わが逃走[133]四谷階段の巻(本塩町〜坂町編)
── 齋藤 浩 ──

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東京は高層建築だらけなので、一見しただけで地形を感じられる地はもはや少なく、移動も地下鉄が多いと"山"や"谷"を感じること自体少なくなってしまう。

しかし実際歩いてみると東京は驚くほど高低差に富んでおり、どこまで行っても平らなS玉県O宮市で育った私にしてみれば、まるで別世界である。これで車の量が少なければ言うことないんだけどね。

たとえば、スマホのカメラを通して昔の東京の3D画像をキャプチャリングできるアプリがあったら、より一層地形を感じることができるのだろうか。

親世代のヒトたちが「このへんもすっかり変わっちゃった」といいながら目を細めて眺めているのは脳内アプリを通して、土地の高低差を視覚的に感じることのできた頃の風景を重ね合わせているに違いない。ちょっとうらやましいことである。

さて先日訳あって新宿区四谷の町のごく一部を歩いたのだが、四「谷」ってくらいだから坂道がたくさんある。

以前この辺りの会社に勤めていたので、市ヶ「谷」、四「谷」、赤「坂」とよく歩いたものだが、当時はとにかく急いで移動しなければならなかったため、周囲に目を向けてる暇なんてなかった。

しかし、改めて土地の高低差を感じることだけを目的として歩いてみると、素敵な細道や階段道、渋い建築など面白い物件がたくさんあるではないか! というわけで、今回は四谷でみつけたモノや風景など、主に階段を中心にご紹介したいと思います。




地下鉄に乗っていて突然空が見えたりするポイントがあるわけだが、そういう場所はたいてい高低差の激しいところだ。蛍光灯に照らされ続けた車内に突然自然光が溢れ、車窓からJR線と立体交差する谷間が見えたと思ったら、そこが丸ノ内線の四ッ谷駅なのである。

ホームからはJR中央線を見下ろすことができる。不思議なことに、地下鉄の方が高いところを走っている。

写真は歴史を感じさせる中央線のトンネルポータル。レンガとコンクリートの対比が興味深い。レンガは明治27年、ちょいアールデコなコンクリートのものは昭和4年開通。それぞれの時代の様式美。
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なお、これらのトンネルの間には力強い雰囲気の美しい階段が存在する。線路の敷地内なので立ち入りはできないが、構造からして以前は一般人も立ち入ることができたのではないだろうか。古い写真などが残っていたら是非見てみたいものである。
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電車に乗っていると、線路脇に気になる建築等を目にすることは意外と多い。線路敷地内は区画整理されない分、近代化遺産クラスと思われるような貴重な物件が見られることも多い。

その反面、会社の都合で予告なしにぶっ壊されることもあるので、見つけたら記録していくことが肝要。

改札を抜けて振り返ってみると、駅舎自体は近代化されているが、裏の方からは昭和な香りが漂ってくる。雰囲気にひかれて歩いてみると、美しい切り文字サインが残されていた。

「四」の囲み内側の曲線と「駅」の省略表現が秀逸。ちなみに隣の駅は四谷三丁目で小さな『ッ』がない。
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駅から本塩町方面に向かう。以前来たことのある写真スタジオの近くにいい階段があったような......とさまよっていると、あった! 見た感じは変わってしまったが、風情は健在だった。相変わらず美しい。ちなみにものすごく傾斜が急です。酔ったときにここを通るのはとても危険。
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ふと見上げると煙突(?)の束が。こういう"成り行き"でできちゃった構造
ってなぜか憎めない。
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そして脇に目を向けるとガス管の束。ここまでいくともはや芸術。
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必要だから作った結果、妙にオモシロイ物になってしまった、という結果論的構造美っていいよなあ。

さらに行くと、シンプルだけど味わいのある階段が。こういったタイプはよくドラマのセットなんかでは見かけるけど、実際には貴重な存在。
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そして住宅の隙間のスロープと階段。このアールの美しさはワンオフならでは。いつまでも眺めていたいけど、不審者と思われると危険なので、早々に引き上げた。
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そして、この複合素材階段。大谷石やレンガ、コンクリートなどを「積む」というプラスの作業だけでなく、削る行程も含めてひとつの世界が出来上がっている。

素晴らしい。かなり感動するオレ。満面の笑みを浮かべて階段をじっと見つめる男。端から見るとますます怪しい。通報されなくて良かった。
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朝の光をあびるベーシックな階段。一見普通の階段だが、向かって左側が一段多い。こういうほんのちょっとした個性に出会うと、なぜかものすごく感動してしまう。
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そして細道のダブル階段。子供だったらジグザグに上ったり直角に下りてみたり、いろんな視点を試すんだろうな。
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この後、階段の聖地・荒木町へと向かったのだが、写真の数が膨大すぎるので次回へ持ち越しとします。

さて、なぜこうも階段は楽しく、美しいのか。思うに、高い場所へ移動したいというシンプルな欲求を、最もシンプルに解決した形だからであろう。

階段には取扱説明書が存在しない。階段の使い方なんて教えてもらわなくても、物心ついた頃には誰もが普通に上り下りしているのだ。それどころか犬も猫も普通に階段を使う。これは究極の機能する形状と言えよう。

また、階段は大昔から世界中に存在している。つまり上へ行くという目的を解決するために誰もが思いつく最も単純かつ有効な手段だと言えるのではないか。"上へ行く"は、"神に近づく"でもある。

世界中の遺跡に存在する塔の数々は、階段の存在なくして語れない。そう考えると人類の歴史は階段の歴史でもあるわけだ。わー、なんだだかスゲーな、わはは。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられ
ないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィ
ックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。