[3926] Dreamweaverと私

投稿:  著者:


《Q.大阪城を建てたのは誰でしょう?》

■まにまにころころ[78]
 ざっくり日本の歴史(中編その9)大坂冬の陣・大坂夏の陣
 川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

■クリエイター手抜きプロジェクト[429]Adobe Illustrator CS6〜CC 2014編
 フォント見本帳を自動生成する
 古籏一浩

■LIFE is 日々一歩(13)[Web]
 Dreamweaverと私
 森 和恵

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■まにまにころころ[78]
ざっくり日本の歴史(中編その9)大坂冬の陣・大坂夏の陣

川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito
< https://bn.dgcr.com/archives/20150615140300.html
>
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こんにちわん、コロこと川合です。花燃ゆ、低視聴率が話題になっていますが、これ、高視聴率だったら松陰先生や長州志士ファンから非難が殺到してるんじゃないかってくらいに、ちょっと描き方が残念……行動に深味が感じられず、これではただのテロリスト。関係者は実は新撰組ファンなのでしょうか。(笑)

もっとも、維新のあたりは視点の置き所で意見も大きく分かれるところでしょう。今回の大坂の陣だって、私はもちろん大坂方びいきで書きますけど、徳川方がこの後、200年以上も続く泰平の世を作ったことを思えば、それを評価して徳川を支持する立場も十分に理解できます。

なんにせよ、あれやこれやの歴史の結果が今である以上、過去にあった出来事のどれかひとつでも否定してしまえば、今自分がここに存在することの否定にも繋がりかねません。

良いことも悪いことも難しく悩ましいこともあっての今ですので、歴史は否定しても、たらればを言っても意味はなく、学んで未来に活かしてこそです。

とは言っても、個人的な趣味の範囲では別。過去の出来事に文句をつけるのも、たらればを語るのも楽しいもの。ああ! 幸村が家康に勝っていたら!(笑)

◎──大坂城(大阪城)

さて今回これを書くにあたって、というわけでもないのですが、一昨日の夜中、大阪城にある豊国神社にお参りをしてきました。大阪城公園も豊国神社も夜中でも入ることができるんです。大阪城も23時まではライトアップされています。

豊国神社はその名の通り豊臣秀吉(豊国大明神)を祀ったもので、各地にあり、京都の「とよくに神社」は秀吉のみ、大阪の「ほうこく神社」は秀吉のほか、弟の秀長、嫡男の秀頼も合わせて祀られています。境内には秀吉像も。

豊臣、豊臣って言ってるけど、秀吉が建てた大坂城(天守)は大坂の陣で破壊されて残ってないんでしょ。その後に幕府が建てたんでしょ。って言われそうですが、実は今ある大阪城は、秀吉が建てたものでも、幕府が建てたものでもありません。

 Q.大阪城を建てたのは誰でしょう?

 A.大工さん。

というのは、大阪の子どもなら一度は聞いたことのありそうななぞなぞですが、実は、今ある大阪城を建てたのは、秀吉でも、幕府でもなく、大阪市民です。

1665年に落雷によって焼失して以来、大坂城には天守がありませんでした。それを昭和3年に市民の募金を集めて、昭和6年に完成したのが今の天守です。昭和天皇の即位を記念して進められた事業の一環として、天守復興とともに、大阪城公園が整備されました。

先ほどから天守と書いていますが、世間一般で「お城」として認識されている建物は、天守と呼ばれる部分です。広い意味で「お城」は他の建物や敷地まで含んだものになります。

大阪城公園に行くと天守の周りをお堀が囲んでいます。その外側、大阪城公園の外周くらいにもお堀があります。

大坂の陣の話で、内堀、外堀という言葉を聞いたことがある人は、それぞれこれがそうか、と思われるかもしれませんが、大坂城=大阪城公園との思い込みからくる勘違いです。大坂城の規模はそんな小さなものではありませんでした。

この説明、大阪の人でないと分かりにくいと思いますが、大坂城の外堀、つまり大坂城の外周は、今の大阪城公園を北東の起点として、西は松屋町筋あたり、南は長堀通りよりやや南までありました。その外堀の南東付近に「真田丸」は築かれました。

秀吉は、天守を含む本丸の周りに、二の丸、惣構、三の丸と整備を進め、他に類を見ないほど巨大で難攻不落の城を建てました。前置きが長くなりましたが、これから書く大坂の陣は、その難攻不落の大坂城を徳川が攻め落とす話です。

