[3866] Firefox携帯 Fx0を使ってみた

投稿:  著者:


《登場人物の年齢も興味深いところ》

■まにまにころころ[72]
 ざっくり日本の歴史(中編その3)
 川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

■クリエイター手抜きプロジェクト[418]スマートフォン編
 Firefox携帯 Fx0を使ってみた
 古籏一浩

■LIFE is 日々一歩(6)[Web]
 「HTML5」のイマドキを検索してみた
 森 和恵

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■まにまにころころ[72]
ざっくり日本の歴史(中編その3)

川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito
< https://bn.dgcr.com/archives/20150309140300.html
>
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こんにちわん、コロこと川合です。『花燃ゆ』第10回は吉田稔麿の回でしたね。自分には際だった才がないと嘆いていましたが、とんでもない。池田屋事件に遭遇して命を落としていなければ、初代総理大臣は伊藤博文でなく吉田稔麿がなっていただろうと言われたくらいの才人。しかも武芸だって、槍は宝蔵院流、剣は柳生新陰流を修めていたとのこと。

・「歴史人」幕末維新を駆け抜けた維新志士たちの「死に様」第2回
< http://goo.gl/TiX28x
>

劇中、稔麿が自身と比べて悲嘆していた高杉晋作、久坂玄瑞の二人がどれだけ凄かったのか、吉田稔麿を知っていると少し見方が変わってきますね。

知っていると見方が変わると言えば、登場人物の年齢も興味深いところかと。吉田松陰の享年、かぞえ年で30歳ですよ。今『花燃ゆ』でやっているあたりで、満27歳くらいです。高杉はその9つ下、久坂が10歳下、稔麿は11歳下。

......時代が違うとは言え、それこそ我が身を嘆きたくなります。(笑)

まあ、相手は歴史を動かした偉人たち。比べるべくもないのですが、歴史の話に出てくるのはそういった人が大半だと思うと、学校の教科書の重みもまた、違ってきますね。

ということで、今回も引き続き歴史の話。

◎──建武の新政

まず訂正から。前回「建武の親政」って書いていましたが、正しくは「建武の新政」です。天皇親政の新政だったので、混ざってました。すいません。

さてその建武の新政前後ですが、教科書ではほんの2〜3ページで、鎌倉時代と室町時代の間の一瞬の出来事で、存在すら記憶にない方も多いかと思います。

実際、建武の新政は二年間ほどの話で、簡単に言えば「後醍醐天皇が天皇親政を行おうとして失敗した」というだけのものですが、天皇が全ての権力を持って政治を動かした、というのは意外とレアケースなんです。

今の天皇はあくまで「象徴」だ、なんて言われますけど、歴史的にもほとんどの時代においてそんな感じです。まあ、だからこそ後醍醐天皇は、象徴でなく、実権を持って政治を行おうとしたんです。上手くいかなかったわけですけども。

今の日本国憲法第1条で「日本国の象徴」と明記されていて印象深く、それまでの憲法とはまったく違うと思われがちですが、大日本帝国憲法を見ても、実際、似たようなものです(もちろん色々と違いますけど、ざっくり言えば、です)。

大日本帝国憲法(漢字を現代のものにしています)
第1条:大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条:皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条:天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第4条:天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条:天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ

1条、3条を見ると「天皇主権」だ、今の「国民主権」とは違う、と感じますが、4条、5条にあるように、憲法と議会に縛られています。そういう存在です。

十七条の憲法で第1条と第17条が「なんでもみんなで話し合ってやっていこうね」と書かれて以来なのか、それ以前からかは分かりませんが、基本的に日本では独裁を良しとしない空気がずっと有史以来続いています。

でも、後醍醐天皇はそれが嫌だった。それが嫌というか、それまでの幕府の、武士中心の政治体制が嫌だった。そこで幕府を倒し、天皇中心の政治体制に、それも完全に権力を一手に集中させての体制に、作り替えたかった。それが、建武の新政でした。

