■電網悠語:HTML5時代直前Web再考編[189]選ばなかった選択/三井英樹

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米国TV番組「Flashforward(2009〜10年制作)」。世界中で全人類が同時に2分17秒間意識を失い、それぞれ自分の6ヵ月後の姿を目撃する。未来を見てしまった人と見なかった人のその後の物語。そこに気になるフレーズがある。

   選ばなかった選択
   (─過去に起こりえたことはすべて他の宇宙で起きている)
    Flashforward 第10話
    < http://amzn.to/IRNFDU >
    < http://www.hulu.jp/flash-forward > (第1話は無料)

ドラマの中では、量子力学的な話が加わり、より取っ付き難くなっている。しかも、ドラマ自体に完結編がなく、中途半端に打ち切られていて、打ち切られなかった選択肢がどんなものだったのか色々と考えさせてくれるドラマだ。

そもそもMacromedia Flash系のイベントと同じ名だから気になったドラマなのだが、膨大な費用をかけて作られた第1話は見て損はないかと思う。

   ▼エヴェレットの多世界解釈 - Wikipedia
   < http://bit.ly/doFtFt >
   ▼多世界解釈。←これ位の情報量が好きw
   < http://shigekifactory.com/blog/?p=1125 >

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この「選ばなかった選択(肢)」を過疎の村(正確には合併して「町」)で考えている。人口カバー率99%を誇るWillcomも圏外となる地域ではあるが、道路の整備もよく、山奥でもない。陸奥湾が目の前に広がる穏やかな場所。でも確実に過疎が進んでいることを、訪れる度に実感する。この地域にある小学校の新一年生は3名だという。

3.11の影響を直接受けた訳ではない。しかし、例えば50年後のこの地域を考えると、深刻な状況にあるとしか言いようがない。「震災がなくてもこの村は長くは続かない...」という、ある被災地支援者が言った台詞を思い出す。

そして、不謹慎な50年後を考える。仮にこの村が消滅するような事態になったとしたら、近隣のより小さな村も恐らくは既になくなっていて、この海岸線一帯は人の営みのない地域になってしまっているだろう。

それが延々と続くとしたら、少々背筋が寒くなる。単なる郷愁とかではなく、延々と人のいない道が続いているのを想像すると何とも言えないそら恐ろしさを感じる。



どこかで別の選択肢があったはずだ、と考える。この過疎化の進行を停める策があったのではないか。深く考える程の知識も情報もないので、漠然とだが考える。どこかで道を間違えたのか。それとも、こうなるのが必然なのか。

「村から出ては生きて行けない」と高齢者の方が言う。被災地での葛藤と同じものが、此処でもただ静かに沈殿して行くように響く。「やっぱり自分の家は落ち着く」と帰宅を許された方々の声をテレビで見聞きする度に、何かが引っかかる。昔と同じにするのは無理だろうと諦めが先に立ちつつ、今残された選択肢は何なのだろうと考える。

結果的に過疎化を防ぎ切れなかった施策も、原発を建てた選択肢も、考える段階では対案があったはずだ。考えつかなかった場合もあるだろうが、選ばれなかった選択肢が皆無ということはあり得ない。それら消えて行った選択肢に乗っていたら、今はどうなっていたのだろう。

人が都市部に集中しすぎることなく、人も仕事も文化も日本全国に分散/共存し、多様性を維持しつつ豊かな地域社会が存続するような未来はあり得たのだろうか。



故郷の地への愛着が強い世代がいて、薄い世代がいる。世代で線引きができないものかもしれないけれど、少なくとも今の私にはそうした執着はほぼない。大阪で生まれ、今は横浜に住んでいるけれど、何処ででも生きられるような気もする。今の家も子供たちが独立したら、こだわる必要もない。

私はデジタル・ネイティブではないけれど、リアルの繋がりを補うものを、ネット側にある程度知っている。ネットがまったくない世界に、今から行けるかと問われれば厳しく思うだろうけれど、そうでない限り何とかなるだろう。

そんな想いを多少込めて、この地の人へIT紹介をする。でも一蹴される。iPadもiPhoneも、「震える指でそんなもの触れるか」と笑い飛ばされた。震える指で操作してたらカッコイイけどね、と付け加えられながら。ITは無力だ。生活の支援はできるかもしれないけれど、高齢者の生活の主軸には役不足だ。

でもあと少しすると、私の指も震えていくのだろう。それが10年後か20年後かは分からないけれど、いずれ細かい作業ができない時はくる。その時までにもっとUIが進歩してもらわなくちゃ困る。そしてその時には、私も郷愁をもって住んでいる場所を見つめるのだろうか。それとも執着がないのは、そうした移住的なものが容易に進むための準備なのだろうか。



選ばれなかった選択(肢)を気にするのは正常ではないのかもしれない。単に選ばれなかったのだから、あり得ないものなのかもしれない。でも何か事が起きた時に、もっと何かができただろうと後悔の念にとらわれるように、捨てられた選択肢に未練が残る。

3.11以降、この国は未だ揺れ続けている。地面だけじゃなく、様々なものが揺さぶられている。せめて、つまらない理由で有意義な選択肢が捨てられないように、目を凝らしていなければならないのだろう。そしてもっと使い易いITを、もっと高品質なユーザビリティを、よりよいデバイスを工夫して行かなきゃならないのだろう。道は遠い。

【みつい・ひでき】@mit | mit_dgcr(a)yahoo.co.jp
 < http://www.mitmix.net/2012/04/189.html >
・Adobe CS6、Google Drive、でましたねぇ。Windows8、見えてきましたねぇ。激動継続中という感じをヒシヒシと感じます。
・SkyDrive既存ユーザは25GBまであげられます、放っておくと7GB。

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