ショート・ストーリーのKUNI[175]ぼくはお返しをしたい/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,100文字)



ある日のこと。どこにでもいるような平凡な中学生の岡本くんは、教室でみんなと一緒になって騒いでいた。

その日は苦手な数学の先生が急にお腹をこわして自習となったため、教室は非常に盛り上がりカオスと化していたのであるが、あまりの盛り上がりように隣のクラスで国語の授業をしていた先生が怒鳴り込んできた。

「こらっ! ちゃんと自習せんか!」

それまでおしゃべりしていた者、妙な雑誌を回し読みしていた者、弁当を早々と食べていた者などそれぞれがあわてて自分の席に戻り、隠すべきものをさっと隠し、何食わぬ顔でノートを広げた。ただひとり、どんくさい岡本くんだけが、はっと気づくとチョコボールの箱を手にしたままだった。

「岡本、それは何や! 学校に何持ってきてる!」




岡本くんはあわててそれを窓際に置いた。そこへどこからともなく一羽のカラスがやってきて、目にも留まらぬ早さでチョコボールをしっかりくわえたと思うと次の瞬間にはもうどこへともなく飛び去っていた。

「ななななな何も、持ってません!」

「うそつけ、確かにいま...」

言いかけたものの証拠がない。先生はむむむと唸ったまま自分の教室に戻って行き、岡本くんはほっと胸をなでおろした。

件のカラスは人間でいえば、岡本くんと同じ中学生くらいという少年カラスであった。少年カラスは翌日、仲間うちでは博識で知られ、先生と慕われている年かさのカラスのもとへおもむいた。

「先生、教えてほしいことがあるんですけど」

「だれかと思えば良雄やないか。しばらく見んうちに大きなったな。なんでも教えたるで。カラスよけネットの突破の仕方か、それとも人間の子供からいじめられたときの仕返しの仕方か。レベル1からレベル5まであるけど、どれにする。遠慮せんと言え」

「実は昨日、おなかが減って減ってふらふらになりながら飛んでたんです。それである中学校に迷い込んだところ、教室の窓際にいた男子生徒がチョコボールを差し出してくれました」

「ほう」

「それを食べたところみるみる元気が出ました。おかげでいつものようにゴミ収集場をあさることもできました。あの男子生徒のおかげです。それで、あの生徒にお返しをしたいんですが、どんなお返しをしたらいいでしょう」

「お返し?」

「はい。亡くなった母さんに聞いたことがあります。人間は何かもらったり親切にされるとお返しをするそうです」

「ふむ。わしも長いこと生きてるが、そういう相談を受けたのは初めてや。わしらを見たら女子供は悲鳴をあげる。逃げ惑う。石を投げるやつもいる。当局に通報して『カラスをなんとかせえ』と苦情をいうおっさんおばはんもいる。悪いことはいわん。人間とはしょせんそういうもんや。お返しなんか考えんでもええ」

「えー、そうなんですか」

「ああ。ひょっとしたらその中学生もおまえを手なづけてつかまえて、焼き鳥屋にでも売り飛ばすつもりやったんちゃうか。そんな手にひっかかってどないすんねん」

「そんな。しかもチョコボールですよ。カラスみたいな鳥のキャラで有名な。そこに何らかのメッセージがこめられていると思いませんか」

「余計あやしいがな。だいたい、わしはアポロのほうが好きや。小枝でもええけど」

「先生、ほんとは自分がよくわからへんから適当にごまかそ思てるんちゃいますか」

「あほ言うな。お返しくらい、やろ思たらどないでもできるわ。しやけど、君みたいな子供には難しいねん。人間同士でもこれがもとでトラブルになったりするくらいやから」

「え、そうなんですか」

「ああ。何かもろたらその半分くらいのものでお返しするという『半返し』が多いけど『倍返し』というのもある。あと、ちゃぶ台返しとかどんでん返しとかもあるが、これは関係ない」

「関係なかったら言わんといてください。もうちょっとで中学校にちゃぶ台持って行くとこでした」

「とにかくそういうわけや。お返しなんかせんでもええ!」

「ひどっ。先生がそんなカラスとは思いませんでした。もういいです。ぼくは一人で、いや一羽で調べに行きます!」

良雄はそう言って飛んで行った。行く先は天王寺動物園のツル舎だ。

「もしもし、鶴さん」

ケージの外から良雄が呼びかけるとタンチョウヅルが首をくねくねさせ、針金みたいな脚でしゃなりしゃなり歩きながら近づいて来た。

「何かご用かしら。坊や」

「実は人間にお返しをしたいことがありまして。そのやりかたを教えてほしいんです。やっぱり恩返しといえば鶴さんかと」

「ふふふ。その通り、恩返しといえばあたしたち鶴よね。いざとなれば我が身を犠牲にしてでも、美しい織物を織って、真心に報いるっていうお話、知ってるわよね......うふっ」

「は、はい。学校の図書館にあった本で読みました」

「あなたたちも同じようにすればいいんじゃない? 簡単なことよ。あ、そうか! 黒い織物しかできないわね。ごめんなさいね〜、ほほほ! それより、あたしたちの場合、道に倒れていたら人間がつい助けてしまうわけだけど、あなたたちの場合はそうじゃないわよね。ほーほっほっほ」

「憎たらしいおばはん...いや、何でもありません。えっと、もっと他の方法はないんでしょうか」

「他の方法...そうねえ。そもそもあなたたちカラスが、人間に恩返ししたくなるシチュエーションってどういうものなの?」

「はい、それはこれこれこういうことがありまして。それでその男子中学生にお返しをしたいのです」

「何それ。チョコボール? たったそれだけのこと?」

「ええ......まあ」

「悪いけど、そういうの、あたしたちからすれば当然のことで、いちいちお返しなんかしないのよ。きりがないでしょ、美しいあたしたちの場合......あなたたちにすれば滅多にないことでしょうけどね。ほーっほっほっほ、ほーっほっほっほ!」

良雄は怒りにぶるぶる震えた。悔し涙がぼろぼろこぼれた。

「に、二度と聞くもんか!」

良雄はタンチョウヅルに思い切り糞をひっかけて帰ってきた。

ねぐらに戻り、ふさぎ込んでいると先生がやってきた。

「今日はすまんかった......良雄、どないしたんや。泣いてるんか」

「いえ......泣いてなんか、泣いてなんかいません。ただ......あの......ぐすっ」

「言わんでもええ。おまえがどこに行ってきてどんなことがあったか、だいたい想像つく」

良雄はすすりあげた。

「お返しなんか意識することあれへん。ただ、相手を喜ばせたいんやったら、どうやったら喜ぶか考えたらええねん」

良雄はうなずいた。

「元気出せ。今度仲間全員で動物園に行って、ツル舎の前で『アホーアホー』て叫んだるさかい」

「......そんなしょうむないことせんといてください」

それからおよそ一か月、良雄は中学校に通い、岡本くんの生態を観察し続けた。いったいどういうことをすれば岡本くんが喜ぶかを探るためであったが、どうしたら喜ぶかがわかる前に、岡本くんがカラスが大嫌いということがわかってしまった。

自分がちょっと窓際に近づいただけで「うわーっ」と叫ぶ。

「あれは勘違いやったんか......」

良雄はますます傷ついたそうだ。


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5月30日夜にあった小笠原沖地震はM8.1、震源の深さが682km、全都道府県で震度1以上を観測したというが、私は全然気づかなかった。一方、その2日前、28日の未明に大阪ではごく局地的な地震があって、これは短いけど強く、くっきりとした揺れだった。M3.6だが震源の深さは「10km」だったとのことだ。なるほど。
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