武&山根の展覧会レビュー 雲のような意識──【マグリット展】を観て/武 盾一郎&山根康弘

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私の絵画が体現していた神秘、謎について言うならば、一般的に存在についての真実の感情にとって代わっている、あのばかげた精神の習慣の総体と、私が断絶したことを示す、最良の方法だったのです。──ルネ・マグリット

武:こんばんは。

山:こんばんは〜

武:動いてますね。よかった。さて、どうしましょうかね。今回はどこにも行けてませんからねえ。

山:実はですね、日曜日仕事が早く終わったので、六本木に行ったんですよ。

武:そうなんですか! 何観たの?

山:新美術館のマグリット展。
< http://magritte2015.jp/ >

武:おお、話題のマグリット!




山:15:00ぐらいに新美術館に着いたら、もうね、暑いのにすごい並んでるんですよ!

武:行列だったんだ。

山:なのであきらめました。

武:あきらめたんかい!

山:並ぶのはちょっと、、、

武:俺も京都でやってた鳥獣戯画展観た時並んだけど、もう並ぶの厭だな。

山:彼女でもいて一緒に並ぶんならぜんぜん並ぶんですけどね。一人なもんで。

武:確かに! 京都では彼女じゃなくて母と並んだんだけどね。立ちっぱなしでしょ、具合とか悪くならないかなあとか心配したよ。けど、母と同じくらいの女性グループがいっぱい居て、まあ母もオバチャンもオバアチャンたちも元気元気。俺の方がげっそりとくたびれたよ。

山:そうなんや。まあ何にしてもですね、日曜日は観れなくて。

武:こういう時は時事ネタで引っ張りましょう!

山:え。うーん、なんか乗らんな。

武:あるじゃん。大阪都構想の住民投票。大阪出身の山根としてはどう思いましたか?

< http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2015_0518.html >

山:まあねえ、僕も気にはなってましたが。僕が大阪市に住んでたら、賛成票を入れてたやろね。

【大阪都構想の住民投票】

武:ふむ。やっぱり負ける側なのか。。。

山:どういうことやねんな。

武:いつもマイノリティじゃん。今回は僅差だからそうでもないけどw

山:マイノリティだから賛成する、って訳ではないです。

武:今回の住民投票ってさ「都構想政策」が否定された訳じゃないと思うんだよね。なんつかな、テレビも新聞もないから「マスメディア」がどんな報道したかは分からないけどね、ネットを見てると「都構想の政策について考える」というより「橋下市長が気に入ってるかどうか」に基づく言葉が目立ってるような気がして、なんだかなあって思ったんですよ。

山:大阪にいま住んでる訳ではないし、都構想のことも詳しくわかってる訳ではないし、橋下市長に特に何も感じてないので、かなりいいかげんなもんですが、単純に「変わった方がいいんちゃうの?」と思ただけなんですけどね。僕は。

武:単純に「変わった方がいいんちゃうの?」って思ってる人はひょっとしたら大多数かも知れないよなあ。けど実際に「行政の枠組みが変わる」と思うと何が起こるのか分からないので、現状維持を選択してしまうんでしょうな。

けど今回の選挙で何か変わっていく感じもしたよ。ひとつはね維新の会以外全部の政党が反対してたでしょ、これ今の政権構造の本質を炙り出したよね。保守も革新も含め、政党政治って全て「保守」なんだよね。

ウヨもサヨもこぞって橋下市長を批判してて、批判というよりパーソナルな言動や振る舞いを攻撃してた印象だけど、橋下市長も市長で言葉が下品だったりするから、なおさらDisられるという。

山:でもそういうのも十分、判断の材料にはなりますね。判断される立場の人やし。

武:そうだよなあ。結局、政策よりも「政治家たちの物語」を見ちゃうんだよな。けど、政治家物語、政局は政治じゃないよ。それは「20世紀に流行した政治観」として片付けちゃっていいよ。

例えばね、大阪市はガンか糖尿病患者のようなものだとするでしょ。なんとかしないとならないわけですよ。実際そうでしょ。でね、「こうなったら内臓を全部入れ替えちゃいましょう」と主治医A医師が治療法を提案したとする。

