私症説[36]無縁社会を陰で支える人びと
── 永吉克之 ──

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毎回、ウケ狙い丸出しの薄っぺらなことしか書いていないので、今回は罪滅ぼしに、ちょっとだけ真面目なことを書いてみようと思うんですよ。

昔ながらの「向こう三軒両隣」的気風をごく一部にまだとどめているウチのマンション(築35年くらい)なんですけど、そんな気風を作り出していた世代の人びとが他界したり、高齢で外出もままならなくなってから《無縁》がすっかりコミュニティを浸食してしまったみたいなんです。

毎年3月になると、次年度のマンション各階の班長を決めることになってるんですけど、班長といっても、自治会からの連絡事項を印刷した書類を回覧板にはさんで、その班に属する住戸のドアノブに掛けるという子供でもできる仕事なんです。でもその係を決めるのにすら2日や3日では決まらないことがあって、ほんとにもういやんなっちゃうんです。

なんで僕がいやんなっちゃうのかというと、ウチのマンションは住戸が多いので、階ごとに4つの班に分かれていて、それら4班をまとめる、いわば総班長のような役を僕がしているからなんです(もちろん自ら進んでじゃなくて、ジャンケンで負けてイヤイヤ引き受けたんです)けど、それは後でお話しするとして、なかなか班長さんが決まらないのは、輪番になっているにもかかわらず、役が回ってきても引き受けるのを嫌がる人がいるからなんです。




いわく......
「高齢者の独り暮らしなので......」
「子供が小さいので......」
「帰宅が遅いので......」
「入居してきたばかりで事情がよくわからないので......」

たしかに独り暮らしの高齢者だからと言われると、強くはお願いできませんけど、子供が小さいというのはどうでしょうか。子供というのは、だいたい小さいものなんです。六尺五十貫もある子供がいたとしたら、それは象かなんかの子供でしょう。回覧板を回すだけだから子供の大小は関係ないと思うし、子供がいるということはご夫婦で住んでらっしゃる場合が多いわけだから、どちらかがすればいいと思うんです。

それと、火急の連絡を回覧板でするなんてことはあり得ないから、帰りが遅いというのもあんまり関係がなさそうです。書類を回覧板に挟むなんて3分もあればできることなのだから、翌日出勤する時にでも、隣の住戸のドアノブに掛けておけばすむんです。

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そんな簡単な班長の仕事を、みなさんがここまで忌避しようとするのは、自分には直接関係のないことで責任を押し付けられるような気がするからなんでしょうが、もうひとつにはその先に待っている、総班長の役目を4分の1の確率で押し付けられる可能性を恐れているからだと思うんです。

総班長は、4人の新班長からジャンケン、あるいはクジ引きで泣く泣く選出されることになってるんです。僕も1年前にジャンケンで負けて総班長に仕立て上げられたから気持ちはよくわかるんです。これから1年間、自分の首にはめられることになった枷を思うと、そしてジャンケンに勝って「やったー!」と小躍りしている敵の晴れがましい顔を思い出すと、忌々しくてその日は5食しか食べられず、18時間しか眠れませんでした。

総班長の普段の仕事は、自分の班の班長の仕事に加えて、その階のすべての班長に、回覧用の印刷物を配ることで、ちっとも大変な仕事ではないんです。自治会の寄り合いに出席したり、草むしりや防災訓練などの活動に参加するように要請はされるんですけど義務じゃないから、しなくてもいいんですよ。その代わり人間関係がちょっと気まずくなりますけど。

総班長の試練はなんといっても年度末です。3月です。次年度の総班長を決めるために、各班の新班長を糾合してジャンケンをさせなければならないんですけど、みなさんが一堂に会する時間がなかなか見つからないうえに、この期に及んで、総班長の候補から外してくれろとゴネる人が出てくるのです。僕はいまのマンションに住むようになってから、2度総班長を務めたんですけど、2度とも感情的なしこりを残してしまいました。

いわく......
「商売をしているから......」
「引っ越しするかもしれないから......」
「忙しいから......」

「商売をしている」というのがなぜ辞退する理由になるのかよくわかりませんけど、「引っ越しする"かも"しれない」というのは巧い口実だと感心しました。「かも」だから、引っ越ししなくてもウソをついたことにはならないわけです。次回から僕も使おうと思います。

忙しいのは誰でも同じだからと説得して、辞退しようとする新班長をしぶしぶジャンケンに参加させたことがあるんですけど、以来その人と廊下で会う度に気まずい思いをするようになっちゃったんです。住人を連帯させるためにしていることが、逆に連帯感を損ねるという皮肉な結果を生んでるんですよ。

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結局、多くの住人が思っていることは、回覧板を回したり、寄り合いに出て住人の意見を自治会に反映させるのは必要、草むしりでマンションの周辺がスッキリするのなら自治会活動もおおいに結構。でも自分がその役回りを務めるのはイヤだよということなんだと思うんですよ。

今はもうたいていの住人がケータイなりパソコンなり持ってるでしょうから、連絡事項は一斉にメールすりゃ回覧板なんていらないじゃないですか。あるいは自治会がmixiでコミュニティを立ち上げて、住人も参加して意見を出し合えばいいんですよ。

匿名にすれば、普段は隣近所と没交渉の人たちも参加してくれるでしょう。「自治会を爆破する」など、必要以上に忌憚のない意見も聞けるはずです。草むしりもバイトを雇えば、雇用の促進に貢献することができるんじゃないでしょうか。

早くそうなったらいいと思ってるんですよ。無縁化が確実かつ円滑に拡がり、住人は鉄のドアとコンクリートの壁の内側で「向こう三軒両隣」「困った時はおたがい様」「助けられたり助けたり」の脅威から身を守ることができるようになるんですから。誰の干渉も受けず、のびのびと孤独死ができる。そんな世の中が一日も早く実現することを願ってやみません。

【ながよしのかつゆき】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
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