グラフィック薄氷大魔王[179]カーペンターズ、僕的再発見
── 吉井 宏 ──

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久しぶりに初代iPod shuffleに曲を自動充填して、地下鉄内で聴いていたら、「マスカレード」がかかった。割とよく耳にする曲なのだが、Shuffleの魔力のせいか、なぜ今までこの魅力に気づかなかったのか! と驚いた。20年も前に買った安くてあやしげで音質の悪い3枚組のベストアルバムCDがiTunesのライブラリに含まれていたわけだけど、そのベストアルバム自体、ちゃんと聴いたことがなかった。

カーペンターズ~40/40 ベスト・セレクション偶然聴いた「マスカレード」があんまり美しかったので、この3枚をちょっと聴き込み始めて数日後の先月23日、「シング」を脳内再生しながら銀座の山野楽器を通りがかったら、同じ「シング」がかぶさって聞こえてきた。「カーペンターズ 40/40 ベストセレクション」という2枚組CDの店頭キャンペーン中だった(前日の発売日にはリチャード・カーペンター本人が来たらしい)。なんちゅうタイミング! さっそく購入。



ナウ・アンド・ゼン [でかジャケCD]小学生の頃、洋楽のアルバムなど皆無だった僕の家に、なぜかカーペンターズの「ナウ・アンド・ゼン(1973年リリース)」があった。たぶんオヤジが気まぐれに買ってきたものだろう。日曜日には必ずこのレコードがかけられるので、だいたい覚えてしまった。このアルバムには後述の2つの点で僕は大きな影響を受けたのだが、当時は、普通に楽しいアメリカの音楽として親しんだだけだった。自分で針を落としたことは今まで一度もない。30年ぶりに聴いてみたいけど、iTunesストアでは売ってないねえ。

1977年の中学2年、友人たちはビートルズをはじめとしてロックやフォークに目覚め始めていた。僕はまだまだ映画音楽一辺倒の頃で、ロックがあまり好きになれなかった(今も一部を除いて苦手)。友人の一人に「吉井も何かレコード集めれば?」と言われても、他に知ってるグループ名はカーペンターズだけ。「カーペンターズ、いいじゃん、集めろよ」。実は「ナウ・アンド・ゼン」だけで知ってた彼らの音楽は普通に好きだったけど、生意気な男子中学生にとって、イメージがまずかった。

まず、彼らはファミリー向けの健全な音楽というイメージだった(間違ってないけど)。毒にも薬にもならないというか(薬にはなりますね)、イージーリスニング的というか、ポール・モーリアの仲間というか。それに、兄妹のユニットってのが、なんとなく妙な気がした。単純にカレンを好きになりたくても、兄のリチャードが高田文夫みたいなギョロ目でにらみを効かせてる感じ。ファンになりにくい。

ブルーグラスが好きだった高校生の頃に、カントリーテイストの「ジャンバラヤ」「トップ・オブ・ザ・ワールド」をエアチェックしてよく聴いていたこともあったけど、ほぼそれっきり。あ、NHKの「世界のワンマンショー」という番組で「遙かなる影」をコミカルに鍋とか叩いて演奏してたのも覚えてるな。1983年にカレンが拒食症で亡くなったニュースと写真に衝撃は受けたけど、あらためて聴き直すこともなかった。昨年だったか、テレビでカーペンターズのドキュメンタリーを見て、あんなに売れていたカーペンターズがどういうわけで消えていったのかようやく知ったのだった。
< http://ja.wikipedia.org/wiki/カーペンターズ
>

テレビか何かでカーペンターズの曲がかかると、幸せな70年代の郷愁を感じはするものの、深入りするところまでは行きませんでした。今回新しいベストCDを買うまでは。

「40/40 ベストセレクション」は音がいいです。SHM-CDという仕様がiTunesに落としたときに良さが残ってるかどうか知らないけど、昔の3枚組CDよりはるかにマシです。気に入ってるのは主に4曲。なぜか2枚目のCDの収録曲ばっかし。

《シング》

すいません、いい曲とは思ってましたけど「明らかにファミリー向け」だからと真面目に聴いたことがありませんでした。ちゃんと聴いたら、ムチャクチャいい曲だなあ。ライナーノーツで初めてこの曲がオリジナルではなくカバーと知りました。彼らの曲はカバーが非常に多いです。この「シング」は、セサミストリートの中の曲で、リチャードが気に入ってレパートリーにしたそうです。YouTubeで「Sesami Street Sing」で検索したら、原曲をいろんな歌手が歌ってる映像が出てきます。

