[2565] 経験することで見えてくるもの

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<今年も濃ゆい萌え萌えライフが送れますように>

■映画と夜と音楽と…[404]
 経験することで見えてくるもの
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![88]
 不況風 どこ吹く風の コミケかな
 GrowHair


■映画と夜と音楽と…[404]
経験することで見えてくるもの

十河 進
< https://bn.dgcr.com/archives/20090116140200.html
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●イギリスの少女は歳をとるとみんなヴァネッサになる

いつ完成するかわからない少女マンガ「ガラスの仮面」の中で、「ふたりの王女」という舞台劇公演のエピソードが二巻ほどで描かれる。その「ふたりの王女」の話自体がすこぶるよくできている(蜷川幸雄さんの演出でやってほしいくらいだ)のだが、その中に月影先生という往年の名女優が登場するシーンがある。

ヒロインは演技に関しては天才の北島マヤ、そのライバルになる美少女が姫川あゆみで、このふたりの演技合戦がメインのストーリーとして展開する。そのふたりを指導するのが月影先生だ。この月影先生が舞台に出てくる場面では観客がざわめき、「すっげぇー存在感。誰だ、あれ」などと囁きを交わす。一場面に登場するだけで、すべてをさらっていく。

最近、イギリス映画を続けて何本か見ていたところ、ヴァネッサ・レッドグレーブがほんの少しずつ出てきた。脇役で、出るシーンは短いのに、すべてをさらっていく存在感があり、僕はそんなヴァネッサ・レッドグレーブを見ながら「ガラスの仮面」の月影先生を見た観客の驚きを思い出したのである。

ヴァネッサ・レッドグレーブは1937年の生まれらしいから、今年で72歳になる。父親は名優といわれたマイケル・レッドグレーブ、妹がリン・レッドグレープだ。日本だと歌舞伎界の名門の家に生まれたようなものだろう。それに、彼女はトニー・リチャードソン監督と結婚していたことがあるらしい。子供の頃から現在まで、演劇しかない人生だったのだろうなあ。

最近のイギリス映画は老女の役だと、すぐにヴァネッサ・レッドグレーブかジュディ・デンチをキャスティングする。もしかしたら、ジュディ・デンチの方がよく出ているかもしれない。僕はジュディ・デンチの方が若いと思っていたが、1934年の生まれだった。ジェイムズ・ボンド・シリーズの女上司Mで一般的に顔を知られるようになった。

昔、銀座ニコンサロンで舞台写真の名手である松本徳彦さんの写真展を見ていたら、ロイヤル・シェークスピア劇団の日本公演の写真があった。そこにはマクベスを演じるサー・ローレンス・オリビエとマクベス夫人役のジュディ・デンチが写っていた。僕は「マクベス」を翻案した黒澤明監督作品「蜘蛛巣城」(1957年)の山田五十鈴のマクベス夫人が印象に残っているが、ジュディ・デンチも見てみたかった。

しかし、ジュディ・デンチが歳を重ねてから映画界で演技派として重用されたのとは違い、ヴァネッサは一時期、スター女優の扱いだった。ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」(1966年)で謎めいた女を演じた頃のことである。上半身裸で自分を抱きしめるように腕をまわし、胸を隠しているヴァネッサ・レッドグレーブの写真は多くの映画雑誌に掲載された。

その後、何本もの主演作があったが、ジェーン・フォンダがリリアン・ヘルマンを演じた「ジュリア」(1977年)で親友ジュリアを演じ、アカデミー賞助演女優賞を獲得した。しかし、アカデミー授賞式で過激な政治的発言を行い、会場からはかなりブーイングを喰らった。それがきっかけという訳でもないのだろうが、その後は演技派の脇役というポジションが増えている。

ヒロインの老境の姿を演じるようになったのは、「ダロウェイ夫人」(1997年)あたりからだろうか。これはヴァネッサ・レッドグレーブが演じる老婦人の登場で始まり、若き日の回想が展開され、再び歳を重ねたヒロインの姿で終わる作品だったが、「ヒロインが歳をとると、イギリスではみんなヴァネッサ・レッドグレーブになるんだなあ」と、妙に感心した記憶がある。

●最後にヴァネッサが登場することで深遠な人生を感じさせる

最近、僕がヴァネッサ・レッドグレープの姿を見たのは「ヴィーナス」(2006年)と「つぐない」(2007年)である。一年ほど前に公開された「ヴィーナス」は、「アラビアのロレンス」ことピーター・オトゥール主演作品で、クレジットによると谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」にインスパイアされた物語で、「老人の性」がテーマだった。

