ショート・ストーリーのKUNI[65]キャベツ
── ヤマシタクニコ ──

投稿:  著者:


おれはかっこいいキャベツだった。

これには二重の意味があって、ひとつは、おれはキャベツの中でも美しいフォルムと色つやを有する、祝福されたキャベツであったということ。そしてそもそもキャベツは野菜の中でもかっこいい、百菜の王とでもいうべき存在であるということだ。

なのに、スーパーの裏手でおれはすぱっと半切りにされ、ラップをぴちゃっと巻かれ、「特売 98円」のシールを貼られるという屈辱的な運命に見舞われた。おれは一瞬のうちにおれ自身が2つに分裂するというありえない事態に直面し、これをどう解釈すればいいのかと煩悶する時間も与えられず、同じように身の不運をかこっているやつら(とはいってもかっこよさが違う)といっしょにどさどさと野菜売り場の一角に積み上げられた。

「おい、もういっぽうのおれ、いるのか」
「ああ、いるよ。もういっぽうのおれ。ちょっと苦しいが、なんとか」
そう言い交わしている間にもたくさんの手がおれたちを取り上げてひっくり返したり眺めたりしてはまた戻し、また取り上げ、どんどんおれともう一方のおれは離ればなれになっていった。

ああめんどくさい。これからは「おれ」と「おれ2」と書く。おれが、おれだ。

おれはおれ2の存在を時々確認しつつ、客たちにもてあそばれるままになっていた。いや、かっこいいおれだから、あっというまにおれは選び取られ、プラスティックのかごに入れられ、レジへと向かうだろう。おれよりぶさいくで何の取り柄もないほかのキャベツらとはじきにおさらばするのだ。



「おい、いるのか」
「ああ、いるよ」
姿が見えなくなっても、おれはおれ2の声を感じることができた。だってもとはおれなんだから。おれとおれ2はひとつだったんだ。そのころの記憶はどんどん遠ざかるばかりなのが、なんだか不思議だけど。

おれは不意に持ち上げられ、かごに入れられた。眼下のキャベツの山がみるみる遠ざかる。

「おい、いよいよ離れてしまうようだ」
「なんてさびしいんだ。でも健闘を祈るよ」

かごに揺られながら、おれは店内を移動した。かごの中にはおれのほかに何も入っていなかった。かごの主であるきりん模様のシャツを着た女はまだ今晩の食事の展望を描き切れてないようで、そのことがおれに漠とした不安を与えた。

はたして女は「やっぱりやめとこ。野菜炒めはおとといやったばかりだし」と言いながらあたりをきょろきょろと見回し、だれも見ていないのをいいことに、おれを近くの棚に置き、そのまま立ち去った。なんてやつだ。おれは憤った。でも、このおれに何ができるっていうんだ。おれは周囲に思いっきり違和感を醸し出しながら居続けるしかない。

「ふふ、かわいそうに」
「捨てられちゃったね」

そこは乾物のコーナーだった。焼き海苔や小袋入りのカツオ節がおもしろそうに言う。

「あんたって重そうだもんね」
「持ってるうちにいやんなるんだ。無理ないよ」
おれは黙ってはずかしめに耐えた。

しばらくすると、別の客がやってきて、おれの前で立ち止まった。ピンクのズボンをはいてひげを生やし、長い髪をポニーテールにした男だった。
「これはこれは。海苔やカツオ節のそばにキャベツが。まるで今夜はお好み焼きにしろといわんばかりじゃないか! 神の啓示としか思えない! よし、そうしよう。海苔やカツオ節、豚肉は家にあるから、ぼくはキャベツだけ買えばいいのだ!」

男は力強い手でおれを持ち上げ、かごに入れ、歩き出した。それからふと思いついて携帯を取りだし、歩きながら電話を始めた。

「...ああ、ぼくだよ。今晩、お好み焼きでいいかい? ...え? ...あ、そうか、外で食べてくるんだ。じゃあ...やめとくよ」

ぱちゃんと携帯をたたみ、男はきょろきょろとあたりを見回した。そして、近くに人がいないのを確かめ、カレーコーナーの棚におれを置いて立ち去った。おれはため息をついた。