大坂の陣も、細かく書くとキリがないので、大雑把にいきますね。また諸説が入り乱れていたりしますが、面白そうなのを適当に拾います。

◎──大坂冬の陣

前回、大坂の陣に突入する直前までの話は書きました。豊臣秀頼は諸国の浪人に声をかけて味方を募りました。真田幸村もそれに呼応した一人です。また、元は黒田家に使えていた後藤基次(後藤又兵衛)もいました。

なかなかの有名どころが集まりますが、豊臣家の宿老たちと、外部浪人組との間では、意見が上手くまとまらないことも。

特に豊臣の人間は大坂城の堅固さに絶対的な自信があるため、籠城して守り切ることで戦を乗り切ろうと考えます。一方で幸村など浪人組は、まずは打って出て近江あたりで徳川方の足を止め、時間を稼ぎつつ、さらに応援を募ることを主張します。

時間を稼げば、徳川を快く思わない諸大名、例えば関ヶ原で西軍についたものなどがなびいてくる可能性も考えられますし、なにより相手の家康はもう60歳をすぎた老人です。ましてや遠征軍、体力的にも長期戦はきついでしょうし。まずは打って出て、徐々に引いて、最後は籠もればいいという考えです。

でも結局は宿老たちによる、最初から籠城案が通ります。

幸村は大坂城を調べて、堅牢ながらも南東側が攻めやすいと感じます。そこで、南東の外堀から張り出すようにして、出城を築くことを献策します。これが、後に「真田丸」と呼ばれるものです。半円とも楕円とも言われますが、大坂城の外堀を背にして、周りに深い堀を設けた曲輪で、東西200メートル弱。

今のJR玉造駅から歩いて5分くらいのところにある三光神社のあたりと言われ、神社境内には大阪城内と通じていたと言われる「真田の抜け穴」があり、幸村の像が建っています。が、実際には、もう少し西側にある大阪明星学園あたりだったようです。

真田の抜け穴も伝説としてよく語られますが、真田丸はぐるりと堀があったとされ、さらに北側は大坂城の外堀に接しているわけですから、それを抜け穴で抜けるとなると、とんでもない深さで堀の下をくぐらなければいけませんね。絶対になかったとは言いませんけども、まあ無理でしょう。

真田丸を築くにあたり、宿老の大野治長らは、幸村が徳川方を手引きするため偽ってそんなものを作ろうとしているのではと疑念を持ち、相談した後藤基次に「そんなわけねーだろ」と一笑されたなんて話もあります。まあ幸村の兄は家康に仕えているので、ちょっと心配するのも分かりますけど。

そんなこんなで籠城準備も進み、また徳川方の攻め手も迫ってきて、いよいよ大坂冬の陣が幕を開けます。1614年11月(旧暦)のことです。

ちなみに、関ヶ原では東軍として家康の元で活躍した黒田長政や福島正則は、江戸でお留守番。関ヶ原と違い、今回の敵は豊臣家なので、豊臣恩顧の彼らは寝返る不安もあったのでしょう。

ともあれ、巨大な大坂城をぐるり囲んで、各地で戦闘が繰り広げられます。

まずは城外の砦での戦い。
 ・木津川口の戦い(3倍以上の兵力差で徳川完勝)
 ・鴫野の戦い(激しい攻防の末、徳川の勝ち)
 ・今福の戦い(最激戦区となる攻防の末、徳川の勝ち)
 ・博労淵の戦い(10倍以上の兵力差で徳川完勝)
 ・野田・福島の戦い(あっけなく徳川完勝)

ここから大坂城に籠もります。
 ・真田丸の攻防(徳川に大打撃。冬の陣での徳川戦死者の5分の4がここ)
 ・本町橋の夜襲(豊臣方が少人数で夜襲を成功させ、さくっと帰る)

大阪の人には聞き馴染みのある地名が並んでますね。さすが大坂城、籠もってからは徳川方も決定打を打てず。でも南蛮渡来の大砲をガンガンぶっぱなし、大坂方も被害甚大。結局、和議を結ぶことになりました。冬だし。寒いし。

◎──堀を埋める

和議の内容は、外堀を埋めさせろ、二の丸や三の丸もそちらで壊せ。でも秀頼の安全は約束するし、大坂方の面々を罪に問うこともしない、というもの。

ここで、大坂方はしぶしぶ二の丸、三の丸をちんたら解体していたら、すごい速さで外堀を埋めた徳川方が、そのままの勢いで解体に乗り出してきて、本丸以外は丸裸にされます。豊臣方が「なにすんねん! やりすぎやろ」と言うも、「手伝ったまでです。壊すという約束でしたから、きれいに壊しました」と。