その他の医師が「おいおいそれは無茶だよ」と思ったとしよう。

そこでB医師は「A医師反対!」と言って立ち上がる。C、D、E医師に対し、「A医師に反対しよう!」と持ちかけるんですよ。C、D、E医師はA医師の治療法には無理があるが、B医師の呼びかけに加わってもどうだろう? とか悩むんですよ。

山:まさしく政治じゃないの、それが。

武:これはむしろ「政局」と言うんじゃないのかな。それを「政治」と思ってしまうのが「20世紀の政治の概念」なんだと思う。

重要なのはこの患者が一番良くなる方法じゃないですか。それが「政策」で、そしてそれこそが「政治」なんだと思うんさよ。本質の周りで起こっている政治に辿り着くまでのポジション取り物語は「政治」じゃないよ。

山:言わんとしてることはわからんでもないが、だからと言って治療法が必ず成功するとは誰もわからないから、そこに賭けてみようと思うかやっぱやめとこうと思うかは、人によって違うよな。そうすると自分一人だと意見が通らないから他の人を説得する訳でしょ。どっちの意見を聞いてもわからん、という人も出てくる。そこで両陣営のアピール合戦にはなるわな。最終的に多数決なんやから。

つまり多数決が「20世紀型」ってこと?

武:ああ、「多数決」、それ難しいよね。。究極的に、「それ、多数決でいいのか?」ってあるもんな。

今回の選挙で思っちゃったんだよ。政策って「選挙という行為」で決めていいのか? って。うーん、ちょっとうまく言えないが。選挙ってなんだ? って考えちゃった。

人間の「意識」、とりわけ「感情」で投票したりするわけでしょ。それって壮大に間違えるよね。「投票」は、個人の政治・政策に対する思考と合致しない、という気がするよ。

山:どうかねえ、意識であろうが無意識であろうが感情であろうが、間違える時は間違える。むしろ、間違えたあとどうするかが重要で、間違うことを否定するのもおかしな話のような気がするが。まあ、政治だから間違えたら困るって思う人がほとんどやろうし、そりゃそうやけど、間違えなかった政治ってあるのだろうか。

武:確かに。ものごとって「間違えたあとどうするか」だよなあ。今回の選挙結果って「間違えるかもしれないリスクを伴った挑戦」を多数決で否定したってことだよね。

だから、さっきの患者の例で例えると、なんか具合悪くなっていて対策しなきゃならないんだけど、「多数決でとりあえず患者を放置した」ってことになるんじゃないのかな。

山:いや、えーとなんだっけ。別の方法に切り替えたんよな。総合区か。

武:そうなんだ。じゃあ、とりあえず「点滴を続けた」って感じなのかな。割と良かったのかもw

山:良かったんかい。

武:いやね、俺が言いたいことってね、そこじゃなくて、なんつーか、もやもやとあるんですよ!「根本的にその方法が違う!」みたいなの。

最近ね、政治的なことをツイッターやフェイスブックで一切言わなくなったんですよ。けどね、政治のことを考えなくなったんじゃあないんです。政治に対するメタ認知が変わってしまったとでも言うのかな。うまく言葉にできないんですが。

山:うまく言えないことばっかりやないか。

武:そうですねえ。うまく言葉にできない、ってとても素敵な状態だなあ(笑)なんか考え方を再構築してる最中なんだな。リモデリング。

「大阪を都にするかどうか」とか「原発はやめるかどうか」とかは、結局のところ「投票」した方がいいとは思うけどさ。

けどね、政策のほとんどはインフラ関係で、人体で言えば、血液やリンパや消化器や自律神経などの、無意識下で行われてる営みが滞り無く働いてるかどうかなのだから、イデオロギーもへったくれもなく「良い対処」てのがあるんですよ。それらはもう、自動的にそうなるシステムがいいんじゃないだろうか。つまり、行政府のほとんどは機械(AI)でいい。