◎──足利尊氏、新田義貞、楠木正成、そして後醍醐天皇

一方、足利尊氏は武士ですから、鎌倉幕府は気に入らないものの、武士の世は続けたかった。「足利」なので見過ごされがちですけど、足利氏って源氏です。それも尊氏の家系は思いっきり源氏の本流。源義家から分かれた家系で、鎌倉幕府でも中心的な家柄でした。

ちなみに新田義貞も同じく源氏で、源義家の子、義国のところで足利氏と新田氏に分かれました。色々あって、足利氏が本流、新田氏は傍流といった感じ。

家柄って大事なんですね。前回書いたように、同時期に後醍醐天皇について、鎌倉幕府に反旗を翻した両者ですが、「鎌倉」を攻略して落としたのは義貞。なのに、世間の評価は「尊氏が鎌倉幕府を倒したぜ!」って空気で。きっと、義貞は面白くなかったと思います。

その後、後醍醐天皇と足利尊氏が対立した際、新田義貞が後醍醐天皇に与した
のは、そんなこともあってのことじゃないですかね。

楠木正成は、家柄も何も関係ない。関係ないというか、ほとんど何も分かってないのですが、後醍醐天皇を主君と仰ぎ、それを貫き通しました。

足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻した際のこと、これを退けながら天皇に尊氏との和睦を勧めるも聞き入れられなかった正成は、それでも天皇に味方し、最後までずっと弟の正時と共に戦い続け、死後は息子の正行も遺志を継いで戦います。

後醍醐天皇の南朝方と、足利尊氏の北朝方は北朝方の勝利に終わり、南朝方の正成たちは結果的に逆賊扱いを受けますが、南朝寄りで書かれた『太平記』はもちろん、北朝寄りで書かれた『梅松論』でも、その忠義は評価されています。

また江戸時代には儒教思想の水戸黄門こと徳川光圀に忠臣の鑑と絶賛されて、荒れ果てた正成の墓を整備して、「嗚呼忠臣楠子之墓」との墓碑を建てます。

余談ですが、建てたのは助さんのモデル佐々介三郎(佐々宗淳)です。また、ずいぶん時代は下って江戸末期、楠木正成を祀った湊川神社が建てられます。なお息子の楠正行は明治時代になって、四條畷神社に祀られました。

逆賊とされた楠木正成たちですが、後の世では紆余曲折を経て南朝の正当性が主張されて評価は逆転、楠木正成は尊皇派の英雄扱いに。尊氏、無念。

◎──そして室町時代

なんだかんだあって足利尊氏が実権を握り、室町に幕府を開きます。その幕府が続いている間を室町時代と言います。最後は戦国時代でうやむやですけども。

先に断っておくと、この室町時代、文化面ではともかく、政治面では個人的にあまり面白さを感じていない時代で、しかもあれこれごちゃごちゃと複雑で、ろくに勉強もしませんでした。なので超速で駆け抜けますね。(笑)

室町時代に入ってからも最初の半世紀ちょいは南北朝の時代です。京都と吉野の朝廷がそれぞれ正当性を主張して譲らず。しかも、開幕を共に戦った尊氏と、その弟の直義も分裂。もう、のっけからゴタゴタです。

武に秀でた尊氏と政治に長けた直義の兄弟が、手を取り合ってそのまま政治を進めていればよかったのに、側近の高師直が悪かったのか、尊氏があまり政治に明るくなかったのが悪かったのか、尊氏&師直の急進派と、直義の漸進派が対立。南朝方、北朝方急進派、北朝方漸進派の三つ巴時代に。その混乱状態を取りまとめて治めたのが、三代将軍の足利義満です。

◎──足利義満

三代目にして室町幕府のピークです。というか、義満あっての室町幕府です。義満は南朝に働きかけ、南北朝の合体を実現。政策も推し進め、全国を幕府の統制下に落ち着けます。その政治の場が室町の花の御所だったので、室町幕府、というわけです。

