[3899] ショート・ストーリー「千石高速真昼の戦い」

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《現金がほとんどない北京の夜》

■ショート・ストーリーのKUNI[173]
 千石高速真昼の戦い
 ヤマシタクニコ

■3Dプリンター奮闘記[58]
 北京出張徒然草 その1
 織田隆治




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■ショート・ストーリーのKUNI[173]
千石高速真昼の戦い

ヤマシタクニコ
< https://bn.dgcr.com/archives/20150423140200.html
>
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それは2015年4月の木曜日。真昼の千石高速鉄道、清水が丘駅から万場行き準急行に乗車した片山伊三郎はぎろりと車内を一瞥した。車内は中途半端な混雑ぶりでシートはところどころあいているが、いずれも両端は埋まっている。

──ふっ。

伊三郎はやむなく六人掛けシートの中央付近に腰を下ろした。電車は動き出した。次の四海駅で何人かの乗り降りがあったものの情勢に大きな変化はない。

だが、その次の烏賊百舌鳥駅は山海線および地下鉄への乗り換え駅、一日の平均乗降客八万人と言われている主要駅のひとつである。

「いかもず〜いかもず〜。山海線および地下鉄にお乗り換えのお客様はここでお降りください」

思った通りかなりの乗客が降りる。伊三郎の向かいのシートの左端があいた。伊三郎はさっと移動した。腰を下ろし腕を組み、安堵の笑みを浮かべたそのとき、目の前に立ちつくしている人間の存在に気付く。

グレーのスーツを着込み、A4サイズ対応のビジネスバッグを手にしたビジネスマン風の男。この烏賊百舌鳥駅から乗り込んできたようだ。ドアが開くなりこの席に向かってきたが、一瞬の差で伊三郎にしてやられたというところだろう。

──ちっ。

伊三郎の耳は男の小さな舌打ちの音を聞き逃さなかった。

しばし逡巡の後、男は仕方なく移動して向かい側のシートの端から二番目の位置に腰を下ろした。最初からそのシートを目指していれば端を取れただろうが手遅れだ。

男は座ってからもなんとなくむしゃくしゃした気分が収まらない様子だ。バッグからタブレットを取り出し、寸暇を惜しむビジネスマンらしく何かの書類を閲覧しているようだが、集中できてないことがありありとみてとれる。

──ふむ。

伊三郎は視界の端に男を収めつつ、念を送り始めた。たちまちあたりの空気をぴしぴしぴしっ! と切り裂きながら、伊三郎からその男、黒川壮大に向かって念が発せられる。

──気になるか。そんなことが気になるか。

壮大はわずかに眉を寄せたが目はタブレットに向けたまま、はっしと念を受け止め、ただちに返した。

──何のことかわかりかねますが。

伊三郎はすぐに返した。

──しらをきるか。端を取れなかったくらいで。小さい男よのう。

壮大はまったく表情を変えずタブレットを操っている。だが、次の瞬間、空間をびりびりびり! と切り裂きながら強い念が返されてくる。

──端の席に拘泥っておられるのは貴殿であろう。お見受けするにご高齢ゆえ端の席でなければ体を支えることが困難かと。まったく年は取りたくないものですな。

伊三郎はむかむかっときた。

──確かに私は生来左端の席を好む。サタンの片山とは私のことだ。だが年齢とは無関係、言うなれば私の美学のようなものである。だいたい若く見せようと白髪染めをしているおぬしに言われとうない。もみあげの染め残しから察するにおぬしも齢50は超えていよう。

ばりばりばりっ! と空気を切り裂き、うねりを巻き起こしながら念が送られて来た。

──失敬な。49だ。

できる。この男、できる。強い念の力を腹に浮け、一瞬ふらついた伊三郎は手すりを握りしめ、ひそかにうめいた。やはり端の席でよかった。危ないところであった。

しかしそんなことはおくびにも出さず、へそにぐっと力をこめ、先ほどよりはパワーをこめて念を送る。千石高速鉄道の車内に一瞬、閃光が走った。

──いわゆる新人類か。こわっぱが。

壮大の眉間がぴくり! と動いたそのとき、アナウンスが響いた。

「あかいいわし、あかいいわし〜〜。次はしんじまみやまで止まりません〜」

赤井鰯は一日平均乗降客六万人のそこそこ大きな急行停車駅である。準急行もここを出ると万場駅のすぐ手前、神事間宮まで止まらない。降車する人、乗車する人が交錯する。

壮大はタブレットを手にしたまま腰をわずかに浮かし、視線をサーチライトの
ごとく巡らせる。だが、見える範囲のシートの端はすべて押さえられたままだ。

そもそも赤井鰯で降りる人間なら端の席を狙いはしない。端狙いは終点の万場まで乗る人間ばかりなのだ。口を開けていぎたなく眠っている中年女、恥じらいを捨てて一心に化粧をする女らはシートの端から動く気配もない。

