ところのほんとのところ[113]写真という概念の変化/所 幸則 Tokoro Yukinori

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いま写真集制作のための最後の追い込みと、三つ連続である個展のため必死にがんばっている[ところ]です。

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写真集制作のために、クラウドファンディングという仕組みを使い始めた時に書いた、ヘッドコピーのような言葉について今日は書いてみます。

< https://greenfunding.jp/lab/projects/1083 >

現在はかなり抑えたものになっていますが、当初はかなり過激で【これまでの写真という概念はすでに崩壊している】というものでした。

[ところ]もこれだけではあまりに説明不足だと思ったのですが、取りあえずキャッチーさを優先させていたのです。しかし、友人が「このコピーでは損をしてるよ」と言ってくれたので、もう少しヒント的な要素も入れようと考えて、【これまでの写真という概念は科学の進化と人間の意識の進歩によって変貌しつつある】にしました。

すると、今度はファンディング会社の担当の方から「少しだけ長すぎる」と言われたので、【これまでの写真という概念は科学の進化と人間の意識によって変貌しつつある】に若干修正しました。




本来何が言いたいかをここで書くことは、非常に長い文になるし普通の人は読みたくないかもしれないと思い、とりあえず説明するのもやめておきました。本当に言いたかったのは、「近代芸術の端っこにいた写真に、やっとチャンスが回ってきた」ということ。こう書くとますます混乱するだけだろうと、[ところ]も思うわけですが。

いわゆるフォトグラフというものは、小さな針穴(ピンホール)を通る光の現象がもととなっている。ピンホールをあけると、外の光景の一部分からの光が穴を通り、穴と反対側の黒い内壁に像を結ぶという現象。こそが写真の本質であり、この現象は古代から知られていたと歴史家たちもみとめている。

文献的にはそのレベルだろうが、まだ文字を持たなかった人類も偶然にそれを発見する機会はあったと考えるのが自然だろう。カメラ・オブスクラと呼ばれるものですら、10世紀頃にエジプトの数学者であり哲学者でもあるイブン・アル・ハイサムが、光学の書の中でこの現象について研究をして、すでに組み立てている。

[ところ]が何を言いたいかというと、現代のカメラとて同じ現象を再現しているに過ぎないということです。

昔は鑑賞するしかできなかったものが、なんらかのメディアに定着することができないかと考えて、ピューター(鉛とすずの合金)板をアスファルトピッチで被覆し、プレートを光にさらすことによって、最初の写真を撮ったとされている。

その後、蒸気を利用した湿板、写真乾板、そしてやっとセルロイドのフィルムが生まれ、一気にカメラが普及したのが35mmフィルムが市場を支配した1960年代から。

光の現象の発見のころから考え方は全く変わっていない事は事実であるし、銀塩が主流になってからを考えても、数千年の中の数10年にしかすぎない。

センサーの性能が急激に良くなってきてもう10年以上になる。ピンホールを通る光の現象のなかで、センサーは銀塩よりも長い時代、中心的存在として君臨するかどうかはわからないけれども、銀塩よりも多くの可能性を秘めているのは確かだろう。

第一に、現像液やフィルムがある程度多様だった時代が終わり、その代わりにRAWデータを現像するということにおいて、今の銀塩フィルムが無くしてしまった多様性があるということ。

第二に、印画紙も銀塩はどんどんと種類が減っていっているのに対して、プリント用紙は今や銀塩の全盛期よりもはるかに増えていっていること。

第三に、「しょせんデジタル」という人がいるが、プリントした時点でそれは実在する紙にあるアナログ物であるということ。

第四に、銀塩の進歩のスピードよりも、センサーや工学的な部分の進歩やソフトウェアの開発により、自由な発想のものが生まれ続け、銀塩よりも遥かに多彩な試みを、あらゆるアーティストがやってもやり尽くせないということ。

銀塩では出現した当時に、マン・レイのような作家があらゆる試みをし尽くした観があったのとは対照的である。この点が最も大きな違いだという気がする。ピンホールカメラで、手持ちで、昼でも夜でも撮れるといったことも、センサーの急激な進歩のおかげであるし、解像度も今では8×10を越えてきている。

写真という概念の変化は、考えれば他にもいくらでも出てくるのではないか。

もちろん、一回シャッターを切るたびに快感と喜びがある、手触りのいい銀塩時代の名機で楽しむのも素敵な趣味であることは間違いがないし、それはある程度残っていくであろう。

かくいう[ところ]だって、たまにはかつての相棒ニコンF2フォトミックや、ハッセルブラッド500CMのシャッターを押してはなつかしいと思い楽しむこともありますが、こと近代芸術においては、第四の要素は非常に大きな問題であると思われるのです。この話はまた次回に。


さて、6月1日から茅場町の森岡書店にて個展「僕が愛した渋谷、そして銀座」が始まっています。また、所幸則写真集「ONE SECOND vol.1 SHIBUYA」の販売もしています。

◎国内外で精力的に活動している所幸則は、街の風景の儚さを的確に表現するため、通常の撮り方ではなく、1秒間の経過を3ショットで撮しとめる、One Secondという独自の技法を用います。

今回は、所幸則のホームタウンであった渋谷に加え、同じ技法で撮影した銀座の光景を展示します。また、森岡書店スペシャルプリントとして、330mm×220mmサイズのイメージを制作しました。

森岡書店茅場町店が入居する昭和2年築の建築とあいまって、時間の流れとともに変化する人と街の儚さは、むしろ、強度を増します。写真の彼方に広がる現実と非現実の揺らぎをぜひご覧ください。[森岡督行]

会期:6月1日(月)〜6月13日(土)13:00〜20:00 6月7日(日)定休
[ところ]在廊日:6月13日(土)午後

会場:森岡書店 東京都中央区日本橋茅場町2-17-13 第2井上ビル305
TEL.03-3249-3456
< http://www.moriokashoten.com/ >

大好きな作品の一つなんですが、[ところ]のミスで作品集に入れるのを忘れてしまった作品があります(↓)。森岡書店では展示だけではなく、この作品をつけて写真集の販売もします。小さいですがオリジナルプリントです。13日間だけの特典です。よろしくね。

・渋谷ハチ公前スクランブル交差点
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【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則 < http://tokoroyukinori.seesaa.net/ >
所幸則公式サイト  < http://tokoroyukinori.com/ >