わが逃走第16回 プラハ・キュビズム建築に関するご報告の巻 その1
── 齋藤 浩 ──

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このところクダラナイ話ばかり書いていたので、たまにはアカデミックな感じをアピールした方がいいかなと思いまして。そういった訳で、今回のテーマは『キュビズム』です。

僭越ながらオレの話をさせていただくと、俺様は“直線的でシンプルな幾何学的形態の美”に共感を覚える傾向にあるようなのです。それ即ち、カクカクした美術表現が好きなのだ。なんでだか知らんけど、昔からそうなのです。

で、去年の夏。ふとした書物で見た建築の写真にグッときてしまい、調べてみるとそれはチェコはプラハに実在する“キュビズム建築”だという。こいつぁこの目で見てみたいものだ! と思い、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)とともに一路プラハへ。

ちなみに、後先考えずその場のノリで海外旅行に行ってしまったことは初めてである。もちろん旅費はワリカンである。


壱●キュビズムって何よ?

キュビズムを広辞苑で調べてみたところ、
「二十世紀初めフランスに興った美術運動。物体を球体・円錐形・円筒形の基本形態に分解し、それを点・線・面で幾何学的に再構成した。ピカソ・ブラック・グリスらに始まり、レジェ・フレネエ・ドローネーらを含み、詩人アポリネールが総合的に推進した。抽象芸術だけでなく近代絵画・彫刻・工芸全体に影響を及ぼす。立体派。キュービズム。」
とあります。

ほほう。なんとなく分かるけど、なんだかよく分かんないですね。いろんな書物を斜め読みして整理してみると、どうやらキュビズムとはまず“絵画ありき”の世界らしい。

ピカソやらブラックやらエラい画家達が『いろんな角度から見たものを一旦バラして、ひとつの平面上に再構成する』という考えに基づいて発表した絵に端を発するようだ。

こんなのとか。
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つまり、ここに円錐があったとしよう。そいつを真横から見ると三角形に見えるけど、真上から見ると円に見える。それを一枚のキャンバスに描いちゃったら、エラい批評家達が「単一焦点からの解放だ」とか「空間の自由を獲得した」とか言って絶賛したのかな? まあ賛否両論あったらしいけどモノスゴク話題になって、美術史を語る上で避けて通れないほどの革命的な事件になっちゃったようだ。

スゲエ絵の上手い人が、子供の絵の迫力を手にした事件とも言えるかも。逆なら思い当たるフシがあって、私は3歳の頃、電車の絵を描きたかった。側面からの構図では描けるのだ。
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でも、車両の屋根に設置されている円盤状の空調装置を描き加えようとすると、
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こうなっちゃうんだよなー。
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何故そうなっちゃうんだか分からなくて、クヤシくてクヤシくて…。
で、あるとき似たような形の皿を横から見たら、なんとそれが長方形に見えるではないか!
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これを取り入れて再度電車を描いてみると……おお、描けた!
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オレはこのときの感動は生涯わすれないだろう。まあ凡人はこのような過程を経て、立体と平面の関係を把握していくわけだが、天才は最初からラファエルロのような絵を描いていたので、逆の行程を辿って子供の視点を手に入れたんでしょう。おそらく。

で、キュビズムだ。こうして発表された絵画は写実主義に慣れきっていた当時の人々のドギモを抜き、ヨーロッパを中心にスゲーブームになったのだそうな。んでもって、そのキュビズムの展覧会が1910年頃プラハで開催され、そこでまたドギモをを抜かれた人達が、高いテンションのままこんどはそれを立体で表現しはじめた。

キュビズムの立体化はプラハから始まった、と言っても過言ではない。かどうかは知らんが、突発的にキュビ波に襲われたプラハの建築家や工芸家は、こぞってキュビキュビした家具なんかを作りはじめ、しまいには家までおっ建てる始末。

そもそも、『キュビズムの立体化』と言った時点で矛盾ありまくりのような気がするオレな訳だが、あくまでもオレ的に整理すると、3次元のものを脳内で展開図的にバラした後、立体っぽい表現で2次元上に再構築したのがキュビズム1。で、キュビズム1を見た奴がびっくりして、そのカッコ良さを立体表現のネタにして、勢いで作っちまったのがキュビズム2。プラハ発祥の家具や建築なんかは、キュビズム2に相当するんじゃないかな。間違ってたらごめんね。

まあ、ビビビときたら作らずにはいられなくなるのが、物作り魂を持つ者の性(さが)である。そんな当時のハイテンションを今に伝える名建築を見に、ちょっくらプラハまで行ってきたという訳でございます。

弐●キュビズム建築

そもそもキュビズム建築は、世界広しといえど、プラハにしか存在しないらしい。しかも、そのほとんどが作られたのは1910年から1914年までの間。突然のブームがやってきて一気に盛り上がり、第一次世界大戦の勃発で唐突にその歴史の幕を閉じたって訳ですね。