「おい,聞こえるか」
「...ああ...聞こえる...まだいたのか」
かすかな声、というより気配でおれ2が答えた。
「また捨てられた。まだ同じ店内にいるってわけだ」
「うん...おれも疲れてきたよ。みんなの下敷きになって...」

おれ2の声を聞いているとなんだか切なくなってきた。あああ、かっこいいおれは何やってるんだ。こんなところで。カレーの王子様やちょい食べカレーに囲まれて。

すると、また別の客がやってきて、おれをまじまじと見た。客は中年の男で会社帰りらしく、グレーの背広に明太子模様のネクタイを締めていた。

「ううむ。カレーのコーナーにこんなものまで並べるとは。最近のスーパーはいろいろ考えるものだ。確かに理にかなっている。よし、これを買おう」
ぶつぶつとひとりで何か言いながら男は意を決した様子でおれをかごに入れた。
そして、レジに並んだ。今度こそ大丈夫なようだ。

ところが。

背広の中年男は何気なく自分の前の客のかごをのぞき込んだ。そこには、ハムやきゅうり、牛肉やじゃがいも、食パン、ヨーグルトなどに混じってみずみずしいレタスが入っていた。中年男はそれを見るやいなや、ネクタイの明太子が青ざめるほどびっくりした。

「間違えた! カレーといっしょにサラダを作ろうと思い、それにはレタスが必要だと思ったのだ! キャベツじゃない、レタスを買おうと思ったのに、間違えた! だって、キャベツとレタスは中途半端に似ているじゃないか!」

男はそこでくるりと引き返してレジを離れ、かごを持ってうろうろし始めた。結局、この男もあたりを見回し、ひと目を盗んでおれをハムやソーセージのコーナーの隅に、巧妙に隠すように放置していった。

おれはこれまでになく惨めな気分だった。レタスと間違うなんて。レタスと中途半端に似ているなんて。なんだよそれ。ひどいじゃないか。それに、寒かった。倉庫にいたときも寒かったが、ここはもっと寒い。おれはがたがたと震えだした。
「おい、聞こえるか。おい」
おれはおれ2に話しかけたが、答えはなかった。もう、店内にいないようだ。

どのくらいたったか、おれが寒くて寒くて意識ももうろうとなってきたころ、ひとりの店員がおれを見つけた。
「あああ、こんなとこにキャベツが放置されて。しょうがねえなあ」
店員はおれを持ち上げ、せかせかと野菜売り場に向かった。

キャベツコーナーはほとんど空だった。おれが店内をあちこち移動しているうち、いつの間にか夕方になっていたようだ。たったひとつ、半切りのキャベツがあったが、一見するなり前日の売れ残りとわかる、芯の部分が微妙に盛り上がったやつだった。あんなふうにはなりたくないものだ。

店員はポケットから赤マジックを出すと、おれにつけられた値札シールにへたくそな字で大きく「50円」と書いた。

50円?!

おれが、百菜の王キャベツの中でもかっこいいおれが、半切りになっただけじゃなく、赤マジックで「50円」だって!? おれはほとんど店員に殺意を覚えたが、キャベツが人間に殺意を覚えてもどうなんだという気がしないでもない。店員はその後、芯の盛り上がったキャベツを「見切り品コーナー」に移動させ、それを見ていたおれをぞっとさせた。そうか、次はああなるのか。

やがて、もう閉店間際と思える頃、30代くらいの男があたふたと入り口から入ってきた。その男はがらんとしたコーナーにぽつんと置かれたおれを一瞥するなり喜びに声を震わせた。

「これはお買い得だ」
そして、次の瞬間にはもうおれをかごに入れ、てきぱきとそのほかの買い物を進めていった。おれはそのようにして、やっと店を脱出することができたのだ。

「ただいま! いいキャベツがあったので買ってきたよ」
「え、キャベツ?」
「うん、ほら、これだよ」
「え、なんでこんなの買ってきたの?!」

「だって、50円だよ。見ろ。この色つや。一点のしみもない。切り口の美しさはカットしてからあまり時間が経っていないことを示している。巻きも十分だ。これで50円は驚異的と言える」
「はいはい、わかったわよ。でもさ、私も買ったのよ、キャベツ。二人家族なのにキャベツ多すぎない?」

妻らしき女が冷蔵庫の野菜室を開けると、そこには、おれ2が恥ずかしそうにうずくまっていた。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://midtan.net/
>