ローマでMANGA[85]ボローニャのジュセッペ・パルンボ/midori

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90年代に講談社のモーニングが、海外の作家の書き下ろし作品をのせるという前代未聞の企画を遂行していたときにローマで「海外支局ローマ支部」を請け負って、そのときのことを当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとに書いているシリーズです。

という前口上が使えなくなってきた......。

「アモーレ」と「ユーリ」のイゴルトを皮切りに「不思議な世界旅行」と「ミヌス」を掲げたヨーリが参加し、海外組、特にヨーロッパの作家が増え始めた。モーニング編集部に、日本語のわかるピエルアランというフランス人編集者が加わった。

ピエルアランの知り合いのフランス圏漫画家達に声をかけて、「ピエルアランと友達」というタイトルの短編ページがモーニングに誕生した。

そこにイタリア人漫画家が参加した。今回の主役ジュセッペ・パルンボだ。
< http://www.giuseppepalumbo.com/ >




宮崎駿監督が「天空の城 ラピュタ」の着想を得たところと言われ、メル・ギブソン監督の映画「パッション(受難)」が撮影され、ユネスコの世界遺産に登録されて有名になったマテーラの出身。

年代はイゴルト、ヨーリと同年代で、南イタリア・サルデーニャのカリアリ出身のイゴルト、オーストリアと国境を分ける町でドイツ語を話す北イタリアのメラーノ出身のヨーリと同じようにボローニャに居を構える。

パルンボがモーニングとコンタクトを取った頃、パルンボはすでにプロの漫画家として活躍しており、イタリアで唯一漫画家として生活できる「ボネッリ出版」の「マルティン・ミステレ」で作画をしていた。

この頃、私に息子が誕生し、パワーPC搭載の一体型コンピューターPerformaを手に入れ、ここから直にファックスを送ったりした頃なので、かなりの通信文がPerformaとそれに外付けていたHDにあって、いまや幻となっている。

だから、ここから、かなりの部分、私内蔵HD「記憶」に頼ることになる。

●パルンボの日本デビューはヒゲもじゃオジさん

ピエルアランとコンタクトを取ったパルンボは、キャラクターをひとつ作り上げる。友人の一人をモデルにしたという超長髪、ヒゲもじゃのキャラが床屋に挑み、追いかけっこをしつつ、結局のところ、遊びつつ散髪をした、というドタバタギャグだ。

床屋で髪を切る話だからタイトルは「CUT」。で、このキャラクターの名前にもなった。

(↓ここでその話が読めます)(ヨーロッパ式に読み方向を反転してます)

< http://issuu.com/giuseppepalumbo/docs/10mosse/11?e=1305767/3400284 >

パルンボのリアルな描写の人物でドタバタギャグ、はすごく新鮮だった。

ヨーロッパの作家にありがちな、絵画的でアウトラインがはっきりしない絵柄ではなく、アウトラインをしっかり取った日本のMANGAに共通する描き方で、日本の読者の目にも違和感は少なかったと思う。

読者の評価はどうだったのか情報はないけれど、ともかく「ピエルアランと友達」略して「ピエ友」シリーズの一つとして日本にお目見えした。

「ピエ友」は連載をしない(その後、ピエルアランが掲載作家の発掘に困ったのか、もう一度「CUT」が掲載された。特殊な例だ)。

でも、お友達のイゴルトとヨーリが連載作品の契約をしている。僕だって! と思っても不自然ではない。

イタリア、フランス、スペイン担当の編集者、堤さんがイゴルト、ヨーリとの打ち合わせにやって来た。そこでパルンボも便乗した。

三人ともボローニャ住まいだから、こういう時楽だった。一人暮らしのイゴルト宅がサロンにもなっていて、ボローニャ内外の漫画家やアーチスト仲間がよくやってくる居間が打ち合わせ場所になる。

そして、パルンボと「CUT」の冒険が始まるのだった。

●辛坊強いよ南イタリア人

南イタリア人、とひとくくりにしてしまうのは危険があるけれど、パルンボはいつも穏やかな笑みをうかべて控えめだ。体はまるまるして純朴な農夫のような感じだ。いかにも辛抱強い感じ。