山:どうやろ、本当に人間の無意識下が「滞りなく」働いてるかどうかなんてわからんからね。めちゃめちゃなことになりながら、働いているのかも知らん。こちらが気付かないだけで。

武:ああ、そうかもw もう血管傷つきまくりだし、白血球戦士たちは侵入細菌テロとの戦闘の日々でボロボロだとか、腸の細菌変動も劇的で毎晩天変地異みたいに荒れ狂ってる世界かも知らんな。。。

山:ま、そんなこと言い出したら何もできなくなるんやけどね。

武:票田に利権をもたらすだけだったり、政権争いしたり、それらは「20世紀的政治」なんじゃないのかな。

例えばね、アップルウォッチがあるじゃないですか。ああいうウェアラブル・デバイスがもっと進化して、オキシトシンとかの分泌量がすぐさま計測できるようになるとするじゃないですか。

山:知らんがなw

武:俺もアップルウォッチ持ってないから知らないが、もうちょっと続けさせてくれw そういうホルモン分泌とか脳の扁桃体反応とかの生理情報がすぐに計測できてネットワークされるとするのよ。

で、「大阪都構想」を思考した時に、オキシトシンが分泌されたら自動的に賛成に1ポイント付くとか「生理化学変化投票」で政策が決定されるといいんじゃないのかな?

山:それはいややな。かなり。

武:自分が何に投票したかは後から知る、という。

山:オキシトシンてなんやねん。

武:愛情ホルモン。

山:じゃあすごく感動できる物語り書けば政策になるってこと?

武:アドレナリンが出ちゃうとはポイントはゼロとかねw

山:むずかしいな〜

武:そういう採点基準すらも、人々の生理反応を集積してシステム自体が自動変容してくの。テレビ・新聞・ラジオ、そしてネットも含めた「意識のメディア」よりマシかも知れないよ。

山:まあそんなことにはならんやろうけど、かなりの強制やな、それ。

武:てのはね、基本メディアってネガティブなメッセージを発するんですよ。人間の意識はネガティブな言葉に引っかかる仕組みになってるからね。

だから、ネガティブな言葉がすんごく氾濫してるでしょ。このことと今日び鬱になる人が多いのって無関係ではないと思う。そういう言葉を聞いてしまってから「意識」レベルで投票をする。

結局、情動操作で勝敗が決まったりする。そのテクニックで映画館に人を集めるんだったらいいけど、政策を判断するんだよ、そういうんでいいんかなあ? てのが今回の選挙で考えたことなんですよ。

山:武さんの言ってることも十分ネガティブに思えますがね。

武:そうか? 俺は未来の政治に希望があると思ってるんだけどね。

山:この話ってつまりは人間の意識を信頼しない、ってことのように聞こえてしまうけど。

武:意識を信用しないってことじゃあないんだよなあ。都構想の住民投票があった方がいいとは、もちろん思うんだけどさ。なんつかなあ。。

山:なんか全然理解出来んw

武:そっかw まあ、俺もよく分かってないんだけどね。で、これは結局、無政府「アナーキー」へのベクトルでもあるんだよなあ。無政府というか「無意識政府」かな、「非権力政府」というか。そういうことをなんかもやもやと考えてたんです。

山:じゃあ武さんピンで書いて下さいよ。

武:え、そうなん? まあ俺が言いたいもやもやを言ってみただけなんだけどな。山根が最近気になってることとかってじゃあ、なんかありますか?

山:だからー、日曜日は観れなかったけど今日行ってきたんですよ、マグリット。

武:そうなんだ! それを先に言いなさいw

山:いつ終わるのか待ってたんですよ。

武:じゃあまあ、長い枕を抜けて、本題のマグリットについて行ってみよう!


【マグリット展/国立新美術館】

< http://magritte2015.jp/ >

山:今日は混んでなかったのでゆっくり観れました。土日はアカンね。

武:なるほど。観るならやっぱり平日、と。で、「すごくよく知ってる画家」のようなイメージがあるよね。なんとなく「いまさら観る絵なのか?」感も正直あったりするんだけど、いかがでした?