若い頃はハンサムで女たらしだったが、今は前立腺肥大に苦しむ老優のピーター・オトゥールの情けなさと悲しみが味わい深い映画である。ヴァネッサ・レッドグレープは、若い頃にオトゥールに棄てられた妻を演じていた。このふたりのシーンは、見ているだけでしみじみと胸に迫るものがあり、実にいいなあと思う。老優ふたりの見事な演技だ。

ラストシークェンスにヴァネッサ・レッドグレープが登場し、映画の印象をひとりでひっくり返してしまったのは、「つぐない」である。数分の出演なのに、すべてをさらってしまう。単なる恋愛映画が、深遠な人生を感じさせるものに変化する。タイトルを見ると何だかテレサ・テンが歌いそうだが、1930年代のイギリスの上流階級が舞台だから、格調の高いピアノや弦楽器を主体にしたクラシック調の曲しか流れない。

原作はイアン・マキューアン。現代イギリス文学の代表的な作家だ。原作のタイトルは「贖罪」と訳されている。「つぐない」と「贖罪」…、どちらがいい訳かと考えたが、最後の最後で登場するヴァネッサ・レッドグレーブのセリフを考えれば、僕は「つぐない」の方がよかった気がする。ちなみに、英題の「ATONEMENT」を辞書で引くと「罪ほろぼし」と出ていた。

少女の映画として始まる「つぐない」は物語の展開が読めないので、その興味だけでも観客を引き込む。これは、原作がしっかりしているからだろう。それと、突然、時制が戻る描き方をしているので、ぼやぼやしていると訳がわからなくなる。

たとえば、少女が邸宅の廊下で姉が落とした装飾品を拾い、そのまま何かに導かれるように図書館へと入っていき、そこで抱き合う姉と使用人の息子を目撃するシーンがある。少女が衝撃を受けた瞬間、次のシーンは青年が邸宅の扉をノックし、姉が迎えるシーンになる。

青年が扉をノックする同じショットは少し前にあるので、つまり、時制が戻ったことを示しているのだが、うっかりしていると同じことが繰り返されているように勘違いする。これは、少女の視点から描いた世界を先に示し、本当はどのような意味を持っていたのかを時制を戻して描いているのだ。

そのように凝った造りになっているのだが、最後にヴァネッサ・レッドグレーブが登場し、ある種のどんでん返しがあり、すべて明らかになる。映画は、13歳の少女ブライオニーが戯曲をタイプしているシーンから始まる。それもラストシーンのための一種の伏線である。彼女は久しぶりにロンドンから帰ってくる兄のために創作劇を書き上げ、夕食時に演じるつもりなのだ。

13歳のブライオニーを演じるシアーシャ・ローナンが実にいい。少女のイノセントさと残酷さを繊細に細やかに演じている。少女の嘘を付けない表情は、歳は離れているが使用人の息子ロビーに幼い恋心を抱いているのを、ファーストシーンの一瞬で観客に伝える。

映画の半分近くまでは、1935年のイングランドの夏の一日の話だ。次にブライオニーが登場するのは1939年。ヒットラーのドイツがフランスを侵略した時期である。そこに、18歳になったブライオニーが登場する。だが、いくら金髪の女優をキャスティングしても「おいおい、彼女が5年経つとこうなるのかよ」と文句を言いたくなった。

●輝いていた13歳の少女がヴァネッサになっても納得する

聡明な文学少女のブライオニーは、ロビーに恋をしている。かつて彼の気持ちを試すために池に飛び込み、ロビーが必死で助けてくれたことを忘れていない。ロビーは使用人の息子だが優秀なので主人が学資を出してくれ、ケンブリッジに入学し医学の道に進もうとしている。

ブライオニーの姉セシーリアは、ロビーと口を利こうとしない。「なぜ、話をしないの」と訊くブライオニーに、セシーリアは「住む世界が違うのよ」と冷たく言う。だが、観客にはすぐにわかるだろう。セシーリアもロビーを深く愛しているのだ。

ブライオニーは自室の窓からセシーリアとロビーを目撃する。ふたりが噴水のところで諍い、セシーリアはいきなり服を脱ぎ下着姿で噴水の池に飛び込む。その出来事の意味がブライオニーには理解できない。しかし、何かを感じたのだ。ブライオニーは野原で草に八つ当たりするように、棒きれを振り回す。

そのブライオニーにロビーがセシーリアへの手紙を託す。それは、詫び状の筈だったがロビーが入れ間違い、強烈な求愛の言葉が綴られたものだった。ブライオニーはその手紙を読み、その中の卑語に強い衝撃を受ける。しかし、その手紙を受け取ったセシーリアは、強く強くロビーが自分を求めていることを知り、図書館でロビーに愛を告白し、ふたりは強く求め合う。しかし…

「つぐない」というタイトルの意味は、最後にヴァネッサ・レッドグレーブによって明かされるが、老境に入ったブライオニーの「つぐない」は実に文学的だった。さらに、映像でその場面が挿入されるのだが、普通なら甘くなってしまうそのシーンで僕は珍しく涙ぐんだ。

