を交わせば、紛糾して不毛な泥沼に陥りがちである。ならば関わらないのが賢明というものかな〜、と。

いや、妖怪や霊的現象のたぐいは迷信に属するもので、科学的に考えればいるはずがない、と主張しているのではない。それはそれでひとつの信仰にすぎず、科学はそんなことは言っていない。特に物理学は、帰納法という方法論を拠りどころにしており、これは観察された現実が先にあり、それらの膨大なデータに共通する法則をエッセンスとして抽出し、物理法則としましょう、という謙虚な方法論である。

帰納的法則に水戸黄門の印籠のような制圧力はなく、ここにあらせられるは法則様なり、自然はすべからくこれに従うべし、と振りかざしても効果はない。逆に、それまで正しいとされきた法則に反する現象が観察されたときには、法則のほうが修正を余儀なくされる。こうして科学は進歩してきた。

確かに、科学は雷が電気的現象だと解明してしまったし、月にはウサギがいないことを示してきた。これからすると、歴史的には、不思議な現象も次々に正体が暴かれていく流れだが、だからといって、最終的にはすべてのことに説明がついてしまい、神秘はなにひとつ残らないというところへ至るのかどうかは、誰にも分からない。

物質がまったく存在しないように見える宇宙空間でも、素粒子レベルで見ると、何もないところからエネルギーを借金して、粒子と反粒子のペアがポンと生まれたりするらしい。そして、一瞬のちには借金を返して消滅するらしい。ものがお化けのように突然現れたり引っ込んだりするのである。たまに運悪く、片割れのほうだけブラックホールに引き込まれて出て来れなくなり、もう一方が泣いて逃げてくることがあるようで、ブラックホールからもわずかな放射線が出ているように観察されるらしい。

こういう最先端の物理学のほうが、よっぽどオカルトっぽいと思うけどなぁ。なので、オカルトに対する真に科学的な態度は「判断保留」なんだと思う。

●小説の舞台をレポート

去年の夏の号の特集は、「駒木野の真実」。篠田節子の小説「ロズウェルなんか知らない」は、過疎化していく町を活性化しようと、UFOを観光の目玉に町おこしを企てる人々を描いているが、その舞台となった駒木野を訪れ、駒木野青年クラブのメンバーにインタビューしたり、駒木野円盤フェスティバルを取材したりして、レポートしている。

これがどれもこれも大変よく書けている。特に駒木野青年クラブの鏑木啓吾氏にインタビューした馬場秀和氏のレポートは秀逸で、ホレボレする。鋭い観察眼により情景の細部をよく捉え、そこから筆者や相手の心の動きを克明に浮き彫りにして、臨場感がある。TRPG(テーブルトークロールプレイイングゲーム)の世界では有名な人らしい。

先に着くバスで来る相手を待たせては失礼だからという奥さんの助言を聞いて一本早い電車で行ったところが、駅前に本屋すらなく、一時間近くの時間つぶしに困る。タクシーが一台、辛抱強く客を待っている。余計な期待を抱かせないよう、遠巻きに歩く。そんな寂れっぷり。

裏返ったような高い声でぶしつけにものを言う鏑木という男は、大手出版社からのインタビューだと勘違いしてやってきて、同人誌だと聞くと露骨に面倒くさそうな態度を表し、気まずい空気が漂う。しかし、「Spファイル」の説明をすると急に機嫌がよくなる。「これは同類を見つけたときの顔だ。いや、"自分より格下" の同類を見つけたときに、器の小さい人間が見せる、あの笑いだ。私はこの品のない笑顔をよく知っている」。

私はこれを読んで、その情景を確認しに行ってみたくなり、行き方を調べようと、ネットを検索してみた。そして、二人が待ち合わせたというJR三坂駅は実在しないことを知る。鏑木氏も、駒木野も、UFOフェスティバルも...。一冊丸ごとみんな巧妙なでっち上げ。やられた。

●怪しい者です

さて、前置きが長くなったが、最新号の特集は「なければ創ろうUFO事件」。ちなみに、第三号の次が第五号なのは「マイナー同人誌に四号なし」(三号目でたいてい力尽きる)の法則を逆手にとったシャレである。

