■ショート・ストーリーのKUNI[39]三人の女/やましたくにこ
夫は自分でたんすから着替えを出し、シャワーを浴びに浴室に向かった。その後、夫は微妙に変わった、ような気がしてならない。時折、掃除機をじっと見つめていることがある。
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二人目の女はある晩、夫を殺してしまった。翌日彼女はホームセンターに行き、人切り包丁を買ってきて、夫をスライスし始めた。さすが専用の包丁とあって切れ味は申し分なく、ハムのスライスをつくるときとまったく同じ感触で作業を進めることができたのだが、どうしても「へた」ができてしまう点も同じだった。これをどうしたものかと、彼女は腕組みして考え込んだ。たぶん、今も考えている。
三人目の女は、友人から電話で上記の二人の女の話を聞いた。
「あり得ないわね」
「ほんと、あり得ない」
電話を切ったあとで彼女は浴室に向かい、ドアを開けて話しかけた。
「ねえ」
浴槽にはたっぷりと湯が満たされていた。彼女の夫がとけた湯が。
「いつまでそうやってるつもりなの」
返事はなかった。
「どういうつもりなのよ」
やはり返事はなかった。
前の晩、ちょっとした口論をしたあと、なかなか風呂から出てこないので見に行くと、夫はすっかり湯にとけていたのだ。脱ぎ捨てた下着も着替えもぬれたタオルも、そっくりそのまま残して。
「黙っていたらわからないじゃないの」
彼女は怒って家中のあらゆるものに八つ当たりし、やがてそれにも疲れてしまった。
夜。彼女は浴室に向かい、服を脱ぎ、裸になるとゆっくりと湯に入った。少しさめた湯が前から後ろから彼女を包み込み、そして、入り込んだ。乳房の下から脇のくぼみ、膝の裏から太ももの間まで。湯は恥毛をゆらゆらと揺らし、無数の細かな泡のつぶで彼女の全身を覆った。すべてを骨抜きにする安心感が彼女を満たし、いつしかうとうとしてしまった。
次の日、彼女は泣きながら友人に電話した。
「私よ、私」
「どうしたのよ」
「捨ててしまったの」
「何を?」
「夫を」
「はあ? 何言ってんの?」
「うっかりしていつものように、お湯を捨ててしまったのよ」
彼女は電話を耳に押し当てたまま泣き崩れた。
【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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