[2667] ささやかな悲願

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<やはり私の出番ではないか>

■私症説[06]
 ささやかな悲願
 永吉克之

■ローマでMANGA[20]
 スーパー8現る──宿題の結果
 midori

■ショート・ストーリーのKUNI[61]
 飛ぶ
 ヤマシタクニコ


■私症説[06]
ささやかな悲願

永吉克之
< https://bn.dgcr.com/archives/20090702140300.html
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われわれ人間に最も近い類人猿、なかでもチンパンジーのみなさんにお願いしたいのは、そろそろ人間の言葉を話せるまでに進化していただきたいということなんです。チンパンジーのみなさんは、今では自動販売機でジュースを買うこともできるし、檻の鍵を開けることもできる。言葉を話せるようになるまで、あと一歩、いや半歩ですよ。後はその手をちょっと伸ばすだけの進化なんです。何を迷う必要があるでしょう。

期待できるのはチンパンジーさんしかいないんです。九官鳥やオウムの一派も人語を発しますが、あ奴らは物真似をしているだけで、自分の意志を伝えているのではありません。あんな下等動物と張り合う必要なんかありません。連中はほとんど爬虫類なんですから。

私がこんなことを考えるようになったのは外でもありません。ある日曜日、4歳の息子を連れて、動物たちと触れあうことのできる動物園に行ったんです。その日は、子供たちが、首輪をはめて柵の外に出したチンパンジーさんに自分の手から餌を食べさせるという趣向でした。大丈夫よと励ましながら、怖がる子供の手をひっ掴んで、無理矢理食べさせている親子が多いなかで、わが息子は、自らバナナを手に取ると、臆することなくチンパンジーさんに近づき、さあ、と言ってバナナを差し出したのです。親として、これほど誇らしいことはありません。よくやったぞ、息子。私は涙を見せまいと、天を仰ぎました。

チンパンジーさんは、息子の手からバナナを掴み取って口に入れると、まだ食べ終わらないうちに、息子の隣にいた子供に手を伸ばして、餌をせがみました。息子は満足気に私を見上げて、パパ、食べたよ、見た? と言いました。しかし私は怒りのあまり、口がきけなかったのです。

息子からバナナをもらったチンパンジーさんは、もらうのが当然の権利でもあるかのように「ありがとう」もいわず、あまつさえ、次の餌を要求するのですから。私は、こみ上げてくる憤怒を抑えながら、しばらく様子を見ていました。チンパンジーさんは、次の子供からはリンゴを与えられましたが、またしても、ありがとうを言わないのです。私は、すっかり理性のコントロールが利かなくなって、ついチンパンジーさんに、掴みかかってしまいました。飼育係の人がすぐ止めに入ってくれたからよかったものの、危うく私はチンパンジーさんを撲殺するところでした。

その後の細かい話はご容赦ください。それ以来、息子は私を恐れるようになりました。最近では、母親にしか口をききません。息子がこんなになってしまったのは、ひとえにチンパンジーさんが「ありがとう」のひとことを言わなかったからなのです。こんな不幸を繰り返さないためにも、チンパンジーさんには、是非とも、人語を話してもらいたいと願ってやみません。

まあ、そんな個人的な話はいいでしょう。もし、みなさんが人語を話すようになれば、それでみなさんはもう人間と同等です。自分の意志や感情を人語で表現する生き物には人格に相当するものを認めなければなりません。特に、チンパンジーのみなさんは人間と同じヒト科なんですから、議論の余地のない「人格」です。ですから教育を受ける権利も労働する権利も発生するでしょう。

そして、これは人間のみなさんに申し上げたい。ひとつ想像してみてください。ここにチンパンジーがいるとします。いや、ウシでもカメでも、動物ならなんでもいいです。とりあえず、彼、としておきましょう。彼が、お腹が空いた、具合が悪い、散歩したい、と日本語で気持を訴えたとしましょう。あなたは、それまでのように、彼を檻に入れたり鎖に繋いだりできますか? 頭を引っ叩いたり、食べ物を放り投げてやったりできますか? できないでしょう。それは、その動物に人格を認めているからです。

