ショート・ストーリーのKUNI[173]千石高速真昼の戦い/ヤマシタクニコ

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それは2015年4月の木曜日。真昼の千石高速鉄道、清水が丘駅から万場行き準急行に乗車した片山伊三郎はぎろりと車内を一瞥した。車内は中途半端な混雑ぶりでシートはところどころあいているが、いずれも両端は埋まっている。

──ふっ。

伊三郎はやむなく六人掛けシートの中央付近に腰を下ろした。電車は動き出した。次の四海駅で何人かの乗り降りがあったものの情勢に大きな変化はない。

だが、その次の烏賊百舌鳥駅は山海線および地下鉄への乗り換え駅、一日の平均乗降客八万人と言われている主要駅のひとつである。

「いかもず〜いかもず〜。山海線および地下鉄にお乗り換えのお客様はここでお降りください」

思った通りかなりの乗客が降りる。伊三郎の向かいのシートの左端があいた。伊三郎はさっと移動した。腰を下ろし腕を組み、安堵の笑みを浮かべたそのとき、目の前に立ちつくしている人間の存在に気付く。

グレーのスーツを着込み、A4サイズ対応のビジネスバッグを手にしたビジネスマン風の男。この烏賊百舌鳥駅から乗り込んできたようだ。ドアが開くなりこの席に向かってきたが、一瞬の差で伊三郎にしてやられたというところだろう。

──ちっ。

伊三郎の耳は男の小さな舌打ちの音を聞き逃さなかった。




しばし逡巡の後、男は仕方なく移動して向かい側のシートの端から二番目の位置に腰を下ろした。最初からそのシートを目指していれば端を取れただろうが手遅れだ。

男は座ってからもなんとなくむしゃくしゃした気分が収まらない様子だ。バッグからタブレットを取り出し、寸暇を惜しむビジネスマンらしく何かの書類を閲覧しているようだが、集中できてないことがありありとみてとれる。

──ふむ。

伊三郎は視界の端に男を収めつつ、念を送り始めた。たちまちあたりの空気をぴしぴしぴしっ! と切り裂きながら、伊三郎からその男、黒川壮大に向かって念が発せられる。

──気になるか。そんなことが気になるか。

壮大はわずかに眉を寄せたが目はタブレットに向けたまま、はっしと念を受け止め、ただちに返した。

──何のことかわかりかねますが。

伊三郎はすぐに返した。

──しらをきるか。端を取れなかったくらいで。小さい男よのう。

壮大はまったく表情を変えずタブレットを操っている。だが、次の瞬間、空間をびりびりびり! と切り裂きながら強い念が返されてくる。

──端の席に拘泥っておられるのは貴殿であろう。お見受けするにご高齢ゆえ端の席でなければ体を支えることが困難かと。まったく年は取りたくないものですな。

伊三郎はむかむかっときた。

──確かに私は生来左端の席を好む。サタンの片山とは私のことだ。だが年齢とは無関係、言うなれば私の美学のようなものである。だいたい若く見せようと白髪染めをしているおぬしに言われとうない。もみあげの染め残しから察するにおぬしも齢50は超えていよう。

ばりばりばりっ! と空気を切り裂き、うねりを巻き起こしながら念が送られて来た。

──失敬な。49だ。

できる。この男、できる。強い念の力を腹に浮け、一瞬ふらついた伊三郎は手すりを握りしめ、ひそかにうめいた。やはり端の席でよかった。危ないところであった。

しかしそんなことはおくびにも出さず、へそにぐっと力をこめ、先ほどよりはパワーをこめて念を送る。千石高速鉄道の車内に一瞬、閃光が走った。

──いわゆる新人類か。こわっぱが。

壮大の眉間がぴくり! と動いたそのとき、アナウンスが響いた。

「あかいいわし、あかいいわし〜〜。次はしんじまみやまで止まりません〜」

赤井鰯は一日平均乗降客六万人のそこそこ大きな急行停車駅である。準急行もここを出ると万場駅のすぐ手前、神事間宮まで止まらない。降車する人、乗車する人が交錯する。

壮大はタブレットを手にしたまま腰をわずかに浮かし、視線をサーチライトの
ごとく巡らせる。だが、見える範囲のシートの端はすべて押さえられたままだ。

そもそも赤井鰯で降りる人間なら端の席を狙いはしない。端狙いは終点の万場まで乗る人間ばかりなのだ。口を開けていぎたなく眠っている中年女、恥じらいを捨てて一心に化粧をする女らはシートの端から動く気配もない。