堤さんは「CUT」をあまりお気に召していなかったのかもしれない。手放しで、「ピエ友に掲載されたものの続きにしよう」とは言わなかった。

ここで脳内HDにバグが出て、具体的な内容を引き出すことができないのだ。

パルンボがにこやかに、でも自分の意見とは違う方向の堤さんのサジェスチョンを聞いていた姿は記憶HDに残っている。

私もこの頃エッセイMANGA「ローマの生活」を描いていて、堤さんが担当編集だった。時々編集さんの言いたいことが、私の頭の中にないものだと、合わせようとしても案がぎこちなくてなかなか先に進めないことがあった。

パルンボもそれに陥るのかな、と心配したものだ。堤さんと何度かやりとりをしたけれど、なかなか決定打が出なかった。

それから一年程だったと思うけれど、モーニング編集部に国際版権部から英語のできる編集者が異動してきた。海外作家企画がいよいよ軌道に乗ってきた証拠だ。

堤さんが一手に引き受けていた何人ものヨーロッパの作家を、手分けすることにしたのだ。

パルンボは竹中さんに引き継がれた。まだ、何も決まってなかったしね。堤さんもいまひとつフィーリングが合わないと感じたのかもしれない。

顔合わせで竹中さんもヨーロッパを巡礼した。またもやボローニャのイゴルト宅で打ち合わせ。ここでもパルンボは穏やかな笑顔で竹中さんに対した。

竹中さんは「ピエ友」にもう一度掲載された「CUT」第二話に出てきた、CUT以外の男性と女性をレギュラーにしたらどうか、と提言した。

トリオで毎回役柄を変え、同じキャラでありながら役を変えて読み切りでエピソードを作っていく。「ピエ友」は8ページだけど、16ページでもいい、と言ってパルンボを喜ばせた。

話し合いの中でパルンボは何度もうなづきながら、視線を左上の方へ持っていった。上の方へ瞳を動かすのは考えているからだけど、ボディラングエージでは瞳を左へ動かすのは嘘をついてる時ではなかったか。

だとするとパルンボは、竹中さんの提言を納得しなかった、とも考えられる。実際、竹中さん担当でもパルンボの作品は掲載にまでもっていけなかった。

編集と作家の相性というのも大切なんだ、ということを目のあたりにした経験
だった。
そして、またまた年が二回ほど明け、パルンボは相変わらず幾つか試作ネームを送り、ボツになっていたが、新たな出会いに至るのだ。

これは次回へ。

【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

郊外の我が家はもと農家で、「庭」と呼んでいる耕作地がある。ほうっておくと雑草がジャングルとなり、お隣の境界近くにあるイチヂクを取りにいけなくなる。

トラクター型のエンジン付きの草刈り機を購入したけれど、オートマチックじゃないので、誰かが乗って草刈りに出かけないといけない。草刈りだけならいいけど、庭という名の耕作地は他にもいろいろ仕事を作ってくれて、いくら時間があっても足らない。家族全員それぞれやることがあるしね。

三年ほど前から、耕作地の半分をお向かいの三ちゃん農家のアンドリオさんに提供することにした。

アンドリオは自分で耕し、収穫し、近郊の町の朝市へ売って生計を立てている。ほとんど農薬を使わず、ハウスを使わず、季節の野菜しか作らない。

アンドリオの野菜は美味しいけれど、彼の生活は苦しい。こうした業界でちゃんとまともな生活が出来ないというのは間違ってると思うけれど、これはまた別の話だ。

今年の冬は菜の花を植えた。耕作地をタダで貸しているので、作物を勝手に取っていいことになっている。

葉が柔らかい時と花の蕾が出始めた時に何度か収穫した。イタリア式だと茹でて、その後、フライパンでニンニクと唐辛子と一緒に炒める。

柔らかいので茹でずに直接フライパンで火を通したら(コップいっぱいの水と一緒に)成分を逃さず取ることになるのですごく美味しかった。

アンドリオの野菜を食べるようになって、自然に育ち、採りたてで食べる野菜の味の濃いことに驚いている。

MangaBox 縦スクロールマンガ「私の小さな家」
< https://www-indies.mangabox.me/episode/18803/ >

「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」
< http://p.booklog.jp/book/77255/read >

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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