映画と夜と音楽と…[428]「男たちの絆」再び
── 十河 進 ──

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●コインを投げるまでもなく男は死を覚悟している

男は、迷ってなどいない。確かに、それまで「次はどうする?」と仲間に訊かれると、何かにつけコインを投げた。裏か表か。その結果に従った。別れ道でもコインを投げ、目の前を通り過ぎる金塊輸送車を襲うかどうかもコインを投げた。しかし、今、ボスにつかまっているのは、昔の仲間の妻と生まれたばかりの赤ん坊だ。そのふたりを救いにいくことを、男は既に決意している。迷ってなどいるはずがない。

昔の仲間は死んでしまった。その仲間の死は男が招いたのだと思い込み、仲間の妻は男を仇だとつけ狙っている。一度は、その妻に撃たれた。防弾チョッキが弾丸を防いでくれた。その妻と赤ん坊を、男は救いにいく決意をしている。それは命を棄てにいくことだ。男はボスの命令で、ボスに背いた昔の仲間を殺しにいき果たせなかった。そのため、ボスは仲間の妻と赤ん坊を人質に取り、命令に背いた男をおびき寄せようとしている。

マカオの港。停泊する船に男と仲間たちは、たまたま手にした1トンの金塊を積み込んでいるところだ。男たち4人は荒野をさまよい金塊輸送車を襲い損ねたが、別のギャングたちが金塊輸送車を襲撃しているところに出くわした。護送隊の中のひとりの警官が果敢に反撃していた。ライフルの腕は抜群だ。だが、多勢に無勢。警官たちは射殺される。そこを男たちが助け、襲撃してきたギャングたちを全滅させる。

クールに「仲間は全滅。帰ったところで疑われるだけだ」と言い放つ警官に、男は「いっそ俺たちと一緒にいくか」と誘う。その瞬間、男たちと警官の間に絆が生まれる。出逢ったばかりだが、男たちは警官の射撃の腕に敬意を表し、孤軍奮闘する姿に警官の誇りを見たのだ。警官もアウトローの男たちに何かを感じ、彼らを信頼する。

男は金塊を船に積み終えたとき、仲間たちを振り返る。ひとりの太った仲間がコインを投げて寄越す。それを受け取った男は、苦虫を噛みつぶしたような顔だ。コインを投げるまでもないのだ。男の決意は変わらない。男はコインを海に投げ棄てる。それを別の仲間が黙って見つめる。その仲間には、男の決意がわかっていた。

男は船の操縦席にいる警官に向かって「ひとりでいけ」と言う。警官は男たちとボスとの確執には関係がない。男も警官を道連れにするつもりはない。他の仲間たちは、自分と行動を一緒にするだろう。だから警官に「ひとりでいけ」と言ったのだ。「金塊は好きなようにしろ」と男が続けると警官は「夜明けまでは待っている」と答え、ウィスキーをボトルからひと口呑み、男に投げて寄越す。

男はウィスキーボトルを受け取り、やはりひと口呑み、仲間にボトルをまわす。ウィスキーボトルが仲間たちに次々に渡っていく。男たちはウィスキーをまわし呑みしながら、ボスと手下が待ち受けるホテルへ向かう。そこは間違いなく、彼らの死に場所になる。死んでいった彼らの仲間が気にかけていた妻と生まれたばかりの赤ん坊を救うために、彼らは死を覚悟して向かうのだ。そこに悲壮感はない。

ボスのアジトに着いたとき、仲間のひとりがボストンバッグに詰めてきた金塊を出し、ボスから6人の命を買おうとする。ボスは男たち3人と死んだ仲間の妻と赤ん坊には「おまえはいっていい」と言う。しかし、男には「おまえは残れ」と命じる。仲間たちは、死んだ仲間の妻と赤ん坊を玄関から送り出すと同時に拳銃を抜く。椅子に座っていた男も、体ごと椅子を倒し拳銃を抜く。



●流麗なガンアクションが見られる「シューテム・アップ」

野獣の青春 [DVD]ガンアクションの嫌いな男っているのだろうか。計算され見事に演出された撃ち合いは、映画で見る限りワクワクさせる。心を震わせる。ジョン・ウーのガンアクション。ジョニー・トーのガンアクション。どれも魅力的だ。日本映画なら、昔の日活アクションが凝っていた。それでも「野獣の青春」(1963年)「殺しの烙印」(1967年)「拳銃(コルト)は俺のパスポート」(1967年)など、宍戸錠ひとりが頑張っていた印象が強い。