義満は将軍として初めて太政大臣の官職を得るなど権勢を極めます。一説には、天皇に取って代わろうとしたとも言われています。あと一歩のところで寿命を迎えてしまい、天皇(上皇)にはなれませんでしたが、その死後に朝廷から、太上天皇の称号を与えらるところまでいきました。幕府が辞退しちゃったんですけどね。

◎──義満の死後

義満は政治体制を整えて、亡くなった後もしばらくは安定していたんですが、徐々にあれこれ乱れてきます。誰のせいでもないっちゃないんですけれども。超人だった義満の後なんて、誰も継げなかったんでしょう。将軍の権力を最高まで引き上げたものの、死後は有力大名の合議体勢にいったん落ち着きます。

義満が凄すぎた上に、ちょっと公家的な動きに武士たちが難色を示していたのをなだめる意味合いもあったようです。平清盛の先例にならったのかもしれませんし、単に後を継いだ義持が義満に反発していたからかも知れません。

各地を任された守護やら有力な職についた家が力を付けてきたり、その相続で揉めたり、農村は農村で自治組織を結成したり、安定期にも色々と争いの火種は生まれてきていて。で、その中でも有力大名を何とかしたかった六代将軍の足利義教は、それを将軍家の力で押さえつけようとして大揉めに。

◎──くじ引き将軍・足利義教

足利義教は、義満の三男なのですが、なんとくじ引きで将軍になった人です。

義満より将軍職を9歳で譲られた四代将軍の義持は、義満が存命中は名ばかりの将軍でしたが、義満の死後、なんだかんだ上手くやりくりして、在位28年と室町将軍で最長の在任を務めます。

嫡子の義量に将軍職を譲って出家しても、父親同様に実権は握ったままだったんですが、義量は義持と違って早々に亡くなってしまい、結局は義持が政治をすることに。義量には子がおらず、跡取りどうするよって話もはっきりさせないまま、義持も亡くなって......くじ引き。

義教は出家してたのに、半ば強引に呼び戻される形で六代将軍になりました。出家もよくある形だけの出家とは違って、天台座主として「天台開闢以来の逸材」とまで言われていたのに、くじ引きで......。

そんなこんなで、どこかやけになっていたのか、何かと強引な政治を行って、古巣の延暦寺とまで抗争を起こしたり。でもさすがは「逸材」らしく、将軍の手にしっかりと政治の実権を握り、幕府の威光を高めました。有力大名の家督問題などにもがんがん介入したり。室町幕府、二度目のピークです。

で、その結果、我が身を案じた守護大名の赤松満祐に暗殺されるんですけどね。手腕は凄かったんですが、強引に推し進めたその政治を適切な落とし所に落ち着ける前に暗殺され、暴君としての評価だけ強く残る結果となりました。

上の方で「独裁を良しとしない」って書きましたけど、失敗した後醍醐天皇はさておいて、義満しかり、義教しかり、どんなに優れた手腕をもっていても、大抵はその代限りで終わってしまうんですよ、独裁って。人は老いて死ぬから。

独裁の方が良い面もあるにはあるんです。一気にものごとを推し進める力は、合議ではなかなか生まれません。でも続かないんです。義満も義教もある程度、その後に続く体制を残していますが、それでも程なく失速しています。

その点、そういったことを良く理解して、意識的にきちんと後に続く礎を残したのが、徳川家康ですね。それですら260年で終わりましたが。

◎──応仁の乱へ

義教の子、七代将軍の義勝は10歳で早世。8歳の義政が八代将軍に就きました。そんな子供たちに政治が務まるはずはなく、また実権は将軍家から有力大名へ。義政は晩年に銀閣寺を建てたことで知られるなど、どちらかといえば文化人の道へと進むことになります。