さて、プラハはちいさな街なので、代表的なものであれば一日で巡ることも可能です。私はあらかじめガイドブックを参考に目星をつけ、あとは現地で調達したキュビズム建築マップを手に、行き当たりばったりで見てまわりました。そういった訳で、そのいくつかをご紹介いたしましょう。一応断っておくけど、この文はあくまでもオレの主観で書いてるので、学術的価値は全くないよ。

2-1 教員組合住宅

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成田からスキポール経由でプラハに着いたら夜だった。旧共産主義的な威圧感のあるホテルにつくと、なんとその隣にこの教員組合住宅が建っていたのだ。長旅の疲れも眠気もぶっとんじまったオレさ。

サントリーDAKARAのCMで踊るブタのバックにどーんと構えているといっても、みんなブタばかり見ていて気づかなかったんじゃないかな。かく言う私もそのひとりです。

オタカル・ノヴォトニーによる設計。無彩色+赤という色彩にも思わずグッときてしまいます。ファサード、扉や天井、そして階段の手すりまで執拗なまでにキュビキュビしています。建物側面の銘板の書体もイカしてるぜ。構成している要素の全てが鋭角的多面体で、なんというか、ガンダムみたいなのだ。

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ただ、建物全体をかたまりとして見ると、安定感もありフツーな感じ。キュビズム部位の集合体とでも言うべきか、近くで見た方がキュビ感を味わえる建築だった。

2-2 黒い聖母の家

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ヨゼフ・ゴチャール設計。キュビズム建築初期の代表的なものだそうだ。壁面にマドンナ像があることからこう呼ばれている。内部はキュビズム美術館、キュビズムカフェ、キュビズムショップとなっており、まあ一種の観光名所と言えましょう。

残念ながら、私が行ったときは「技術的理由」により、キュビズム美術館は閉館中だった。ここまで来たのにー。無念。でもカフェとショップは営業中で、堂々と内部を見学できたので嬉しい。

カフェはインテリアも当時のものらしく、天井のランプなんざ思わず(っかー!た、たまんねぇ)などと声に出してしまいそうになる程の美しさ。

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でも不思議なことに階段は曲線を強調した優雅なもので、手すりだけややキュビズム。

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教員組合住宅のものくらいとんがっているものを予想していたので、少々意外な感じがした。まあ全部が全部キュビキュビしてたら疲れちゃうけどね。他のディテールは教員住宅同様、かなりイケてます。窓枠や柱など、そこここにガンダムにおける連邦軍のマークのような意匠を見つけました。

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外観はわりと地味。私が行った日が曇りだったのに加え、壁面の色がやや暗めなことから、そう思えたのかもしれない。晴れた日にファザードがきっちりとした陰影を見せてくれれば、その印象もまた違ったものになるのであろう。二段構えの屋根裏部屋も特徴的。屋根裏内部を見学できないかなー。構造が知りたい。

2-3 マーネス橋の噴水

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これって、言われてみなきゃ気づかないっす。黒い聖母の家・キュビズムショップで購入した『プラハ・キュビズム建築マップ』でその存在を初めて知る。私の泊まったホテルから歩いて5〜6分。比較的何度も行き来していたところだったのだが、これを読むまでキュビズム物件だとは全く気づきませんでした。言われてみれば、確かにキュビキュビしてます。

噴水中央前面と左右、計3カ所に位置する人面型の吐水口と交互に配置された連邦軍のマークのような意匠。これだけで確かにこの物件は怪しい。さらに見てみると、台座部分の面はクリスタルカットされたような装飾も施されており、もうこうなってしまえばキュビズム決定です。

でも、やはりちょっとインパクトに欠けるなーと思って『キュビズム建築マップ』に掲載されている写真と比較すると、なるほど理由がわかりました。曇りだったからです。

で、時間を変えて行ってみると、おお、確かにキュビズム。強烈な光がひとつの方向から射してくれば、当然陰影は強調されます。パキパキとした面構成をもつこれらキュビズム物件は、やはり晴天時にこそ本領発揮するのですねー。

噴水は道を挟んで対称に設置されており、上流側と下流側では微妙にディテールが違います。神社の狛犬みたいなものか?

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しかも設置されているのは東側だけで、橋の西側には影も形も見えませんでした。なんで?

てなところで、今回はここまで。次回は、より一層建築家のハイテンションぶりが伝わってくる物件を紹介する予定。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/
>

※ウィキペディアによると
 フランス語ではキュビスム(cubisme)と、「ス」が澄んだ発音であるが、
 英語ではキュビズム(キュービズム)(cubism)と、「ズ」と濁った発音に
 なる
そうです。(編集部)

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