巻頭言で馬場氏は、このところ深刻化の度合いを増している数々の社会問題、例えば所得格差、いじめや自殺、少子高齢化、失われゆく自然、荒廃する心などなど、の原因は、UFO事件が少ないことにあるのは明らかだ、としている。そして、「嘆くばかりでは何の解決にもならない。こちらから積極的に創っていくという前向きな姿勢が求められるのだ」と訴えている。「そう、本特集を読めば、誰にでもUFO事件は創れるのだ」。

奇妙な写真を主体とした別冊付録では、シモントン事件をイメージした(茶化した)写真を載せている。この事件は数あるUFO目撃談の中でも屈指のトホホ系である。1961年4月の昼前、アメリカに住む60歳の農夫ジョー・シモントン氏は、騒音を聞いて庭に出てみると、円盤型の物体が地面すれすれに浮いていたという。開いたハッチから、中に三体の異性人が見え、バーベキューをしている。一人が水差しを差し出すので、水を満たして返してあげる。パンケーキを焼いているので、欲しいと言うと、四枚くれる。後で政府機関に分析してもらうと、地球外の材料から出来ており、塩分が不足していて、味はまるでボール紙のようだったという。

もともとおかしい話なのだが、「Spファイル」はさらに脚色を加える。シモントン氏を、頭の足りなそうな若い女の子で置き換える。メルヘンチックに装飾したリビングでソファにもたれ。まずそうなパンケーキを食べている。あたりにはUFO関連の本がいっぱい散らばる。

宇宙人のアルラと交信しているという彼女の日記は、絵文字やギャル文字だらけ。「これわぁすっごぃ事イ牛なんだぉ! UFOがぁとんできてぇ、ぉ水あげたんだってο そしたらね、パンケーキをくれたんだけどぉ、ダンボールみたぃな味がしたんだって☆ アルラがぉしぇてくれなぃから、成分を分木斤しちゃったよぅο ぉ女家にぃけな〜ぃο」こんな感じ。

その写真を私が撮ったのである。札幌在住のみやびさんはプロのモデルで、有名な写真家に撮ってもらったこともあるという。今回は、「魔女の会」とやらで東京に来たついでを狙っての撮影。魔女の会の人たちも二人見学に来ていて、お互いに「怪しい者です」と自己紹介しあう。

コンセプトをみやびさんに伝えるのに、美登利さんが機転を利かせてくれた。上記の日記を実にそれっぽく読み上げてくれたのである。もう空気が和んで和んでしかたがなかった。こんなんでよかったんだろうか。みやびさんも、こんな和気藹々とした撮影は初めてだという。うっ。やっぱユルユル過ぎましたかね? しかし、編集のペンパル募集氏(この名前はウンモ星人が郵便で人類にコンタクトをとってきた事件にちなんでいる)は喜んでくれて、当初の予定を大幅に超えて、五枚も使っていただけた。結果オーライ。

今にきっと、「Spファイル」が起爆剤となって、UFO話がニュースを席巻し、日本は平和で安泰、世界的にもUFO大国としての地位を揺るぎないものにして、各国から特別の眼差しが注がれる日が到来することであろう。

「Spファイル」 < http://sp-file.qee.jp/
>
馬場氏のアーカイブ < http://www.aa.cyberhome.ne.jp/%7Ebabahide/bbarchive/
>
みやびさん < http://www.xie-works.com/
>

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
怪奇写真家。前回話題にした直江雨続君は、将棋会館で指してきたそうで。あの場所は空気を吸ってくるだけでも1級分ぐらいは強くなる。だけど、対局したとは、勇気あるなぁ。女子高生からはいいように遊ばれ、7歳の坊やからはコテンパンにのされ、うつむいてぶつぶつ言いながら千駄ヶ谷駅に向かう羽目にあうかと思いきや、意外と踏ん張った。鈴木環那女流初段の「すごいじゃないですか!」を脳内エコーさせて、すっかり気をよくしている。1級認定。今週末は風間加勢氏(アマ4段)のお家におじゃまして、将棋大会。自称初段の私は、雨続君にはまだ負けるわけにはいかん。
雨続君のブログ < http://ametsugu.no-blog.jp/
>