私症説[48]なぜ大阪府は47都道府県中47位なのか
── 永吉克之 ──

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もう一昨年のことになるが、2011年に法政大学の研究室が発表した、47都道府県の「幸せ度」のランキングを紹介するニュース番組がYouTubeにアップされているのを見つけた。
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犯罪や事故の少なさ、持ち家率、平均寿命、福祉の充実など40のデータをもとに独自に算出したのだそうなのだが、その結果、ランキング1位の栄冠は福井県がかっさらった。福井といえば越前。越前といえばエチゼンクラゲ。クラゲといえば中華料理。なるほど福井県が1位になるのも頷ける。

それだけなら、他人の幸福は水の味。ソデスカ、ヨカタデスネ、と傍観していればいいのだが、ランキング最下位というのが、こともあろうに大阪府だったので、大阪人としちゃあ黙っちゃいられねえ。憚りながらひと言申し上げてえと思いやしてね。こうして佐渡島からまかり越したってわけでさぁ。

福祉じゃ大阪はどこにも負けねえ。なんてったって生活保護受給者の数は日本一だい! 他府県で、役所の福祉課のお役人が、生活保護を申請しに来た人に大阪に行けと勧めてるってな話をテレビのニュース番組でやってましたよ。

不正受給に寛容なだけじゃねえ。他府県の住民の生活まで保護しちまうってんだから太っ腹だよ、大阪は。やっぱり人情の街だね。粋だねぇ〜




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世間では、大阪がヨハネスブルグに並ぶ犯罪都市のように思われているようだが、実際に犯罪を目撃することはあまりない。私ももう一週間以上犯罪の現場に遭遇していない。だから犯罪件数がむしろ減っているような印象すら持っていた。

しかしながら、最後に見た犯罪というのが、それは凄惨なもので、大阪でも比較的治安がいいとされている地域にある自宅のすぐそばで、しかも白昼に起こったのだから、まだまだ大阪は安全な街とは言い難い。

先週のこと。私が自宅マンションを出ると遠くで、うび、ごもぁ、と絶叫する男性の声が聞こえた。見ると、誰かが路上に倒れていて、そのそばを走り去る人影が見えた。

私は、大阪人なら借金してでも3日に一度は行くなんばグランド花月の吉本新喜劇を観ようと、11時56分発の南海線の快速に乗るつもりで急いでいたので、他人の窮状にかかずらっている余裕などなかったから当然、見殺しにするつもりでいた。

ところが不運にも、私のすぐ後ろから同じマンションの住人が出てきやがったのだ。永吉さんが犯罪被害者を、野良猫の死骸か何かのように放置して吉本新喜劇を観に行ったと、マンション中に広まっても困る。それに大阪は人情の街なので、しかたなく倒れている男性のそばに駆けよって、どうしたんですか、とおざなりに訊いた。

被害者は品の良さそうな高齢男性で、見たところ外傷らしいものはなく、しかも仕立てのいい高級な感じのスーツを着ていたので、これは大丈夫だと判断して立ち去ろうとしたら、男性は私のズボンの裾を掴んで、まあ聞いてくださいよ、と言ってことの次第を話し始めた。

男性は近所の神社で神主を務めていて、休み時間に駅前でパチンコをした帰り、後ろから走って来た男に追い抜き様に万引きされたと言うのだ。

「神主までが万引きの被害に遭うやなんて、世の中ここまで来たかゆう感じですわ」と男性はニヒルな笑みを浮かべて言った。

「ほんとですよね。せいぜい気をつけてください。それじゃ」と私は言って駅に急ごうとすると、男性はまた私のズボンの裾を掴んで言った。

「この辺も危のうなりましたわ。知ってはるでしょ? この地区で最近、ピンポンダッシュの被害に遭うた家の家族全員が死亡するという事件が起こったん」
「いや、それは知りませんでしたね」
「新聞読んではりまへんの?」
「テレビ欄しか見ないもので」
「ほな、テレビのニュースで見はったでしょ」
「地デジに移行してからテレビが映らないんで、見てません」
「?......けったいな人やな」
「すいません」

