私症説[24]「ツイッータ」はどう発音するのか
── 永吉克之 ──

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ぼくがツイッターを始めたのは昨年の1月25日だった。で、更新は一年後の同日から一週間以内に行なわないと脱退したものと見なされて、再開するには新規に手続きをする必要があるから、改めて手数料23万円を払わなければならないという規約を期限切れ直前に思い出して、あわてて更新に出かけた。ぼくの場合、大阪府堺市に住居があるので、ツイッターの開始や更新の手続きはNPO法人《ついったるで★SAKAI》で行なう。



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一年前ぼくは、イトーヨーカドー堺店で買った折りたたみの座椅子を抱えて帰る途中、《ツイッータ入会手続きいたします》と、極太マーカーで書かれた段ボールの看板が電柱に針金でくくりつけてあるのを見つけたのだった。

ぜんぜん興味がなかったのだけれど、旧世代という烙印を押されるかもしれないという恐怖心からツイッターを始めなきゃと思っていたので、ぼくは一も二もなく、その看板に鈴なりに貼り付いてハタハタとはためいていた地図の一枚を剥がし、それを頼りに、座椅子を抱えてその場所を探した。

地図が示すあたりに来ても《ついったるで★SAKAI》の看板どころかオフィスらしいものもなく、見るからに貧乏人が住んでいそうな住居が並んでいるばかりだった。路上には薄汚い子供たちが4人、陰気な顔つきで座り込んでいた。なにやら気持ちの悪そうなものを分けあってクチャクチャ食べている。

抱えていた座椅子がだんだん重くなってきて、腕が痛くてイライラしていたせいか、ぼくはその子供たちのなかでも、とくに憎らしそうな坊主頭の男児に話しかけた。

「ふっ。子供はみんな天使だなんて誰が言ったんだ。お前らはただのエゴイストじゃないか。お前らの行動の動機はいつも我欲を満たすことなのだ。おい、ついったるで★SAKAIはどこだ」
坊主頭は、こっちも見もせずに親指で背後にある、木造モルタルのアパートを指した。
「どこを指しているのだ? あれはただの貧乏人アパートじゃないか。小僧、好い加減なことを言うと撲(う)つぞ」

ぼくは嚇してやろうと思って拳を振り上げたのだが、坊主頭は怯むこともなく、ぼそりと言った。「ついったるで★SAKAIはおらの家だで。2階の1号室だで」
そして立ち上がり、ほかの子供たちに、おい地獄さ行(え)ぐんだで! と声をかけると、みんなを連れて走り去った。

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子供が指したアパートの、塗料が剥げてサビがあちこちに浮いた階段を上がると、突き当たりの住戸のドアに直接、極太マーカーで黒ぐろと《ついったるで★SAKAI えんりょなくハイッテネ!》と書いてあるのが見えた。

書いてある通り遠慮なくノックもせずにドアを開けたら、入ったところにある台所の板の間で、婦人がアオネギの束を握りしめたまま泡を吹い倒れていたのでぼくが、わっ、と声をあげると婦人はむくっと起き上がった。

「すんませんねぇ。夕飯の支度に包丁でネギ刻んでたら、トントントンゆうあの短調な音でなんや眠うなってきてしもて、ひと眠りしてたとこですわ。ああ、こんなヨダレ垂らしてみっともない。えっと、御用は? あ、ツイッータでっか? ほな上がってください」さっきの坊主頭の母親らしい婦人に、ぼくは奥の畳の間に案内された。その部屋は陽が入らないせいか、畳が豊かな湿気を含んでいて、部屋に踏み込んだとたんに足が畳にめり込んで靴下が水分を吸い上げるのがわかった。

部屋のあちこちに、錆びた鉄パイプや、金魚が腹を見せて浮いている金魚鉢や、うどんや蒲公英(タンポポ)などが散乱していたが、婦人はそれらをどけてコタツの前に座布団を敷き、ぼくにすすめた。そして向かい側に座り、コタツのなかからノートパソコンを取り出して起動させ、手続きをします、と言って両手の人差し指でキーを打ち始めた。

