ある国で総理大臣と大臣たちが一堂に集まっていた。
「総理! これをごらんになってください」
経済産業大臣がタブレット端末で一枚の写真を表示した。電車の車内を写したものだ。座席はほぼ乗客で埋まっている。立っている人が少し。総理大臣はちらと見て言った。
「これがどうしたんだ」
「何もお感じになりませんか、総理。よく見てください。乗客が全員、スマホを使っています。全員、です」
「ああ、そういえば」
「確かに」
財務大臣が言った。
「近頃みんなこれですからなあ」
防衛大臣ものぞきこんでつぶやいた。経済産業大臣はいらついて言った。
「総理! これをごらんになってください」
経済産業大臣がタブレット端末で一枚の写真を表示した。電車の車内を写したものだ。座席はほぼ乗客で埋まっている。立っている人が少し。総理大臣はちらと見て言った。
「これがどうしたんだ」
「何もお感じになりませんか、総理。よく見てください。乗客が全員、スマホを使っています。全員、です」
「ああ、そういえば」
「確かに」
財務大臣が言った。
「近頃みんなこれですからなあ」
防衛大臣ものぞきこんでつぶやいた。経済産業大臣はいらついて言った。
「みなさん、のんきだなあ。いいですか。電車の中で全員が、スマホの画面に見入っているという異常な風景。これはなぜだと思いますか。これは......みんなひまだからです。ひまだけど、他にすることがないのでスマホをいじってるのです!」
「そうかもしれんな」
「ところが、世間ではいまものすごく人手不足です。人が集まらなくて閉店に追い込まれる外食産業もあるのです」
「おお、そうであったな」
「なんというアンバランス。私はこれを見て考えました。少子化が労働力不足を招いていると思っていたが、そうではなかった。みんな本当はひまで困ってるんです。これを生かさない手はありません。電車の中では国民にスマホをやめさせます。そして何らかの仕事をしてもらうよう、提案します」
「え、電車の中で牛丼をつくるとか?」
「そうではありません。どんな仕事でもいいのです。いま世間で広く仕事として認識されているものの一部でも電車の中でこなすことができれば、まわりまわってまわりまわってまわりまわって......外食産業の人手不足も解消されるはずではありませんか」
「あー......なるほど! それは素晴らしい。さすが経済産業大臣だ。よし、明日から電車の中はスマホ禁止だ。ひまなら仕事をしてもらえばいいのだからな!」
「えー、その、私は電車で国会に通っておりますが、私も対象になるのでしょうか」
法務大臣が言った。
「もちろんだ。携帯のストラップ作りでもタマネギのみじん切りでも傘の骨の組み立てでも何でもいいからやってもらおう。わはは。これはいい。問題がひとつ解決した! 法制化を急ごう」
そのとき、すっくと立ち上がったのは文科大臣であった。
「総理、私もその写真を見て考えました。これは大問題です!」
「何を考えたのだね」
「これは同じような電車の車内を20年前に撮った写真です。ご覧ください」
文科大臣がタブレットで示した古い写真にはつり革で吊り輪をするばかもの、じゃない若者が写っていた。まわりの乗客は眉をひそめたり体をねじって避けようとしたりしている。とても迷惑そうだ。
「かつてはこれが普通でした。若者は電車の中で吊り輪ごっこをしていたものです。いまはスマホです。このことと我が国の若者の運動能力が低下していることは無関係と思えません」
「いや、無関係だろ......」
「無関係ではありません! 文科大臣として車内スマホ禁止&車内では極力スポーツに励むべしという提案をさせていただきます!」
「ううむ、なるほど。一理あるかもしれん。わかった。法制化に向けて準備を始めよう。つり革はオリンピックを意識した規格に、シートはあん馬にしよう。自動改札はハードルにして飛び越えるように」
「切符がなくても入れるのですか。問題だ!」国土交通大臣が言った。
「だいじょうぶだ。自動改札機を10個くらい並べて全部クリアしないとホームに入れないようにする」
「わかりました。それならけっこうです」
そのとき、またすっくと立ち上がった者がいた。厚生労働大臣だ。
「総理、私の意見もお聞きください。これは23年前の写真です!」
厚生労働大臣が示した写真も電車の中を写したものだが、全員がだらしなく居眠りをしていた。ある者は口を開け、あるものはよだれを垂らし、あるものは隣の席の人間にもたれかかり、ひっくり返り、思いっきり爆睡していた。
「こ、これは......」
「最近、国民の睡眠時間が短くなる一方だと思ったら、スマホが原因だったのです! かつては電車の中でみんな居眠りをしていたおかげでかなり睡眠を取っていたのに、それができなくなったわけですから。これは厚労大臣として看過できない事態。十分な睡眠なくして健康を維持することかなわず、ひいては国家の繁栄もあり得ません。電車の中では全員寝るよう義務づけ、従わない者は厳罰に処することを提案いたします!」
「まったくだ。電車は寝るためのものだ。寝なくてどうする。厚労大臣、君はまったく正しい。直ちに法制化を。反対勢力は力づくで押しつぶ」
と言いかけたとき、叫び声が。
「ま、待ってください!」
「何なのだ、環境大臣」
「最初の写真をよく見てください。全員がスマホの画面を見ているとおっしゃいましたが......この男性は本を読んでいます!」
環境大臣が画面を拡大してみせた。すると、中年男性と思われる一人の乗客の手にあるのは、文庫本らしきものだった。
「本だ!」
「表紙を折り込んで片手で持って......一見スマホ風ではないか!」
「まぎらわしい人だなあ」
「わざとやってるんでしょうか」
「何のためにっ」
するとまた声が。
「ああっ、総理、ここ、これを見てください!」
「なんだね、財務大臣」
「その男性のふたり置いてとなりの人物が手にしているのはお経です!」
「お経だって!」
画面を拡大してみると、確かにお経だ。
「お経を手にしているなんてそんな、まるでお坊さんみたいな......ほんとにお坊さんだ。なんでこんなところに坊主が! しかも今さらお経をまじまじ見なくても」
「練習していたのではないでしょうか」
「あーっ、そそ、総理!」
「何だね、内閣府特命担当大臣!」
「そ、その向かい側のじいさん、もとい高齢者が手にしているのは15ゲームです!」
「ほんとうだ! 指を添えている様子がまるでスマホだったので、気づかなかった!」
「そして、その隣の学生風の若者も一見スマホを見ているようですが、ちがいます。自分の手のひらをじっと見ているだけです!」
「なんでそんなことをするんだ。まぎらわしい!」
「わー、信じられません、総理!」
「もー、何なんだ、消費者及び食品安全担当大臣!」
「その横の女性が手にしているのはおろし金です! わさびをおろしているようです!」
「なんだと!」
「どこが『全員スマホ』なんだ!」
「いい加減にしろ!」
そういうわけでスマホが電車内で禁じられるという話はなくなったが、一同なんとなくざるそばが食べたくなったということである。
【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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朝ドラを毎日見ているのですが、最近セミ(クマゼミ)の声がうるさすぎてセリフがよく聞こえません。先日はそこへもってきて団地の草刈りが始まり、そうこうしているうちにゴミ収集車が来て、何にも聞こえませんでした。困ったもんです。