[2592] 勝手に時代劇祭り

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<猜疑心の塊、人間不信の氷河、自己卑下の白色矮星>

■ネタを訪ねて三万歩[49]
 勝手に時代劇祭り
 海津ヨシノリ

■グラフィック薄氷大魔王[169]
 旧MacBook Proのキーボード/Dropbox継続利用中
 吉井 宏

■私症説[01]
 チョウとカブトムシの人生
 永吉克之


■ネタを訪ねて三万歩[49]
勝手に時代劇祭り

海津ヨシノリ
< https://bn.dgcr.com/archives/20090250140300.html
>
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月に1回の連載も今回が49回目ということで、5年目に突入しました。ただし、デジクリへの寄稿という意味では1999年(確か…)からですので、今年が10年目になります。

●2009年は勝手に時代劇祭り

最近、私にとって「すごい!」あるいは「ピン!」と感じるデジタル系の話題があまりないので、デジタルとは無縁の話が続きます。また、そうなってくると、どうしても好きな世界に突入してしまいます。そんなネタを求めまくっている私にとって、今年はいきなり好きな時代劇ばかりで危ない状況になっています。

例えば……現在、真田幸村(真田信繁)の誕生月日は不明となっていますが、多くは没年(1615年没。ただし1614年没説もある)から逆算すると、1567年または1570年という説が強いようです。だとすると、1573年に織田信長の使者として洛中洛外図を持って現れ、13才の直江兼続と対面した初音(真田幸村の妹)は3〜6歳よりも若いということになってしまいます。

姉という設定なら多少の無理はあるが、かなり苦しい設定。と感じていたら、NHKは1月28日に突然妹から姉へ設定を変更しました。かりに架空の人物ではあっても、初歩的な時代考証ミスですね。それと、いくら時代が違うとはいえ、13才の直江兼続の立場でかなり出過ぎた動きをしていますね。
< http://www9.nhk.or.jp/taiga/
>

ドラマなので仕方のないことですが、いろいろと知っていると無理が目立ってしまうのでした。ちなみに1573年とは武田信玄の没年であり(享年52歳)、上杉謙信の没(1578年48歳)5年前、本能寺の変(織田信長48歳で没)および武田家滅亡(武田勝頼36歳で没)の9年前となります。こうして大きな事件までの年数を整理してみると、ほんの少しでも誰かが長生きしていたら、歴史は激変していたことが分かり(結果がどうなるかは謎ですけど)ます。

あくまでも歴史の「もし」のことですが、例えば関ヶ原の戦いまで有名な武将が生き延びていたとすれば、武田信玄(79)、上杉謙信(70)、織田信長(66)、武田勝頼(54)、今川義元(81)、豊臣秀吉(63)、前田利家(61)、毛利隆元(77)、吉川元春(70)、小早川隆景(67)、柴田勝家(78)、明智光秀(72)、豊臣秀次(32)、竹中半兵衛(56)、浅井長政(55)となります。

片や、実際に関ヶ原の戦い当時の武将たちの年齢は、伊達政宗(33)、徳川家康(57)、上杉景勝(44)、毛利輝元(47)、石田三成(40)、福島正則(39)、加藤清正(38)、黒田長政(32)となります。この年齢を現代人の平均寿命に置き換えてみると、健康あるいは戦死、刑死がどれほど歴史を左右してしまったのかが分かります。

いっその事、このシミュレーションで「異説関ヶ原」とか書いたら面白いかもしれませんね。もっとも、武田信玄が60歳まで長生きしただけで織田信長、豊臣秀吉は存在しなくなってしまうわけですから、関ヶ原もなかった世界の可能性は高いですね。

さて、その謙信没直後、家督相続に関して明確な遺言を残していなかった謙信生涯唯一の痛恨のミスが発端となり、上杉景虎(北条三郎)と上杉景勝(謙信の甥)による本格的な家督争いとなった御館(おたて)の乱が多くの武将の命運を塗り替えてしまいました。

この時、長篠の戦いで織田信長、徳川家康に大敗した武田勝頼は、上杉景虎と盟約を結び、上杉景勝討伐に動くも、上杉景勝からの懐柔により越後との甲越同盟を結び、北条(後北条)との甲相同盟は反故にしてしまいました。それで北条を敵としたため、北条対策として佐竹義重との甲佐同盟を結び、それが結果的に武田家の孤立、そして滅亡へと繋がったというのが悲しい結末です。