エグザイル/絆 スタンダード・エディション [DVD]面白いことに、昨年暮れに公開されたジョニー・トー監督作品「エグザイル/絆」(2006年)に、宍戸錠が「日本じゃ考えられない、これでもかの銃撃戦を見よ」と絶賛のコメントを寄せている。ジョン・ウーは日活映画の影響を認めているが、ジョニー・トー監督もそうなのだろうか。僕は「エグザイル/絆」を見ながらサム・ペキンパーとジャン・ピエール・メルヴィルを連想した。

シューテム・アップ 特別版 [DVD]最近見たガンアクションに凝りに凝った映画は「シューテム・アップ」(2007年)だった。全編、大量の銃弾が炸裂する映画で、おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさだった。その凝りようは実際に見てもらう以外にないのだが、あらゆるシチュエーションを想定して作っていて、一度目は驚き感心しながらノリノリで見られた。

しかし、二度目に見ようとしたとき、僕は最後まで見通せなかった。面白くないのだ。鬼面人を驚かすようなガンアクションが続くのだが、二度目は驚きがない分見る気がしない。どんでん返しだけで成立している映画を、もう一度見る気にならないのと同じかもしれない。「シューテム・アップ」のストーリーはガンアクションを見せるためだけの通り一遍のもので、意外性はない。

「シューテム・アップ」のガンアクションの斬新さは、スピード感と使用される銃弾の量にある。命を狙われる生まれたばかりの赤ん坊を嫌々ながら守り続ける正体不明の主人公は、なぜかもの凄い銃の名手で何度も襲われながら危機を脱出する。遊園地の遊具に寝かせた赤ん坊を狙って悪役がライフルを撃ったとき、離れたところにいた主人公は拳銃で遊具の金具を撃って回転させて赤ん坊を救う。「そこまでやるか!」と突っ込みながら僕は拍手した。

ジョニー・トー監督の「エグザイル/絆」も凝りに凝ったガンアクションが何度も見られる映画だが、物語の素晴らしさと男たちの心意気が胸にズシンと伝わってくるから何度でも見たくなる。繰り返し繰り返し飽きずに見られるし、見るたびにより深く共感する。男たちの絆が、現実の世知辛い世の中を生きる僕たちに力を与えてくれるのだ。

ああ、俺にもあんな仲間がいたらなあ…、と自分のことは棚に上げて羨望が湧き起こる。あんな男たちを仲間にするためには、その男たちのために自分の命を捨てる覚悟をしなければならない。自分のために命を捨ててくれる仲間だけを望んでも、それは身勝手だ。人を愛さなければ、誰も愛してはくれない。

●男たちの絆を描く映画だから何度でも見たくなる

ディレクターズカット ワイルドバンチ [DVD]「エグザイル/絆」はサム・ペキンパーの「ワイルドバンチ」(1969年)がなければ、作られなかった映画である。それは、ガンアクションのシーンで頻繁に使われるスローモーションというペキンパー的映像テクニックはもとより、物語そのものが「ワイルドバンチ」へのオマージュのように僕には見えた。

「ワイルドバンチ」の中盤。軍用列車から銃器弾薬を強奪した野盗団は、メキシコ国境にかかる橋を爆破して追跡してくる賞金稼ぎたちを河に叩き込み、祝杯を挙げる。ウィスキーボトルをまわし呑みすることで、仲間たちの心が通じ合っていることを示す。もっとも、ウォーレン・オーツだけは意地悪されてウィスキーが呑めない。最後にまわってきたと思ったら、ボトルは空。笑いを誘う穏やかなシーンだった。

彼らは強奪した銃器をメキシコ軍のマパッチ将軍の砦に届け、交換に金貨を受け取る。しかし、メキシコ人アンヘルは村人たちに武器を横流ししたのを咎められ、マパッチ軍に捕らえられる。アンヘルを救おうとダッチ(アーネスト・ボーグナイン)が主張するが、パイク(ウィリアム・ホールデン)は様子を見にいこうという感じで砦に入り、まず娼婦を買う。

娼婦の家の前でダッチが待っている。まだ、娼婦の部屋にいた兄弟(ウォーレン・オーツとベン・ジョンソン)にパイクは「レッツ・ゴー」と声をかける。4人が並び、ライフルに銃弾を装填する。そこからは、有名なシーンだ。4人の男たちは、仲間だったひとりの男を救うために、数百人という軍隊に向かってゆっくりと歩いていくのである。

