私症説[41]老人vs.若者という爽やかなまでに単純な二項対立
── 永吉克之 ──

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あと20数年といったところでしょうか。致命的な病気を患うか、人身事故に遭うか、殺人事件の犠牲者になるか、未曾有の天災に見舞われるか、自殺をするか、即身仏になるか、領土をめぐる軍事衝突で戦死でもしない限り(ってけっこう選択肢があるものですね)私は生き続けなければなりません。

もし天の気まぐれで長生きさせられてしまった場合、まあ30年は生き続けるでしょう。するとどうでしょうか、若人の皆さん。時給わずか850円、昼食はカップ麺でしのぎ、風雨の中を遠方から自転車で通勤して出費をおさえ、パラハラセクハラに苛まれながらも生活のために耐えている皆さんから国が略取した税金で私を養わなければならないのです。

しかも、まあ聞いてください。その養われる本人、不肖永吉は日本の国益に資するようなことを何もしてこなかったどころか寄生してきたのです。私は国民年金保険料の支払いが全額免除の対象になるほど年収が少なく、住民税が免除になることも過去に何度もありました。

ただ、昨年はたまたまボロ儲けしたために、今年は住民税を4,000円もふんだくられました。だから胸を張って公共のものを4,000円分使うことができるんですよ。4,000円を365日で割ると、1日あたり約11円。だから私は毎日11円分、公園のベンチに腰かけたり、横断歩道を歩いたり、公衆トイレを使ったり、投票したり、市民スポーツ大会に参加したりすることができるんです。外出しない日は、それをプールしていおいて翌日22円分使うこともできるんです。

しかし、そうやって胸を張っていられるのも今年だけでしょう。今の私の経済状態から推測すると、来年はまた住民税が免除になりそうなんです。道端に2億円落ちていたとか、頭のおかしな金持ちが突然4,300万円くれたとか、コンビニで釣り銭を間違えた店員から960万円渡されたとか、うっかり空き巣に入って気がついたら75万円相当の貴金属を盗んでいたとか、キセルに成功して60円得したとかいったことでもない限り(ってけっこう選択肢があるものですね)、来年も祖国を経済危機から救うことはできそうにありません。




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『マンガ若者奴隷時代』(晋遊舎・山野車輪著)< http://amzn.to/OODuYh
>という漫画を読みました。簡単に言うと、老人というのは社会的弱者ではなく、若者を搾取するだけの権勢を持った強者だということを主張している作品なのですが、読まなくても、その表紙の物騒なイラストから高齢者に対する著者の憤りが十全に伝わります。

若者たちを拘束している鉄の首輪に取り付けられた鎖の端を握った老人が、「だ・か・ら若者は高齢者に一生貢いでいればいいんだよ!」と吠え、若者は「ジジババを殺らなきゃオレたちはこのままなのか!?」と訴えています。

私はこの作品を読んで恐慌をきたしました。まったく知らなかったのです。老人がこんなに悪辣な生き物だったとは。医療技術の発達で、かつてなら死ぬしかなかった病気が克服されたことが福音となるのは老人だけで、若者たちにとっては悪夢以外の何ものでもないのだと知りました。老人が長生きすればするほど若者はどんどん不幸になるらしいのです。

不治の病を患って死にたくても、尊厳死が認められない現状では自ら死ぬことができない老人、貧しくて身寄りもなく、老人ホームに入るどころか医者にもかかれない独居老人も実は強者だったのです。ああ知らなかった。

すると何ですか。私の亡き父母も若者を搾取して享楽を貪る吸血鬼だったと言うのですか? 涙もろくて子供が犠牲になった事故や事件のニュースを見るたびにテレビの前で泣いていた母も、どんなことがあっても約束は絶対に守る正義感の強かった父も吸血鬼だったというのでしょうか。

いやです。私はそんなことは信じたくありません。信じたくありませんが、ベストセラーになった『マンガ嫌韓流』の作者が言うことなのだから間違いはないのでしょう。きっとそうなんです。私の両親は鬼畜だったのです......うう。

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私はまだ56歳ですから老人というほどではありませんが、遠からず老人になります。だから今のうちに言わせてください。若者のみなさん、私は貧乏なんです! ちなみに英語の辞書をひくと bimbo とは「頭のからっぽな美人」という意味になるらしいのです。頭が貧乏な美人という解釈なのでしょう。いやぁ、うまいこと言うもんですね。

それはともかく、日本年金機構から送られてくる「ねんきん定期便」の「老齢年金の見込額」の項目を見ると、59万円(年額)になっています。つまり月に約5万円支給される《予定》になっているわけです。『マンガ若者奴隷時代』で描かれているような悠々自適な生活を送る老人になれるはずがないではありませんか。

月5万円でどなして喰っていけゆうんですか。要するにお前は死ぬ直前まで働けっちゅうこってすわ、正味の話が。そらけっこうです。働きますがな。点滴のスタンド転がして病院から通勤しますがな。いや、入院するゼニなんかあるはずがおまへん。それに棺桶に片足つっこんだ年寄り(とっしょり)を雇う聖人がどこにおりまんねん? 

ですから、若者のみなさん。私を憎むのはやめてください。憎むべき裕福な年寄りなら他にいくらでもいます。若者の生活水準が低下するに従って、老人への憎しみが募り、件のマンガに触発されて高齢者を襲撃する若者が現れるかもしれません。そしたら、愛国を口実にして工場に放火し、商店を略奪する暴徒も湧いてくるでしょうが、私だけは襲撃の対象から外してください。

私は若者のみなさんの味方です。私の家の入り口には「日本は若者の領土です」と書いた幕を下げておくことにします。みなさんが裕福な年寄りを狙っておられるのなら、そいつらの住んでる家をなんぼでもお教えしまんがな、へへ。

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多くの動物は、餌が穫れなくなったら死にます。仲間に養われることはありません。また生殖が終わると死ぬ種もあります。サケが産卵とともに生涯を終えるというのはよく知られたことです。餌も穫らない、子孫も残さない、動物界では穀潰しでしかない生き物が尊厳まで保障されて生きていられるのは人間界くらいのものでしょう。

齢を重ねるに従って、視野が広がり、知識も豊かになり、人格も完成に近づき、人生の先達と呼ばれるにふさわしい人間に《成長》し続けるのであれば、そして、さすがは90代だ、われわれ70代くらいの経験や知識ではとても歯が立たない、と言われるようになれるのなら長寿もいいかもしれませんね。

【ながよしのかつゆき/永吉流家元】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
無名芸人< http://blog.goo.ne.jp/nagayoshi_katz
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