                 ●

こんな風に私は、仕事が休みの日には、いつも動物園に行って、チンパンジーの柵の前で、連中を説得し続けたのだが、チンパンジーからは何の反応も得られなかった。それどころか糞を投げつけられて、その一片が口の中に入ったこともある。

ある日、これでダメならもう諦めようと意を決し、ロイド眼鏡に燕尾服、シルクハットにステッキという出で立ちで、チンパンジーの柵の前に立った。ただ私はひどく酔っていた。素面ではとても話せないような秘密を暴露するつもりだったからだ。来園者たちは、そんな私を遠巻きにして避けていた。

「チンパンの旦那方、あたしゃ、もうみーんな判ってんですよ。とっくの昔に旦那方が日本語を話せるまでに進化してるってことをね。……ほう、顔色も変えないとはいい度胸だ。じゃ、どうして旦那方が、それを隠していたのか。それはこういうことですよ。つまり人語を解する動物には人格を認めなければならない。いくら行政が認めないと言っても、大衆の感情ってものがそれを許さない。人間とお話ができるのに、猿というだけで檻にいれるなんて可哀想、差別よっ、てわけでさ。そして人間と同等の権利が与えられる。教育も受けられるし、就職もできる。しかしですよ、権利のあるところには義務もあるわけでね、まず法律を守らなくちゃいけません。チンパンジーだからって、信号無視してもいいということにゃなりませんわな。公共の場で交尾、あ失礼、セックスをしたら公然猥褻罪に問われます。どうです? 旦那方は、人語を話せるのを人間に知られて、人権なんて余計なものを押しつけられちまうのが厭なんですよ。義務を負わせられるのが厭なんです」

木の枝から枝へと飛び回ったり、タイヤのブランコで遊んだり、仰向けになって居眠りしたりしていた十頭、いや十人のチンパンジーたちは、私が話し終えるなり、一斉に私の方を向いた。そして口を開くと、まるで社訓を唱和するかのように声を合わせて、一言半句たがわず話し始めた。それぞれ音程が違うので、ひどい不協和音だったが、誰かが指揮をしているかのように、息がぴったり合っていた。息継ぎのタイミングも、間を置くタイミングも揃っていた。これはチンパンジーだからこそできるのだ。

——チンパンジーたち
「永吉さん、それは違います。われわれは義務を負うことを、決して厭うものではありません。むしろ、あなたが言われたように、人権を認められたことの証左であると考え、名誉にすら思っているのです」
——永吉
「ほう、じゃあなんでまた、ずっと隠してたんですかい?」
——チンパンジーたち
「時期尚早だからです。現在、飼育係を抱き込んで連絡係にし、他の動物園のチンパンジーたちとの連携を図っているところです。そうやって準備しておいて、然るべき時が来るのを待っているのですよ」
——永吉
「然るべき時が来たら、何をしようってんですかね?」
——チンパンジーたち
「餌の品質の向上を要求します。それがわれわれの悲願なのです」

失望した。革命を起こすとでも言うのかと思った。この動物園のチンパンジーは最年長でも21歳だ。その若さで何というケチな悲願だろう。私が若い頃は、自分たち若者が連帯すれば、社会すら変えることができると考えていたものだ。

どんなに大きな志を描いても、いずれ現実と妥協して、小さくなってしまう。始めっから小さな志を掲げてどうするのだと、私は憤懣やるかたなかった。で、このチンパンジーたちの主張は話題にするほどの内容ではなかったためか、地域の広報紙に、数行で紹介されただけだった。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
>

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■ローマでMANGA[20]
スーパー8現る──宿題の結果

midori
< https://bn.dgcr.com/archives/20090702140200.html
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前回、イタリアのデ・アゴスティーニ社刊「MANGAの描き方」に付随するサイトで、登録者が投稿する絵の中から適当に選んで講評する仕事の話をした。そして、宿題を出したことも。