老作家(ブライオニーは夢を叶えたのだ)は遺作として書いた小説で、ある仕掛けをした。それを、テレビのインタビューで明かすヴァネッサ・レッドグレーブ。アップの画面で淡々と語るブァネッサがいるから、その大甘のシーンに僕は涙したのだ。「ヴァネッサ・レッドグレーブがひとりでさらったな」と、心地よい感動が僕を包んだ。

不思議なもので、あのかわいらしい13歳のブライオニーが70を過ぎしわの目立つヴァネッサ・レッドグレーブになったのが、現実のこととして感じられるのだ。18歳のブライオニーが次のシーンでいきなり老作家として登場してきても、ヴァネッサ・レッドグレーブの存在感で半世紀という時間のジャンプが埋められてしまう。

それは、ヴァネッサ・レッドグレーブの存在の中に70数年の人生の積み重ねを感じるからではないかと思う。もっとも、僕のようにある程度の歳を重ねていないと感じないのかもしれない。僕がヴァネッサ・レッドグレーブという女優を40年以上前から知っている、若い頃の裸の背中も見たことがある、ということも関係しているのだろう。

「つぐない」を見終わって、僕は経験ということを考えた。「セックス」を普通のことだと思えるようになったのは、いつ頃だったろうかと記憶を探る。間違いなく僕はオクテだったし、妙にイノセントぶっていたと思い出す。おそらく、13歳の文学少年だった僕は、手紙の中に書かれていた卑語にブライオニーと同じような気持ちを抱いただろう。

だが、半世紀以上を生きてきた僕は、ロビーがあふれる情熱を持てあまし戯れのようにタイプした「きみの××にキスしたい」という手紙を受け取ったセシーリアが、彼に愛を告白し強く求め合い、立ったまま図書館の棚に押しつけられるようにして行うセックスを感動的に見た。

あの息づかい、せつない吐息、むさぼり合う唇、待ちきれぬようにのびる指、めくれ上がっていくドレスの裾…、どれもが互いに愛を確認した恋人たちの歓びを示していた。これを感動的といわずして、何に感動するのか…なんて、やはり長い経験を経た大人の反応かなあ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
暮れの忘年会で兄弟盃を交わした。「兄弟」と呼ばれ酒をつがれた。酔っていてよく憶えていないのだが「五厘下がりの兄弟盃で…」と僕はわめいていたらしい。五分盃でもよかったけれど、やはりこちらが弟分。年明けに酒場で待ち合わせ、「アニキ」と呼んで初めて名刺をもらった。知り合って二年近くになるが、初めて本名を知った。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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■Otaku ワールドへようこそ![88]
不況風 どこ吹く風の コミケかな

GrowHair
< https://bn.dgcr.com/archives/20090116140100.html
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あおこ。(←「あけおめことよろ」をさらに短くしてみました。)
もう1月も半ばですが、私はこれが年明けの初っ端なので。正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。私は、神社仏閣を差し置いて、2日に秋葉原の地下アイドルのいるお店へ初詣、今年も濃ゆい萌え萌えライフが送れますように、と祈願しつつ、巫女さんたちの姿を拝み、ヲタ芸を見物してました。

年末の28(日)、29(月)、30(火)は、例によって、コミケでした。やっぱ、あの空気を吸うと生き返ります。いや、格別にいい香りというわけでもないんですがね。身なりを気にしない人がたくさんいるにおいです。いつもながらのごった返しようだったので、今回も3日間で50万人ほどが来場したのでしょう。不況とはどこの星の話だ? って感じです。

そもそも、漫画やアニメから妄想を膨らませて二次創作しちゃうという行為自体が現実逃避みたいなもんなんで、この同人誌業界ってところは現実世界からの影響を受けづらいのかもしれません。現実逃避だって真剣にやれば文化になるのだ。萌えたもんが勝ちなのだ。

さて、それ以外の時間は、ほとんどモノを読んで過ごしました。コミケの収穫物とか、人から薦められた本とか、漫画とか。コミケの収穫物はまだ読みきれてないので、これはというのがあったらあらためて書きます。で、今回は、人から薦められて読んだ本のことを書きます。めちゃめちゃ重い話題なのですが。その前に、アイドルのいるお店のことを書きます。こっちはめちゃめちゃ軽い話題です。

●歌う巫女 激しく踊る ヲタ芸師

秋葉原にある"Dear Stage"というお店は、いわゆる「地下アイドル」(メジャーなメディアにあんまり登場しないアイドル、「ライブアイドル」とも)目当てに「ヲタ芸師」(アイドルに群がり、互いにシンクロした激しい振りと掛け声で応援するファン)たちが集うところ。