もちろん伊三郎もしかり。腕を組むふりをして手すりをしっかり握りしめ、いまや手すりもシートも他を寄せ付けぬほど己の熱でほかほかに温めているのだ。

電車が動き出す。むなしく腰を下ろす黒川壮大...。

──ふおっほっほ。おぬしにはつくづく運がないとみえるわ。

案の定、伊三郎がいたぶってくる。壮大は取り合わない。ふと、伊三郎の視線が壮大のスーツの襟のバッヂを捉えた。

──ほう。シャーク電機か。巨額の赤字が見込まれ、かつて袂を分かったアイアイ電機に屈辱の吸収合併されるのも時間の問題と言われる、あのシャーク電機か。

壮大の目がきらりと光った。

──その件は報道されていないはず。なぜそれをっ。

──アイアイ電機の相談役を務めたこのわし。一線を退いたとはいえ今も子飼が役員を務めておる。そのわしの耳に入らぬはずがなかろうて。

──なんと、貴殿、憎きアイアイ電機の者であったか。道理で...!

──憎きとはこちらのセリフ。よくも出会うたものよ。シャーク電機の連中がかつてアイアイ電機にしたことを忘れるとでも思っているのか! ふっ。実は今日は終点の万場まで行かず神事間宮で降りて変王子動物園にでも行こうと思っていたがやめた。この端の席は絶対に譲らぬ! 万場に着いても、車庫に入っても座っててやる!

──なんだと!

バキバキバキ! とものすごいパワーが伊三郎めがけて発せられた。中吊り広告がばさばさと揺れる。どこから飛んできたのか枯れ葉が舞う。

──こうなったからには黙っておれぬ。そこをどけ! アイアイ電機の死に損ないが! その席をあけろ!

伊三郎も渾身の力を振り絞る。念は今や燃えさかる玉となり、高速回転しながら壮大に向かう。

ボムッ!

──あけてたまるか!

壮大からも火の玉が発せられる。玉と玉がぶつかる。車両中の吊り革がむちゃくちゃな方向にぐわんぐわんと揺れる。轟音とともにガラスが割れ、網棚の荷物がいくつも落下する。その中にあったらしい豚まんの箱が衝撃で開き、車内に臭いがもわっとひろがる。にらみあう壮大と伊三郎。そのとき

──やかましなあ...。

壮大と伊三郎はあたりを見回した。なんと、壮大のシートと扉をはさんだ隣のシートの端で口を開けて脚を広げ、居眠りしている中年女から、その念は発せられていた。しかも、なおも口を開け、鼻ちょうちんまでぶら下げて、表面上は眠り続けているのだ。ありえない! こんなおばはんから。

──うるそうて寝てられへんわ。

──おおおお、おまえのような者に何がわかる!

壮大と伊三郎は驚きを隠しながら、同時に叫んでいた。すると、また別の方向から

──その人の言う通りよ。

それは殺伐とした車内をいかにも軽やかに、谷間のせせらぎの音が伝わるがごとく、伊三郎にも壮大にも、居眠り中年女にも届いた。ただものではない。余裕さえ感じさせるこのパフォーマンス。明らかにレベルの差を感じさせる。さらに、それは続けて

──ばっかじゃないの。あれくらいの出力で必死こいてさ。おっさんたち、みっともないからさっさと出てったほうがいいよ。

──ここ、これはいったい...。

──だれだ、どこにいる!

あろうことか、その念は居眠り中年女の向かいのシート端で化粧をしている若い女から発せられていた。ミニスカートからすらりと生足がのびる。

──こ、この女が!

──信じられない! いや、しかし...出て行けとは、何を言うか!

もはやパニック状態の壮大と伊三郎に目もくれず、女は今しもアイメイクを終えたところ。まぶたをぱちくりさせて鏡の中の自分に満足の笑みを浮かべ、そして言い放った。

──だいたいここ、女性専用車両なんで。

言われてあたりを見渡した壮大と伊三郎の目に、女たちの刺すような視線が...。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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ふだんあまり卵を使わない(料理をあまりしない?)ので四個入りパックを買う。それでも賞味期限内に使い切るのを忘れてることがある。なのに、今日、買って帰ったパックをうっかり落としてしまい、四個とも割れてしまった!