さて義政は、後世に悪女と名高い日野富子と結婚していましたが、子もなく、将軍職は出家していた弟を呼び戻して、九代将軍足利義視に譲って隠居します。が、弟に将軍職を譲るやいなや、息子誕生。ええ、もう、後は想像通りですよ。

同時期に、政治の実権をめぐって山名宗全と細川勝元の争いが勃発、将軍家の家督問題と相まって、最悪の争乱「応仁の乱」へと突入。管領家やら有力大名の家督争いも加わり、もう、手が付けられない状態に。ええ「戦国時代」です。

11年続いた応仁の乱で、京都は壊滅しました。応仁の乱自体には終止符が打たれたものの、全国的な混乱は収まりません。時代も悪く、飢饉や災害も相次ぐ大変な時代でした。戦国時代は終わるどころか、拡大していきます。

◎──ちょっと年表で整理

1333年 鎌倉幕府滅亡
1334年 建武の新政
1335年 中先代の乱(後醍醐天皇 vs 足利尊氏)
1336年 湊川の戦いで、楠木正成が戦死
1336年 後醍醐天皇、吉野へ
1336年 足利尊氏、建武式目を制定
1338年 足利尊氏、征夷大将軍に。京都に幕府を開く
1349年〜1352年 観応の擾乱(足利尊氏&高師直派vs足利直義派)
1368年 足利義満、将軍となる
1368年 朱元璋が元を追い払い、明を建国
1378年 足利義満、京都室町通に「花の御所」を造営開始
1392年 南北朝合一
1394年 足利義満、太政大臣となる
1428年 くじ引き
1441年 嘉吉の乱(嘉吉の変)、足利義教暗殺される
1449年 足利義政、将軍となる
1467年〜1477年 応仁の乱。

◎──戦国時代、そして織豊の安土桃山時代へ

応仁の乱をきっかけに全国は乱れ、群雄割拠の時代に突入します。文字通り、各地の有力者が地域地域に独自の領国を形成します。これが戦国大名です。各地に起こっただけでなく、それを奪い合い、成長させていきます。

京都から関東へくだり伊豆を奪って相模へと進出した北条早雲、越後の守護代からのし上がった上杉謙信、甲斐から信濃へ領国を拡張させた武田信玄など、有名どころがわんさか出てきます。各地で同時多発的に色々な動きがあるので、全部追いかけていくとキリがないため、割り切って信長中心に書きますね。

次回、いよいよ時代は近世へと入っていきます。やっと黒田官兵衛も!


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
< https://www.facebook.com/korowan
>
< https://www.facebook.com/caputllc
>
< http://manikabe.net/
>
歴史の話、あれこれ間違ってても温かく見守ってください......

・イベント紹介(大阪)
3/18「日本ウェアラブルデバイスユーザ会 勉強会 大阪#4」
< https://atnd.org/events/62972
>


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■クリエイター手抜きプロジェクト[418]スマートフォン編
Firefox携帯 Fx0を使ってみた

古籏一浩
< https://bn.dgcr.com/archives/20150309140200.html
>
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今回は発売前に少しだけニュースになった、Firefox OSを搭載した携帯Fx0について書きます。Fx0はauから発売されています。

・Fx0
< http://au-fx.kddi.com/products/
>

Firefox OS搭載携帯であるFx0は、今年の1月に一般人でも購入できるようになりました。auショップでは私が初めての購入者とのこと。まあ、田舎にあるauショップでは、後にも先もこんな携帯を買う人はいないでしょう。

というのも、買っても自分でアプリを作れる人以外は使いようがないからです。たくさんアプリがあるわけでもなく、高速な携帯でもなければ、すごくバッテリーが長持ちするわけでもありません。4Kサイズの高解像度の映像が映るわけでもありません。

実際にいじってみると、数世代前の携帯といった感じの速度です。iPhone 4あたりを想像してもらえばよいかもしれません。

Fx0の記事を見ると外観がなかなか素晴らしいとか、Webの技術を使ってアプリができるなどと書かれています。でも、まあ高級感があるか、というとあるかもしれないしないかもしれないといったところ。持った感じやサイズが似てるなあ、と思ったらXPERIA Zにそっくり。でも、ホームボタンがあるところはiPhoneと似ています。

