[3870] 変な精神

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《花粉症に○○が効く》

■私症説[67]
 変な精神
 永吉克之

■晴耕雨読[10]
 花粉症防止の食事療法を試す
 福間晴耕




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■私症説[67]
変な精神

永吉克之
< https://bn.dgcr.com/archives/20150313140200.html
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私は来年、還暦を迎えるのを機に変な精神になる。

私が60歳になるのは来年の3月。そのためには今月、あらかじめ59歳になっておく必要があるので、今月、59歳にするが、59歳にするために、いま58歳をしているようなものかもしれない。

実は今月、私は59歳になるのだ。59歳になったら、60歳になって変な精神になるために59歳になったら準備をしておかなければ60歳になって変な精神になることはできかねるらしい。

                *

冒頭で紹介した親友の立入真澄も、60歳になってから変な精神になった。フグ爆弾のことを想ったりしながらベッドに横たわって天井を愉しそうに眺めている彼を見舞いに行った。

「おーい、永吉。おーい、火駒。この二つのうち、どっちが気に入ったかね? 何を迷っているんだ。さあ早く答えたまえ、君」

私はそれに答えずに尋ねた。

「立入。僕は君のような変な精神の人間がなぜ紡績工場を経営することができるのか、さっぱりわからんのだよ」

立入真澄は、真っ赤(RGB=255,0,0)なちゃんちゃんこを着て変な還暦を祝った翌日、紡績工場の操業を開始したのだが、いきなり始めたため、当初の従業員といえば、弟の洋之助と従姉のハルだけだった。

ふたりは紡績に関してはまったくの素人。紡績機は、操作したことがあるくらいで、実際にはまだ見たことがないというほどの素人だった。

その翌日、工場は閉鎖になり、立入は破産し、禁治産を宣告されたが、59歳まで芸術家をしていた彼としては、「それは、ノンサンス(仏蘭西語。英吉利語の「ナンセンス」)だな」と宣告を拒否したので、現在も操業中であるという。

                *

すでに頭のなかで実験に成功したと言う「フグ爆弾」が、実用化を検討する段階に入ったと立入は言う。まずは脳内で生産を開始し、それを徐々に、11年かけて脳の外での生産に移行させるつもりだと言う。

「これで戦局が一変するぞ。アメリカが原子爆弾を使用する前に、フグ爆弾で米英軍を壊滅させてやる。ついでにソ連軍も滅ぼす。スターリンが日ソ中立条約を一方的に破棄して、満州に侵攻する前に勦滅(そうめつ)するのだ」

私はまだフグ爆弾を見たことがなかったし、見たいとも思っていなかったので、紡績工場に話を戻した。

「紡績工場で働いていたという、君の弟と従姉は、工場が閉鎖になった後でもまだそこで働いとるらしいが、そりゃ本当かね?」

「もちろんだ。閉鎖しても操業中だ。差し押さえの札など神社のお札の価値もないよ」

「そんなことをして誰も文句を言わんのか?」

「言うさ。まず僕が反対だし、弟も従姉も、閉鎖した工場で働くのはもう嫌だと泣いている。早いとこ操業を停止して、ふたりを救ってやりたいんだ」

「わかった。僕が救ってやる」

私が椅子から立ち上がろうとすると、立入が、これを持って行けと言って、女中を呼び、フグを持ってこさせた。

「フグ爆弾のα版だ。だから正式版より威力はかなり落ちるが、それでも爆発すると、半径3km以内に住んでいる人間はみなフグの毒にあたって死ぬ。扱いにはくれぐれも気をつけてくれたまえ。ただ、それだけでは爆発しない。使うときはだな......」

そう言いながら立入は、ベッドの布団から蛇のように這い出すと、猛毒のテトロドトキシンが含まれているフグの肝臓と卵巣を金庫から取り出して、フグに装着して見せた。

「こうしておけば、後は相手に向かって投げつけるだけだ。でも気をつけろよ。落としただけで爆発するからな。敵がいる気配を感じるまでは装着するな」

立入が、誰を指して「敵」と呼んでいるのか判らなかったが、変な精神の男なので、変な話をしているだけだと小馬鹿にして紡績工場に向かった。

                *

案の定、敵らしい人物は見当たらなかった。ということは、フグ爆弾を使う機会はないかもしれない。私はひどく失望した。

工場内では、立入の弟の洋之助と従姉のハルが、わんわん泣きながら糸を紡いでいた。朝からずっと泣いていたと言う。終業時刻まで泣き続けるだろう、という見通しを立てて泣いていた。