中身が飛び出したわけではないので使えるけど、急いで使わないと...むむむ...で、ネットで調べると卵焼きもマヨネーズを入れてつくると冷凍に適するとか。そうしようか。それともいまはやりの冷凍卵にするか。それともがんばってクッキーかパンケーキでもつくってみるか。いろいろ迷い中。


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■3Dプリンター奮闘記[58]
北京出張徒然草 その1

織田隆治
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こんにちは。雨降ったり暑かったり、寒かったり。桜の季節も過ぎて、いかがお過ごしでしょうか?

今回から数回、3Dプリンターとはまったく......でもないけど、関係のない事を書き連ねます。

先週、出張で北京へお仕事に行ったんですけど、その際のドタバタ行程を......。

3Dプリンターで造形した模型の件で行ったんですが、まあ、少しは3Dプリンターには関わっているお話で......という事で、お許しください。

明日から北京、という前日、日本の中国銀行でちょっとだけ換金して、後は北京国際空港で換金すれば良いな、と思っておりました。

初日、なんとか北京国際空港に到着し、お迎えの車の人を発見。近寄ってみると、なんと、日本語も英語も話せない人で、そそくさと車に案内されてしまい、換金の機会を逃したのでした。

まあ、初日の現場作業が済んでから、ホテルで換金すれば良いか〜なんて思っておりました。

初日の作業が終わり、ホテルへタクシーで移動。

カウンターのお嬢様は、中国語しか分からず、唯一英語を話す人の英語は中国訛りが酷く、聞き取れない......。

元々英語は苦手なのと、中国訛り英語のダブルパンチで、なんとかYahoo翻訳で会話......。中国語など宇宙人の言葉なので、ちゃんと通じてるかどうかもわかからない有様......。

なんとかチェックインカウンターで聞いたところ、このホテルでは換金出来ないと......。

「明日、中国銀行で換金してください」

仕方ないな......と思ってチェックインしようとしたら、預り金が必要との事。サイフの中身は400元ちょっと......預り金は500元。

「足らんがな......」

で、サイフを見せて値段交渉し、400元に負けてもらう事に成功! クレカでも良かったんですが、星も付いてないホテルで、クレカを切る事に抵抗がありまして......。

なんとかチェックイン成功し、ふと気がつく。

「明日の現場へのタクシー代がないがな......」。北京のタクシーはかなり安いのですが、それでも足りない......。

明日の朝、何処か近くの銀行に駆け込んで換金しないと現場へ行けない。明日の朝の銀行換金が勝負やな......。

ホテルのチェックインをなんとか終わらせた僕は、とりあえず部屋へ。っと、とりあえず休憩して一服。

そこで、ふと、お腹が空いている事に気がつくのであります。聡明なお方ならもうお気づきかとは思いますが、「手持ちの現金がほとんどない......」

手元には、12元ほど......。日本円にして250円くらい......。

「さすがにこれでは飯食えんな......」

とりあえず外に出てみようかと思いましたが、街中でも案外物価はあまり変わらず、間違いなく食事は無理でした。

ホテルのレストランでクレカ使うしかないか、という事で、地下にあるレストランへ。こんなんなら、一時預け金もクレカにしとけばよかったよ。

レストランの入り口にいたお兄さんに、クレカ使えるか念のため聞いて、なんとか食事にありついたのであります。

とりあえず、ホテル地下、バイキング形式のレストランで先払いのクレカで払いを済ませ、卓に着く。どうやら鍋のバイキングのようで、少しオタオタしていたら、マネージャーのお兄さんが来て、

「フットボール! フットボール!」と、にこやかに話しかけて来る。

「フットボール???」

たどたどしい英語でよくよく聞いてみると、どうやら「フットボール」ではなく、「ホットボール」と言っているようだ。要するに「火鍋」ね。

「スパイシーなのと、そうでもないのがある」

という事みたいなので、行きずり上「スパイシー」の方を選んでしまった僕。そして、運ばれて来た鍋は赤黒く、地獄谷温泉のようにグツグツしているのだった。

「スパイシー」な方。一口食べて、後悔致しました......。そうじゃない方にすれば良かった......。

マネージャー「ビーファ〜シーップ!?」

「ビーファ〜シーップ!?」???