私としては外観とかはどうでもよくて、手軽にアプリを作れれば十分です。15年以上培ってきたWeb技術が、そのまま使えるわけですから、きっと面白いことができるに違いありません。それよりも、一番よいことは「アプリがない」ということです。

一般的にはスマートフォンでアプリが少ないのは致命的です。いつの間にか消え去ったWindows Phoneも、アプリが少なく国内では終了しました。アプリが少ないと不利なのは、携帯に限ったことではなくパソコンでも同様です。積み上げた過去の資産こと重要なのです......とピケティ教授も言ってます(多分)。

Windows Phoneは資産がないので、イチから作る必要がありましたが、Fx0ことFirefox OSの場合は、やや事情が異なります。既存のWebのデータ(HTML、CSS、JavaScriptで作成されたページ)が、そのままアプリにできるという大きなメリットがあるのです。

つまり、Web上にある膨大な資産を活用できることになります。加えて、スマートフォンに搭載されている各種センサーを利用できるわけですから、アイデア次第で面白いことができるはずです。

また、Web技術をそのまま利用できるので、学習コストもほとんどありません。ちなみに、iPhoneやAndroidに搭載されているセンサー系のプログラムも、W3Cで仕様が決まっているものであれば、同じプログラムで動作します。

といっても、若干手直ししないといけない事もあります。iPhone/Androidでは速度的に問題なくても、Fx0の場合は速度とメモリで動かないこともあるからです。

ということで、まずは開発環境を整えないといけません。整えるといっても、ブラウザであるFirefoxをインストールすれば終わりです。Android/iPhoneの開発を行った人であれば、接続のためのドライバも入れる必要もありません。基本的にすぐにでも開発が始められるわけです。

アプリ名をつけたフォルダを作って、そこにindex.htmlや画像などが入ったフォルダを入れておきます。用意できたらFirefoxに用意されている開発ツールであるWebIDEを起動し、接続する携帯としてFx0を選択します。Fx0の画面に接続してもよいかの確認画面が出るので、OKすれば準備完了です。

次にアプリが入ったフォルダを指定して、WebIDEで再生ボタンをクリックすればアプリが転送され、Fx0上で実行されます。面倒な手続きがなく、転送にかかる時間も少なく、非常に簡単にアプリを作成し実行することができます。実際のアプリ開発については、別の機会に書きます。

実際のところ、既存のゲームやアプリがそのまま動作するか、というと駄目なこともあります。まず、動作するけど実用的な速度にならない、もしくは遅くてストレスが溜まるというパターンです。

グーグルマップを表示させる程度でも、ちょっと重い動作になります。インチキしまくって、まあ何とかいけるかなという程度です。思ってる以上に低速です。2〜4倍速になればWebアプリでも十分じゃないかなあと思えるのですが。

もちろん、高速に動作させるための手段は用意されていますが、どちらかと言えば端末速度を上げた方が開発者にとっては楽です。

次に、メモリ不足で動作しないパターンです。ゲームなどでは、背景画像を一枚削除しただけで動作する、ということもあります。メモリ(RAM)が1.5GBなので、iPhone 6の1GBより多いのですが、JavaScriptがメモリを食うのか他の何かがメモリを消費するのか分かりませんが、思ったほど使えない感じです。

ということで続きは、また次回。


【古籏一浩】openspc@alpha.ocn.ne.jp
< http://www.openspc2.org/
>

例によって、Fx0の開発者向けのページを作成しました。何かの参考にでもしてもらえばよいかと思います。

・Firefox OS (Fx0端末) Webアプリ開発辞典
< http://www.openspc2.org/reibun/Firefox_OS/fx0/
>

・Adobe JavaScriptリファレンス
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00FZEK6J6/
>

