デジクリトーク/字典ってエンターテイメント! 柴田忠男

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,300文字)



筆者の都合で急な休載となり、スペースが空いてしまった。穴埋めといってはなんだが、久しぶりに上の方のスペースにテキストを置くことになった。

本日の相方はWebフォント・エバンジェリストなので、かつてフォントに深く関わっていたわたしもその分野のことを書こうと思ったが、もはや新しいことはわからない。デジクリのバックナンバーを探ったら、自分の記事を見つけ、おお、27年前の自分はけっこうマトモなことを書いていたなと思い、これ再掲載することにした。わずかに手を入れている(タイトルも)。





【日刊・デジタルクリエイターズ】 No.0056 1998/06/16 より

京都の「文字デザイン研究会」編集の季刊「MOJICA」から、文字コードについて、専門学校を出たばかりの人でもすぐに読みこなせるような、チョーやさしい内容で書いてくれと依頼が来たのは、まだ厚いセーターを着込んでいる頃だった。

即座にお断りした。だってよくワカンナイし、コワイんだもん。文字の世界は奥が深く、というか魑魅魍魎の巣窟で、何を書いても必ずどこかから石が飛んでくるという危ない世界だからだ。

だが、3月8日に「日本語の文字と組版を考える会」の公開セミナーで「文字コード」を勉強したら、やらなきゃいかんかなーと思い、最初はつきあいで買ったつもりの「JIS 漢字字典」が読めば読むほど面白いので(序文にも感動したので)、この字書を徹底的に読めばなんとかなりそうな気がした。では及ばずながらやってみましょうと返事して、早くも3か月を経過した。

3月、4月は何もしなかった。というよりなにもできなかった。「カラーマネージメント!」「ディジタル・イメージギャラリー」という手間のかかる書籍を連続して作っていたからだ。5月はホッとして少しのんびりし過ぎた。

本格的に資料を読み始めたのは、ついこの半月である。締め切りを半月延ばしてもらったのに、まだできていない。本当にできるのだろうか。

この頃、「原稿執筆モード」に入らないと、しっかりした文章を書けなくなった。いつそのモードに入れるのか、自分でも分からない。これを「お筆先」と呼んでいるが、来てもらえれば一気に集中できるのだ。

そう勝手に思い込んでいるのは、追い詰められないと本気になれないという困った性分なのだろう。今は「文字コード執筆モード」に入るために、このテキストを書いている。

そういえば、未来編集という会社が運営する電子会館アットクラブの「著作権フォーラム」で文字コード問題が語られていて、私の名前も登場していると、メディアのメーリングリスト主宰の福富忠和さんが書いていた。さっそく覗きに行ったら、「日経デザイン」6月号の「本当に『漢字が危ない』のか」という私のレポートに関してだった。

このレポートは、結果として「漢字が危ない」と言っている陣営を批判している。最近の「漢字危機」の論調はやはりおかしい。このまま放置するのは危険だと思う。東大とか文藝家協会とか、オピニオンリーダーたちが声高に発言すると、マスコミはそっちに引かれるものである。

私は、彼らの発言に対して頷ける部分もあるし、おかしいなーという部分もある。そこで「日本語の文字と組版を考える会」セミナーを素材にしてレポートしたのだが、どう考えても「漢字危機論者」の方が分が悪いと判断せざるを得なかった。

そして、やはり「著作権フォーラム」からは反応があった(その内容は正当な批判だと思う)。これから、もっとあちこちからなんやかんや言ってくると思うが、面白いじゃないかと期待している(だが、文字関係者によれば、文字についてうかつに発言する人は本当に痛い目にあうぞ、と警告してくれた)。うかつ者の私は少しコワイ。

なお、アスキーも6月号で「漢字文化は危なくない」という特別企画を組んでいた。この内容はかなり高度で難しい。だが、文字コードを定義することの困難さや、インターネット時代の国際化においてユニコードの持つ意味などが理解できる。