どうやら「ビーフ(牛)かシープ(羊)か?」と言っているようなので、日頃あまり食べない「シーップ!」を選択。

まあ、このスパイシーな方には合ってるかも......と自分を慰める。という事で、口の周りから胃までヒリヒリしながら、それでも完食する僕でありました。

さっきの火鍋で汗ダクの僕は、部屋に帰ってフロに入ろうと思ったけど、シャワーのみでしたよ......。

とりあえず、寝てまえ......。と、初日を終える僕でした。次の日の朝、お尻が痛かったのは言うまでもありません。

続く......。

【___FULL_DIMENSIONS_STUDIO_____ 織田隆治】
oda@f-d-studio.jp
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編集後記(04/23)

●古森義久「朝日新聞は日本の『宝』である」を読んだ(ビジネス社、2014)。このタイトルを真に受ける人はいないだろう。いるかな。この最大級の皮肉には感心した。サブタイトルは「笑えるほどおかしい反日の正体」である。「日本が国家として重大な岐路に立たされ、どの方向に進むべきか、と問われたとき、そして本当にどうしてよいか迷ってしまったとき、朝日新聞の社説などを読んでみる、そしてその主張とは正反対の道を日本が歩むことを求める。そうすれば日本はまず安泰となる。だから朝日新聞はわが日本にとっての最大の反面教師としての価値がものすごく高いのである。国宝並みの価値なのだ。

この記述はまったくのジョークではない。現実に戦後の日本は朝日新聞の主張とは正反対の道を歩んだことによって、みごとに平和や経済的繁栄を得て、成功したのである」という筆者は、毎日新聞と産経新聞でそれぞれ20年以上も記者活動をしてきた現役の新聞記者だ。タイトルこそシニカルであるが、内容は極めて実証的で、説得力満点である。どの新聞にもミスや偏向はあるが、朝日の場合は「そうした欠陥が構造的であり、体系的であり、政治的で大規模なのである」。朝日新聞にとっては報道部分での正確さを、自分たちの政治目的のために犠牲にすることなど、ごく当たり前のようである。

朝日新聞は報道でも評論でも、独自のレトリックを駆使する。意味のない情緒的な言葉で反対派の主張をこきおろす。お気に入りは「前のめり」という悪い印象を与える言葉による決めつけだ。反対意見に対しては、否定的なネガティブ表現のレッテルを貼って封殺をはかる。「悪魔化」という攻撃方法である。これらはあまりにパターン化されていて、読者にはお見通し、思わず失笑してしまう。朝日新聞の敵は間違いなく日本なのだろう。日本とは利害が多方面でぶつかる近隣の独裁政権と同じ主張を、日本の有力メディアが一貫して叫んでいる。これは穏やかではない。こんなおぞましいことはない。

「AIIBでアジア共栄の正論を謳い上げた中国」という記事では、日本がアメリカと共にAIIBに参画しないことを「日本外交、米国外交の大失敗であったと評価されるだろう」と書く。法則に則れば、AIIB不参加が正しいことになる。ここれ安心だ。「今国会の焦点となる安全保障法制は、戦後日本の安保政策の歩みを根っこから覆してしまうような巨大な法案である」と書く。ようやく普通の国になるのだ。これで安心だ。朝日新聞って本当に価値あるメディアだ。ところが、「大阪都構想」についてはいまいち立場が分からない。朝日は中立を装いながら反対のようだ。法則危うし! わたしも反対なんだよ。(柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4828417826/dgcrcom-22/
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「朝日新聞は日本の『宝』である」


●ヤマシタさんのに爆笑。オチに関する男性の反応について書きたくなった。エグザイルな人と、サラリーマン集団、おじさん集団、小学生、スマホゲームな人など。

住宅ローン続き。金額の訂正をしてもらった後、担当者さんにはメールで質問したものの返答のなかった疑問点をぶつけてみる。

「引き落とし口座は○○銀行ですが、借換のお金は××銀行(元の銀行)に入金してもらえるものなんですか?」「いいえ。○○銀行に入金されますので、手続きはそちらで」

「ネットバンキングやATMでの上限に引っかかりますよね。回数を分けても送金できる総額に上限ありますから。となると店頭なんですけど、いまどき簡単に、この金額の送金はさせてもらえないですよね。」「あっ。確かに」「よく気づいてくれました」

と担当者さん、司法書士さん。出来ないことはないだろうけれど、身分証明やら何やらで時間かかりそうだし、司法書士さんは月末で忙しいらしく足止めは困ると。それに万が一できないってことになったら、完済手続きは一からやり直し。

「返済口座は数回の引き落としの後、ここに電話してもらったら変更用の書類送りますから。お手数ですが、返済口座の用紙を書き直してください。」

続く。 (hammer.mule)