[3910] 嗚呼、すいません!

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《そもそもどうしてこうなったのかというおはなし》

■私症説[69]
 嗚呼、すいません!
 永吉克之

■晴耕雨読[12]
 新国立競技場案が変更になったわけ
 福間晴耕

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■私症説[69]
嗚呼、すいません!

永吉克之
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阿部サダヲ主演の映画『謝罪の王様』を観ていたら、駅のホームで、《人身事故》により電車の到着が遅れていることを謝罪するアナウンスが流れるシーンがあった。

ああ、やっぱり東京でも謝るんだな、大阪から百三十里も離れた東京でも事情は同じなんだな。じゃ、これはもう全国的に謝ってるんだな、と思って、《謝罪》を今回のコラムのネタにすることにした。映画の方はどうでもいい。

                 *

「〇〇駅で起こりました人身事故の影響で、電車の到着が遅れておりますことをお詫びいたします」

駅で電車待ちをしているときに、こんな構内アナウンスが流れることがたまにある。たまに、というか最近けっこうあるような気がする。

鉄道での《人身事故》が自殺とは限らない。しかし構内アナウンスを聞いて、酔っぱらいがホームから転落したとか、スマホに気を取られて足を踏み外したとかいった憶測をするよりも、まず投身自殺を頭に浮かべる人の方が多いのではなかろうかと思う(冒頭の映画でも、原因は自殺だった)。

無残な最期を遂げたことであろう。しかし、たとえば朝一でお得意様との商談が待っているような乗客なら、どこの誰かもわからない人間が自殺に追いこまれなければならなかった事情を忖度して冥福を祈るほどの仏心を発揮する余裕はない。

「なんてこった。よりによって俺が乗る時間帯に自殺しなくったっていいじゃないか。それに路線なんかほかにいくらでもあるんだから、そっちでやれよ」

このあたりが、急いでいる乗客が抱く正直な気持ちだろう(憶測)。

                *

自殺か事故かはどうでもいいのだが、私は先日、人身事故による電車の延着を詫びるアナウンスがどうにも腹に据えかねて、駅長室に怒鳴り込みにいった。

「自殺は電鉄会社のせいやないんやから、あんたが謝らんでもええやないか! それにあんたら、大雨とかで遅れても謝るやろ。あんたらが雨降らしとるんか? ラッシュの時もそうや。車内がたいへん混み合いましてご迷惑をおかけしております、とかゆうて謝っとる。自殺した奴とか混んだ電車に乗ってくる奴に謝らせたれや......とゆうわけにもいかんやろな。

それに、誰かがスイマセンを言わんと、イライラ待ってる客も気が収まらんやろ。まあ、結局あんたらが謝るしかないか。しかし駅員も大変やな。自分たちの落度でもないのに、気の短い客から、いつまで待たせんねん、とか詰め寄られて。まあこれからも乗客の安全のために粉骨砕身してくれたまえ」

と、勝手に納得して駅長室を後にした。

                *

私はドメスティック男なので、海外の事情は知らない。だから、これは日本だけではないのかもしれないが、謝罪を意味する言葉が必ずしも、過ちを認めることにはならないのは、ご存知の通り。

謝罪を意味する代表的な言葉が《すい(み)ません》と《ごめんなさい》。

焼き肉屋で注文をするのに、「すいません、ハラミを2人前」なんて言うのは日本だけだろうか。「ごめん、こっちビールね」なんて言う場合もある。

なんの罪も落度もない市井の民が、しかも店の売り上げに貢献しようとしているのに、謝罪するのは日本だけだろうか。

亜米利加の焼肉屋で注文をする時、"I'm sorry, harami for two" と言うのだろうか。たぶん言わないだろう。なにしろ謝ったほうが負けの国で、そんなことを言ったら、「ハラミを注文するときに謝って罪を認めたから」ということで、焼肉店側が訴訟を有利に進めることは間違いないからだ。