私が用向きを告げると、立入真澄の素性を、ふたりは泣きながら語ってくれた。

そういえば私と立入とは、一時間前に見舞いに行ったときに初めて知り合った仲なので、その素性については何も知らなかったことを思い出した。

「兄は60になってから変な精神になりました。それまでは変な芸術作品を作っているだけで、言動に変なところはありませんでした。《フグ通信》を発行しはじめたのは、還暦を過ぎてからです」

《フグ通信》とは、立入の精神の中枢が執筆している哲学雑誌で、毎週、金曜に内的発行をしていた。私は難解な文章を読んでいると苛立ちのあまり粗暴になるという性癖があるので購読はしていなかったが、聞くところによると、インテリゲンチャの間では、《よう、フグ通信読んだか?》が挨拶になっているらしい。

私は、フグ爆弾をズボンのポケットから取り出して、洋之助とハルに尋ねた。

「敵がいたら使えと言って、これを渡されたんですけど、敵って何のことですかね?」

私が言い終わるや、洋之助とハルはいきなり泣き止み、滂沱たる涙が逆流して涙腺に吸い込まれていった。そしてハルが言った。

「まあ、永吉様にはまったく失望いたしましたわ」

「失望もなにも、あなたたちに期待されるなんて僕はゴメンコウモリですよ」

「まあ、そんなことを仰るなんて失望の上塗り。なんて変な精神ですの?」

「いや、僕が変な精神になるのは来年なんですがね」

「まあ......」

ハルは怒りに言葉を失っているようだったが、私としては、そんなことはどうでもよくて、このままフグ爆弾を使わずに持って帰るのが悔しかったし、ハルを深く愛していたので、恋敵である洋之助の前に立って、肝臓と卵巣を装着したフグを彼の脳天に叩きつけた。

立入は、爆心地から半径3km以内にいる人間は、みなフグの毒にあたって死ぬと警告したが、翌日調査したところ、実際には半径40m以内の人間しか死んでいないことが判明した。

こんな体たらくでは、フグ爆弾が実用化されるころには、日本はポツダム宣言を受け入れて事実上の敗戦国となっているだろう、と立入に助言してやるつもりだったが、私は大仏を見るために奈良へと向かった。

東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)。いわゆる「奈良の大仏」。私は、奈良の大仏のうちではこの奈良の大仏がいちばん好きだ。毎月第3火曜日に大仏殿に拝観に出かけることが日課になっている。

【東大寺へのアクセス】

JR大和路線・近鉄奈良線「奈良駅」から市内循環バス「大仏殿春日大社前」
下車徒歩5分。または近鉄奈良駅から徒歩約20分。

【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp
ここでのテキストは、ブログにも、ほぼ同時掲載しています。
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■晴耕雨読[10]
花粉症防止の食事療法を試す

福間晴耕
< https://bn.dgcr.com/archives/20150313140100.html
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例年、酷い花粉症だったこともあって「肉を食べなければ花粉症が治る」という話を聞いて、それを2011年から試している。

この手の「花粉症に○○が効く」という話はごまんとあって、自分も甜茶をはじめとして色々試してみたが、殆ど効果がなかったので、今回も正直あまり当てにはしてなかった。

じつは、今のところ効果があるようだ。そんなわけで万人に効くかは分からないが、自分もやってみようと思う人のために、自分が試したケースを書いてみたい。

最初の2011年では、肉の他にかつお節も、アレルギーの元になるヒスタミンの原料のヒスチジンを多く含むので良くないという話を聞いて、出汁もかつお節から煮干しに替えてみた。

結論からいえば、劇的な効果はなかったものの多少の効果はあったようで、シーズン前半はまだ花粉が飛んでないのかと思って調べると、既に飛散が始まっていたことが何度もあった。

後半はさすがにそういうわけにもいかなかったが、それでも酷かったのは全部で10日ぐらいで、結局薬を飲んだのは7日くらいですんだ。

ただし、まったく何ともなかったわけではなく、何となく鼻がむずむずしたりくしゃみが出る日は結構あった。

興味深かったのは、前日に何を食べたかでけっこうその日の調子が違っていた感じがしたことだ。正確にデーターを取ったわけではないので、あくまで感覚的なものだが、やはり少しでも肉を食べると良くないらしい。

そんなわけで、それ以降は花粉症のシーズンの少し前から花粉の飛散が終わるまでは、完全なベジタリアンとまではいかないものの、基本的には野菜中心で、外食などでそれが難しい時は魚や乳製品を選択する食事を続けている。

