グラフィック薄氷大魔王[243]暮れゆく電子書籍元年? 前編
── 吉井 宏 ──

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(前置き:電子書籍の普及を待望する一人の消費者として、現状の不満を無責任に過激っぽく書いたつもりだったのです。が、昨日の夜にやってた鈴木京香主演のドラマで「出版取次会社がつぶれて大変なことになるシチュエーション」を見てしまい、ハードランディングは日本じゃ無理、なんとか皆が幸せになる方向で行けるといいよね......とか思ってしまいました。ちょこちょこと書き直したりしました)

先週の「カンブリア宮殿」は電子書籍特集、おもしろかった! 元気が出た。電子書籍の会社を作った村上龍。従来の出版の枠から飛び出し、いかに未来を作っていくかチャレンジする人たち。坂本龍一が言ってたことが印象深い。「本や音楽を複製・販売するために巨大な設備や資本を持っていた従来の出版社やレコード会社は、複製や流通の仕組みが変わってしまうとその力は保持できない」。そりゃそうだ。今までやってこれた前提が消えようとしてるんだ。

それに引き替え、宝島社の「緊急出版 電子書籍の正体」は何でしょう? 「電子書籍はこういうわけで儲からず、出版社はやっていけない。やっても無駄です」。ネガティブなネタのオンパレード。iPadダメ、使い道がないとかの中高年におもねった週刊誌の記事を増幅したようなものも含んでます。

挙げられている数字やグラフを見ると、思わず納得しちゃいそうなものもあるんだけどね。ブームだからと、やみくもに電子書籍事業に手を出してひどい目にあったり人生を棒に振るのを防ぐ効能は、すご〜くあると思います。電子書籍で起業してやろうとか思ってる人のほとんどは、この本を買っただろうし。

でも、出版自体がどんどん縮小していく中で、なんとかしようって話をしなくちゃいけないのになあ。ある意味すでに彼らが答えを出してるんですよね。本じゃないものに社運を賭けてる出版社が、電子出版もダメですって言うのはどういうことでしょ?



電子書籍普及には突破しなければならない難関がたくさんあるらしい。電子書籍化のための権利関係がグダグダで、本を集められない。そもそも口約束で契約書がなかったりする。強烈なのは、「再販制度があるかぎり、紙と電子版の価格に極端な差をつけられず、電子版の最大の強み、流通コストがほぼゼロって点を活かせない」。

出版社や書店が頼みの綱の再販制度をあきらめないかぎり、つまり「一回死んで下さい」ってのを受け入れないかぎり、電子書籍は普及するためのスタートさえ切らせてもらえないってこと。これを越えるのは絶望的らしいです。

ところで、文字の本やマンガって、個人の力で巨大な世界を創造できる最小のスタイルだと思う。最近では映画や音楽やアニメーションもなんとか個人で作れるようになってきたけど、基本的に個人で無理なく作れるのは本やマンガでしょう。造語してみるなら、ピュア・コンテンツとかナノ・コンテンツとかそんな感じ。

本やマンガはいろんなものが無数に泳いでいる大洋みたいなもので、そこから映画やテレビなど資本があるメディアが、漁師のように釣り上げていくみたいな形。本やマンガ自体に巨大な資本は似合わないかも。電子書籍で敷居が下がれば、今までは出版されなかったコンテンツも出てくるかもしれない。もちろん玉石混淆なので、評論家やナビゲーターは今以上に必要とされてくるでしょうね。質を高めるための編集者だって必要。

その意味で、村上龍の「歌うクジラ」のように音楽をつけてみたり、マルチメディア的仕掛けを仕込むのは、ちょっとちがうかなと思うし、1500円は高すぎる。技術的にも資金的にも、できるだけ制作のハードルを低く、値段を安く保っておくことが、いいコンテンツをたくさん世の中に放流することになるんじゃないかと。小説に音楽をつけたり、マンガに音や動きをつけてしまうと、最もシンプルな形で立派に成立していた分野を、不完全で貧乏くさいマルチメディアのなり損ないにしてしまう。フォーマットの互換性も減る。

