笑わない魚 161《アンコール掲載》ブルーマンデー
── 永吉克之 ──

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正式な医学用語かどうかは知らないが「ブルーマンデー症候群」というものがある。サラリーマンに多いようなのだが、『サザエさん』や『笑点』のような、現在が日曜日の夕刻であり「忌わしい月曜日」が数時間後に迫っていることを実感させられるようなテレビ番組が始まると憂鬱な気分になるといった症状があるのが特徴だ。

私の場合、サラリーマン時代は、夕刻を待つまでもなく昼の『新婚さんいらっしゃい』でずいぶん苦しんだものだ。だから『NHKのど自慢』や『アッコにおまかせ』あたりで生き地獄を味わっている人たちもいるだろう。『ちびまるこちゃん』がきっかけで自殺した人がいたとしても不思議ではない。そんな有害番組が何年も放送され続けているところに、放送業界がかかえる、視聴率優先主義という悪しき体質が見てとれる。

多くの人は、おそらく月曜の朝、目が覚めたときが最悪の気分と言うだろう。目覚し時計がピッピと鳴った瞬間に、せっかく眠っている間に忘れていた残酷な現実を一挙に思い出さなければならないのである。

ナチの強制収容所の体験をつづった『夜と霧』のなかで、著者のV.フランクルは、夜中、隣で寝ていた囚人が悪夢にうなされているのを見て起こしてやろうと思ったが、たとえ悪夢を見ていても、眠っている間は自分がおかれている過酷な境遇は忘れていられるのだと考えて、そっとしておいたと語っている。私がサラリーマンなら、悪夢にうなされているのと、月曜の朝に目覚めるのとどちらを選ぶかと問われたら、悪夢と答えるかもしれない。

ああ、また月曜か。朝イチで会議がある。今週の目標を言わなくちゃならない。ちょっと曖昧なこと言うと社長に機関銃みたいにつっこまれる。あと何年こんなことを繰返すんだろうか。次の休みまであと五日もあるぞ。夏期休暇まで6週間。あの社長死んだら会議がなくなるのにな。秋ごろに辞めようか。次の仕事なかなかないだろうけど、毎週あんなストレスたまる会議やって鬱になるよりいいかも。

でも、なんでこんな辛い思いをしなくちゃならないんだろう。前世からの宿業か、だったらオレは前世で何をしたというんだ、盗賊か、人買いか、女殺油地獄か、といったような想念が止めどもなくあふれ出して、家を出たら会社へは行かず、そのまま失踪してホームレスになるのである。


ブルーになる原因はいくつかあるだろうが、何といっても、したくない仕事でも、しなければならないという義務感が大きな要因となる。「したくない仕事」といっても、いろいろあるが、おおまかに分類すると以下のようになる。

■責任重大な仕事
 たとえば、ライバル会社の研究開発室に潜入して極秘資料を盗み出すといったような、失敗したら自分の地位や組織の信用を危うくする仕事。また、企業内での地位が高いと、自社のシェアを海外に広げるために、他国を武力侵略をするかどうかといった、国家の存亡に関わるような決定をくださなければならない場合もある。

■扱いにくい客を相手にする仕事
 客でなければ、ぶん殴っているような連中に愛想よくしたり、理解を示したりしなければならない仕事。客というのは、店に買いに来る客ばかりではなく、取引相手のこともある。前者はたまにしかこないのであれば、少々ぶん殴ってもいいが、後者はつきあいが長くなる可能性があるので、ぶん殴らない方がいい。また、公立学校の生徒は客ではないから、ぶん殴り放題だが、私立の生徒は客だからぶん殴ることができない。それが教師にとってストレスとなっていることは言うまでもない。

■危険な仕事
 冬眠しているヒグマを起こす、腐臭のする刺身を食べる、ホームに入ってくる電車の前に飛込む、天安門広場に靖国神社を移転して公式参拝する、など。

■利益の少ない仕事
 パラシュートを背負って海中を泳ぐ、サッポロビールの営業マンにサッポロビールの宣伝をする、衆議院議員に当選して参議院本会議に出席する、など。

■不可能な仕事
 九十九里浜とジャカルタに同時刻に存在する、満月の夜に狼男に変身する、室町幕府を転覆する、七度生れ変わって国に報いる、など。 
 
といったような仕事が月曜にある場合、その朝は特に憂鬱になるはずだ。
  
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厚生労働省の統計によると、一週間のうちで自殺が最も多いのは月曜日らしい。また、脳卒中の発症率も月曜日が最高だそうである。つまり血圧が上昇しやすいということだ。呪われた月曜日である。それに比べれば、金曜など花の週末ではないか。明日仕事がないと思うと、不吉な13日でも中和されて無害になる。

ではどうやって、ブルーマンデーを克服するかだが、そんなことはできない。人間は、有史以前から月曜日が嫌いということになっているのだ。あのカーペンターズですら、"Rainy days and mondays always get me down"(雨天の日たちと月曜日たちは、いつも私を憂鬱にします)と歌っている。カーペンターズはアメリカ人だ。アメリカ人の言うことに間違いはない。

またアイルランドのバンド、ブームタウン・ラッツも"I Don't Like Mondays"(私は月曜日たちが好きではありません)という曲のなかで、月曜日が嫌いだからという理由で学校でライフルを乱射した少女のこと(実話)を歌っている。彼らはアメリカ人ではないが、とにかくガイジンだから歌詞にも説得力がある。

会社で朝イチで会議のある月曜。雨が降っている。しかも、風邪気味で体がだるい。さあ目覚めたとき、どんな気持ちになるだろう。想像したくない。

【ながよしかつゆき/アーティスト】katz@mvc.biglobe.ne.jp
今ごろ何言ってんのな話題だが、デジクリの連載を休まれた、十河、三井両氏には二度お会いしている。おふた方とも、私が勝手に作り上げていたイメージとぜんぜん違っていた。十河さんは神経質そうな文学中年、三井さんはポロシャツがよく似合うスポーツ好きなインテリ青中年。実際にお会いした印象はどうだったかまでは書くまい。

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