宿題は、原稿一枚、日本のMANGA出版社が普通に使うサイズ、270ミリ×180ミリの枠内に、横長のコマを三つ配置し、これをバックにして、左側に全身のキャラ、正面向きを入れる。要するに、キャラを前面に押し出したインパクトのあるページ構成。

私のページ内の「ブログ」に「宿題」というタイトルを設けたので、そこにアップしたことを知らせる一文を入力するように、という条件も出した。

そして、すべての条件をクリアしなければ、添削はしないよと言ったものの、初めてでもあり、皆の一生懸命が伝わってくるし、しかもほとんどが高校生。ええい! 持ってけ泥棒! 全員受け取ってしまうことにした。エラーはちゃんとそのように伝えて。

そして101名の参加者と相成った。2万人の登録者の中の101名というのは、それほど多くもないけれど、講評するには充分の数だ。投稿済みを表明する場所を間違えた人、原稿の大きさを間違えた人は別カテゴリーにした。

すべての条件をクリアした81名の中、その表現力の差で一緒に講評するのは惜しい作品もあったので、カテゴリー1と2に分けた。カテゴリー1の中でも特に絵の技術が高かった8名をスーパー8と呼んで、これまた別格にした。
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/01 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/02 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/03 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/04 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/05 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/06 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/07 >
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/08 >

スーパー8あたりになると、MANGAの影響をたっぷり受けながらも、自分の絵柄にしている。ものすごく将来が楽しみになってしまう。でもその「将来」が何10年も先になってしまうのは困る。


そんな矢先、日本のMANGA風の絵柄でヨーロッパ人が描いた作品ばかりを集めた雑誌が、イタリアで出ることになった。その名もMANGAKA。今月出るはずなので、次回そのニュースをお届けできると思う。
< http://fumettierobot.blogspot.com/2009/06/presto-in-edicola-mangaka.html
>

MANGA風絵柄というのは、私にも覚えがあるけれど、描いていて気持ちがいい。どうしてそうなのか、理由を考えてみたいと思いつつ、まだやっていない。MANGAはシンボルの集まりだから、見かけよりも簡単に描ける、というのもあるかもしれない(もちろん別格の絵柄もあるけれど)。

小さい頃から日本のアニメを見て育ち、字が読めるようになったらMANGAを読んできた少年少女達が、MANGA風絵柄のマンガを描きたいと思うようになるのは当然と言えば当然。

高校生以上になってもMANGAを読んでいると、馬鹿にされる風潮は未だにあるにせよ、だんだんとじわじわとMANGA風絵柄のマンガを描く子がふえている。そんな子達が作っているサイトもある。
< http://www.graphictoons.it/
>
< http://www.mangaka.it/
>

それでも、今のところ絵の表現に留まっている。MANGA独特の、読者を主人公に感情移入させるコマ割りにまで至っていない。

うーむ、やはり私の出番ではないか!

101枚の宿題の講評は3週間かけて仕上げ、発表も3週間かけた。「私の絵が講評されてないんですけど、受け付けてもらえたのでしょうか」とか「カテゴリー1と2に出なかったということは、僕の絵はカテゴリー3か4ということですね。1と2の絵を見ても僕の絵が劣っているとは思えないのだけど説明してください」などのメッセージが届いて、その返事にも時間を割くことになってしまった。

自分の絵に自信を持ってしまうのは幼さでもあり、熱心さでもあり、放っておくのは忍びなかった。なによりも、彼ら彼女らはまだ生まれぬひよこさんなのだ。どんな大きな鳥に育つかわからない。そして、ほとんどが思春期で、オトナの言動にひどく傷ついたりする時期だから、そう言う意味でも、彼ら彼女らの熱心さに応じて、真面目に真剣に対応しようと努めている。