あと、どこでもエコエコ言ってるのに、返本率が4割で裁断される紙の無駄や、流通・運送のガソリンや排気ガスやトラックのことについて誰も触れないってどういうこと? なんかタブーになってるのかな。返本率は実際には9割以上って話もある。僕だって本や雑誌を買っても読むのは一部だし、新聞だって全部読んでる人なんていない。送られてくるDMやカタログなんて開封さえしなかったりする。とすれば、返本されるされない関係なしに、字や写真が印刷された紙のうち人の目に触れずに廃棄される紙は、ほぼ100%なんじゃないかと。

裁断・スキャンのサービスの会社を小池栄子が取材中、段ボールにカンブリア宮殿の本を発見。「裁断されちゃうのか。でも、一生残したいから電子化するんですよね?」。そそそうなんだよ〜。自炊で本を分解してスキャンして捨てるのって、一見ひどいことしてるようだけど、大切だから電子化してるんだよ〜。

紙の本が完全になくなることを望んでいるわけじゃないです。わざわざ紙に印刷する必要のないものは、どんどん電子化してほしい。でも、子供の絵本まで電子書籍だけになってしまったら、どんなにつまらない世界になることか。

僕の望みはただ一点。本や雑誌の物理的なサイズや重量や制約から解放されたいだけです。主にスペースと検索の問題。昨年の引越の前、大げさでなく段ボール数十箱分の本を処分しました。一昨年にも約400冊。処分ってのは古書店に売ったってことですけど。その前はデザインやCG関連本・雑誌を数百冊、何度かに分けて専門学校に寄付。

いらないからポイッてわけじゃないよ。スペースさえゆるせば一冊も手放したくなかった。手元に置いておきたいとか、勉強したかったり役に立ちそうだと思ったからその本をお金を出して買ったわけで。まあ、いつか資料になりそうだからと買った本が役に立ったことはあんまりないけど、本ってのは見つけたときに買わないと絶版になってしまう「生モノ」なので買わざるを得ない。

そうやって買った本が居住空間を侵食。本棚にも入らないし床は山積み。スペースがないから新しい本を買うのを躊躇する。そんなのぜったい良くないじゃん! 「あの記事はどこだっけ?」、探す気が起きないし、見つけられない。本格的な「自炊」を始めたのは最近だから、以前処分した大半の本の中身は本体といっしょに泣く泣くバイバイ。裁断すると古書店に売れなくなるというジレンマもある。(後半へ続く)

電子書籍について書き放題してたらメチャクチャ長くなってしまったので、ツッコミどころを残したままなのは不安ですが、前編と後編に分けました。年内最終号の来週は後編。

●おまけ

App Storeの電子書籍を物色してたら、「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)」がブックカテゴリーの売り上げトップだ。ベストセラー本の電子版ってどんなレビューがついてるのか見てみようとクリックしたら、タイトルの右側がカーソル・オンで購入ボタンになってて押しちゃったじゃないか〜〜!!!!

直前にアプリのアップデートをしていて、パスワード等打ち込み済みだったので、購入ボタン押したら即購入ダウンロード。書店で買おうか迷ってた「もしドラ」でよかったものの、ぜんぜん関係ないアプリだったら怒りまくるところ。まあ、「もしドラ」、紙の本が1680円に対して、電子版が800円。値段設定はなかなか良いと思う。僕のアプリ「REAL STEELPAN」も間違ってみなさん購入ボタンを押してほしいです。

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com
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「それがせー」。浮ついて調子に乗ってしゃべってると「それがさー」と「それでね」がどっちつかずになって「それがせー」って言ってしまって恥ずかしい思いをすることがある。もうひとつ恥ずかしいこと。内容「A」を話すマクラや伏線として「B」を話しはじめたのに、なんで「B」を話し始めたか忘れてしまい、必死で思い出そうとながら「B」を話し続ける。ってパターン。単に気まぐれか空気読めないか頭おかしいヤツに見えてるだろうなあと思いながら。

・iPhone/iPadアプリ「REAL STEELPAN」販売中
REAL STEELPAN < http://bit.ly/9aC0XV
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・「ヤンス!ガンス!」オンエア情報
MUSIC ON! TV、TVK(テレビ神奈川)、Gyao、music.jp、Wiiシアターの間でも配信中。同じくMUSIC ON! TVの番組「George's Garage(GGTV)」のオープニングをヤンス!ガンス!のコラボで制作。
< http://www.m-on.jp/blog/ggtv/2010/10/101002-4.html
>

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