笑わない魚[242]結局、大阪はもうかりまっかの街か
── 永吉克之 ──

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たいして生産的ともいえない用事で、年に2〜3回は東京に行く。行くときはたいてい美術館にも寄ることにしている。わが大阪では絶対に、どうあがいても、泣こうが喚こうが観られないような展覧会を、東京様は、鳩にパン屑をばらまくかのように、惜しげもなく開催してくださるからである。

東京様は何をやってもスケールが大きい。アートに関しても豪気だ。ネットでお手軽に調べた範囲では、東京23区内だけでも、美術館と称する、もしくは事実上美術館として機能している施設(面倒なので、十把一絡げに「美術館」とする)が大小あわせて50館ほどある(博物館に類したものを除く)。そして、その中には「でかい級」美術館が10ほど、そして「くそでかい級」美術館が3館ほどある。

東京様にお住まいの方々は灯台もと暗しで自覚がないかもしれないが、大阪では府全体が大同団結しても13館ほどの美術館を捻り出すのがやっとなのだから、東京様の数字がいかに凄まじいものであるかがご理解いただけるであろう。どことは言わないが、美術館が3つしかない県だってあるのだ。


ちなみに、上の数字の後にいちいち「ほど」をつけているのは自信がないからだが、それに加えて非常にいい加減な基準で判断しているからなのである。例えば、港区にある国立新美術館には行ったことがないが、サイトの写真に基づいて、くそでかい級に入れた。また新宿区の佐藤美術館も行ったことはないが、そのこじんまりした名前から判断して、でかい級には入れなかった。

ともかく、近くに美術館があるというのは羨ましい。近ければ、展覧会を観る機会も多くなるだろう。そうなれば当然、審美眼も磨かれて、それが日常生活にも反映され、立ち居振る舞いに輝きが生まれる。東京人がみな輝いているのは、そのためだ。逆に大阪人がみなカエルの死骸のように、どんよりとして見えるのは、美術館が少ないからなのである。

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ネットで調べているうちに、だんだん腹が立ってきた。まず渋谷区には、美術館が区内に少なくとも6館はあるのだ。そのうちの松濤美術館と戸栗美術館のサイトを見ると、前者の住所が、松濤2-14-14、後者が松濤1-11-3。ご町内にふたつもの美術館。何なのだこの胴欲は。大阪人顔負けのがめつさである。少しは他の区にも分けてさしあげたらいかがだろうか。美術館のない区に。杉並区とかさ大田区とかさ。

それでもまだ飽き足りず、東京には美術館が繁殖し続けている。06年、六本木に森美術館がにできたと思ったら、翌年、同じ六本木に国立新美術館ができてしまった。この無分別な美術館密度はどうだ。それでなくても、六本木のある港区に、美術館は推定13館もあるのだ。13館といえば大阪府全体の美術館と同じ数ではないか。港区は都内の大阪府か。

しかし無法なのは、やはり台東区の上野公園で、美術館が3つもある上に博物館もある。おまけに動物園もある。パンダまでいる。そもそもどういう覚悟でひとつ公園のなかに美術館を3つも建てたのだろうか。ひとつあれば充分ではないか。その中でいちばん小さい上野の森美術館でいいから、大阪にもらいたいものだ。仁徳天皇陵の向かいに上野の森美術館あったっていいじゃないか。

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大阪府は、役人が血税で慰安旅行をすることに対して理解があるだけでなく、芸術関連の事業に対しても理解があるというところを内外にアピールしていただきたいのだが、どうもそちらの方面には、官民挙げてやる気が感じられないのである。

やっぱり美術館てないとあかんねやろかあっても儲からへんしな、ほんまは今ある美術館もなくしたいんやけどなそやけど美術館少ないとなんややっぱり大阪てタコ焼きとお笑いしかないんやとか言われるんであって、文化都市としての面目が保てんのであって、んでも美術みたいなんはとにかく衣食足ってからの話やとも思うのです。(『乳と卵』調)

とまあ左様な存念をもっているような気がするのだが、美術館という事業は本来儲からないものなのだ。東京様の美術館だって儲かっていないのである。施設維持のための募金箱が置いてある美術館をよく見かけるが、今回の上京で訪れた東京都現代美術館にも置いてあった。てことは儲かっていないのだ。

たしかに、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』やフェルメ−ルの『真珠の耳飾の少女』のような、超ド級国宝級教科書にも載ってる級の歴史的人類の知的遺産的名画でも展示しない限り、満員札止めになるほどの観客を呼ぶのは難しい。しかしそれでも、いろいろな芸術を紹介しようという心を東京様が失わないから、東京人は輝いているのだ。

しかし、つらつら考えてみるに、美術館が少ないということは、つまり大阪府民が美術館を、たいして必要としていないということなのだろう。必要としているなら自治体に期待しなくても、商売人が、それで一発銭もうけしてこましたろと企んで民間の美術館がもっとできるはずだと思うのだが、私はビジネスに関しては無知蒙昧なので、その辺りは何とも言えない。

キリンプラザ大阪という、大阪で唯一の現代アート中心のスペースがあった。そのロケーションが道頓堀のごっちゃごちゃした界隈で、そら大阪的でよろしいがな、大阪のアートシーンも変りまんがなでんがな、と思っていたら、昨年閉館してしまった。一定の役割を果たしたというのが表向きの理由だが、もしこれが東京様なら閉館しただろうか、と考えるのである。ともかくこの閉館が大阪人の、アートに対する無関心をさらに育んでくださることであろう。

しかし何を申すも詮なきこと。深刻な財政難の折じゃ、もとより自治体に期待などしてはおらぬ。また民間人も、商いとお笑いとタコ焼きに専念いたせ。もうよい。大阪のアートは拙者が守る。

【ながよしかつゆき/若年寄】katz@mvc.biglobe.ne.jp
ある程度の年齢になると誰でもそうなるものなのか、それとも単に私がアナクロニズムに陥っているのか、その辺は定かではないが、このところ日本の伝統演芸が心に沁みる。今CDでよく聴くのが講談で、二代目神田山陽の大岡政談。浪曲もよござんすよ。あまりに有名な寿司喰いねえの『石松三十石船』。いい喉してるねぇ二代目広沢虎造。いずれも古風な言葉満載で、言葉フェチのあっしにゃたまりませんや。

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by G-Tools , 2008/04/03