自慢じゃないが、私は「初号店」しかなかったころから時々行っていた。初号店は、中央通り周辺の中心街に対して、山手線を挟んだ昭和通り側に孤立してある。周辺はオフィスビルなどで、夜になるとほとんど人通りがなくなり、暗くて静か。地下に降りていく入り口は、工事中かと思わせるほど粗雑な造りで、店名はいちおう掲げられているけど、どんな店か知っていなければ、ちょっと入っていきづらい。社会のはみ出し者が集う、場末のライブハウスって感じ。

ところが中に入ると、人がいっぱいで、外の静けさからは想像がつかないほどのバカ騒ぎが展開している。なんつーか、たとえ知り合いでなくとも、お互いに何か相通ずるものがあり、分かり合える人たちばかりの場で、のびのびと闊達におバカっぷりを発揮しているって感じ。もし日本地図の上に、「元気指数」みたいなのを棒グラフで示したら、ここだけ尖塔のごとく突出してるんじゃないかなぁ。

奥のステージではアイドルが歌やトークを繰り広げ、客たちは飲みながら観るわけだが、おとなしく坐って見てる人は半分ぐらいしかいなくて、ステージのパフォーマンスと一体になって盛り上がらにゃ損、損という雰囲気である。アイドルの歌にヲタ芸やったり、トークに茶々入れたり、と。いつも同じ歌ばかりでは飽きるだろうというサービス精神からか、新しい歌を仕入れてくるのはいいのだけれど、うろ覚えで、ケータイ片手に歌詞見ながら歌ったりもする。でも、そんなのぜんぜんOK。要は盛り上がればいいのだ。

アイドルがウェイトレスも兼ねているという近さも、たいへんよい。ヲタ話に花を咲かせるのも楽しいし、ファンの側がアイドルに覚えてもらえるというのは、メジャーなアイドルではありえない嬉しさがある。こんな距離の近さでも、酔っ払いのエロオヤジみたいな下品なちょっかいの出し方をするヤツはまったくいないという節度はしっかりと保たれていて、たいへんよろしい。このあたり、歴史的に社会から奇異な目で見られてきたオタクたちの、あんたらの待ち望むような悪評のネタなど提供するまいぞ、という矜持なのかもしれない。

それが去年秋ごろまでの初号店の話。9月9日に中心街のDEMPAビルに、「弐・参・四号店」が縦に積み重なって3店舗同時オープンしてからは、盛り上がりのメインは、そっちへ移った。一階の、通りに面した側はガラス張りになっていて、通行人が足を止めて眺めていく。ヲタ芸師たちは、そんな冷たかったり生暖かかったりする視線をものともせず、わが道をまっしぐら、ヲタ芸に興じる。これって、元はといえば、アキバの路上で展開していた光景なんで、いまさら見られて恥ずかしがることもないわけだ。治安上の問題で、路上ではやりにくくなってたとこなんで、ちょうどよく、いい場が提供された格好だ。まあ、通行人たちの中にはパンピー(オタクではない、一般ピープル)もいるわけで、ネガティブな感想をぼそっとつぶやいたり、まるで悪い幻覚でも見たかのように頭を振って足早に立ち去ったりする人もいるようだけど、まあ、盛り上がったもん勝ちなので、細かいことは気にしなくていいと思う。

しかしまあ、ホコ天はホコ天で、早く復活してほしいけどなぁ。ついでに言えば、原宿のホコ天もね。1977年に始まった原宿のホコ天は、近隣住民からの苦情に屈した形で、周辺の交通渋滞緩和を理由に1996年に「試験廃止」されているが、いつになったら「試験期間」が終わるのだろう。新しい文化の芽を危険視して摘んでくだけじゃ、世の中、次第に活気が失せていきますぞ。

薀蓄が長くなってしまったが、そういう訳で、2日(金)は、そのDear Stage弐、参号店に行ってきた。正月にちなんで、巫女さんや和装系の衣装が多い。巫女さんといっても、袖はなぜかピンク色だったり、和装といっても袴っぽいテイストがどこかに漂う程度だったりなわけなんだけど。

まず、一階で、カクテル飲みつつステージを見る。初心者でもヲタ芸の仲間に入って来られるように、簡単な指導がある。「ヲタ芸は盆踊り」と言った人がいるが、まさにそんな感じ。基本のパターンが5〜6種類あって、たいていの曲は、それの組み合わせで対応できちゃうので、実はそれほど難しくはない。ただ、慣れた人は、どこでどれを繰り出すべきかちゃんと知っているので、動きがスムーズで、その揃いっぷりが見事なんだけど。あと、5〜6曲続けても息切れしないパワーとか、贅肉のまったくない精悍な肉体美とか、感心するとこはいっぱいある。いつの間にか、基本パターンがひとつ増えていた。かなり難易度高そう。