・Illustrator自動化基本編
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00R5MZ1PA
>

・ExtendScript Toolkit(ESTK)基本編
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00JUBQKKY/
>

・データビジュアライゼーションのためのD3.js徹底入門
< http://www.amazon.co.jp/dp/4797368861
>

・4K/ハイビジョン映像素材集
< http://www.openspc2.org/HDTV/
>

・JavaScript逆引きハンドブック
< http://www.amazon.co.jp/dp/4863541082
>

・クリエイター手抜きプロジェクト
< http://www.openspc2.org/projectX/
>


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■LIFE is 日々一歩(6)[Web]
「HTML5」のイマドキを検索してみた

森 和恵
< https://bn.dgcr.com/archives/20150309140100.html
>
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こんにちは。森和恵です。

普段のお仕事は、Web系のセミナー講師をしています。年度末は、「来年どんな講座をしようかな?」ということを考えています。

Web系のセミナーですので、ネタ探しもWebから......ということが多いのですが、今回は「HTML5」についての最近の動向を検索で調べてみたいと思います。

Google検索を用いて、キーワード「HTML5」・期間指定「1か月以内」で検索した結果から2ページ分をとにかく読んでみて、「なるほど」と思った記事をピックアップしてみました。

検索結果のランキングが高いものは、「よく読まれていて、人気がある」という所から、セミナーカリキュラムのヒントを掴もうということなのです。

うまくいく、行かないにかかわらず、思考回路そのままに書き綴ってみます。
ふだん、私がどんな感じで検索し、記事を見ているか? のリアルなところが出たらいいなと思います。

ではさっそく。

●HTML5で業務システムを構築しよう
< http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/121100125/?TOC=1
>

日経が運営するお堅いサイト「IT Pro」で掲載されているコラムです。コラムから数本が上位に食い込んでいました。

登録されているカテゴリが、「情報システム>オープンソース/Linux」というのだから、バリバリのシステム開発分野の話のようですね。「HTML5」は、Web制作の分野だけではなく、システム開発の分野でも注目されてるんですね。

普段なら、「え〜。Web屋の自分には関係ないね」と、この手の固めの記事はスルーするところなのですが、今回のお題にしたルールに従ってとりあえず読んでみることにしました。

【第1回 HTML5による業務システム開発に踏み出そう】
< http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/121100125/020200002/
>

コラムの一つめでは、HTML5の現状が述べられていました。

[システム分野でいう「HTML5」は、「広義のHTML5」である。HTML+CSS3+JavaScriptをはじめ、多くの関連するAPI仕様群を含んだもの。アプリケーションを構築するために必要なすべてを含む]

[「社内で使う業務システム」をHTML5ベースで構築している企業はまだ少なく、「様子見をしている」段階]

[みんながHTML5を活用することで、インターフェースの見栄えや操作感が共通され、ユーザーが操作を覚えやすくなる]

[HTML5を導入することで、「マルチデバイス対応が容易」・「配布コストを軽減できる」・「ベンダーロックインを回避可能」 とういうメリットがある]

つまり、システム開発分野の界隈では、HTML5導入には二の足を踏んでいる状態だけれども、導入することができれば、開発者・利用者ともにメリットがあると著者は考えているようです。

Web制作の界隈では、すでにHTML5導入があたり前になって来ていることを思えば、少し状況は違うようですね。

【第2回 HTML5でここまでできる!入力補助からオフライン実行まで】
< http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/121100125/020500003/
>

コラムの二つめでは、HTML5を導入すればインターフェースがどのように進化するのか? が細かく書かれていました。

また、CSS3で実現したレスポンシブWebデザイン式のコーディングを導入することで、ひとつのデータを準備すれば、画面をマルチデバイスに対応できることについても書かれていました。

【第3回 データ可視化のための三種の神器「チャート&グリッド&図形」】
< http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/121100125/020900004/
>