山:確かにそんな感じは僕もしたけど、実際に行って観てみるととても面白かった。普通に楽しめました。

武:そうですか。俺も行ってみようかな。

山:知ってると思ってしまってるとわざわざ観に行かないけど、実際は知らんこと多かったりするな。単純に昔と今の興味が変わったから、てのもあるけど。

武:ふむ。例えばどんなこととか?

山:そもそも生い立ちとか知らんかったし。母親は自殺してるんですね、14歳の時。

武:へー!

山:マグリットを僕が知ったのは中学の美術の教科書でなんやろうけど、その頃ってあの不条理なイメージがすごく面白かったんですね。どんな人やったかとかはあまり興味がなかったし、どういう意味の絵とかは全然理解出来なかった。

武:絵の意味としての答えがあるわけではない、という印象なんだけど、意味があったってこと?

山:そりゃ意味がなければこんなに有名にはならんやろう。まあ、僕には説明は出来ませんが。

武:なんだそらw えっと、マグリットの後続ってあるのかな? シュールってなんかその場限りで終わった観あるよね。

山:マグリットに続いてるのはポップアート、コンセプチュアルアートですね。

武:または「だまし絵」とかになるのかな。

山:だまし絵、トロンプ・ルイユはその前からあるね。マグリットはけっこう長いことデザイナーやってるんやな。絵では食えなかったから。あの画風はそこからきてるってのはすごく納得する。アンディ・ウォーホルもデザイナーだし、ポップに繋がるってのもなんかわかる。

武:「マグリットがポップアートに引き継がれる」ってなんか意外な感じするけど、言われてみるとなるほどと思う部分はある。

山:日常のもの、モチーフを使って、別のイメージに変える、いや、変えると言うかそもそも、、まあ、前回の日常事変みたいなことですね。

< http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20150424140000.html >

武:ただ、マグリットが大好きな人に向かって、「マグリットがのちにポップアートになるよね」、って言ったら怒り出しそうな気がする。

というのは、マグリットの絵の最大の特徴は、陰鬱というか虚無的というか、空虚というか、静寂な世界観にあるわけで、そこが好きな人からすると、マグリットの後続はポップアートにならないよなあ、と思うんだ。

山:表面的な絵の特徴が引き継がれたわけではないからね。考え方やろね。

武:「交わらない意味を絵の中に置く」というのが手法なのかなあと思うんだけどね。

山:そもそもシュールレアリスムってなんだ? ってのがあるよな。何となくわかってるような気がしてるけど、あまりわかってない。

[シュールレアリスム]wikipedia
< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%A0 >

山:言われてるのは、いわゆるシュールレアリスムは、その後のアクションペインティングや抽象表現主義に繋がって行き、マグリットの系譜はポップ・アート、という。シュールの前がダダ。

武:ウィーン幻想派に引き継がれて行った観もあるよね。いわゆる幻想絵画がシュールの直属の末裔に当たると思うんだけどなあ。。

山:アメリカに渡った方が注目されたってことやろね。

武:自分にも「シュールレアリスム」を継承してる意識あるよ。というか「シュールレアリスム」と出会ってなかったら、絵を描いてないかも知れない。しかし、シュールって語られないよな。なんだろ、この「終った感」。

山:終わったというより標準化したんとちゃうの。

武:おお、なるほど。日常に浸透したのか。そう考えると面白い。ところで現代でもマグリットみたいな絵を、ガッツリ描いちゃう人っているのかな?

山:いるんちゃう? 意外とたくさん。

武:そうだよね、いるよね。けどそういう絵を観ると「趣味っぽく」見えちゃうんだろうなあ、、、

山:マンネリか。「趣味っぽい」って「それっぽい」ということなんやろね。アカデミズム的に評価されるのは概念、コンセプトで、趣味性はむしろ嫌われるだろうけど、そんなこと関係なく好きになる絵は好きになる。

武:「理屈」と「好き嫌い」はまた別だからね。「感覚的に好かれる作品」がやっぱ良い絵なんだと思うよ。そしてその背景に膨大な理屈がある、またはありそうだとほのめかす。マグリットの絵はそれが見事に成立してる。

●本人らしさとは

山:じゃあなんでマグリットの絵が好かれるんやろう?

