わが逃走[144]道程青年団(ザ・ディスタンス)の巻
── 齋藤 浩 ──

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第141回で道程青年団(ザ・ディスタンス)結成について書いたわけだが、今回はそのつづき、プレスリリース制作について、というか、出来上がったプレスリリースをそのまま紹介しちゃおうと思う。

そもそもプレスリリースなんてものは作ったことがなかったので、そういった意味からもいっしょうけんめいやりました。とても。

構成は
1.ご挨拶+基本情報
2.展示予定作品の一部を紹介
3.小河孝浩の紹介
4.齋藤浩の紹介
5.美術館の紹介
6.西米良村の紹介

と、かなり盛りだくさんな内容になった。

私にとっても、こうして文章にまとめることで初めてこのユニットの全貌を知ることができたと言っても過言ではない。

うーん、面白そうじゃないか、道程青年団(ザ・ディスタンス)!!






PRESS RELEASE

関係者各位

写真家小河孝浩とグラフィックデザイナー齋藤浩は、この度フォトグラフィユニット"道程青年団"(ザ・ディスタンス)を結成、第一回展覧会を2014年9月3日より宮崎県立美術館にて開催いたします。

展覧会タイトル:旅の途中〜出会いこそ人生の醍醐味〜
アーティスト:小河孝浩×齋藤浩
会場:宮崎県立美術館 県民ギャラリー1,2
会期:2014年9月3日(水)〜7日(日)(会期中無休)
開場時間:10:00〜18:00(最終日は16:30閉場)
観覧料:一般400円(高校生以下無料)

[ギャラリートーク]
9月6日(土)13:30〜
15:00 1Fアートホールにて 作家による写真論的世間話 入場無料

[フロアレクチャー]
土曜を除く毎日開催。平日16:00、日曜14:00 会場にて
作家による作品解説的世間話

お問合せ先 小河写真工房 E-mail opf@nishimera.net



そう! 憧れのギャラリートークデビューなのだ。たのしみだなあ。

デザインの講義なんかだとそれなりに段取りが大切だったりするけど、今回の写真展ではその場のノリと勢いに任せちゃう感じだろうか。

私も小河孝浩も極限まで研ぎすました写真を、気合いじゅうぶんに「これでもか!」と見せつけるつもりではいるけれど、これらはある意味ものすごく敷居の低いカジュアルな風景やモノたちの写真でもあるのだ。

漫才的写真ショーになる確率も高い。客席からいろいろとツッコミが入る感じか。いいねえ。本人達も目からウロコな意見を是非聞きたい!

また会期中は「フロアレクチャー」と称し、ギャラリーで来場者とアカデミックな写真の解説をするふりをして世間話に興じます。こちらもたのしみ。

さて、この後プレスリリースでは挨拶文が入るのだが、〈わが逃走♯141〉と重複するので省略。そして、展示予定作品を掲載。ここでは10点を紹介。



小河孝浩
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齋藤浩
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小河孝浩
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齋藤浩
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小河孝浩
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小河孝浩
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齋藤浩
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小河孝浩
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齋藤浩
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示し合わせたわけじゃないのに、妙に対比的。そして妙に通ずるものがあると思う。正直言って、想像以上の相乗効果。意味のある2人展になると確信したオレであります!!

次に、小河孝浩と齋藤浩の紹介文。これも名文が揃ったので、ギャラリー入口にパネルにして掲出しちゃおうかな。



小河孝浩のこと

小河さんとは10年前にネット上で知り合いました。まるで子供の頃からの長い付き合いのような気がしていますが、改めて思い返すと実際に会ったのは昨年6月のことで、これには我ながらオドロイてしまいます。

想像通りの九州男児、義理堅く漢儀あふれ、写真と西米良のことを語りはじめたら止まらない。

小河さんから故郷の話を聞く度、自分も西米良出身のような気がしてしまうから不思議です。これこそが小河孝浩の力。故郷と人々を繋ぐ力です。

彼の写真の魅力をひと言で表現することはできませんが、あえて言うなら「未完結」だと思います。

絵の中の行ったことのない風景、会ったことのない人物に見る者の思い出が重なることで完成し、あたかも自分の記憶のように心に留まってゆくのです。《齋藤浩》


気配を感じる写真

写真を撮り始めて40年が経つ。写真雑誌を読みあさって、ありとあらゆる写真を真似た中学時代。ピント、露出、構図。セオリーどおりの写真を撮るが満足できない。

職業として生計を立てると、撮影は楽しかったが、出来上がった自分の写真を好きにはなれなかった。

帰郷した頃、仕事で撮った写真を見た息子が「お父さんの写真ってつまんないね。僕は西米良で撮った写真の方が好きだよ」と言った。

切り花が溢れんばかりに生けられた、無駄のないきれいな写真だった。

ある時、余計なものだと決めつけていた人工物が、自然と共生している景色に惹かれた。人の暮らしや気配を感じて、自分の写真を好きだと思えた。

誰でも出くわす日常の風景だが、写真として捉える重要な条件は、撮影者の心の在り方だ。
あれから13年、大学生になった息子は父の写真を観て何と言うだろうか。《小河孝浩》


小河孝浩◎略歴

1961年宮崎県西米良村生まれ 在住 13歳の頃白黒写真の引き伸し機を伯父から譲り受け、現像液から写真が生れ出る瞬間に感動して撮影を始める。

高校3年生の時に全国規模の写真コンクールで一番になり、その気になって広告写真家を志し上京するも、凄まじい修行が待ち構えており、かなり凹んだが耐え抜く。

1988年独立。憧れの南青山に撮影スタジオを設立するが、あまりにも同業者が多い事を知ってがっかりする。

40歳まで広告写真を中心に人物、静物の撮影を手掛ける。2001年、西米良村に帰郷。以後、村をテーマにした写真展や写真集で継続的な発表を続けている。2013年、前年に刊行した写真集「結いの村」が宮日出版文化賞を受賞。県内外で写真展多数。