基本はララクト・オボ・ベジタリアンと言われる、魚や乳製品や卵を食べるベジタリアン準拠(魚を食べるのでベジタリアンではない)の食事だが、それでも花粉の飛散量が増えてくると具合が悪くなってくるので、目や鼻の具合が悪くなるに連れてこれらも順に減らしていく。

ところで、肉を絶ってしばらくするといろんな体の変化が出てきて面白い。

まず意外だったのは、ある程度肉を食べないでいると、肉の匂いがきつく感じて食べようとする気があまり起こらなくなることだ。

以前、漫画「トルコで私も考えた」の中で、作者がイスラムの生活に馴染んで豚肉を食べなくなると、豚の匂いや油がきつく感じて身体が受け付けなくなると書いていたのを読んだことがあるが、それと同じような感じがする。

たまに肉をたくさん食べると、本当に消化の負担が大きいのか、胃がもたれる感じがするのだ。

ただし、完全な菜食はそれはそれで問題があるらしく、自分の場合だと栄養不足とまではいかないものの、何となく疲れやすくなってくるみたいなので、症状が許す限りは(というよりも単なる食い気が勝っているので)魚や卵・乳製品は食べるようにしている。

そうそう、大切な事を忘れていた。いくら食事内容に気をつけても、暴飲暴食やデザートの食べ過ぎはすべてがぶち壊しなので、老婆心ながら付け加えておきたい。

そんなわけでまだまだ4年分のデータしかないが、何かの参考になれば幸いである。

【福間晴耕/デザイナー】
フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
< http://fukuma.way-nifty.com/
>

HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)。おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったのでインテリアを見たりするのも好きかもしれない。


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編集後記(03/13)

●日本の労働力人口は90年代末から減少に転じた。働く女性や高齢者がもっと増えたとしても、20年ごろには労働力不足が深刻化する。政府は「単純労働者や移民は受け入れない」という方針を、早晩、手直ししなければなるまい。それならば、心を開いて外国人を受け入れ、個性や多様性に富んだ共生社会をめざした方がいい。外国人も働いて税金や社会保険料を払い、産業や福祉の担い手に加わってくれるのだから、日本の活力がそれだけ保たれる。(略)要は、外国人を単なる「安い労働力」ではなく、人格を持った「隣人」として受け入れるということである。(2008年3月10日)

これは朝日新聞の「希望社会への提言」シリーズのひとつ「『単一民族神話』を乗り越える」という一文の中にあった主張だ。たぶん今も変わらずに「単純労働者や移民を受け入れよ」という立場だろう。朝日の法則(笑)に従えば、これはとんでもない「絶望社会への提言」であるから、「単純労働者や移民は絶対に受け入れるな」が日本の生きる道である。本当の「希望社会への提言」というのは、「『人手不足』は経済成長の好機、中国人に頼ると安全保障の危機」という三橋貴明の見解をいう。「中国人国家ニッポンの誕生〜移民栄えて国滅ぶ〜」(ビジネス社、2014)で読んだ。

いま土木・建設、造船の業界は、需要(仕事)はあるが供給(人手)がない「インフレギャップ」状況である。いずれも国民の安全保障を担う産業だ。現在、これらの業界には若手が入っていない。若手育成なしに、手っ取り早く外国人(8割が中国人)を雇用しようとしている。これらの業界を中国人に頼るということは、安全保障の秘密がだだ漏れになるばかりでなく、結果として働き手の供給国・中国への依存が始まる。安全保障がまったく成立せず日本は終わる。国民の実質賃金を上げるために最も必要な環境は「人手不足」である。賃金を上げてでも雇用の必要があるからだ。いままさにその好機である。

ところが、日本の経営者の多くは「賃金抑制」のため外国人を雇用する。仕事なくなったら解雇、その後のことは考えていない。多くは日本の社会保障にただ乗りするから、損をするのは国民だ。「これから日本は少子化で生産年齢人口が減る。素晴らしいじゃないですか。人手不足に対応して企業が設備投資と人材投資すれば、再び高度成長ができる」。かつての爆発的高度成長をもたらしたのは「生産年齢人口の国民の一人あたりの付加価値が激増した」からだ。夢よ、もう一度。これこそ「希望社会への提言」だ。それを叩き潰そうとしているのが外国人受け入れ政策である。日本の未来のために断固反対だ。(柴田)

●hammer.mule の編集後記はしばらくお休みします