(注)客がハラミを注文するときに謝ったからといって裁判沙汰になることは、なんぼ亜米利加でも起こりえないだろうから、安心して渡米してください。

                *

また、例えば相撲中継の終了間際に、実況のアナウンサーから、「本日の解説には元横綱の〇〇親方においでいただきました。親方、どうもありがとうございました」と言われて、〇〇親方が

「失礼しました」

と返すのを聞くと、ある種の危機感を抱く。

《失礼しました》は悠久の昔から使われていた正しい謙譲表現なのだが、私はこの《失礼しました》が、《〜させていただく》同様、敬語の増強競争に発展することを危惧するものである。

敬語の増強の実例。《食べる》の尊敬語は《召し上がる》だけで充分なのに、それに慣れてしまって「敬意感」(造語)が薄れたのか、どことなく失礼な気すらしてくる。そこでさらに丁寧に、《お召し上がりになる》に増強されているが、とりあえず正しい日本語だからいい。

しかし、それでもまだ何か足りないような気がしてか、「お召し上がりになられます」なんてくどい敬語が実際に使われ始めている。この調子では、《お召し上がりにおなりになられます》なんてミュータント敬語が出現するのに、そう時間はかからないだろう。

これの何がけしからんかというと、本来はヘビー級だった《召し上がる》の重みを感じさせなくなってしまったことである。だから、その上にスーパーヘビー級の《お召し上がりになる》を設置しなければならなくなった。

しかしそれも、年月を経て萎み始めると、こんどはエクストラ・スーパー・ヘビー級の《お召し上がりにおなりになられます》を設置しなきゃならなくなるのである。もう悪夢だ。

近い将来、「あそこの店員、《なにを召し上がりますか?》とか抜かしやがんねん。ほんま口のきき方知らんガキや。ドタマきたから店で暴れたった」なーんてことになりかねない。

これも一種の日本語破壊だが、できるだけ丁寧な言い方をしようという気持ちから出ているものなのだろうから、なんとも悩ましいところであるが、結局は、学校や家庭での日本語教育に帰される問題なのかもしれない。

                 *

《失礼しました》に話を戻すが、失礼どころか相撲を興味深く観るのに貢献しているのだから、これ以上、へりくだらないでいただきたい。

そのうち《失礼しました》では、謙譲が足りないような気がしてきて、《申し訳ありませんでした》に増強され、さらに強力に......

「本日の解説は元横綱の〇〇親方においでいただきました。親方、どうもありがとうございました」

「私が悪うございました」

なんてことにならないように、敬語の暴走には警戒しておかなければならない。

                 *

話を面白くするためには不都合な真実はすべて無視する、という永吉流の作法から、あえて言及を避けたが、日本国民をミスリードするわけにはいかないので、ちょっとまともなことを付け加えておく。

《感謝》も《謝罪》もともに《謝》が入っている。この字を用いた《謝する》という言葉がある。

◇しゃ・する【謝する】

1. あやまる。わびる。「失礼を─・する」
2. 感謝する。礼を言う。「厚意に─・する」

──【大辞泉】より抜粋

謝ることと礼を言うことは、われわれ日本人の心のなかで微妙に溶け合っているようだ。

【ながよしかつゆき/戯文作家】thereisaship@yahoo.co.jp
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■晴耕雨読[12]
新国立競技場案が変更になったわけ

福間晴耕
< https://bn.dgcr.com/archives/20150522140100.html
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ニュースを見ると、表面的な事や話題性のある事を優先するせいか、その背景や原因などがさっぱり分らないものが多い。最近報じられた、新国立競技場案が大幅に変更になった話でも、そう感じている人が多いと思う。

幸い、自分は3DCGデザイナーの仕事をする前はずっと建築設計の仕事をしていた関係もあって、新国立競技場の件はある程度分るので、今何がおきていて、そもそもどうなっているか、自分の分かる範囲で解説してみたいと思う。