ちなみに関ヶ原の戦いと同様に、この御館の乱勃発当初は圧倒的に上杉景虎が有利という状況だったわけですが、ここでも歴史は皮肉な結果を導き出しています。だからこそ直江兼続という人物のその後の活躍が歴史に残る(マイナーですけど)のです。

そんなワクワクする話を自分に置き換えると白けてしまいますが、それでも自分なりに「あの時」の「もし」を考えてみると、自分にとって相性の悪い人、あるいは相性の良い人との関わり。親しい友人と突然交流がなくなってしまったかと思えば、まったく予想していない人からの接触が、実はかなり複雑に絡み合っている交友関係によるものであった等、誰にでもいろいろな大河ドラマが生まれているのではないでしょうか。

私は運命論者ではありません。だからこそ、運命に翻弄される主人公を克明に描いた小説やドラマが好きです。もちろん私にとって運命を変えた(であろう)人は沢山います。しかし、私の人生は小説ではないので、リセット(見ていて後味の悪いドラマがありましたね)が効かないので結果を比較することが出来ません。当たり前ですけど、だから人生は面白いのだと思います。

ところで、実はここまでの原稿内容は、書いておいたものにかなり大幅に加筆・修正しています。しかも何度も。さすがに1ケ月のタイムラグは大きいです。仕方のないことですが、タイムリーではないテキストは、やはり読む方にとって辛いかもしれませんね。申し訳ないです。可能な限りネタ収集に走り回りたいと思います。

話を戻し、同じNHKで土曜日に放映している「浪花の華〜緒方洪庵(おがたこうあん)事件帳〜」が面白いです。福澤諭吉、大鳥圭介、橋本左内(はしもとさない)、大村益次郎、長与専斎(ながよせんさい)、佐野常民(さのつねたみ)、高松凌雲(たかまつりょううん)など幕末から明治維新にかけて活躍した多くの人材を輩出した蘭学塾「適々斎塾(適塾)」を開いた緒方洪庵の、若き日の青春群像といったところです。

いかにもNHKらしい丁寧な作りと雰囲気。この世界観は大好きです。主人公の緒方章(若き日の緒方洪庵)を演じる窪田正孝、謎の男装の麗人左近を演じる栗山千明、ナイスキャスティングですね。このテキストが公開される頃には、全10回の最後の方になってしまっていると思います。でも、絶対に再放送されると信じていますので期待しましょう。
< http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/naniwa/
>

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今月のお気に入りミュージックと映画
"アン・ドゥ・トロワ" by キャンディーズ in 1977
"Viva La Vida" by Coldplay in 2008
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"Indiana Jones And The Last Crusade" by Steven Spielberg in 1989 (USA)
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■アップルストア銀座のセッション:3月16日(月)19時より
Made on a Macとして画像処理セッション
『海津ヨシノリの画像処理テクニック講座Vol. 32 Adobe CS4による画像処理テクニック/後編』Adobe CS4の可能性として、リリースされたばかりのAdobe CS4のうち、Adobe PhotoshopCS4、Adobe IllustratorCS4を中心にほかの製品との連携処理の可能性について独自の視点で整理いたします。
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【海津ヨシノリ】グラフィックデザイナー/イラストレーター
yoshinori@kaizu.com
< http://www.kaizu.com
>
< http://kaizu-blog.blogspot.com
>
< http://web.mac.com/kaizu
>

某所からの依頼で面接官を体験しました。実は今年で2回目。はじめ、受験者の緊張感と比べたら面接官の方が楽だと思っていましたが、とんでもない勘違いとすぐに気がつきます。ある意味で、他人の人生を左右してしまいますからね。ただ、非の打ち所のない受け答えをする人は、概ね評価が低くなりますね。それと、面接官側も隠し球の質問を用意しており、それがかなり合否を左右するような感じでした。

しかし、具体的に合否材料として重要なのは、第一印象と受け答えで分かる人柄だと思います。最終的な判断は私が下すわけではありませんが、そんな印象を受けました。結局、人はさまざまな人生の節目でいろいろな「縁」に出会いますが、その「縁」が吉と出るか否かは、結局のところ誰にも分からない不思議な巡り合わせなのかもしれません。ただ一つ言えることは、「良い縁」はさらに「良い縁」を生むということ。あるいは、「最悪の縁」は「最悪の縁」に結びつくとも言えますね。

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■グラフィック薄氷大魔王[169]
旧MacBook Proのキーボード/Dropbox継続利用中