二階は学園カフェ「(裏)生徒会執行部」で、椅子に腰掛けて飲み食いできる。お正月ということで、雑煮、おせち、甘酒なども出していた。一階のステージの様子が、モニターでライブ中継されている。この明るさと元気を見ていると、ものごとなんて、そんなにくよくよ心配せんでもいっかなぁ、といういい加減な気持ちで満たされてくる。気分がくさくさしたときは、ここへ来るに限る。世界的に100年に一度の大不況だというけれど、立ち直りの波は案外とこういうところに端を発して広がっていくことになるのかもしれない。萌えは世界を救うのだ。

●死刑囚の生い立ちを弟がつづる「心臓を貫かれて」

法律が厳罰化の方向に改正されたり、刑事裁判の判決が厳しくなる傾向にあったりという、このところの流れに私は疑問を抱いている。確かに自然な流れではある。凶悪犯罪が起きる、大きく報道される、人々の間に不安が広がる、類する事件がもう起きてほしくないと願う、何とかしろと政府に働きかける、政府として比較的迅速にできる対応は、法律を厳しくすることぐらい、という流れで。

これは、川が氾濫したから堤防を高く築こうというのと同じくらい、論理的で分かりやすく、一見するとどこかにおかしいところがあるようにはみえない。しかし、この方向性をとことん追求しても、もし凶悪犯罪がなくならなかったら、究極的にはどうなっていくか。お菓子の空き箱を道端に放り捨てたぐらいの微罪でも、ブタ箱から一生出て来れなくなる、とか。塀の中の人のほうが外の人よりも多くなって、経済的にも維持できなくなる、とか。川の水を汲み出しても汲み出しても減らないから、もっと真剣に汲み出さなければという努力に似てはいまいか。

厳罰化が抑止力として作用するのではないかという期待は、ある程度理にかなっているようにもみえる。要は、人を殺せばあんたも死刑になりますよ、死刑になりたくはないでしょ、だったら人を殺そうなんて考え、やめときなさい、ってことである。確かに「生きたい」というのは本能であり、これが脅かされるのは大変な恐怖であり、その恐怖に訴えかければ、悪い考えは引っ込めてくれるんではないか、と期待するのは、もっともなようにみえる。

しかし、われわれの多くは、殺人の心理について、そんなに詳しく知っているわけではない。その瞬間に頭の片隅に厳罰がチラついて、すんでのところで思いとどまる、なんてふうにうまく作用してくれるものなのだろうか。いや、私も人殺しの心理に詳しいわけではないのだけど、直感的に言っても、もし人からナイフを突きつけられたとき「おまえ死刑になるけどいいのか?」なんて言わないほうがいいような気がしてならない。

殺人と自殺って、表裏一体で、心理的には大差ないらしい。自殺する人は、心の底のほうでは、ほんとうは誰かを殺したがっているんだけど、たまたま抑圧が働いて、その攻撃の対象が自分に転化されてしまっただけ、ということらしい。その「誰か」って父親であるケースが多いのではないかなぁ。一方、人を殺すときは、自分はもうとっくに壊れていて、どうなっても構うもんか、という前提があって、その行為が結局自分の死へとつながるなんてことぐらい、今さらどうということもないのではあるまいか。それを改めて言われた日にゃ「それがどうした!」と逆上するのがオチなんではないかと。

昨年末近くに、篠田博之「ドキュメント死刑囚」(ちくま新書、2008/08)を読んだ。月刊「創」の編集長である篠田氏が、連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤、奈良市の女児誘拐殺人事件の小林薫、大阪の池田小児童殺傷事件の宅間守の3人の死刑囚とやりとりした書簡に基づいて、彼らの心のありようを近い距離から描き出している。新聞などの報道では、下手に犯人のことを詳しく報じると「犯人に肩入れするのか」という批判の集中砲火を浴びることになりかねず、どうしても「悪い人が悪いことをした」というトートロジー的な立場からの記述になりやすい。

しかし、近い距離でものを見ると、ものごとはずいぶん違ってみえるものである。私は下調べをしていて「拡大自殺」という言葉があるのを初めて知った。自殺の手段として、たとえば警察官に抵抗して射殺されるとか、死刑になるような犯罪行為に及ぶなど、他人または国家などの力を借りて死ぬこと、とある。どうも、宅間守のケースがそれのようである。

公判で憎まれ口をたたき、地方裁判所の死刑判決に対して弁護人が起こした控訴をみずから取り下げて刑を確定させ、さっさと執行するよう要求し、それが叶えられ、最後まで謝罪の言葉がないままに、死刑囚としては異例のスピードであの世へ行ってしまった。厳罰が抑止力になってないケースが存在するということであり、もしかしたら抑止力として働くケースもあるのかもしれないけれど、凶悪犯罪を根絶させるほどの力はないということである。