まずは、5/15に報じられたニュースを引用したい。

「2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場(8万人収容、東京都新宿区)の建設費を抑えるなどした新たな建設計画案が民間会社から文科省などに提出されたことが14日、分かった。政府関係者が明らかにした。計画案では、座席の大部分を仮設席として建設し五輪終了後に座席数を削減するなど合理性を重視した建築方式。現行案での着工予定は10月だが政府内では、この計画を支持する声が広がっており今後、新計画案が採用される可能性が浮上してきた。(スポーツ報知)
< http://www.hochi.co.jp/sports/etc/20150515-OHT1T50080.html
>

記事の中では見直し案が出た理由として、約3000億と言われる高い建設費、40億円に及ぶ年間維持費が問題になったとあるが、そもそもどうしてこうなったのだろうか。

理由はいくつかあるが単純に言ってしまうと、コンペで採用されたザハ・ハディド氏の案が、現実に建てるにはあまりにも難し過ぎる計画だったためである。

この案では開閉式ドーム屋根を備えた巨大建造物を、広い空間を確保するために柱や梁を殆ど使わずに建てるために、競技場というよりも巨大な橋のような構造にしなくてはならず、そのために予算も普通の競技場よりもはるかに高くついてしまうのだ。

しかも、それを人口密集地の都心のど真ん中で工事するので、そのための費用も馬鹿にならない、更に安全性の問題も指摘されていたのだ。

しかし、巨大な建築費がかかることは、実はある程度最初から予想されていた。それでもこの案が通ってしまったのは、競技場の設計を決めたコンペ方式に問題があったからだと言われている。

参考Link:新国立競技場 国際デザイン・コンクール
< http://www.jpnsport.go.jp/newstadium//tabid/441/Default.aspx
>

このコンペでは、安藤忠雄をはじめとした日本のトップクラスの建築家なども加わっていたにもかかわらず、「誰が責任を持つのか明確でない」ために、実際に建てる事についてはコンペのメンバーは考える必要がなかった。

そのため、最も見た目のインパクトがあり、斬新性もあるザハの案が選ばれたのだが、この案ではあまりにも時間と金がかかりすぎた。

それでも高度成長期やバブルの時のように、予算が無尽蔵にあるならここまで問題にはならなかっただろう。実際、ザハの案はドバイなどのオイルダラーのある国ではいくつか現実に建っている。

しかし、今の日本ではそこまでの金と時間のゆとりはなかった事もあって、いざ施工する段になって建築会社や施工会社が音を上げたという訳である。

参考Link:新国立競技場──ザハ・ハディド案をめぐる諸問題
(10+1 wweb site)
< http://10plus1.jp/monthly/2013/12/issue01.php
>

更に、競技場を巡ってトップが綱引きをして方向が定まらないうちから、現場レベルではスケジュールの都合もあって、なし崩し的に建て替えが進んでいる為に、時間が経つほどに後戻りが出来ない状況になってしまった。

遅れていた旧国立競技場の解体はようやく終わったが、元々長期間使うことを想定して頑丈に作られた地下の基礎の杭の撤去に手間取り、更に予算と時間を消費している状況であり、もはや工期の遅れは許されない。

そうした事もあり、プランが変更になって工期が遅れるのを嫌がる人間が大量にいる上に、建築案が見直しになると責任問題でクビが飛ぶ人間が何人も出てくるようなので、新計画案が採用されるのはまだ予断を許さないというのが現状である。

今後どうなるのか更なる注視が必要だろう。

【福間晴耕/デザイナー】
フリーランスのCG及びテクニカルライター/フォトグラファー/Webデザイナー
< http://fukuma.way-nifty.com/
>

HOBBY:Computerによるアニメーションと絵描き、写真(主にモノクローム)を撮ることと見ること(あと暗室作業も好きです)。おいしい酒(主に日本酒)を飲みおいしい食事をすること。もう仕事ではなくなったのでインテリアを見たりするのも好きかもしれない。


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編集後記(05/22)