さてさて、好評に応えて、宿題・第二弾も出した。
日本のMANGAの原稿の大きさ(280mm×170mm)はそのまま、上下2段に分け、1段めをさらに3コマに分けて、1コマ目と2コマ目はふたりのキャラが言い合いをして、3コマ目は1コマ目のキャラが黙って正面を向く(時間が一瞬止まる)そして大ゴマの4コマ目で3コマ目のキャラの感情爆発。
< http://www.dgcr.com/kiji/20090702/09 >

今回は、条件をクリアしない作品は、鬼となって受け付けなかった。それで条件をクリアしたものは66作品。6月は学年末で試験の季節なので、それを考えると決して少ない数ではない。やー、嬉しいなぁ。

嬉々として、同時にうんざりしつつ、講評を半分終えた。とりあえず条件はクリアしたものの、技術的に全く未熟なものはどう講評していいかわからなくて、それがうんざりのモトになってしまう。その講評の結果は次回に。

本誌のテキスト書きよりも、この講評が楽しくて仕方がない。けれど、テキストも書かなくては……。

こんなにイタリア語で文を書いたことはない。ずいぶんスムーズに出てくるようになった……と思っていたら、義姉に書いたメールに、「どうしたの? ずいぶんイタリア語が下手になっちゃって。添削して送ってあげる」との返事にがっかりしてしまった。「僕の絵が劣っているとは思えないのだけど説明してください」の心境だ。いつからイタリア語の文法が変わったんですか?

イタリア製MANGAの誕生を目指して前進じゃ!!

【みどり】midorigo@mac.com

さてさて、学年末です。高校2年の息子は留年してしまいました。3月に担任と話した時は、ラテン語とイタリア語と生物と数学が落第点。でもイタリア語とラテン語はどうにかなりそう……とのことだったので、生物と数学が落第して夏に補習を受けて9月に追試か……と思っていたら、歴史、体育、宗教以外は及第点を取れず、落第になってしまった。。。イタリア語の先生は「心配なさらなくて大丈夫ですよ」と言っていたのに、どうしたことだ。

イタリアの高校はほとんどが国立で、教科書を自分たちで買う以外の学費はかからないのですけど、その分進級には厳しいとは聞いてました。5年制のうち、3年以降は専門課程に入るのでさらに厳しくなります。それについて行けそうにない子は、もう一度繰り返した方がその子ためだから、という理由で落としたりするわけです。それでも、似たような成績を取っていた友達が進級して自分が落第というのは、少なからずショックだろうと思います。

イタリアの高校は普通高校がなく、専門に分かれるので、中学を終えた14歳で将来の選択という難しいことをさせられるわけです。息子は理数系の大学進学を前提とした高校に、友達が多く行くからの理由で進学したので、本当にこれでいいのか、を考え直すいい機会と捉えることにしました。

そして、工業高校へ換えることにしました。それでもバンドに重きを置いて、なるべく勉強はしたくない……という気持ちが見え見え。工業高校にはラテン語がないのです。……さ、どうなりますか。

イタリア語の単語を覚えられます! というメルマガ出してます。
< http://midoroma.hp.infoseek.co.jp/mm/menu.htm
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■ショート・ストーリーのKUNI[61]
飛ぶ

ヤマシタクニコ
< https://bn.dgcr.com/archives/20090702140100.html
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嵐の去った翌朝は、道にちぎれた小枝だとかまだ青いままの木の葉とか、まれには子どものおもちゃなんかが散らばっているものだ。私がそんな道を歩いていると、小枝や葉っぱに交じって女がひとり、横たわっているのに出会った。

女は、簡単な衣服を身につけてはいたが、はだしで、もちろん、何も持っていなかった。私を見ると起き上がり、私が歩き出すと無言でついてきた。そのようにして私は女を連れて帰り、そのまま一緒に暮らし始めた。それがいまの妻だ。つまり、妻はちぎれた小枝や枯れ草、キャラメルの包み紙などと同じように嵐に乗ってどこかから飛んできたのだ。