どこかの新聞が「自分が死にたいのだったら他人を巻き込んだりせず、おとなしく一人で死んでくれ」と書いたらしい。被害者のことを考えるとそう言いたくなる気持ちは分からなくもないし、正義っぽい響きもなくはないんだけど、仮に、これから人を殺そうって人にそんな言葉を投げかけたとしたら、「はいそうします」ってことになるのかどうか、って考えたとき、これは言ってもしょうがなかったんじゃないかなぁ。

人は、大義名分さえあれば、笑いながらでも人を殺すことができる。自分の側にいるという認識の「仲間」に対してはめったなことはできないものだが、ひとたび敵であるという認識が自分の中で確定したならば、他人を痛めつけるのはなかなかの快感だったりしないだろうか。こいつは更生の見込みもない根っからの極悪人であり、社会から抹消するのが正しい、という結論になったとき、悪を倒すという大義名分の下にそいつをとことんいびり倒してやる、というのは、実は至上の快楽だったりしないだろうか。

そんな残虐性は誰の心にも備わっている。そうであれば、自覚的でないよりは、自覚的であったほうがマシであろう。自分は100%善良であり、正義の人であるという認識の人は、下手をすると、正義という大義名分の下に、自分の心の内にある残虐性を大暴れさせる暴君になってしまう危険性がある。先ほどの新聞の言葉から、それに類する、たいへん冷酷非情なにおいを嗅ぎとってしまう。

根本的な解決につながるかどうか甚だ自信はなく、もしかすると机上の空論的な理想論にすぎないのかもしれないけど、厳罰化に抑止力を期待するよりは、「救い」とか「回避」という方向性を模索したほうが、道としては正解に近いんじゃないかなぁ、という気がしている。

人なみに幸せに暮らしている人が、ある日あるとき急に思いついて凶悪犯罪に走る、なんてことは考えづらいから、やはり、そこに至るまでの過程というものがあったに違いない。小さいころからの家庭や学校などの環境にも遡って、問題の鬱積のようなものがあったのかもしれない。犯人の生い立ちを詳しく調べていけば、もしかしたら、「そもそもの間違いの始まり」みたいなものが見つかったりはしないか。世の中には、そういう岐路に立っている人は大勢いるのかもしれない。

そういう人たちに対して、「そっちへ行くな、こっちへ進め」と正しい方向を指し示してやることができ、その結果として惨劇が回避できたならば、それこそが、凶悪犯罪から教訓を学びとって、社会へ還元できたことになるのではあるまいか。一件の凶悪犯罪が起きたとき、犯人の過去を徹底的に調べ上げ、そもそもの間違いの始まりはどこにあったのかを発見しようとする作業に、労を惜しむべきではない。そう考えた人が1990年代のアメリカにいた。兄が2人を射殺し、強盗殺人のかどで死刑になったという切実な立場で、である。

マイケル・ギルモア(著)、村上春樹(訳)「心臓を貫かれて」〈上・下〉(文春文庫、1999/10)を読んだ。実は篠田氏の本を読んだことを言ったら、関連本として本書を薦めてくれた人がいたのである。4人兄弟の末っ子であるマイケルは、次男のゲイリー・ギルモアが1976年7月に2日にわたって2件の強盗を働き、それぞれ1人ずつを射殺し、翌年1月、36歳で死刑執行されるにいたるまで、祖父母の代まで遡ったところから説き起こして詳述している。

そもそもの間違いの始まりを見つけ出して、自分の心の整理をつけたい、また社会に教訓として還元したいというのが、本書を著す動機になっていたようだが、結局それが達成できたかといえば、むしろその逆で、そんな単純にはいかないということが明らかになった格好である。もう最初から最後までどこもかしこも間違いだらけで、ここが地獄への分かれ道だったというようなポイントをひとつに絞ることはとうていできないだろう、というのが、私が読んだ印象である。

母親も父親も、それぞれの親から絶えず暴行を受けて育ったというのも問題なら、その両親がお互いの中に同じような過去を背負っているというにおいを感じとり、その共感から惹かれあって結婚したというのも問題だし、それで父親は母親に暴力をふるい続け、母親は母親で怒り狂って食事を床にたたきつけたりして、とにかく喧嘩喧嘩の日々だったというのも問題だし、父親の職業は詐欺師で、偽名を使い、雑誌を作るといって広告の注文をとり、お金が集まったらトンヅラこいて、次の街でまた別の偽名で同じことをして、絶えず神経質になって追っ手から逃走する日々を送っていたというのも問題だし、母親は、父親が詐欺師で、しかも結婚離婚を繰り返してきた過去があることを知らされないまま結婚してしまったというのも問題だし、父親の暴力は子供たちにも及んでいたというのも問題だし、父親が母親の浮気を疑い、自分の子でないと疑ったゲイリーに対して特にひどくいじめていたのも問題だし、もうこの時点で問題だらけの家庭なんである。

