私症説[27]電波の謎
── 永吉克之 ──

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スイマセン。極めて現実的事情から、今回は、というか今回も過去に自分のブログに掲載したテキストをリサイクルするのやむなきに到りました。

●豪商

きのう、南海高野線の中百舌鳥駅で豪商を見た。やはり豪商は、どこへ行っても周囲には人だかりができる。私も、みっともないとは思いながら、皆に混じって豪商を眺めていた。まあ、囲んで眺めているだけなら罪はないと思うのだが、中にはカネをせびるタチの悪い奴らもいる。

その日も、そんな連中がいて、図々しくも豪商の袖をつかんで放そうとしないのだ。困惑している豪商を見ていて気の毒になった。幸い、カネをせびっていたのが中学生らしい小柄な少女ふたりで、もし殴り合いになっても対等か、それ以上に闘える見込みがあったので、しばらく迷ってから、思いきって話しかけた。

「お前ら中学生やろ。なにしてんねん、この時間に。学校はどないしたんや」
「なんやおっさん。あんた関係ないやん」
「北中の生徒やな」

学校を言い当てられて、通報されてはまずいと思ったのか、人だかりから抜け出して、離れたところから様子を見ていた。また、後でたかるつもりだったのだろう。私は、これも何かの縁だと、ボディガードのつもりで、目的の駅まで豪商を送っていった。豪商は「ありがとうございます」と軽くお辞儀をして改札を出ていった。



●複合動詞

先週、父の法事で七年ぶりに甥の尚史に会ったら、彼の顔がすっかり照り流れているので、一瞬、別人かと思った。高校生の頃は、いつもどこか巻き落ちたようなところがあったのに、社会人になってからは人並以上に、盛り跳んでいた。彼は私を見つけると、塗り笑いをしながら近づいてきて言った。

「叔父さん、ぼく来年、アフリカの国々に医療を投げ伸ばすために、日本を離れ被ることにしました」

彼のこの起き結んだような陽気さに、私は、残し割ったような違和感を少し覚えたが、若さからくる持たせ打ちかとも思った。しかしその若さゆえに、彼が世間から引き吸われるようなことのないように、私がいつも彼を分け反らせ、時には曲げ溜めてやることも必要だと思い、彼に率直に言い満たした。

「尚史、日本人でも外国人でも、業績を寄せ振るためには、人間同士でこそ切り戻ることのできる、付き裁いた関係を作ることが必要なんだぞ。お前にそれを消し返すことができるのか?」
「はい。そのつもりでこれまで、組み垂らしてきましたから」

短い言葉だが、この一言で充分、尚史の決意は伝わった、もう子供ではないのだ。私は何度もそう思い掘り倒し転がした。

●電波の謎

ぼくはどうしてもテレビの電波というものが理解できない。東京タワーのてっぺんにあるアンテナから発せられた電波が全国の家庭のテレビに飛込んで、ブラウン管のなかで画像や音になるということは知っている。

また、電波というものが、ヘビのようにくねくねと前進する線だということも知っている。解らないのは、その、くねくねした線が、どういうカラクリで、見事に各家庭のテレビを探し当てて、そこに入り込むのかということだ。

その日は寒かったが、僕は自宅で愛する女性とタラ鍋をつつきながら熱燗を飲んで、身も心もカッカとしていたので、窓を思いきり大きく開けると、電波がこちらに向ってくねくねと飛びながら、すぐそばまで来ているのが見えた。なんだか怖くなって窓を締めたのだが、電波の先端部はすでに部屋のなかに入り込んでしまっていたので、締めた窓に切断されて先端部は内側に残った。

短く切れた電波は、しばらく窓の前でくねくねしていたが、テレビを見つけると、その裏側に回りこんだ。すると、それまで見ていたNHKの『地球・ふしぎ大自然』が『水戸黄門』に変ってしまった。TBSの電波だったのだ。

しかし、そんなことより、彼女とふたりっきりで過ごせる、月に一度のひとときを、きれいな自然の映像を眺めて、自然って不思議だね、なんて言いながら過そうと思っていたのに、爺さんが活躍する番組なんか見せられては迷惑だなあ、とぶつぶつ言いながら二人で見ていたら、10分ほどして、助さん格さんが黒幕の悪大名を追い詰めて「この印篭が目に入ら」と言ったところで、また『地球・ふしぎ大自然』にもどった。

「電波が短かかったのね。よかったわ」
「でもぼくは、悪大名がひれ伏すところも、ちょっと見たかったかも」
彼女はぼくの微妙な心理を理解してくれたと思っている。

●控えめな要求

絵里子といいます。
なぜか私は、小さいときから、怪しくない男性を好きになる傾向がありました。小学生のときに好きだった初恋の先生も、初めてキスをした高校のときの彼も、同棲していた大学時代の恋人も、そしてもちろん今の主人もみんな揃って、怪しくないのです。来月、男の子が生まれる予定なのですが、その子も怪しくない男性になってほしいと、心密かに願っています。

智恵よ。
私の理想の男の第一条件は、連続放火魔じゃないこと。これは譲れないわ。いくら動物好きで年寄り子供に優しくても、連続放火魔とはうまくやっていけないんじゃないかと思うの。

以前につきあっていた彼に対してもそうだった。会社に一年後輩として入社してきた彼を見て、なんとなく頼りない感じだったけど「素敵、この人なんて連続放火魔っぽくないのかしら!」って、一目惚れしちゃったのよね。うふ。

裕美で〜す。
大学の同じ学科に、澤田くんっていう、とっても気になってたのに話しかけることもできないでいた男子学生がいたんです。もともと澤田くんを好きになったのは、彼がウサマ・ビンラディンじゃなかったからなんだけど、シャイなあたしが、そんな彼に話しかける気になったのは、あるとき友達から、実は彼がヒマラヤの雪男じゃないって聞いて、もうこの人しかいないって思ったからなんです。

それで思い切ってお昼ご飯に誘ったら、気持よく応じてくれたんですよ。そしてびっくりしたのは、澤田くんもあたしのことが好きだったって言うんです。それでもう嬉しくって「どうしてあたしが好きになったの?」って聞いたら、「男じゃないから」なんて照れちゃって、真っ赤になって、とってもカワイイんです。

異性への要求は控えめに。それが、結局は少子化の解消につながるのである。

【ながよしかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
・無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
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