武:ひとつは単純に丁寧な描写なんじゃないのかなあ。

山:今回展示されてたけど、マグリットも一時期、期間は短いけど全然違う絵を描いてたんやね。そんな時代があったとはしらなんだ。印象派みたいなのとか、フォービズムみたいなのとか。

武:へー。それは興味深い。そんなこともやってたんだね。

山:まったく相手にされなかったらしいw で、もとに戻る。

武:それもまたおちゃめだなあ。

山:やっぱり観てくれないとしょうがないよな。

武:流行に引っ張られて「自分もそういうトレンディなのやってみたい!」ってやってみたけど、「やっぱりオレはオレ」ってなったんかな。

山:戦争も関係してたようですが、いろいろやってたんですね。

武:時代背景も本人もあんまり幸福そうな感じがしないので、そういう雰囲気とフィットしたのが、あのマグリットの絵なんかな。

山:写真、映像も結構撮っててそれも展示されてたけど、けっこう楽しそうやったぞ。

武:映像観てみたいな。

山:かなりふざけてる。いや、真剣なんかなw

武:シュールなのをイメージしちゃうな。大真面目な顔してパイを投げるとか。

山:まあそれに近いっちゃ近いけど、もっと楽しそう。演じてただけかもしらんが。あ、一個あった。

< >

武:なんだこの小芝居はw

山:こんな感じのショートフィルムが、何個か展示にありました。ちょっと楽しそうでしょ?

武:そうね。こういうのいいなあ。

山:ちっちゃい頃はかなりの悪ガキやったらしいですよ。展示には書いてなかったけど。

武:今更だけどウィキペディア。ルネ・マグリット

< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88 >

山:過去は一切語らなかったらしいね。

武:へー。やっぱり画風と本人が合ってる感じはするよなあ。

山:それはどういう意味を持つんやろな。

武:マグリットは「個」を出さないというか、「自分」を主張しない画家、自己表現をしない画家のように見受けられたけど、結局、人気作家って本人らしさを作品に変換する技術を持てた人、なんじゃないのかなあ。

山:でもその「本人らしさ」ってのがやっかいで、自分で思ってる本人像と他人が思っているその人の像、またはそのどちらでもない像、てのがあったりするよね。

武:多分、「自分が思ってる自分像」って間違ってるんですよ。そして「他人にこう見られてるんだろうなあと思う自分像」も間違ってるんですよ。

山:となると、どこに自分があるのか。

武:「自分は他者にしかない」ということになってしまうね、、「自分とはそのほとんどが他者に由来する」、と。マグリットの絵をマグリットらしいと感じるのは他者だからなあ。。

山:本人は「自分らしさ」を求めていた訳ではないんやろうからね。結果として「滲み出てしまった」的な。

武:「自己表現をしなくなった時、初めて自己表現ができるようになる」みたいな。

山:そういうパラドックスはあるんやろね。

●古さの感じ方

武:あるある。それからマグリットでもうひとつ気になるのは、なんで「ちょっと古く」見えてしまうのかというところ。それはマグリットの絵の問題なのか、それともマグリットを「すごく不思議で面白い!」と感じてた頃から随分と時間が経って、興味が変わってしまったからだろうか。

山:なんやろね、僕も展示に行くのはちょっと窮屈だった。前回めっちゃ並んでる、てのもあったけど、今更感はたしかにあった。でも、結局は好きなもんは好きだという、それは観て思いましたけどね。古いお寺とか神社に行く感覚みたいなもんかもしらんけど。

武:なるほど、歴史を楽しむ感じなのかな。

例えば、音楽とかだとよく「今聴いてもまったく古さを感じない」という言い方をするじゃないですか。古さを感じさせない音楽って、確かにあるんすよ。けど、絵ってどこか昔のものは必ず古いって感じがする。物質だからなんかな。