もちろん伊三郎もしかり。腕を組むふりをして手すりをしっかり握りしめ、いまや手すりもシートも他を寄せ付けぬほど己の熱でほかほかに温めているのだ。

電車が動き出す。むなしく腰を下ろす黒川壮大...。

──ふおっほっほ。おぬしにはつくづく運がないとみえるわ。

案の定、伊三郎がいたぶってくる。壮大は取り合わない。ふと、伊三郎の視線が壮大のスーツの襟のバッヂを捉えた。

──ほう。シャーク電機か。巨額の赤字が見込まれ、かつて袂を分かったアイアイ電機に屈辱の吸収合併されるのも時間の問題と言われる、あのシャーク電機か。

壮大の目がきらりと光った。

──その件は報道されていないはず。なぜそれをっ。

──アイアイ電機の相談役を務めたこのわし。一線を退いたとはいえ今も子飼が役員を務めておる。そのわしの耳に入らぬはずがなかろうて。

──なんと、貴殿、憎きアイアイ電機の者であったか。道理で...!

──憎きとはこちらのセリフ。よくも出会うたものよ。シャーク電機の連中がかつてアイアイ電機にしたことを忘れるとでも思っているのか! ふっ。実は今日は終点の万場まで行かず神事間宮で降りて変王子動物園にでも行こうと思っていたがやめた。この端の席は絶対に譲らぬ! 万場に着いても、車庫に入っても座っててやる!

──なんだと!

バキバキバキ! とものすごいパワーが伊三郎めがけて発せられた。中吊り広告がばさばさと揺れる。どこから飛んできたのか枯れ葉が舞う。

──こうなったからには黙っておれぬ。そこをどけ! アイアイ電機の死に損ないが! その席をあけろ!

伊三郎も渾身の力を振り絞る。念は今や燃えさかる玉となり、高速回転しながら壮大に向かう。

ボムッ!

──あけてたまるか!

壮大からも火の玉が発せられる。玉と玉がぶつかる。車両中の吊り革がむちゃくちゃな方向にぐわんぐわんと揺れる。轟音とともにガラスが割れ、網棚の荷物がいくつも落下する。その中にあったらしい豚まんの箱が衝撃で開き、車内に臭いがもわっとひろがる。にらみあう壮大と伊三郎。そのとき

──やかましなあ...。

壮大と伊三郎はあたりを見回した。なんと、壮大のシートと扉をはさんだ隣のシートの端で口を開けて脚を広げ、居眠りしている中年女から、その念は発せられていた。しかも、なおも口を開け、鼻ちょうちんまでぶら下げて、表面上は眠り続けているのだ。ありえない! こんなおばはんから。

──うるそうて寝てられへんわ。

──おおおお、おまえのような者に何がわかる!

壮大と伊三郎は驚きを隠しながら、同時に叫んでいた。すると、また別の方向から

──その人の言う通りよ。

それは殺伐とした車内をいかにも軽やかに、谷間のせせらぎの音が伝わるがごとく、伊三郎にも壮大にも、居眠り中年女にも届いた。ただものではない。余裕さえ感じさせるこのパフォーマンス。明らかにレベルの差を感じさせる。さらに、それは続けて

──ばっかじゃないの。あれくらいの出力で必死こいてさ。おっさんたち、みっともないからさっさと出てったほうがいいよ。

──ここ、これはいったい...。

──だれだ、どこにいる!

あろうことか、その念は居眠り中年女の向かいのシート端で化粧をしている若い女から発せられていた。ミニスカートからすらりと生足がのびる。

──こ、この女が!

──信じられない! いや、しかし...出て行けとは、何を言うか!

もはやパニック状態の壮大と伊三郎に目もくれず、女は今しもアイメイクを終えたところ。まぶたをぱちくりさせて鏡の中の自分に満足の笑みを浮かべ、そして言い放った。

──だいたいここ、女性専用車両なんで。

言われてあたりを見渡した壮大と伊三郎の目に、女たちの刺すような視線が...。


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ふだんあまり卵を使わない(料理をあまりしない?)ので四個入りパックを買う。それでも賞味期限内に使い切るのを忘れてることがある。なのに、今日、買って帰ったパックをうっかり落としてしまい、四個とも割れてしまった!

中身が飛び出したわけではないので使えるけど、急いで使わないと...むむむ...で、ネットで調べると卵焼きもマヨネーズを入れてつくると冷凍に適するとか。そうしようか。それともいまはやりの冷凍卵にするか。それともがんばってクッキーかパンケーキでもつくってみるか。いろいろ迷い中。