そういうことがよくあることかどうかは知らない。でも、妻に捜索願いも出ていなかったらしいことから察するに、世間では絶えず、だれかが嵐に乗ってやってきたり、またどこかへ去っていったりするのだと思われる。

私は隣の奥さんに「おふたりはどこで出会ったの?」と聞かれたことがある。私は笑いながら「道に妻が落ちていたのです」と答えた。隣の奥さんはとてもおもしろそうに笑っていた。

最初のうち、妻は強い風が吹くたびに室内で身を固くしておそろしそうにしていた。その風にのって、またどこかへ運ばれてしまうと思っていたようだ。私のほうでも、嵐の夜はたとえ真夏でも戸をしっかり閉めて用心した。妻がどこかへ行かないように。でも、だんだん平気になった。

それから何年もたった。私たちは人なみにけんかもするようになった。
「おまえなんか顔も見たくない! またどこかへ飛んでいってしまえ!」
「あなたが行けばいいのよ!」
「ああ、いいとも、飛んで行ってやる!」

しかし、どうやって飛んでいけばいいのかわからない。私たちがけんかしているときは風もなく穏やかな夜で、けんかしていないときに限ってごうごうと嵐ふきすさぶ夜だったりするのだ。

あるとき、ちょうどいい具合に、けんかが始まるか始まらないかのうちに風が吹き始めた。まるで私たちのいさかいにシンクロするがごとく風力が増し、雨もざあざあと降り始めた。時折稲光も加わる。

「おまえなんかどこかへ飛んで行ってしまえ!」
「あんたこそ、どこかへ飛んで行って、二度と戻らないで!」

私はそう言われると心底腹が立ち、ベランダに通じる戸を開け放ち、激しく降る雨をものともせずコンクリートの床面にはだしで降り立った。6階からあたりを見渡すと、むらむらと沸き立つ泥のような雲と、ひどい拷問に苦しんでいるように揺れる木立が、夜なのによく見えた。

そして、どうすればいいのかわからないが、とりあえず大きく深呼吸をし、吹く風がすべて自分に向くように念じた。すると、足元がふわりと数ミリ、浮いたように思った。おっ、これでいいのかと思ったそのとき、私は数メートル向こうに見たのだ。嵐にさらわれ、黒い夜空を飛んでいく人。隣の奥さんだった。

「先を越されたからやめとくよ」
私は部屋に戻った。妻の視線の先はおそろしそうに私を通り越して、黒い空にあった。

その晩、私は夢をみる。黒い夜空をスーパーマンのように飛んでいる。私は自由自在に空を飛べるらしい。だが、行く手から泥でできたちくわが無数に飛んでくる。顔にあたると不愉快なことは想像がつくので、顔をそむけるが、泥のちくわは腕にも肩にも降り積もっていく。私の体はどんどん重くなり、失速する。どんどん、どうでもいいような気がしてくる。だが、なぜちくわなのかわからない。

隣のご主人とはその後何回も駅で会った。クリーニング屋で大量の仕上がり品を受け取っているところを目にしたこともある。でも、特に変化はないようにみえた。

夜、私はふと思い出し、妻のうなじを指先で探る。あの日、道で見つけた女を私は家に連れ帰り、風呂場で洗ってやった。女の髪にもほほにも、小さな土の粒や葉っぱのかけらがいくつもくっついていたから。

そのとき、ちりん、と小さな音がして、見ると金色のプルトップが一枚、浴室のタイルの上に落ちていた。私が指でつまみあげ、どこから落ちたんだろう?ときょろきょろしていると、女が無言で自分の首のあたりを示した。

それは女のうなじにくっついていたプルトップだった。何時間も押しつけられていたせいか、うなじにはくっきりとプルトップの痕がついていて、不思議なことにそれはその後もしばらくついていた。まるで、嵐の夜を飛んできた者とそうでない者を識別するしるしであるかのように。

「もう消えかけているね」
私の言葉に、妻はうなづいた。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/
>