「日本語の文字と組版を考える会」では、文藝家協会とJCS(符号化文字集合調査研究委員会、いわゆるJIS)両者に呼びかけたが、文藝家協会は参加を断ってきた。意見の違う者同士の討論は実現しなかったのである。

余談だが、「日本語の文字と組版を考える会」の「組版ソフト総点検」でも、参加を呼びかけた3社中2社(カタカナ名の会社)が出てこないという苦い経験もある。

「懲りない男」と業界で評判(?)の私は、JPC(Japan Publising Consortium)7月のセミナーで、再びこの問題を取り上げようと考えた。今度は、意見の違う立場のボス同士(東大の坂村健さんとJCSの芝野耕司さん)に同席してもらおうという、実現したらマスコミも大喜びの企画だった。

残念ながら、芝野さんが海外会議のため参加できないとのことで、流れてしまった。企画は、文字コード問題の現状をわかりやすく解説する内容に変えて開催するので、文字コード問題ビギナーはぜひ参加して欲しい。

さて、「JIS漢字字典」だが、文字コード問題を考える人には絶対必要な一冊である。JIS批判を行なう人の多くは、原典たるJIS X 0208:1997規格票を読まずに、あちこちからの噂や誤解にもとづく批判を孫引きしているようだが(そうとしか思えないチョー誤解が多い。あるいは悪意か?)、これからはあまり無責任なことは言えなくなる。

なぜなら、この字書にはその規格票がほぼ丸ごと縮刷版で収容されているのだ。14,000円もする規格票が、字書(4,800円)の中に入っているという信じられないサービスだ。買っていない、読んでいないではすまされまい(もともと、すまされんケド)。反JISの人もすぐ書店に行って買ってこよう。

これを読めば、「密室の中で、漢字を知らない理系の連中が、勝手に漢字を作っている」などという無知な俗説は払拭される。今後、こういう俗説を口にするテアイは笑いものになるだろう(と期待する)。

JISの委員会はボランティアである。個々の漢字の典拠を徹底的に調査するという途方もない難事業である。地味な汚れ役だ。よくやってくれた、本当にご苦労さまと誰もが思うに違いない。

もちろん字書としての使い勝手はすごくいい。漢和辞典には載っていない読みもある。ワープロ漢字辞典というのがあるが、あれの本格派だ。JISコードだけでなく、新字源、大漢和の検字番号まで載っている。便利。便利。

しかも、鈴木一誌さんのデザインがすばらしく美しいので、拾い見していても楽しい。コラムが35篇載っていて、これがまた面白い。まさに「字書ってエンターテイメント!」だった。

JISはこんなインチキ字をこしらえおってケシカラン! と怒りまくっている人(高島俊男氏)の文章が「週刊文春」1997-7/3に載っていた。『こんなインチキ字』ってのは、僥倖の僥の字を■(ニンベンに尭)にしたというのだ。だが、そんな字はJISにはない(どころか日本にない)。自分で勝手に作った架空の文字だった。こういうのをデッチアゲというのだ。

それは間違いであるという指摘があったのにもかかわらず、この文章は単行本になった。こういう人にはぜひ読んでいただきたいものだ。

てな具合に、だんだんと「文字コード執筆モード」になってきたのだが、「噂の真相」も、しりあがり寿も買ってきちゃったし、困った、困った。

【プロフィール】
しばた・ただお ゲゲゲの編集長日記を更新。日記書いているばやいぢゃないっうかんじで、われながらあまり面白くない。が、お気楽なSOHO者の実態を知るにはいいかも。
< http://ip-net.ieps.co.jp/ip/st/mag97_12/12_x/index.html >
↑もちろん今はない


・このテキストを書いた当時、わたしは「日本語の文字と組版を考える会」、JPC(Japan Publising Consortium)、アーティスト団体「ディジタル・イメージ」、それぞれの運営に参加していた。

・いま読み返すと、まったく他人事のように思える。「MOJICA」掲載のわたしのレポートを読むと、難解なことを比較的わかりやすく読み解いており、なかなかいい仕事をしたと思う。嗚呼、昔の自分に戻りたい。