そう、「ワイルドバンチ」でも「おまえはいっていい」とダッチに向かって将軍が言う。そして、「おまえは残れ」とアンヘルに向かって言うのだ。生と死を分ける権力者の選別。そして、最後に想像を絶する銃撃戦がある。そんな共通性があるから「ワイルドバンチ」を連想したのだが、それだけではない。男たちの精神性において「エグザイル/絆」はペキンパー作品を受け継いでいる。

「エグザイル/絆」のファーストシーン。返還間近になったマカオの一角。ある家のドアを男が叩く。タイだ。キャットが通りの向こうで待機している。ドアを開けた女に「ウーはいるか」と問う。「知らない」とウーの妻は答える。妻は二階に上がり、生まれたばかりの赤ん坊を心配そうに見つめる。そのとき、再びドアがノックされる。

ドアを開けるとサングラスの男が立っている。「ウーはいるか」と、その男ブレイズが言う。やはり相棒らしいファットが一緒だ。「いない」と言う妻の返事を聞いて、ウーの帰りを待つために近くの公園へいく。そこには、タイとキャットがいる。「見逃してやれ」とタイが言う。

ウーが軽トラックで帰ってくる。タイとブレイズを黙って見つめる。トラックを降り、黙ってドアを開けて家に入り、二階へ向かう。ブレイズとタイが後に続く。キャットとファットが見張りをするように家の前に立つ。低音を強調する音楽がずっと響いている。何かが始まるゾクゾクするような予感。一体、彼らの関係は…。

ウーが二階の机の引き出しを開けると、リボルバーと銃弾が無造作に入っている。ウーがリボルバーを取り上げ、ゆっくりと銃弾を詰め始める。ブレイズが自動拳銃のクリップを外し、銃弾を弾き出す。何発かの銃弾が床に跳ねる。いくつかの銃弾を残し、再び装填し薬室に初弾を送り込む。

タイもブレイズが弾丸を弾き出すのを見て、自分の自動拳銃からクリップを外し、何発かの弾丸を棄てる。そのとき、僕は理解した。ウーのリボルバーには6発しか装填できない。ブレイズとタイは自分たちの自動拳銃にも6発の弾丸しか残さなかったのだ。

ウーが立ち上がり、弾丸を装填した拳銃をブレイズに向ける。三角をかたちづくる位置に立ち、3人がいっせいに拳銃を構える。ブレイズはウーを狙い、ウーとブレイズを狙っている。タイは誰に銃を向けているのか。引き金が絞られる。誰が誰を撃ったのか。ブレイズが浴室に飛び込む。通りのキャットとファットが銃声に顔を見合わせる。

彼らは何も喋らない。だが、やがて香港でボスに逆らってマカオに逃げたウーをボスの命令でブレイズが殺しにきたこと、タイがウーを助けにきたことがわかる。そして、ウー、ブレイズ、タイ、ファット、キャットが強い絆で結ばれていた仲間だったことも…。もちろん彼らは熱い心をクールな外面で覆っている。何も語らず寡黙に行動する。ジャン・ピエール・メルヴィルの映画の中の男たちにそっくりだ。

仁義 [DVD]ジョニー・トーは、次作でジャン・ピエール・メルヴィルの「仁義」(1970年)をリメイクする予定らしい。僕が「エグザイル/絆」にサム・ペキンパーとジャン・ピエール・メルヴィルの香りを嗅いだのは、あながち見当違いではなかったらしい。男たちの絆は、いつの時代になっても、フランスでも、香港でも、もちろん日本でも、同じ価値観が、同じ美学が連綿と連なっている。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
「男たちの絆」という文章を書いたのは、このコラムを初めて2年目の夏だった。9年前になる。だとすると、今回で10年を迎えたわけだ。デジクリの夏休み明けから11年目の連載に入る。我ながら、よく続いているなあ。1999年の8月に第一回目の原稿を書いたのだが、あれから遠くにきたものだと何だか感慨深い。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
star特に40歳以上の酸いも甘いも経験した映画ファンには是非!
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 重犯罪特捜班 / ザ・セブン・アップス [DVD] 仁義 [DVD] ハリーとトント [DVD] 狼は天使の匂い [DVD]

by G-Tools , 2009/07/31