もちろん、ゲイリー自身の行為も問題だらけで、立ち直りの機会は多々あったはずなのに、人々の期待を裏切りつづけ、ことごとく台無しにしてしまったゲイリー本人にも当然責任の一端はある。けど、どこかでAかBかの選択肢を目の前にしたとき、Aを選んだのが間違いで、Bを選んでおけばよかったという問題ではないような気もしてくる。なんだか坂を転がり始めた雪玉はどうにもなるものではなく、肥大化しながら転がり落ちていくしかなくて、最終的に行き着く地点は結局どうにも変えられなかったのではないかという絶望感に襲われる。結局、どこかに悲劇を回避する分岐点を見つけたいという試みは、答えとして、一冊丸ごと使って、家族の間違いの歴史をつづり出した壮大なドキュメンタリーを返すしかなかった。家庭環境を考えると、ゲイリーは悪者というよりは、そんなところに生まれ育ってしまったことが不運であり、おかげで不幸な人生を送らされたともみえる。しかし、懲役を経験したあたりからは、更生して社会復帰なんて望むべくもなく、ただただ怨恨と悪意の塊のような狂った危険人物(といっても、精神鑑定的には、狂ってはおらず正常だったかもしれない)として暴走するのを誰も止めることはできなかったのだろう、という絶望的な気分にさせられる。

私は、悪人を隔離するために、塀の中に閉じ込めておけばよい、という考え方には賛同しかねると思ってきた。もし世の中が根っからの善人と根っからの悪人とから構成されているのだとしたら、悪人だけを塀の中に隔離してしまえば、塀の外は善人ばかりで平和に暮らしていけるのではないか、ということになる。しかし、善とか悪とかって、人につけられたラベルではなくて、誰の心の中にも善なるものと悪なるものとが各人適当な比率で混在していて、葛藤を繰り広げているものなのではあるまいか。

パレートの2割8割の法則というのもある。蟻の社会を観察していると、まじめに働いてるやつと、働いてるふりをしながらサボってるやつとがいる。全体の2割程度のまじめなやつが、仕事量全体の8割程度をカバーしている。それなら、ってんで、2割のまじめな蟻だけを抜擢してあらためて社会を構成すると、100%まじめなやつばかりの模範的な社会が出現するかというと、実際にはそうはならなくて、その中の8割はサボり始めるという。一方、ふまじめな8割だけで構成すると、その中の2割はしぶしぶ働き始めるという。この論でいくと、もしかしたら、善人悪人の出現のしくみもそんなふうになっていて、悪人だけを塀の中に隔離したとしても、塀の外では社会の構造に応じていつも一定の割合で悪人が出てきてしまうのではあるまいか。

そうだとすると、悪人を塀の中へ隔離するのは、川の水をくみ出すのに等しい、ということになりはしないか。犯罪というものは、特定の構造の社会が必然的に生み出すものだという見方ができるのかもしれない。もちろん一件一件の犯罪の責任は、その行為を働いたものが負わなくてはならないが、犯罪全体を眺め渡すとき、社会の中にもそれを生み出す構造があったという責任の一端を負わなくてはならないのかもしれない。もし、犯罪の発生を元から何とかしようとするならば、社会の内部に無用な緊張が生じないよう、柔軟な構造に作り変えていかなければならないのではあるまいか。

……ってなことを考えてきたのだが、ゲイリー・ギルモアのケースを見ると、もうこいつは危険すぎて、釈放したのが間違いで、場合によっては薬物かなんかでおとなしくさせて、ずっと隔離しておかなきゃいけなかったのかなぁ、という気にさせられる。慈悲を施してあげればそれに応えて更生してくれるだろうなんて期待が、甘い甘いとあざ笑われそうな、たいへん陰鬱な話である。

今も、どこかに似たような境遇の人はたくさんいるのかもしれない。その人たちが犯罪に走るのを待って隔離すればいいというものでもあるまい。できることならば、社会がそういう人たちにつらくあたることで敵対の緊張を強めてしまうのではなく、慈悲とか温情とか、そういったものによって本人の間違った志向に対する自覚をうながし、やがては自立して幸せになっていけるよう道をつけてあげることができればいいのではないか、とそこに賭けたい気持ちはある。しかし、ゲイリーのケースを見てるとなぁ、……と、このあたりで、私の思考は堂々巡りしてしまうのであった。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp

犬に噛みついた。12月のとある夜半過ぎ、行きつけのメイドバーでけっこう飲んで歌った帰りのこと。横断歩道で信号待ち。通りの向こう岸では、警察官がこっち側へ渡って来ようとして、立っている。青になった。さあ渡ろう。右を見ると、タクシーがとろとろと近づいてくる。こっちの信号が青なのだから、当然止まるものとして渡り始めてもよかったのだが、もし突っ込んで来られてもやだなぁと躊躇してたら、目の前を通り過ぎていった。ムカッ。あぶねーじゃねーかっ!