●川口マーン惠美「ドイツの脱原発がよくわかる本 日本が見習ってはいけない理由」を読んだ(草思社、2015)。ドイツ人社会のまっただ中で30年も暮らしてきた筆者が、ドイツと日本の発電の現場を取材した。福島第一の事故のあと、ドイツの脱原発が決まり、筆者は直ちにそのフォローを始めた。そして、日本とドイツのさまざまな状況の違いを知るにつれ、日本はドイツの脱原発を絶対に真似てはいけない、真似れば必ず命取りになる、という結論に達した。そもそも真似ることはできないのだ。日本がドイツと同じことをすることは不可能だ。ドイツができる(かもしれない)ことは、日本は絶対にできない。

理由はふたつある。まず、ドイツと違って電力を融通し合える隣国がない。そして、日本には自前の資源がない。日本のエネルギー自給率は6%ほど。ドイツは国内産の石炭と褐炭で45%、自前の燃料を持っている。このふたつは決定的違いである。日本はいかに能力と根性と財力があっても、ドイツの脱原発と同じことはできない。それに気づかず盲信すれば、まず経済力が尽き、瞬く間に国際資本に食い荒らされ、いつかギリシアのようになってしまう。「脱原発は急いではならない。長いスパンで計画的にやらねばならない。これが、我々がドイツの脱原発から学ぶ一番大事なことだ」。

ドイツの脱原発は自画自賛。壮大な実験をしている。ドイツの地政がそれを可能にしている。世界でドイツにしかできないプロジェクトかもしれない。だが早急すぎる脱原発を決めたがために、多大な困難を抱え込んでいる。その一部は公になっているが、多くのところはまだうまく覆い隠されている。そのレポートは興味深い。一方、日本の電力会社は大規模停電を起こさないよう、老朽火力を総動員して、責任の重い綱渡りを続けている。夏のピーク時にも原発なしでやっている。そのためどの電力会社も経済的、技術的にピンチに追い込まれている。そのことを称賛しようという愚かな人たちがいる。

また、日本の再エネには多くの問題があるが、この本の目的は、再エネ開発を批判することではない。世界一厳しい安全基準を通った原発を稼働させるリスクと、稼働させないリスクを比べてもらいたいというものだ。すべての電気を再エネとガスで賄い、しかも採算がとれるという日が早く来ればよいが、それに移行する間は、やはり原発も視野に入れたベストミックスを考えるべきだ。エネルギー問題を宗教や思想の枠の中に押し込めるのも無理がある。「原子力発電所」ではなく、「核発電所」と呼びませんか? という通俗小説家がいる。原発の悪魔化を狙ったものだが、略して核発は、文学的ではないw  (柴田)

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川口マーン惠美「ドイツの脱原発がよくわかる本 日本が見習ってはいけない理由」


●マラソン続き。それらに加え、ティッシュやハンカチ、ゴミ袋、iPhoneなどを装備。当日の天気で雨用ポンチョを追加するかどうかを決める。これらを入れるのは「YURENIKUI ダブル」。その名の通り、揺れにくい。

ベーシックとダブルを持っていて、エアーサロンパスを入れるならとダブルにした。二つあるドリンクホルダーのうち一つをエアーサロンパス用に、残りをゼリーとタブレット用に。大規模マラソンでドリンクはいらないだろう。

ポケット部分にはそれ以外。iPhoneカバーには千円札とカード型iD。何かあった時のために。

スポーツ用の日焼け止めを塗り、照り返しが強いかもと、自転車通勤用に買っていた古いスポーツ用サングラス、タイツ、ウィンドブレーカー、スポーツウェア、手袋とYURENIKUI。日焼けしたくないから長袖。続く。(hammer.mule)

< http://www.yurenikui.jp/feature/
>
YURENIKUI

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iPhoneカバーはこれと同じマグネット・フリッパータイプで、カバー部分にカード入れがついているもの。片手で開け閉めできるこの縦開きが好きなのだが、国内では人気がないようだ......。SENAのものを個人輸入している。

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サングラスはadidasのgazelle。これの赤(A129 01 6058)。