買物王子のモノ語り[12]昔ながらの職人技を感じる眼鏡で気分を変えたい。
── 石原 強 ──

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春になると新しいメガネが欲しくなります。壊れて買い替えるわけではなく、気分を変えたくなるからです。手軽に印象が変わるので、新旧問わず掛け変えて楽しむメガネ好き。毎年1〜2本くらいのペースで買い続けてきて、手持ちを数えたら10本を超えていました。ここしばらくは、レンズが小さい金属製のメガネを掛けていたけど、今年は大きめのものが欲しくなりました。

一般に、プラスチックのメガネを「セルフレーム」と呼びます。頭についている「セル」とは「セルロイド」のことです。セルロイドは、19世紀に象牙の代用品として開発された、歴史上最も古い人工の熱可塑性樹脂です。そんな風に言うとなんだか小難しいですが、アニメの「セル画」や映画のフィルムにも使われていた素材です。かつては眼鏡フレームの主流でしたが、最近は「アセテート」という素材に取って代わられて、セルロイドは絶滅寸前とまで言われています。



セルロイドの良い点は、アセテートと比較すると乾燥してからの安定性が良いため、変形しません。つまり、丈夫で長持ちします。反面、堅くて加工が難しく完成までに時間がかかるために、採算が合わないのだそうです。それが激減の原因ですが、鮮やかな発色のアセテートに対して、渋く鼈甲のような底光りするような深みのある色や、セルロイドならではの温もりと柔らかな味のある感触が最近、メガネファンの中で見直されています。

福井県の「鯖江市」は、メガネの産地として世界的に有名です。メガネフレームの国内シェアは96%で、世界シェアでも約20%を占めているそうです。最近では、米大統領選のさなか、共和党のサラ・ペイリン氏が鯖江市で作られたメガネをかけていると報道されて、一般の人にも良く知られるようになりました。メガネファンの間では、鯖江市は「聖地」とも言える場所です。一度は訪れてみたいと思っています。

ここに、昔ながらのセルロイドのメガネ作りを受け継ぐ職人がいます。50年以上のキャリアを持つ、山本泰八郎氏です。氏のセルロイド製眼鏡フレームの名前は「泰八郎謹製」。鯖江市郊外の山間にある工房で、3年以上寝かせた良質のセルロイドを使い、生地からメガネの型を切り出してパーツを作り、組み立てて最後の磨きまで、たった一人の手で行います。そのため、月産200本程度という少量生産です。この頑なな職人気質に、共感するファンも多いそうです。

出会いは、渋谷にある「ポーカーフェース」というお店でした。掛けてみると、これまで軽いメタルフレームに慣れていたせいもあり、セルロイドのフレームは重くて私の低い鼻ではずりおちる感覚がありました。けれど、泰八郎謹製のフレームは、鼻のパッドがしっくりはまって掛け心地が良い。定番である深い黒色ではなく、クリアのグレー色が一目で気に入りました。その時はちょっと迷って買わずに帰ったのですが、それが大失敗でした。購入を決心して一週間後に再びお店に行ったら、既に売り切れていました。

お店の人に聞いてみると、私の選んだ「T-104」はシリーズの中でも、10年以上作られているという定番で最も人気がある。ほとんど入荷直後に売れてしまうが、次回入荷は未定。入荷はだいたい2か月に一度程度で数も1〜2本という。それからは、見逃さないようお店にたびたび通うことになりました。やっと半年後に見つけたけど、前に見たのと色が少し違うのです。他のお店に入荷したかもしれないと、全国のお店を調べてもらいました。仙台のお店に1本あったのを、取り置きしてもらいました。

数日後、メガネがお店に届きました。やっぱり最初にピンときた色が一番いい。横からの見た目がすっきりしています。そのわけは、「ノー芯」と呼ばれる製法で作られているからです。通常、メガネのテンプル(両サイドの"つる")には金属製の芯が入っています。セルロイドは堅くて変形しにくいので、芯を必要としないのです。それで見た目を邪魔しないのです。あと、細かいことですが、内側に掘り込まれた「手造」の文字が職人の誇りを感じます。今度こそと購入を決めました。視力のチェックをして、レンズを加工してもらいます。一週間後の受け取りが待ち遠しい。

受け取り時は、大事なフィッティングです。店員さんが専用の道具で、頭の形にフィットするようにフレームを丁寧に曲げて、微妙な調整をしてくれます。これでやっと自分のものになった気がします。セルロイドは熱で柔らかくなる性質なので、気温や体温でも徐々に緩んでくるようです。定期的にフィッティングが欠かせません。ちょっと面倒ですが、楽しみのひとつと割り切ります。使っているうちにキズや汚れが目立ってきたら、再びピカピカに磨き直すこともできるとのこと。大事に長く使っていきたい。

フレームの価格は29,400円、これにレンズ代の5,250円が加わります。現在、メガネはレンズ代込みで5,000円から10,000円というワンプライスショップが主流なので、決して安い買物ではありません。それでも、日常メガネが手放せない私としては、掛け心地や丈夫さという面では大きな差があります。なにより、メガネを愛するファンの一人として、この不景気の中で鯖江のメガネ職人を応援したいという気持ちも強いのです。

泰八郎謹製
< http://www.boq.jp/special/2008/taihachiro/index.htm
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ポーカーフェース
< http://www.pokerface-web.com/
>

【いしはら・つよし】tsuyoshi@muddler.jp
・ウェブアナ< http://www.muddler.jp/
>

新しいメガネをかけて意気揚々としていたら、最近、職場で同じメガネに遭遇してしまいました。メガネが一緒だと、他人でも顔の印象が似て見えるので、なんとも複雑な気分です。色違いだったことが、せめてもの救いか。