山:古さを感じる音楽もそりゃあるやろ。

武:「良い作品は時代を超えて古くならない」とか言うじゃないですか。

山:僕はそもそも古いものが好き、ってのもあるけど。むしろ古くなってくれぐらいに思うとこもないでもない。

武:「古いものが好き」ってのは、今なお残っているってことは「価値がある」からなんじゃね? 「今なお残ってる」時点で奇跡性があるというか、それでなんか嬉しい、とか。

山:そんなことないよ。価値がなくても単純に古い、年月が経ってるものが好きですよ。見た目とか雰囲気なんやろうけど、今日も大手町の駅で前から気になってた円柱の剥がれがもう、好きで好きで。ちょうど新美からの帰りに通ったんで、マジマジと観て堪能しました。

武:ああなるほど。経年劣化したマテリアルね。良さはあるよね。それは分かる。しかしマグリットの絵の「古さ」は経年劣化の古さとはまた違う感じする。

山:はは、確かにそうやなw

武:絵の描き方が古いってあるかも。筆を使って筆跡を消す描写方法ってさ、今はCGできれいに描けるじゃん、だから今、筆を使って筆跡を消す画法は、アナログ手法として意味を持つ。ただ、その意味の大部分は「レトロ」か「手のぬくもり」なんだよね。

マグリットの絵ってもっと「哲学とか思考」寄りで、フェティッシュ目指してない感じするので、むしろCGの方が鮮明に表現できそうな気もする。

それから、哲学や思考に「古さ」ってないかな? よく「その考え方は古いよ」なんて言ったりしちゃうけど、マグリットの絵にその時代にしかない考え方があって、それが「古さ」を感じさせる、とかね。

シュールレアリスムってさ、フロイトをうんと重要視したじゃないですか。今ではもうフロイト心理学って支持されていないでしょ。そういうところに「古さ」を感じさせるものがあるんじゃないのかな。

山:そりゃその時代と同じように考えたら古く感じるんやろうけど、昔とはまた違う別の視点とかから考えると、違うようになるんじゃないのかな? 僕はマグリット、シュールレアリスムが、そもそも神秘主義ってのはすごく好きですが。

武:そうね。「神秘主義」については詳しく知らないけど、「神秘的に感じる」って、好きになるかなり重要なポイントよね。マグリットの絵を今観ると、若干神秘性が低くなっちゃうんかな。やっぱりこれは俺の感受性の問題なのかな。

山:そうじゃないですか、神秘は古くならないw 古いと思っている人はたくさんいるやろうけど。

武:感受性の問題だろうけどさ、今まで神秘的に感じてきたものが、ある時ふと見てみると「ほえ?」ってなることってあるんさよ。

山:ほえ?

武:「え? こんなにみすぼらしかったっけ?」みたいな感じなの。母方の実家にね、昔おじいちゃんの描いた薔薇の油絵があったんだ。

山:ほう。

武:子どもの頃、その絵が神秘的で神秘的でたまらなかったんだよ。で、ある時、その絵はなくなっていたんだ。俺も薔薇の絵のことは忘れていた。

で、大人になってから、そのおじいちゃんが描いた薔薇の絵がでてきて、久しぶりに見たんだよ。「普通に下手くそなすんげえ凡庸な絵」だった。

山:わはは!

武:「ほえ?」って思ったんだよ。で、似たような感じを一連のシュールレアリスムの絵から感じたことがある。

山:なるほど。でも、もしその絵が今もあるんなら、、今もあるの?

武:ああ、ないだろうなあ。。でも、今観たなら再び神秘的に感じるかもしれないなあ、、、

山:絵も詩も、その時々のことを自分に伝えてくれたり、見方が変化した自分を新たに発見するというのはあるね。音楽もそうなんじゃないの。

武:そうね。だから芸術は面白いんだなあ。

【マグリット展/国立新美術館】
< http://magritte2015.jp/ >

会期:2015年3月25日(水)〜6月29日(月)休館日:火曜日
開館時間:10:00〜18:00。金曜日は20:00まで。5月30日(土)、31日(日)は20:00まで。※入場は閉館の30分前まで。

観覧料:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/最近は「意識」に興味がある】

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