吉井 宏
< https://bn.dgcr.com/archives/20090250140200.html
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●旧MacBook Proのキーボードにセロテープ

MacBook Airや新型MacBook(とPro)の黒いキーボードは何も問題ないんです。旧MacBook Proのアルミ風銀色キーボードが非常に苦手。少しざらついたプラスチック製で、爪にこすれると気持ち悪い。黒板を爪で引っ掻くような感触。シリコンで出来たカバーを使ったこともあるけど、打ちにくくなるし、なにしろ見た目が悪い。

以前、液晶タブレットに貼るために買ったビニールを両面テープで貼り付けて使っていたこともあるけど、なかなか具合よかった。ただ、しばらくたつと両面テープの粘着がへたってきて、ずれたりはがれたりする。爪がよく当たるCommandキーや英数キーなど、いくつかのキーに付箋紙を小さく切って貼ってみたりもした。こちらは感触はいいんだけど、やはりすぐ剥がれてしまう。

最近、キーボードにセロテープを貼ってみたところ、これはイイ! 最初からこうすればよかったんだって感じで、快適に使えてます。MacBook Proの満足度はキーボードの感触のせいで60%くらいだったのだが、セロテープのおかげで80%くらいに上昇。

残りの20%は、やはり液晶の画質の悪さだなあ。こちらは今までは外付けディスプレイだけで使ってきたので気にならなかった。なぜ外付けディスプレイだったかというと、感触の悪いキーボードを触りたくなかったからなんですね。

購入以来2年3ヶ月経過のMacBook Pro17インチ、昨年HDDを200GB7200回転にし、メモリ増設もしたのですが、まだまだ使うつもり。今HDDってホントに安くなってますね。2.5インチの500GBが1万ちょっとで買える。同じ値段で3.5インチなら1.5TB! なのでまたHDDを取り替えて、XPとOSXの両環境とアプリを妥協なしで整えた、最強持ち出し用マシンにするべく計画中〜。あのWACOMタブレットバッグもあるし。

《デジクリに書いたアレはその後どうなったかシリーズ》

●「『Dropbox』を僕も試してみました」
< https://bn.dgcr.com/archives/20081008140200.html
>
続編「Dropbox継続利用中」

いや〜、素晴らしい。やはりDropboxは、近年使った中で最も有用なサービスなことは間違いないと思います。17年もの間、「ハードディスクが壊れたらどうしよう」「データが消えたらどうしよう」「バックアップしなきゃ」というのがいつも気がかりだった。何重にも外付けHDDにコピーしたり、ディスクに焼いてどこかに預けたりたりしてたけど、それでも心配でしょうがなかった。たぶん積もり積もって大きなストレスになっていたに違いない。

Dropboxを使ってる今は(50GBの容量では今までのすべてのデータというわけにもいかないけど)、少なくとも現在進行中の仕事のデータ、オリジナル作品を含む全仕事のJPEG画像やもろもろの重要ファイルについては、心配しなくてよくなった。過去のファイルを全部保存しておいてくれるOSXのTimeMachineや、メモ書きや資料や文字原稿など全部引き受けてくれるEvernoteと合わせて、気持ちがホントに楽になりました。時代は進歩してるなあ。

おまけに、よほど重いファイル以外は、ネットワーク接続でやりとりする必要もなくなった。複数台のパソコンにまたがって作業してるとき、さっき使っていたマシンで保存したファイルが、今使ってるパソコンにもダウンロードされて保存されてるわけです。大きなデータで多少のタイムラグはあるものの、3Dのモデリングファイルやテキストファイルなど軽いデータでは同期を意識するまでもなく、当たり前のようにそこにある感じ(MacBook AirのHDDは80GBしかないので、Dropboxの50GBを存分に使えないことだけ困るけど)。

ちょっと怖いシチュエーションを思いついた。複数台のマシンでDropbox同期されてるとき、どれか一台のマシンのフォルダの中身を全部捨てられたら、全部消えるかも! まあ、捨てたファイルも復活できるのがDropboxのいいところなんだけどね。

