特別企画 デジクリ本・永吉克之「怒りのブドウ球菌」最後の40冊発掘! ファンにおわけします告知&アンコール掲載

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このGW休みに部屋中を徹底的に掃除したとき、思いもかけぬ場所から段ボール箱ふたつに収容されたデジクリ本、永吉克之「怒りのブドウ球菌」が出てきました。

この本はデジタルクリエイターズ8周年記念企画で、2005年11月にデジタルクリエイターズが自主出版した二冊のうちの一冊です(もう一冊は、十河進「映画がなければ生きていけない」)。限定500部をデジタルクリエイターズが直販したもので、一般には流通していません。

その当時は、東京の六本木にデジクリ東京事務所が存在し、この本の販売も担当していました。後に事務所を閉鎖したときに、在庫分がわたしの家に送られて来ました。それを不用意にロッカーの奥の奥にしまい込んだらしいのですが、その記憶がありませんでした。というわけで、これが最後の40部になります。


で、時間を忘れてよみふけってしまったわけです。おもしろい。じつにおもしろい。最近の永吉さんの「私症説」は異次元に飛んでいるようですが、当時の「笑わない魚」シリーズは、いちおうこの三次元に舞台をおきながら思いもかけぬ方向にもっていくパワフルな展開で笑わせてくれます。

最後の40冊を永吉さんファンに特別提供します。

◎永吉克之「怒りのブドウ球菌」
15cm×19cm 272ページ デジクリ自信満々の美しい組版です
< http://www.dgcr.com/books/naga >
< http://www.dgcr.com/books/nagayoshi.pdf
> 内容見本
当時は送料とも1冊2,000円でしたが、今回は送料込み1冊1,500円で!
以下にお申し込みください。振込先などをお知らせします。

info@dgcr.com宛にメールをお送りください。
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・「怒りのブドウ球菌」を 冊)
・氏名
・ふりがな
・郵便番号
・住所
・TEL
・メールアドレス
・備考(任意)


《アンコール掲載》
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■笑わない魚 94
怒りのブドウ球菌

永吉克之
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最近に顕著な現象なのかどうかは分らないが、視聴者の怒りを煽るテレビ番組は多い。「怒り」というのは不愉快な感情なのに、あえてそれを催させるような番組を観るというのは、その番組がもたらす怒りに、視聴者を共鳴させる何かがあるからである。

関西ローカルであるが、某番組に『モーレツ怒りの相談』というコーナーがある。役所で事務処理の手数料として、確かに○○円払ったのに10円足りないと言われたので、その場ではシブシブ払ったが、後日、役所から「10円多かったので取りにくるように」という、あんたらは奉行所か、と言いたくなるくらい横柄な通知があって、ドタマにきた、何とかしてくれ、という相談があった。

それを聴いてドタマにきたコメンテーターたちが、「これが普通の会社やったら、この役人クビになっとるで」とかなんとか、みなでボロクソにけなすので、視聴者もドタマにきて欲求不満になるわけだが、前もってテレビ局が役所に問い合わせをして、もらっておいた責任者からの釈明を紹介し「奉行所」に謝罪させて、視聴者は溜飲を下げ、小さな満足を得るのである。

しかし、なんで私は、こんな午前中の主婦向けの番組を観ているヒマがあるのだろう。う〜む、仕事をなんとかせねばのー。

この手の番組はNHKにもある。11/20の『難問解決!ご近所の底力』で、東京、下北沢の街の落書きに頭を痛めた住民の、落書きを一掃する活動が紹介された。たしかに被害は目に余る。落書きは下北沢のほぼ全体に及んでいて、手のほどこしようがない状態であった。

特に、個人商店のシャッターなどへの落書きを見ると、涙と汗でコツコツ溜めた金でやっと持てた我が子のような店を汚された店主への同情とともに、夜陰に乗じて汚名を刻印していく似非アーティスト達への憎悪がこみ上げてくるのだが、そこはNHKである。犯人を取り押えて凄惨なリンチを加えるといったようなシーンは期待できない。下北沢を愛する多くの若者達とともに、落書きを根気よく消していくというポジティブな姿が描かれていた。感動的ではないか。

このふたつの番組のウケる点は、日常的で身近な怒りに的を絞っているところである。われわれにとっては、北方四島を不法占拠し続けるロシアや、日本の頭をこえてミサイルを大平洋に撃ち込む北朝鮮よりも、指定日以外の日に不燃ゴミを出す隣の奥さんや、散歩中に人の家の前で飼い犬に糞をさせて放置する飼い主の方が、遥かに腹が立つ存在なのである。あのマナーの悪い隣の奥さんが死ぬのなら、ミサイルが東京に落ちてもいいわ、と思うのである。

                 ■

しかし、われわれは、解消されない怒りの対象には、想像力によって鉄拳制裁を加えようとする。実行に移すことはなくても、ボーリョク・マインドは、事あるごとに顔を出すのである。