このあたり特に諸説あるようですが、一般的には「外堀だけってゆーてたのに、内堀まで埋めやがった」というお話になっています。

◎──大坂夏の陣

冬の陣でとりあえずの和議となったものの、家康としてはやはり豊臣は完全に取り除いておきたい。少なくとも大坂城に居座っている状況ではいつまた何が起こるか分からないので、どうにかしたい。当然、大坂方も折れる気はない。結局、また戦です。徳川方は京都から奈良を通って大坂に攻め寄ります。

・大和郡山の戦い(大阪方が先手をうって攻め、すぐに引き上げ)
・紀州一揆の扇動と堺焼き討ち(徳川方の紀州勢を抑えようとした。失敗)
・樫井の戦い(上記の失敗の後、紀州の浅野に大坂方の隊が殲滅される)
・道明寺の戦い(後藤基次の悲劇)
・若江の戦い(大坂方の若手が奮戦するもかなわず)
・八尾の戦い(大坂方の長宗我部隊が藤堂隊相手に奮戦するも撤退)
・天王寺・岡山の戦い(最終決戦。幸村討死。豊臣の敗北で終幕)

ちなみに、夏の陣とは言いますが、今の感覚で言えば春から初夏です。最初の大和郡山の戦いが旧暦4月26日、新暦で5月23日。天王寺・岡山の戦いが、旧暦5月7日、新暦で6月3日です。昔は、暦の上では1〜3月が春、4〜6月が夏でした。

道明寺の戦いは、悲劇として描かれます。奈良から攻めてくる徳川軍に対して、後藤基次は道明寺のあたり、小松山を押さえるべきと主張。一方、真田幸村は、もっと近く、四天王寺あたりで迎え撃つべきだと主張。話し合いは幸村が折れ、基次の路線で行くことに決まります。

まず後藤基次が先発し、追って真田幸村、毛利勝永らが続く予定で。ところが、基次が到着する頃から濃霧が発生します。後発隊が思うように進めない中、徳川方と基次の隊は戦闘に突入。幸村たちの到着を待ちながら奮戦しますが、援軍は来ず。基次は銃で撃たれ、無念の敗死を遂げます。幸村たちがようやく到着したのは、その直後でした。

これには濃霧の影響のほか、幸村隊が出発する直前に大野治長らが幸村を呼び出して、

幸村「なんですか、この忙しい時に! もう出発なんですけど!」
大野「ほんまに道明寺でええの? 四天王寺ゆーてたやん?」
幸村「ちょっっ! いやいや、もう決まってるし! 後藤ら向かってるし!」
大野「あ、そうなん? じゃあ、いってらっしゃい……」
幸村「やべ! 遅れる! 遅れたらあいつら死ぬって!」

というようなことがあったなんて話もありますし、司馬遼太郎の『軍師二人』という短編では、大坂方の敗北を感じ取った幸村が、最初にそれぞれ主張した場所が、それぞれの死に場所となるように、あえて急がなかったというような描き方をしています。

いずれにせよ、幸村は到着せず、基次は討ち死にします。ちなみに相手はあの伊達政宗たちでした。

遅れて到着した幸村は徳川方に大打撃を与えたのち、藤井寺の毛利勝永と合流。殿(しんがり)を引き受けて撤退しつつ、追ってこない徳川方に、「関東勢百万も候へ、男は一人もなく候」(意訳:そんだけの大軍のくせに、追ってくる勇敢な男はおらんのかい)と叫んだといいます。

幸村は翌日、天王寺・岡山の戦いで奮戦。徳川方の諸隊を蹴散らし本陣に三度突入、家康が死を覚悟するところまで攻め立てますが、数の差にはかなわず、最終的には力尽き果てました。四天王寺近くの安居神社で休んでいたところを発見されて、「手柄にされよ」と首を差し出したとの逸話が残っています。

残る大坂城は守る堀もなく丸裸。その夜には陥落します。秀忠と江の長女で、秀頼に嫁いでいた千姫は徳川方に救出され、千姫は秀頼の助命を嘆願しますが、もちろん通らず、秀頼も淀殿も自害して果てました。

幸村はたびたび、士気高揚のために秀頼の出陣を要請していましたが、ついに秀頼は戦場に出ることがありませんでした。これまた淀殿に止められたのかもしれませんが、もう秀頼も満21歳。本人も出たくなかったのでしょう。

秀頼は実は秀吉の子ではなく、大野治長と淀殿の不義の子だなんて噂もありますが、ずっと大野治長と淀殿に匿われて、最期も三人で自害という結末でしたので、まあそんな話が出るのも無理ないか。