【吉井 宏/イラストレーター】hiroshi@yoshii.com
HP < http://www.yoshii.com
>
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/
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iPhone/iPod touchアプリ「Randgrid」や「BassLine」がスゴイ! と書きましたが、その後同類アプリが2つも登場。TB-303そのまんまのデザインの「Digital Bass Line」と、TB-303クローンソフトウェアインストルメンツを出しているAudiorealism社の「technoBox」。とりあえず購入しましたが、時間がなくていじれない〜〜〜。っていうか、今年は購入した全音楽アプリのレビューをブログに書くぞ! とか思ってる間にもう3月になっちゃう〜〜。ブログの一番新しい書き込みが1ヶ月以上前だもん。Evernoteをメモ帳として使い始めたこともあって、細かいネタはどんどんたまっていくのに、ちゃんと書いてる時間がない。そうやってネタは賞味期限切れになっていくんだなあ。ところで、アカデミー短編アニメ映画賞の加藤久仁生監督のカタコト英語の受賞スピーチ「ドモアリガト、ミスターロボット」。ドッとウケてたのがなぜかすごくウレシイ。いいなあアカデミー賞!

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■私症説[01]
チョウとカブトムシの人生

永吉克之
< https://bn.dgcr.com/archives/20090250140100.html
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これまで断乎として認めなかったが、いつまでたっても今の境涯から抜け出せない以上、自分の職業はフリーターであると認めざるを得ない。昨年は、4件のアルバイトで糊口をしのいだ。議論の余地のないフリーターである。

私は数社の人材派遣会社に登録している。ケータイのメールで、ときどき求人情報を送ってくれるのだが、ついこの間来たのが某デパートの催し物の片付け仕事。1日だけの仕事で労働時間が2時間45分。時給は交通費込みの1,100円。それも翌月払い。しかも男性はスーツ着用。少し前ならそんな割りに合わない仕事、誰もしなかったろうと思うのだが、募集をするくらいだから、藁にもすがる思いで応募してくる人もいるのだろう。切ないご時勢だ。

雇用対策法改正により、事業主が労働者募集の際に年齢制限を設けることを禁止した。だから最近の求人広告には「◯歳まで」という項目がない。また、男女雇用機会均等法もあるから「男性募集」とか「女性希望」とかいった要望も謳われていない。しかし、明確に「年齢制限なし」「男女ともに募集」と謳っている広告も少ない。病的に猜疑心の強い私としては、このへんがモヤモヤするところなのだ。法律で性別と年齢を制限するなと言ってるから、対外的にそうしているだけで、実際に誰を雇うかは、雇用者の胸三寸にある。

先方も、始めっから採用する気のない相手と八百長面接をしている時間が惜しいから、私のような特別なスキルもない前期高齢者男性が、「雇ってもらえるかも!」なんて分不相応な期待をもたないような募集広告を出す。たとえば、職場の写真を載せる。そこには若い女性たちばかりが写っていて、カメラに向かって満面の笑顔でピースサインをしている。私なんかそれだけで尻込みしてしまうのに、さらに致命的なコピーがとどめを刺す。「20〜30代の女性が活躍中!」。フリーター諸氏なら、そんな広告をたくさん見ているはずである。

ついこの間の新聞折り込みの求人広告にパソコン入力の仕事があった。職場が家から近いし、時間給もそこそこなので、おおいに食指が動いたのだが、その広告に載っている写真が、これまた若い女だらけで、無意味とは思いながらも写っている女性の人数を数えてみたら15人もいる。端っこに若い男がひとり左半身だけ写っているが、なんの慰めにもならない。

しかし、女だらけ以外は条件がいいので、さんざん逡巡した末に、思い切って電話をかけると、その会社に人材を送っている派遣会社につながった。まずはそこに登録しなければならないわけである。ともかく性別と年齢の制限がないかを尋ねた。先に挙げたような法律があるから、もちろん、オヤジは駄目とは言われなかった。ただ面接の当日、パソコン操作のテストをするらしい。そして、それをパスしても、いつから仕事に入ることになるかは、現状ではまだ決められないとの返事だった。

そーら来た。オヤジを入れないための水際作戦に出たな。テストの結果に難癖つけて、仕事開始までの時間を引き延ばして、こちらから辞退するのを待とうという魂胆なのだ。猜疑心の塊、人間不信の氷河、自己卑下の白色矮星と化している私は、とっさにそう思った。しかし、ひょっとしたら、応募者が多いので、派遣先の会社との交渉やシフトの段取りなどで手間取るだろうから、あんな返事をするしかなかったのかもと、ちょっとだけ思った。多少は好意的な解釈ができる程度の人間性は残っているらしい。とりあえずは、その派遣会社に面接に行くことにした。