だけどよぉ、警官の目の前で信号無視たぁ、いい度胸じゃねーかぃ。半分まで渡ったところで、警官とすれ違い、振り返って成り行きを見物。タクシーは、すぐ先にある大きな交差点で赤信号につかまり、停止中。警官は渡り切る手前で右へ、車道をつかつかつかと歩いていって、タクシーの左側から窓をどんどんどんと叩く。「今、信号無視したでしょ」。やーいアホめ。違反切符切られて思い知れっ!

タクシーの運転手は、片手を顔の前に立てて頭をぴょこぴょこ下げて、ごめんさいポーズ。警官は二言三言注意を述べると、きびすを返し、立ち去ろうとする。え? 取り締まらないの? 一般の自家用車だったら即違反切符だろ?タクシーだといいわけ? ……ってなことをごちゃごちゃ考える以前に、道の反対側からどなりつけていた私。「おい! ちゃんと取り締まれこらあ!」

そしたら警官、こっちを向いて、首でひょこっと会釈して立ち去っていった。怒りにまかせてもう一言二言「ばかやろう!」とか「このくそ犬!」とか言ってやりたかったが、逆にこっちがしょっ引かれて事件になっても困る。そう思ってかろうじて思いとどまる。いや、事件になっても面白かったか。ことの経緯が明るみに出たら、どんな癒着か知らないけど、まじめに取り締まらなかったケーサツが恥かくんでねーの?

あの信号無視を見逃したんなら、俺が怒りにまかせてタクシーの側面にひと蹴り入れてやっても見逃すんだろーな。え? やってやろうか? って、これもかろうじて思いとどまる。事件になっちゃうと、こっちも恥かきそうだからな。ジーンズの下に穿いてるのがパンティーとブルマでなければやってたかもしれない。

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■編集後記(1/16)

・年末から始めた1日30分ウォーキング(+犬の散歩30分)は、1日も休むことなく20日を超えた。家の近くの荒川スーパー堤防と、並行して走る水辺の道路をつないだコースを設定した。まず東に向って下の道を進み、帰りは堤防の上を西向きに歩く。なぜそうしたのかというと、前方左手に富士山が見えるからだ。朝は青い空に雪を冠った富士、夕方は夕焼けバックの黒い富士だ。黒富士はサイズが大きく見えて、いつも必ず写真を撮りたくなる。じっさい、三脚を据えて西の方を狙っている人をよく見る。ウォーキングのおかげで腰痛を感じなくなり、夕食のビールがすごくうまい(たぶん気のせいだ)。荒川土手には「河口から25キロ」の標識がある。元同僚のSさんが、河口から1キロ付近に住んでいることがわかった。暖かくなったら、中間点の千住あたりで会いましょうという約束をした。片道12キロ、歩けそうな気がするが(帰りは歩かない、って前提か)いまはチョット無理だな。次第に毎日のウォーキング時間を延長して足腰をならし、桜の咲く頃には実現したい。(柴田)

・「Willcom 03」。初めてのWindows Mobileにワクワク。Gmailをブラウザから見に行くのは、複数アカウントを持っているとIDやPWの入力が面倒なのでと敬遠していたが、03標準のメールソフトなら軽いからとそれらのアカウントをIMAP化して登録。今までは個人宛のメールはWX310Kに転送させていて、添付ファイルなどがあるとはじかれ、エラーメールすら届かないので困っていたが、これなら大丈夫、のはず。送信メールの保存一本化もできるとあってにんまり。まだ諸々のハードルがあって、パソコンとの同期はしていない。インストールしたのは「google map」と現在位置を表示する「gmm_navi Auto」や、かゆいところに手が届く「Officenail」シリーズ。特に、メールから予定や仕事を作成できる「Mail2PIM」がお気に入り。あと、OKボタンでタスク終了できる「Magic Button」も助かる。Today画面には「todayCompact」「dyschedule」「dyToDo」「WifiInfo」「bLaunch」あたり。産經新聞が読めるソフトも入れてみたよ。しかしよくフリーズしたり、着信音はせず、ライトでのお知らせのみになったりと不明な動きあり。何かが当たっていそうな雰囲気。あと、電池の減りが早いのと、WX310Kより電波感度が悪いのが気になるわ。カスタマイズや使い方に慣れるまで日数がかかりそう。(hammer.mule)