コラムの三つめでは、企業システムでは、データを分析するために「チャート&グリッド&図形」が必要なことから、HTML5の「SVG」や「Canvas」を使って、画像を作らなくてもブラウザ上で図形が簡単に描けることについてまとめていました。

システム開発界隈の方々にとっての「HTML5」がどんな状況にあるかがよくわかる記事でした。今後、セミナーを打ち出す時にこの方向性を狙ってみる、というのもおもしろそうです。

また、記事の中にあった「広義のHTML5」が気になったので、更に検索してみましたら、HTML5のことが簡潔にまとまった記事も見つかりました。

【インターネット10分講座 HTML5】
< https://www.nic.ad.jp/ja/newsletter/No55/0800.html
>

こんな風に、ある記事からある記事へと派生して調べていくと、もっと面白い記事が見つかることもある。これが、検索の醍醐味ですよね。

●HTML5 と SVG で考える、これからの画像アクセシビリティ
< http://www.slideshare.net/ssuser99dc16/html5fun-svg-accessibility
>

「ニューストピック」として、検索結果の上位にあがってきたこの記事。別枠で表示されてたりして、なんだかすごそうです。

まずはこの「ニューストピック」が気になったので調べてみました。

【Google検索でニュース欄に載る方法】
< http://www.kagua.biz/seo/news-seo/newssiteatukai.html
>

なるほど。Googleから、ニュースサイト扱いになっているサイトで紹介されている記事ということですね。勉強になります。

さて、本題の記事の方の話を。

URLからわかるように、これは「Slide Share」というスライドを公開するサービスサイトの記事です。スライドということは、何かしらイベントがあったのでは? と思い、スライドのタイトルで調べてみると...ありました。

【HTML5 フロントトレンド最前線】
< https://html5-fun.doorkeeper.jp/events/20792
>

東京でHTML5をテーマにした勉強会があったようですね。参加者が80名近く。人気のある勉強会だったようです。他にもスピーカーがいらっしゃるようなので、その方々のこともあとで調べるとしましょうか。

さて。記事の内容は、HTML5時代になってから利用頻度のあがった「SVG」という画像形式の話です。ひとつめの記事でも、第3回のデータの可視化の所で出てきていました。

HTML5を勉強する時のひとつのホットトピックスになりそうですね。

●Googleがフラッシュ広告をHTML5に自動変換する機能を実装
< http://gigazine.net/news/20150226-google-flash-to-html5/
>

こちらも、検索結果で目立っていました。同様の記事も他にあつたので、最近のニュースだったんですね。

「再生が重くて、スマートフォンの電池を食う」などの理由で、スマホでのFlashの再生ができなくなっています。それを受けて、Googleが対応したのだということですね。

YouTubeの動画閲覧も、FlashからHTML5式に変更していますので、当然と言えば当然ですね。Web系の講師になった時に、初めて担当したのがFlashの講座だったので、なんだか寂しい気もしてしまいますが、これも時代の流れというものでしょう。

脱Flash、というのもなにかのキーワードになりそうです。

●今回検索してみて掴んだこと

HTML5を語るには、単なるタグの紹介をしているだけではダメになってきたんだなと実感しました。「広域のHTML5」として、CSS3やJavaScriptも交えて教えていかなければならない段階に進んでいるのだなと思います。

それには、コードの紹介だけではなくて「形の見える、動いているサイトの作り方」として実践を取り入れる必要があるなと感じました。BootStrapなどのフレームワークを題材にしてもいいかもしれません。

という結果を得ることができました。

検索で調べるというのは、実はまとまった書籍を読むよりかじ取りが難しくて、情報を「点」でとらえることはできても、それをつないで「線」にしていくことができにくいと思っています。

ですが、時代や人の「動き」のような部分を知るには、使えるツールなのでは? と思います。

どんなツールでもそうですが、与えられる情報を鵜呑みにして終わるのではなく、「これは何?」「なんで?」と疑問を持ちつつ、自分手動で使っていくことで、うまく使えるようになると思います。

みなさんも、何かテーマがあれば、いろいろ検索してみて掘り下げて試してみてくださいね。

・・・さて、今回はここまで。

次も、4月から担当するWeb系セミナーの話にからめて、技術的な話をしようかと思います。ではまた!