しかしもう、いつまでも待ちの姿勢では、不安でしかたがない。こっちから手を伸ばして掴まなければ。かくなるうえは医者になんとかしてもらうしかないと、私はかかりつけの精神科医に相談した。

「おや、永吉さん、久しぶりですね。どうですか?」
「それが、またチックの症状がひどくなってきて……」
「そうでしょうねえ。もうとっくにお薬がなくなってるはずですから。あの薬は途切れないように飲まないとだめですよ」
「すいません。それは分ってるんですけど、お金がね……。いや、そんなことよりも、なかなかいい仕事が見つからなくて参ってるんです……」
「最近は多いですね、そんな症状を訴える方が」
「治療には時間がかかるんでしょうか」
「まあ、仕事がすぐに欲しいのなら注射がいちばん効果的でしょう。ただしこの注射は保険外になるし、ジェネリック薬品もまだできていないので、少しばかり費用がかかりますけどいいですか?」
 ……平均的な単純作業の日給2日分に相当するくらいの費用になるらしい。
「で、1本射つと、何日くらい効いてるものなんでしょうか?」
「個人差がありますけど、平均して10日ほどですね」
 10日間で稼いだうちの2日分は投資と考えて、射ってもらった。

医者の言った通り、翌日、登録している派遣会社のひとつから、家電製品の組み立ての仕事が紹介された。3か月の短期採用で、お金もまあまあで仕事にもすぐ慣れたのだが、10日目になって薬の効果が切れるやいなや、メーカーが突然、深刻な経営不振に陥って、派遣社員はみな即日、解雇された。

そして、私はまた薬を射ってもらった。今度は3週間効くという、もっと値の張る薬だった。仕事は病院や学校に給食を供給する会社で、配送の作業をしていたが、薬が切れた日に小学校で食中毒者を出してしまい、会社は営業停止処分を受けて派遣社員全員解雇となった。

そんな具合に、失職するたびに薬を射ってもらっていた。医者も儲かるので、私が行くと、断りもせずに高価な注射を射つようになった。職には困らなくなったが、薬が切れるたびに、勤め先が不渡りを出して倒産したり、火災を起こして操業ができなくなったり、経営者が会社のカネを根こそぎ持って愛人と失踪し、取引ができなくなったりするのが、申し訳なかった。

薬が切れた日の翌日、いつものように病院に行った。診察室に入るなり、注射をしようと挑みかかってきた医者の腕を掴んで、私は言った。
「人に迷惑をかけないような注射ってないんでしょうか」
「甘いなあ。人が人を喰って生きてる時代に何言ってんの」
……やけに医者の機嫌が悪い。
「注射が嫌なら、前のように這いつくばって職探しするしかないですな」

診察室の壁にかかっていたカレンダーに、花畑に群れている蝶々の写真が載っているのが眼に入って、私はつい「蝶々はいいですよね。職探しなんかしなくても自然に与えられた仕事があるし。誰にも迷惑かけないし、それに成虫の寿命って数週間なんでしょ? 蝶々になりたいもんです」と言ってしまったのだ。あ、と気づいたときには遅かった。腕を引っ込めるよりも速く、医者の握った注射器の針が、見事に私の腕の関節部の静脈を射止めていた。

「これで、明日にはアゲハチョウの蛹(さなぎ)になってます。2週間ほどの蛹の期間が終ると成虫になって、それから3週間もすれば死にます。これは誰にも迷惑がかかりませんから安心してください。ははは」
……医者はすっかり機嫌を直していた。

今朝、私は蛹になっていた。人間としてすでに52年間も生きたから、卵や幼虫の期間は免除されて、いきなり蛹になったのだろう。木の枝に固定されて動けないが、何もしないのが蛹の仕事である。私に相応しい仕事だと思った。

ふと、昨年、川端康成文学賞を受賞した『蛹』(田中慎弥著)という小説を思い出した。主人公である雄カブトムシの幼虫が蛹になるまでの間の、外界での出来事に対する反応や発見や認識の変化などを綴った物語だった。そこで私自身が蛹になった今、もう一度読んでみたくなって「新潮」の6月号を本棚から引っ張り出した。

この作品の主役である蛹と永吉蛹の大きな違いは、前者が、いつ成虫になれるのか自分でも分らないということだ。明日なのか来週なのか来月なのか来年なのか。それに成虫になってからどのくらい生きられるのかも分らない。一方、永吉蛹は、蛹の期間も成虫の寿命も医者から聞いて知っている。