例えば、ある休日、電車に乗って街に出て、ショッピングをしたり映画を観たり食事をしたりしてから帰宅するまでの間、ずっと秋空のように爽快な気分を保ち続けるのは、他の街は知らないが、大阪では不可能である。

まず電車に乗り込むと、座席に浅く腰掛けて、両脚を放り出し、通路の半分以上を遮断している鈍感な人間をたまに見かける。たいていは若い男である。それを見て、周囲にいる『潜在的ドラゴン怒りの鉄拳』たちは、頭の中でいろんな、制裁シミュレーションをするはずである。仮に「長谷川」としておこう。

長谷川「おい若いの、その邪魔な脚どけろ。客はお前ひとりじゃないんだよ」
若い男「ああ? なんだお前」
長谷川「日本語が解らないのか? そのうす汚い脚をどけろと言ってんだよ」
  と言って若い男の脚を蹴りあげる。
若い男「やんのか、この野郎!」
  と言いながら、男は立ち上がって長谷川の胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。
  その瞬間、長谷川の裏拳が男の顔面にヒットして男はその場に崩れ落ちる。
長谷川「いいかい、電車の中ではな、お行儀よくするもんだぜ、坊や」  
若い男「…あ、はい、分りました」
  と、男は怯えた目で鼻血をすすりながら消え入りそうな声で言うと、別の車両にコソコソと逃げて行く。
  乗客から万雷の拍手が起こる。「成駒屋っ!」という掛け声も聞こえる。
  水商売風で四十前くらいだが、小股の切れ上がった和服の似合ういい女が「男だねえ」とつぶやく。

しかし実際には何も起こらず、若い男は脚を放り出したまま電車が終点に着くと、ノウノウと降りて去って行く。長谷川の心にはやりきれない気分だけが、燃えきらないゴミように、いつまでも燻り続けるのであった。

また、夕方ごろは、道路が混んでいるから、交通量の多い通りは車の波が絶えることがない。歩行者もドライバーも空腹と疲れで殺気立っている時間である。

しかもマナーの悪さでは空前絶後の大阪のドライバーだから、横断歩道の上で停車してはいけないなんて、違反しても死刑にならないような規則を守るはずがない。だから歩行者用の信号が青になっても、前方の車がつかえていたら、その車は横断歩道上に居座ったままなので、歩行者たちは無神経なドライバーに殺意を抱きながら車の間をぬって横断しなければならない。

この時ドライバーが申し訳なさそうな態度を見せるならまだしも、携帯電話で話しながら大笑いでもしていたら、もうダメだ。しかも助手席の女性の脚なんか撫でていて、そのうえ女性が巨乳の美女だったりしたら、その侮辱に耐えられるのはガンジーだけだ。長谷川さんは『潜在的コマンドー』に変貌する。

長谷川「歩行者の邪魔だ、どけ」
運転者「前の車が動かねえんだから、しょうがねえだろ」
長谷川「停止線の前で止まらない貴様が悪い」
運転者「ごちゃごちゃうるせえんだよ、馬鹿野郎」
  長谷川、ボンネットに飛びのってフロントガラスを素手で叩き割り、ドライバーと女の胸ぐらを掴んで、窓から二人を引きずり出す。
長谷川「だったら、俺がどかせてやる」
  といって、車の片側を持ち上げて裏返し、路肩に転がす。
長谷川「これで道が空いた」
  周囲から歓声が巻き起こる。
  ドライバーの男に愛想を尽かした巨乳美女が、自分のマンションの住所と携帯電話の番号をメモした紙切れを長谷川に差出し「ノックは無用よ」と言って去ってゆく。

しかし結局、何も起こらないのである。歓声もマンションもなく、横断歩道のまん中を占拠した車の脇を、屈辱と憤怒の入り混じった気持ちで通り過ぎるだけである。しかし、人は想像力によって、憤懣を解消できないまでも、抑制することができ、いつかは忘れる。これができないと、

「調べによると、同日の夕刻、長谷川容疑者は、横断歩道を車でふさいでいた丸山さんと口論になり、持っていたカッターナイフで丸山さんの胸部を突刺したとのことで、警察では傷害致死の疑いで…」

といったような羽目になるのである。想像力豊かな子供を育てよう。

【ながよしかつゆき/アーティスト】
私には、芥川賞を取った小説はだいたい面白くない、という根拠の希薄な固定観念があって、現役の作家の受賞作品は、多分ぜんぜん読んでいないと思う。しかし好奇心から、今さらお恥ずかしながら柳美里の『家族シネマ』を読んだ。おっもしろぉーい小説ではなかった。そんな作品ならば受賞はしないだろう。しかし、心が通わなくなった家族の有り様が淋しかった。悲しい、痛ましい、淋しい、それが芥川賞作品であるという、新たな固定観念をゲットしたぜい。

2003.11.27【日刊デジタルクリエイターズ】No.1431