【 森和恵 r360studio 〜 Web系インストラクター 〜 】
<site: http://r360studio.com
> <twitter: http://twitter.com/r360studio
>
<mail: r360studio@gmail.com >
<サイト制作の教科書 r360study: http://www.facebook.com/r360study
>

4月からの続投が決まりました。年度初めの無料セミナーを4月9日にやります。今回は、定員30名になっているのでお早めに。

【知っておきたい「これからのWebサイト改善のポイント」】
< http://www.sansokan.jp/events/eve_detail.san?H_A_NO=18991
>


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編集後記(03/09)

●ようやく「GODZILLA」を見た。DVDで。小さなモニターで。映画を見たとはいえないかもしれないが。事前情報は公式サイトで見ただけで、「最高の恐怖 極限の絶望 ゴジラ復活」とか「世界は終わる」とかの煽り文句には期待を抱いていた。「怪獣映画の枠を超えた人間が主人公の家族のドラマ」なんてコピーにはいやな予感がしたが、残念ながら当たった。何本もある予告編では、その家族のドラマとやらが繰り返し使われていてウンザリ。映画を見て初めて知ったのが「ゴジラVSムートー」であったこと。予告編では怪獣ムートーについて一切知らされていない。上映中タイプTVCMでようやく出てくるが説明はない。

二度見た。二度目は家族のシーンはすっとばして、二大怪獣のバトルが中心だ。家族のことなどどうでもいいから、ゴジラをもっと見せて欲しかった。ゴジラの出現までが長い長い。その前に見知らぬ怪獣ムートーがペアで出てきた。こいつの造形は奇怪で悪魔的で、ゴジラが神扱いだから対照的だ。原子炉を体内に抱えたゴジラと、放射能物質をエネルギーとするムートーはかねてより宿敵同士であったという設定らしい。やたら理屈っぽい映画である。それを分かりやすく解説する役が芹沢博士(渡辺謙)のようだが(たぶん)、終始困り顔でこれといった活躍をしていないのがもどかしい。全然見せ場がない。

イントロの古いニュース映像(本物)のダイジェストに、ゴジラの巨大な背びれ映像を加工して挿入し、アメリカの水爆実験はゴジラを倒すために行われたのだという解説をつけている。オリジナルのゴジラは水爆実験の影響で生まれたはずなのに、なんだこれは。エンターテインメントだから、歴史改竄などと野暮は言わないけど。また3.11を連想させる原発の事故シーンも気になる。富士山の麓の雀路羅(ジャンジラ?)原発はスリーマイル島の原発型のデザインだし、日本の原発なのにアメリカ人夫婦が重要な位置にいるし、日本家屋もなにか微妙に変だし、日本人が総指揮に入っているのにこれはないだろう。

ゴジラはまだか、ゴジラはまだかとずっと思いながら見ていた。人間ドラマが延々と続き、ようやく出てきたのはギャオス似の怪獣でムートーだ。邪悪な感じ満々で、これらの描写はおみごと。ようやく現れたゴジラの描写はさらにおみごと。このCGゴジラとCGムートーの造形の完成度は素晴らしく、来年公開されるという日本のゴジラは追いつけるのだろうか。たぶん無理だろう。対象をオールターゲットとしているのが大間違い。小学生以下は対象としないという割切りがなければ世界市場は狙えない。結局「GODZILLA」は家族愛の映画だった。人間の、ではなくムートーの。そして世界は終わらなかった。 (柴田)

< http://www.godzilla-movie.jp/
>
「GODZILLA」公式サイト

●hammer.mule の編集後記はしばらくお休みします