もうひとつの違いは、カブトムシの蛹が、はやく成虫になって、大人のカブトムシらしい働きをしたがっているのに対して、永吉蛹は、できれば蛹のまま半醒半睡のうちに寿命を終えたいと願っていることだ。まあ、薬が効いているので、いやでも成虫にならざるをえないわけだが。

どちらの蛹が幸福か私には分らない。生まれて間もないので好奇心旺盛、あれもしたいこれもしたいと希望を漲らせるカブトムシ蛹と、52年間いろんな経験をしてから蛹になった私とでは、幸福のヴィジョンも違う。

私の寿命は、蛹と成虫をあわせて、あと約ひと月、と例の医者に言われたわけだが、これは末期癌で「あとひと月です」と言われるのとはまるで違う。私の場合は「定年まであとひと月ですね」に近い。絶望するどころが、最後にひと頑張りしようという気持までもっている。将来に希望がもてなくても幸福に生きることができるのだ。

【ながよしかつゆき】katz@mvc.biglobe.ne.jp
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
>

ご無沙汰しておりました。編集長のご厚意により、装いを新たに、といってもタイトルを「笑わない魚」から「私症説」に変えただけですけど、月1回のペースで連載を再開することになりました。このタイトルはもちろん「私小説」のもじりですが、たいして深い意味はありません。なお、ここでのテキストは、わがブログに、少し手を加えて同時掲載する予定です。

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■編集後記(2/25)

アイ・アム・オメガ [DVD]・DVDで「アイ・アム・レジェンド」と「アイ・アム・オメガ」を続けてみた。後者はもちろん、前者に便乗したBC級作品である。かつて「地球最後の男オメガマン」という映画をテレビで見た。チャールトン・ヘストンがビルの屋上から、ゾンビの一団を銃撃するシーンを見たような記憶があるが、ストーリーは忘れた。今回の2作品も、原作はそれと同じらしい。「オメガ」は徹底的に説明がなく、いきなりこれを見てもよくわからない。説明は「レジェンド」で、といわんばかりだ。「レジェンド」がニューヨークの要塞化ビルに住むのに対し、「オメガ」はロス郊外のフェンスで囲った住宅だ。BC級の「舞台は田舎で低予算」の原則通りだ。「レジェンド」と同様、人類が絶滅の危機に瀕しているのに、なぜかライフラインが生きている。しかも、ネットまで生きていて、ダウンタウンにいる女性から助けを求められる(なぜ、謎のウィルスで異形と化したゾンビが徘徊する市内に、ひとりでいるのよ)。通信を傍受したという二人の男が突然現れ、彼女の血液からウィルスの血清ができるから(ほらきた、血液がキーになる話)助けに行くことを強要される。ほとんど無茶苦茶な脚本である。ゾンビをやっつけるのは、銃以外に格闘技である(ヌンチャクまで!)。これがけっこう爽快というか、ばかばかしいというか、なかなかの見せ場。舞台は地下通路、駐車場、道路などで、「レジェンド」の世界にくらべて貧弱もいいとこ。主人公はロスを爆破するため時限爆弾を仕掛けたといい(なんのために?)、制限時間内にロスを脱出しなければならないという緊張感が、まるでない。救助した女がまた無意味に身勝手でいらいらさせてくださる。結局、予想通りのオチになるが、格闘技でゾンビを倒すというアイデア(?)を「レジェンド」を真似た世界でやってみたというだけ。期待通りのうれしいBC級作品である。ばか映画ばかりでなくオスカー級も見なくては……。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001JPSLWE/dgcrcom-22/
>
アマゾン。前者の評価は高くない…
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0016C9228/dgcrcom-22/
>
評価なし

・永吉さん連載復活!/「Web Designing」誌のプレゼント受付中! ご応募待ってます!/1月30日の後記で、コメダは大阪にないので、一度は行ってみたいと書いたが、今年7月に出来るんだって。あんまり増えると、ありがたみが……。初めて東京に行った時、大阪にもあるお店が多くてがっかりしたんだよなぁ。(hammer.mule)
< https://bn.dgcr.com/archives/20090219140100.html
>
「社会を変えるWebクリエイティブ」「Flashモーションの表現力を磨く」
< http://www.nikkei.co.jp/news/retto/20090223c3d2302g23.html
>
年内に関西地区で60店舗、2012年までに全国500店舗
< https://bn.dgcr.com/archives/20090130140000.html
>
1号線沿いで見つけたのだ