境界線の歩き方[06]静止空間★タイムスライスムービー初めての実験
── 出渕亮一朗 ──

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有名な映画マトリックス(The Matrix, 1999)のTVコマーシャルに初めて出会ったとき、たぶん2000年のことだと思うが、主人公が弾丸をよけてのけぞった姿勢のまま、カメラがぐるっと回り込むあの有名なシーンを見た瞬間、おおっと思った。というのは、どうやってこのシーンを撮ったのか一瞬でわかったからである。

この映像効果は、タイムスライスエフェクト(time-slice effect)、バレットタイム(bullet time=弾丸時間)、あるいは、フローズンタイム(frozen time=静止時間)等と呼ばれているものだ。

今ではすっかり定着していて、シュートの瞬間のサッカー選手が宙に浮いたままぐるっと回るとか、スポーツ用品等のTVコマーシャルや、またPVなんかでもよく見られると思う。

話を戻そう。1979年、私は九州にあった芸術系工学系大学に入学した。GW明けに学園祭にあたるものがあり、恒例イベントの野外大ステージでの映像音響ライブに向けてのムービー制作に、さっそく仲間といっしょにとりかかっていた。

高校時代の学園祭でも学級で映画制作したのだが、その時に思いついていた「複数台並べたカメラのシャッターを同時に切った画像をつなぐことによる、時間が止まった世界の中を自由に動き回る映像」をアイデアとして出した。



さらに、このアイデアの由来は、私が小学生低学年の頃にNHKでやっていた「タイムトンネル」というSF番組にある。二人の科学者が実験中のタイムトンネルという、一種のタイムマシンで未来や過去に飛ばされるのだが、どうしても元の時代に戻ってこれないという内容である。その中に一度だけ、元の実験室に戻ったのだが、しかしなぜか時間が止まったままで、その中を主人公が歩き回るというシーンがあったのだ。

また、映画技術の創始者のひとりであるマイブリッジ(Eadweard J.Muybridge)が、カメラを12台並べて、馬の走りの連続写真を撮ったというのも記憶にあった。馬の走るコースに糸を等間隔で張り、糸が走る馬に切られると、対応するカメラのシャッターが切られるように工夫したのだった。

私の当時のイメージでは、この映像を撮るにはかなり精密な装置が必要なはずで、予算もかかるはずだった。例えば10秒のシーンをとるならば、映画は1秒=24フレームなので、240台のカメラを正確に対象に向けて並べて、機械的に同時にシャッターを下ろす装置をイメージしていた。

しかし、その後、教授として大学に赴任されてこられた松本俊夫先生の作品に、「アートマン」という映像作品があり、これは、ひとりの女性の周りをカメラを持って撮影した写真をコマドリしたものだということを知った。それほどすごい装置を使わなくとも、予算をかけなくとも、こんな感じならできるのではと思った。

このアイデアは、私の「ただ、どうやってシャッターを同時に切ればよいかわからないけど」という疑問に、そのイベントのリーダーだったひとつ学年が上の先輩が、「技術的にこうすればできるよ」と答え、まあ、そういうことで採用されたのだった。

それはこういった手法だ。真ん中の人物モデルの周りに、360度ぐるっと円を描くように三脚で立てたスチルカメラを並べる。すべてのカメラは正確に中心に向け、バルブに設定する。バルブとはシャッターを開放状態にすることである。真っ暗なスタジオの中で、モデルの周りに複数個のストロボを配置し、電気的スイッチで同時に発光させる。

すると、カメラのシャッターは開放状態になっているので、すべてのカメラのフィルムに、ある一瞬が同期して焼きつけられる訳である。

実際には24台のスチルカメラと3個のストロボを使った。最後に、こうしてできた白黒写真をコマドリして、16mmフィルムに焼きつけたのだった。他に名乗りあげる人がなければ、この作品「静止空間」が、世界初のタイムスライスムービーの実験だったといえるだろう。

ただ、できた作品には私は不満があった。というのは、この作品のミソは「時間が止まる」ということなのだが、それをちゃんと理解させるようなシーンを撮らなかったのである。結局、「アートマン」の物まねのようになってしまったのだ。

1981年に私はもう一度、この作品に挑戦した。今回は止まった瞬間がわかるようなシーン、たとえば、ドレスを着た女性が飛び上がったところとか、物を放り投げたところなどを撮影した。この時はカメラを18台使い、カラースライドで撮影、それを後で8mmフィルムにコマドリ再撮影した。そうしてできた作品が「静止空間2- Frozen Time」である。

この作品は翌年1982年の、「ぴあフィルムフェスティバル」に出品し、入賞を果たして確か都内のミニシアターで上映された。ただ、まだまだ自分のイメージしていたものには遠かったので、いつかちゃんと作り直そうと心の隅ではずっと気にしていたのだった。

現在では、その名もTime-Slice社が、タイムスライスエフェクトを専門としているようだ。サイトにあがっている装置を見ると、かなり私がイメージしていたものに近い。ただ、360度ぐるっと回る映像は見かけない。たぶん、反対側のカメラが見えてしまうのと(まあ、エフェクトで消せばいいと思うのだけど)、コスト的に何百台ものカメラを並べられないからだろう。

だが、今はウェブカメラみたいに安いカメラもある。何10メートルもある細長いスチールの帯にカメラをずらっと取り付けて、止まった世界の中をサークルや直進に限らず自由に動き回るムービーはできないかと、まだまだ妄想してしまうのだ。

参考:
Frozen Time / Early Time-slice Effect(1981)
<
>
静止空間2 8mmフィルム 1981

PFFアワード 1982年
< http://pff.jp/jp/award/1982.html
>
第5回ぴあフィルムフェスティバル。これに「静止空間2」が入選した。

Dolphins Time Slice(bullet time matrix effect)
<
>
タイムスライスの効果をうまく使っていると思う1ショット。イルカがまるで空中で瞬間的に凍りついたかのように見える。

Time-Slice(R)Films
< http://www.timeslicefilms.com/
>
タイムスライスエフェクトを専門にしているタイムスライス社のサイト。ここを見るとタイムスライスエフェクトはTim Macmillanという人が創始者で、1994年にこの会社を作ったとあるが。

Early example of Timeslice from 1981 / Dangerous Minds
< http://www.dangerousminds.net/comments/early_example_timeslice_1981/
>

このサイトでFlozen Timeが紹介されたので、今回のテキストを書くことを思いついた。だけど、サイト名のデインジャラス・マインドって.......

【出渕亮一朗】
コンピューターグラフィックス、インタラクティブアート分野のアーティスト
グラフィックス分野のプログラマー
< http://www.debuchi.com
>
ryoichiro.debuchi(a)gmail.com