私症説[66]......なくてよかった記
── 永吉克之 ──

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●自動車の運転ができなくてよかった

自動車の運転ができなくて、ほんとうによかった。いちおう免許証は持っているのだが、取得してすぐに二度レンタカーで練習をしたのを最後に、30年近くハンドルを握っていない。今後も運転をするつもりはない。まあ、免許証といえば無敵の身分証明になるから、とりあえず更新はしてますけど。

そんなわけで愚生、自動車はもちろん、自転車も三輪車も大八車も持っていないので、交通事故の加害者になる可能性は絶無である。

被害者になる可能性はあるが、加害者になるよりはいい。人を轢くよりは自分が轢かれる方がいい。殺すより殺される方がいい。誉めるより誉められる方がいい。金を与えるより与えられる方がいい。受動態こそ平和の文法である。




●アウトドア派でなくてよかった

貧乏人の遺伝子が原因でインドア派に生まれてきた私だが、アウトドア派と比較すると、多くの点でインドア派の方が優れていることが、マニラ大学の研究チームによって明らかになった。

家のなかにいるのと屋外にいるのとでは、どちらが通り魔に遭う確率が高いだろうか。誘拐される確率、落雷に感電する確率、暴走車にはねられる確率、インフルエンザウィルスに感染する確率はどちらが高いだろうか。子供でもわかることである。

スキーやウィンドサーフィン、登山、ツーリング、ピクニック、散歩などを趣味にしている人たちは、そういう危険を承知の上で興じているのだろうから、その剛胆さには、まことに頭が下がる思いである。

なかでも家族連れでドライブなどしている人びとは、交通事故で血統を絶やしてしまうかもしれない危険に常に直面しているのだ(親子ともに死亡という自動車事故を起こした知人が実際にいた)。いったい何が彼らを一家心中ドライブに駆り立てるのだろうか。

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アウトドアはカネもかかる。酒食するにしても、インドアとアウトドアでは、費用がまるっきり違う。たまにアウトドア(おもに大阪のミナミ。千日前や道頓堀界隈)で店に入ると、インドアなら1000円以内に悠々と収まりそうなメニューが、その2倍も3倍もする。

先日、道頓堀にある店で勤務先の新年会があったのだが、水炊き鍋をつついた後、シメに雑炊を頼んだら、5人分の鍋で玉子がひとつしか出てこなかった。これで御一人様2500円というボったくりが、アウトドアでは横行しているのである。

また、勤務先の社員食堂の定食は、なんと一律450円もする。この、生きとし生けるものに共通する弱味である「空腹」につけ込んだ商法に屈するのも業腹なので、インドアで作った、安上がりなうえに栄養価が高い弁当を公然と持ちこんで無言の抗議をしているところである。

●有名人でなくてよかった

かなり以前に似たような記事を書いたな。有名人が有名人でいられるのは、われわれ無名人がいるからだ、とかなんとか、有名人に対するルサンチマンをぶちまけるようなことを書いた気がするから、やめておこう。

●若くなくてよかった

これも、ひがみ根性丸出しになるのでやめておこう。

●裕福でなくてよかった

同上。

●高学歴でなくてよかった

これなんかは、ひがみ根性の最たるものだ。......しかし顧みるに、私のコラムのほとんどは負け犬根性が下地になっているから、ひがみがなくなった時が私の作家生命の終局の時となるであろう。

●女でなくてよかった

これがいい。ひがみが動機になっていない。男に生まれてよかったと心底思っているからだ。もし来世(なんかない方がいいけど)があるのなら、また男に生まれたい。もしも女なんかに生まれたら親を恨んでグレてやる所存である。

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女性が電車内で化粧しているのを見るのが不快という男性がいるが、私はむしろ、家を出る前に化粧をする時間がないときは、衆人環視のなかであってもそれを遂行しなくてはならないという哀しい宿命を背負った女性諸氏に、同情すら覚える。

すっぴんのまま外出できる範囲は、玄関からゴミの集積場までの間だと、ある女性が言うのを聞いて、私は、化粧品を買う費用を必要経費として所得控除の対象にすべきだと、心の中で世間に訴えたほどである。

たとえばデパートで、女性店員が、口紅もつけず眉毛も描かず、すっぴんで店頭に立っていたら客はどう思うだろうか。それが中高年の男性客なら誰でも、

♪恋人よ 今も素直で 口紅もつけないままか〜 

と、皮肉をこめて歌い出すにちがいない。もちろん私は歌わない。そんなところでいきなり歌い出したら、まるっきりアホではないか。

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性犯罪の被害者になる確率も、男性の方が女性よりはるかに低い。スカートを履いても盗撮される心配はない、というか盗撮する奴なんかいない。もし盗撮されても「被害者」になったという実感がないだろう。

盗撮に対しては、男は極めて強い耐性を持っている。だから、女性がスカートを履くのをやめて、かわりに野郎どもがスカートを履けば、明日にでも盗撮は地上から消えてなくなるであろう。

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自衛隊員のほとんどが男性である。将来、集団的自衛権が行使され、外国に派兵することになれば、私は志願してでも参加する所存である。男に産んでもらったことを両親に感謝したい。

......あ、だめだ。この年齢(58歳)では入隊資格を満たすことができない。無念じゃ。地位も名声も財産も(そんなものはない)棄てて、死地におもむく覚悟ができていたというのに。

もうすこし若ければ、今すぐにでも自衛隊大阪地方協力本部の堺出張所(南海シャトルバス「堺市役所前」下車すぐ)に行って入隊手続きをするのに。いやー悔しい。実に口惜しい!

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いかがでしょうか、女性のみなさん。来世は男に生まれてごらんになりませんか? 一度男をお試しになって、どうも男はアタシに合わないわねぇ、とお思いでしたら、全額ご返金いたします。


【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
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