著書『おかえり』(石風社刊)『結いの村』(同)『西米良神楽(撮影)』
(鉱脈社刊)『オガワタカヒロ 毎日行進』(忘羊社/9月発刊予定)
日本広告写真家協会(APA)会員
小河孝浩公式Website < http://www.ogawatakahiro.com/
>


齋藤浩のこと

顔の見えない付き合いが大嫌いである。出会いはクリエーター仲間が自由に繋がるWebサイトに参加していた10年前、面識のない齋藤氏の日記を読んでメッセージを送ったことがきっかけだった。

そのサイトが閉鎖になり、Facebookの登場でネット上にて再会の後、遂に齋藤氏と対顔する。嫌いなはずだったバーチャルの世界で、旧知の友に出会えた「錯覚」に驚いた。

彼の写真には無駄がない。削ぎ落されたシンプルな画面だが、被写体の存在が最大限に伝わってくる。

感性のアンテナに狙われた標的は、齋藤浩の適切なフレーミングによって美しく切り撮られる。それは技術だけでは真似のできない、圧倒的センスから生み出される写真といえる。《小河孝浩》


削ぐ写真

デザイナーとして忘れてはならないこと。良いデザインとは騒いだり飾ったりすることではなく、必要な情報を簡潔かつ的確に伝えるために工夫することだと思うのです。

ということは、カメラ一台でそれを作ることも可能なのでは?? と思い立った齋藤浩はその日からノンコピー・ワンビジュアルのポスターをデザインするつもりでシャッターを切ることにしました。テーマは「趣味の構造美」。

私の撮る「構造美」は、暮らしてゆくための工夫の痕跡であることが多いように思います。本来人が住まない場所に無理矢理造られた、いわゆるニュータウン育ちのせいか、人がそこに暮らす必然のある場所で出会えるカタチにとても魅力を感じるのです。《齋藤浩》


齋藤浩◎略歴

1969年生まれ(生まれが千葉で育ちがサイタマ)。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟りデザイナーをめざす。

武蔵野美術大学短期大学部デザイン科卒、同専攻科修了。1999年独立。有限会社トンプー・グラフィクス主宰。

文化庁メディア芸術祭優秀賞、世界ポスタートリエンナーレトヤマ銅賞×2、ニューヨークADC merit賞、準朝日広告賞、朝日広告賞入選×3、毎日広告デザイン賞優秀賞・奨励賞、グラフィックアートひとつぼ展グランプリ、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ入選、その他受賞多数。ニューヨークADC、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員。

2007年より日刊デジタルクリエイターズ(www.dgcr.com)にてコラム『わが逃走』連載中。
tong-poo graphics < http://www.tongpoographics.jp
>



こうして読んでみると、図らずも対比と調和とでもいうような概念が出来上がっているみたい。この後、宮崎県立美術館の紹介というか、会場へのアクセスが入るのだが、ここでは省略。くわしくは美術館ウェブサイトにてご確認を。
< http://www.miyazaki-archive.jp/bijutsu/
>

そして西米良村についての紹介文です。なぜこの文が必要なのか。それは、最後まで読んでいただければわかる!



西米良村について

最後に小河孝浩の出身地であり、道程青年団(ザ・ディスタンス)結成の地でもある宮崎県の西米良村について紹介したいと思います。

県西部に位置する山々に囲まれた静かな村。風光明媚にして、食べ物は旨く、温泉も最高。思わず撮影旅行に行きたくなる、絵になる村。それが西米良です。

主要産業は農林業。近年は柚子やほおずきの栽培も盛んに行われています。宮崎で最も人口の少ない村でありながら、地域に根ざした体験ができる「おがわ作小屋村」が国交省「地域づくり表彰」最高賞を受賞するなど、その身軽さをポジティブに捉えた行政も注目されています。

そして九州写真史を語る上で欠かせない人物、写真家・浜砂重厚 安政3(1856)─昭和6(1931)の出身地もまた西米良村です。

彼が100年前に撮影した風景や人々の暮らしは、九州そして日本の歴史・風俗を研究する上でも貴重な資料となっています。その浜砂重厚、実は西米良村の初代村長でもあったのです。

つまり、西米良は村として誕生した時から写真と所縁のある地だったのです。

さて、彼が写真家として活躍した100年後にこうして運命的な出会いを遂げた道程青年団(ザ・ディスタンス)、「こいつあ重厚さんのお導きかもー!」などと思わなくもない。

こうなると俄然テンションが上がり、ここだけの話、西米良村を「写真の村」として盛り上げてゆく構想が水面下で進行中のようですよ。



7月10日、プレスリリースの配布がようやく完了した。今日が23日だから写真展まであと42日。これから作品のプリントと案内状の制作と作品集のデザインをしなければならない。
間に合うのか?? と思い、心配して小河孝浩に相談してみたところ、彼は、「ギリギリまで撮影する主義だから。」だそうで、それ聞いちゃったら、まあなんとかなるかなー。なんて思った次第。

しかし油断は禁物である。

密度の濃い写真生活は続く。

※東京やその他の都市での巡回展は未定ですが、是非やりたい。ギャラリーを(比較的というかかなり安く)貸して下さる親切な方を常に募集しております。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/
>

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。