11時56分発には間に合わないと観念して、次の12時4分の各停に乗ることにした。究極のマンネリ演劇、吉本新喜劇のことだから、途中から見ても筋はだいたいわかる。そこで、自分の利益には何ら資するものはない赤の他人の話だが、人情の街大阪だから、ともかく私は仰向けに倒れている男性の上にしゃがみこんで尋ねた。

「何を万引きされたんですか?」
「ええと、軍手と生理用品、それと粉ミルクに電池......あ、チョコレートも」
「そんな《万引きされやすいアイテムTOP 5》みたいなもの持ってるから、犯行を誘発するんですよ。でもどうして、神主さんがそんなものを持ち歩いていたんですか?」

「パチンコの景品ですがな。神様にお仕えしとっても、所詮カネにも色にも弱い人間だす。元は法善寺にある「藤よ志」の板前でしてん。わては、こいさんが好きでした。♪意地と恋とを包丁にかけて両手あわせる水掛不動〜」

男性の下手な歌で大阪の人情が失せて、なんとか電車に間に合うようにと立ち上がり、また裾を掴まれないようにズボンを引っぱり上げて行こうとしたら、今度は右足の皮靴を掴まれた。それでも足を踏み出して先を急いでいたら右足がやけに爽やかなので、靴が脱げたことに気づいた。

戻るのも癪に障るので、片足が靴下のまま行ってしまおうと思ったが、そんな格好で電車に乗るだけのガッツはなかった。それに大阪は人情の街なので、私はひとつ舌打ちをして、男性のところに戻った。

「靴、返してくださいよ......」

男性は、靴を握りしめたまま絶命していた。眼は大きく見開かれ口の端から泡が流れ出ていた。万引きという犯罪の凶悪性、残虐性を目の当たりにして、被害者が私でなくてほんとうによかったと安堵した。

男性にかかわったおかげで、新喜劇は諦めざるを得なかった。翌日もどうせ同じ演目なのだからと、その日は自宅に戻ることにした。自分のケータイの番号を知られて、目撃証言だのなんだのと面倒に巻き込まれたくなかったので、警察には公衆電話から連絡した。

その日の夕刊に、事件のことが報じられていた。記事のなかで、最近、独り歩きを狙った万引きや、裕福な家庭を狙ったピンポンダッシュ、金融機関を狙った食い逃げ、血統のいい高級猫を狙ったネコババといった凶悪犯罪が、大阪を中心に増加傾向にあり、それらによる死傷者が5月の時点ですでに前年の発生件数を超えたことなどが述べてあり、大阪が「幸せ度ランキング」最下位だという調査結果に首肯せざるを得なかった。

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私は、そんな薄情な大阪に嫌気がさし、人の暖かみを求めて福井県に引越すことにした。日本海の真珠と呼ばれている福井に、ずっと住みたいと思っていたのである。福井は、高校の臨海学校で若狭湾に一度行っただけだが、素朴で情に深い人びと、美しい海、美味しい海の幸。それらが今でもPTSDのようにフラッシュバックする。

もちろん今の仕事を辞めて行くわけだが、福井ではその温暖な地中海気候がもたらす豊かな自然の恵みのおかげで働かなくても生きて行けるらしい。福井県で労働をしているのは守銭奴と苦行僧と狂人だけだという話も聞いた。

若狭湾に足を踏みいれると、ヒラメやタイ、貝柱、酢ダコといった海の幸たちが、早く食ってくれと言わんばかりに寄って来る。なかには直接口のなかに飛び込んで来て、そのまま食道の蠕動運動に身を任せて胃までたどり着き、嬉々として消化される魚もいるらしい。

天然ガスもそこここから噴き出ているので、住民はそれをペットボトルに入れて持ち帰り、自宅で煮炊きや暖房の燃料に使っているらしい。また、福井の地盤はボーキサイトでできているというから、世界有数の資源大国でもあるのだ。

その他、卵や牛乳、トイレットペーパーやフライパンといった日常生活に必要なものはみな路上に落ちていて、拾い放題なのだそうだ......そろそろ、こういう妄想系のコラムを書くのはやめよう。

【ながよしかつゆき/フリーターランス】thereisaship@yahoo.co.jp

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