ぼくの名前もメルアドも訊かずにどんな手続きをしているのか、ぼくの側からはモニターが見えないのでわからなかったけれど、30分ほどして婦人はキーボードから指を離し、ふう、とため息とつくと目をつむり、眉間のあたりを指先でつまんだまましばらくじっとしてから、おもむろに口を開いた。

「いやあ、今回の手続きはえろう難儀しましたけど、どないかこないか済ませました。後は、お客さんがお家のパソコンからツイッータのサイトにアクセスして、アカウントを作ってもらうだけですわ」
「アカウントって、どうやって作るんですか?」
「簡単ですがな。ツイッータにアクセスして《登録する》ゆうボタンをクリックしたら、アカウントを作成する画面が現れまっさかい、その指示通りにユーザー名とかパスワードとかメルアドとか入れるだけですわ。そんなん、うちの子でもできまっせ。はい、手数料23万円」

ぼくはその金額を聞いて唖然とした。たしかに、早くツイッターを始めないと旧世代と呼ばれてしまうという恐怖は恐ろしく、また怖くもあったが、それにもまして23万円という途方もない金額に圧倒されて、ぼくは思いつくままに、その場しのぎのことを口走った。

「お金は明日持ってきます。この座椅子、抵当に置いていきますから」
「それ、なんぼしますのん?」
「23万円です」
「わかりました。ほな、それはお預かりしますんで、必ず明日じゅうに払うてくださいよ」

このおばはんはアホかと思った。どこの世界に23万円もする座椅子があるというのだ。もちろん後で払いにくるつもりなどなかった。座椅子代の3,990円でツイッターが始められるのなら安いものだ。精神的優位に立ったぼくは、おばはんに仮借のない質問を浴びせた。

「手続き一回につき23万円もふんだくってれば、いい稼ぎになると思うんですけど、なぜこんなボロボロのむちゃくちゃなアパートに住んでるんですか?」

するとおばはんは突然、仰向けに倒れて畳の上をごろごろ転げ回り、ビール瓶やら植木鉢やら仏壇やらをなぎ倒しながら涙声で訴えた。

「なにがええ稼ぎや。なんぼ稼いでも、ついったるで★OSAKA(※)に持っていかれるんや。23万稼いでも22万9千520円は吸い上げられるんや。おとうちゃんが失踪してお金に困ってるときに、ええ仕事があるからて誘われて、うちがその気になってしもたんが悪いんや。あーもう殺してえな!」

(※)ついったるで★SAKAIが属する上部組織。事務所は大阪市旭区にある。ふとぼくは、坊主頭の子供が言った《おい地獄さ行(え)ぐんだで!》が、『蟹工船』の冒頭の言葉だということを思い出した。いつの時代も搾取されるのは、このような社会的弱者たちなのだ。あんな年端も行かない子供にまで蟹工船をさせる社会構造をぼくは憎んだ。

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そんなわけで、おばはんをだまくらかしてツイッターを始めてから一年ぶりに、ついったるで★SAKAIに更新手続きをしに行った。一年前と同じように、2階の1号室をノックもせずに開けたら、おばはんが息子と並んで倒れていた。腐乱していたので今度は昼寝しているのではないということはわかった。

たまたま隣の住戸から出てきた人がいたので事の次第を尋ねると、おばはんは大きな借金をこしらえて首が回らなくなり、親子心中したらしいとのことだった。それならば預けておく意味のない座椅子を、ぼくは家捜しをして見つけた。それには極太マーカーで大きく《怨》と書いてあったが、座るのに不具合はなさそうなので持って帰った。結局、更新手続きはしなかったのに何故かツイッターはまだ使えるので、この件はもうどうでもいい。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
このテキストは、以下のブログにも、ほぼ同時掲載しています。
無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
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