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■編集後記(7/2)

●「まぐまぐ」がメンテナンスで昨日から3日間、配信できません。「まぐまぐ」の告知を勘違いしていて、一昨日お知らせできませんでした。お知り合いで「まぐまぐ」からデジクリの配信を受けている人がいましたら、デジクリ・ブログで読めると教えてあげて下さい。しかし、いきなり3日間完全に停止ってひどくね? 土曜日に3日分をまとめて配信しなければなりませぬ。

怖い話・福澤徹三「怖い話」を読む(幻冬舍、2009)。著者はホラー・怪談小説の鬼才といわれているようだ。雑誌「幽」で連載中の怪談実話集「続・怪を訊く日々」を読んでいるが、じつに怖い話もある。そういう人の書く本格的な「怖い話」を期待して読み始めたのだが、だいたいは自身の体験や身の回りの事象についてお気軽に書いたエッセイで、あまり怖くなかった。怖い食べもの、怖い会社、怖い虫、怖いバイト、怖い絵、怖い都市伝説といった項目が22。おもしろいのもあれば、ネットで調べて書いたレポートみたいなつまらないのもある。この作品は、Webマガジン幻冬舍に連載されたエッセイ「まんじゅう怖い!」をもとにまとめたものだ。どうりで軽過ぎると思ったよ。内容からいったら元のタイトルが正しい。筆者はさまざまな職業を転々、アウトロー系の人でもあった。そのあたりの経験談はおもしろいが、期待していた怪談系のおもしろさとは違う。表紙は「終焉の画家」と呼ばれるズジスワフ・ベクシンスキーの絵、なんかいや〜な感じ、この本で一番怖いのはこの表紙かも。この本にならって、わたしの「怖い話」を書こうと思ったが、なかなか思いつかない。夏季に山上の寺院へ参った際に、往復の山道にマムシが何匹も出たとか、乗鞍を自転車で下山するとき雨と濃霧で視界が利かず、崖下に落ちそうになったとか怖い実体験はあるが、怪談系は皆無だ。「怖い映画」と言えば、スティーヴン・キングの「IT」で、怪物の本体が現れるまでが怖い(現れると失笑)。ピエロは根源的に怖い。でも、本当に怖い映画はアニメ「火垂るの墓」だ。怖い、というのではないな。つらいというべきか。見てないのに泣けてくる。一生見られないと思う。(柴田)
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344016211/dgcrcom-22/
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仮面ライダー電王×韮沢靖イマジンワークス ~SAY YOUR WISH・・・・~・出だしでどういう流れになるのだろうと思っていたら。小さい、か。/何故ちくわなのだ。/POWERGATEという格闘技イベント。知人の道場の人が出るとのことで、行ってみようかと思いつつ、忙しさに負ける。道場の人は速攻KO勝利。報告を聞いて喜んでいたら、「イベントのロゴを韮沢さんが作られるらしい。ご本人もいらしてて、フィギュア持ってます、本も持ってます、と言いたかったんだけど、勇気がなくて話しかけられなかった」と。何ですと? 「韮沢さんの紹介は、仮面ライダー電王のクリチャーデザインあたりだったけど、年齢層の関係もあって、あんまり会場の反応は良くなかった」とも。ええーー!もったいない。というか、デザインされる経緯が知りたいわ。/わたしゃ一時期、NINAが欲しかったよ。自分で作らないといけないので断念したけど。鬼木祐二さんの原型がごっついかっこいい。原型師といえば、竹谷隆之さんも好きだなぁ。(hammer.mule)
< http://pg-vs.jp/
>  POWERGATE
< http://niraworks.jp/
>  韮沢靖公式サイト
< http://members3.jcom.home.ne.jp/p-stylejazz/mokei07.html
>
これが欲しかった。ヘアスタイルは別。

photo
DOESN’T (Wani pix (005))
韮沢 靖
ワニマガジン社 2003-07

by G-Tools , 2009/07/02