しかし、やはり原曲の良さを最大限に引き出しているのはリチャードのアレンジですね。前半でピアノにストリングスがかぶさってくるところなんか、気が遠くなりそう。リコーダー、トランペット、カレンの歌声、子供たちの歌声、リチャードのハーモニーがかぶせられ、幾重にも重なった分厚いコーラスアレンジに圧倒されます。こんな重厚な曲だったなんて、今まで気づきませんでした。

《愛にさよならを》

訳詞を読むと、歌詞はしょーもないもののようです(すいません)。が、彼らのオリジナル曲としては、今のところ僕のベスト1です。朗々と流れるカレンの声の魅力、どことなく教会音楽風な感じもあるし、あからさますぎとも思える和声の美しさ。メロディが普通のポップス的な単純な構成でなく、オペラの歌曲みたいに長い一本のメロディに聞こえるようになってます。後半のギターソロの一部にちょっとダサいかなと思われる部分もあるけど、壮大な構成が好みです。

《オンリー・イエスタデイ》

冒頭のカレンの低い声に鳥肌ゾクゾク。彼女はけっこう声域が広くて、高い音の部分も普通にきれいな声なのですが、低い声には特に圧倒的な魅力を感じます。それを知り抜いた上でリチャードが曲を作ったりアレンジしてるわけですが、この曲では過剰なほどに彼女の声の魅力が聞けます。

《愛のプレリュード》

この曲でもカレンの声の魅力全開ですけど、リチャードのコーラスの良さが際だつ。やはり兄妹だから声質がコーラスに向いてるんでしょうね。合いすぎくらいに溶け合う。

ところで、上で書いた「ナウ・アンド・ゼン」が僕に与えてくれた二つの影響、です。一つは、レコードジャケット。リッチな住宅の前に赤いスポーツカーが大きく描かれた絵。当時、妹と「写真か、絵か」論争したことがあるくらいリアルに描かれたイラストなのですが(カレンとリチャードのポートレートの絵もあった)、数年後の高校時代にスターログ誌の特集でその絵を再発見。イラストレーター長岡秀星。ああっ! やはり絵だった! それも、アメリカに渡った日本人によって描かれたものだった。誇らしい!

まだ僕にとって氏のアース・ウインド・アンド・ファイアのレコードジャケット群は身近じゃなかったけど、カーペンターズのあのジャケットなら隅々まで知ってる! その後、小学館の学習図鑑シリーズの中の未来都市交通の絵に「長岡秀三」という名前を見つけ、同一人物と確信(マンガ雑誌の巻頭イラストなども描いていたらしい)。以来、雑誌や本で気に入ったイラストを見つけると、必ずイラストレーターの名前を確認するようになった、というのが僕の出発点のひとつだと思う。デザイン学校に入った81年に大きな展覧会「長岡秀星展」が全国をまわったタイミングもあって、ますます夢中に。

もうひとつの影響。「ナウ・アンド・ゼン」のB面は60年代ヒット曲のメドレーなのですが、ビーチボーイズの「ファンファンファン」が含まれてました。ホント言うと、「ナウ・アンド・ゼン」の中で一番気に入ってたのがこの曲でした。20歳頃にふと思い出して、ビーチボーイズのベスト盤を貸しレコード屋で借りてカセットテープに録音。まだその頃は楽しげな昔のロックンロールとしてしか聴いてませんでしたが、それから十数年後(上京してからです)、ようやくビーチボーイズ(っていうかブライアン・ウイルソン)の魅力にとりつかれることになるわけです。ビートルズはほぼ素通りでした。

【吉井 宏/イラストレーター】 hiroshi@yoshii.com
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花粉症でも滅多にマスクをしない僕ですが、さすがにこわくて地下鉄に乗るときや人混みを歩くときはマスクをしてます。神戸や大阪ではテレビで見る限り数割以上の人がマスク着用してますけど、東京じゃ100人に1〜2人くらい。地下鉄では少しは多いみたいだけどそれでも1割より少ないだろう。騒ぎすぎとの声もあるようですが、無防備にしていてインフルエンザにかかったら、カッコワルイ。少なくとも、誰もしてないところでマスクをする恥ずかしさよりは上だ。