女好きの秀吉になかなか子どもができず、秀吉は子どもを作れない体なのではないかとの推測も噂の元になっていますが、秀吉には長浜城主時代に側室との間に一男一女がいたという説もあったりして、定かではありません。

なお千姫は処刑されそうになっていた秀頼と側室の娘を、出家を条件に養女にすることでなんとか救いました。その娘には年子の兄もいましたが、そちらは処刑されています。

応仁の乱あたりから続いた国内の大規模な戦闘はついに幕を閉じました。幕府は元号を元和と改めて、天下平定の完了を宣言。元和偃武(げんなえんぶ)の完成です。(偃武:武器をふせて収めること)

◎──後始末

最初の大坂城の話に戻りますが、徳川は破壊した豊臣大坂城を埋め立て、その上に天守も含めて再建します。豊臣時代の大坂城遺構は今も地中に眠っており、その石垣を掘り起こして公開しようとする企画が進んでいます。

・大坂城豊臣石垣公開プロジェクト 太閤なにわの夢募金
< http://www.toyotomi-ishigaki.com/hideyoshi/
>

大坂方についていた諸将は追討、あるいは自主的に、処罰となりました。漫画『へうげもの』の主人公で、茶人として名高い古田織部は大坂方に内通した疑いをかけられて自害しています。

また徳川方にいた者でも、遅参だなんだを理由にして処罰されています。内外を整理するちょうどいい機会だったのでしょう。

◎──そして江戸時代

長くなりましたが、そんなこんなで江戸時代に突入します。信長が企画して、秀吉が形にした天下一統。家康が諸々整えて、盤石の体勢へ移行します。血縁でもなく、時に争いもした三人が、三代で成し遂げた偉業です。

今の時代に直接繋がる日本の形は、ここから始まるとも言えます。しかし江戸の幕藩体制において個々の藩は、ある程度独立した小国のようなもの。これが解体され再編されていくのが明治維新です。

次回以降は、次の山場であるその明治維新に向かって、色々すっとばしつつ、話を進めていきます。

【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
< https://www.facebook.com/korowan
>
< https://www.facebook.com/caputllc
>
< http://manikabe.net/
>


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■クリエイター手抜きプロジェクト[429]Adobe Illustrator CS6〜CC 2014編 
フォント見本帳を自動生成する

古籏一浩
< https://bn.dgcr.com/archives/20150615140200.html
>
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今回は、Illustratorでフォント見本帳を自動生成するスクリプトです。最初のスクリプトは、固定された文字をドキュメント上に表示します。また、フォント名は左上に表示されます。

フォントごとドキュメントが作成され保存されますが、埋め込めないフォントの場合は、ダイアログが表示され一時停止します。完全に自動でフォン見本帳が生成されるわけではないので注意してください。なお、保存するファイルはAI形式になります。

// フォント見本帳(文字固定型)
function drawTextFont(){
// 保存先フォルダを指定する
var savefolder = Folder.selectDialog("保存先フォルダを指定してください");
if (!savefolder){ return; } // キャンセルされたら何もしない
// 表示するテキスト
var defText = "0123456789ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ";
defText += "abcdefghijklmnopqrstuvwxyzあいうえおかきくけこ";
defText += "さしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめも";
defText += "やゆよわゐゑをん";
defText += "アイウエオカキクケコサシスセソタチツテトナニヌネノ";
defText += "ハヒフヘホマミムメモヤユヨワヰヱヲン";
for(var i=0; i<app.textFonts.length; i++){
// 対象フォント
var fnt = app.textFonts[i];
// A4サイズ
var docObj = documents.add(DocumentColorSpace.CMYK, 595.28, 841.89);
var rect = activeDocument.pathItems.rectangle(780, 15, 570, 730); // Y,X,横幅,縦幅
var txtObj = activeDocument.textFrames.areaText(rect);
txtObj.contents = defText;
txtObj.paragraphs[0].textFont = fnt;
txtObj.paragraphs[0].size = 24; // 24pt
txtObj.paragraphs[0].autoLeading = false; // 行間指定時はfalseにする
txtObj.paragraphs[0].leading = 32;
// フォント名を表示
var header = activeDocument.textFrames.add();
header.top = 820; // 縦の座標
header.left = 10; // 横の座標
header.contents = fnt.name + " / "+fnt.style;
// 保存ファイル名をフォント名で設定し保存する
var filename = new File(savefolder.fsName + "/" + fnt.name+"-"+fnt.style);
activeDocument.saveAs(filename);
activeDocument.close(SaveOptions.DONOTSAVECHANGES);
}
}
drawTextFont();


表示される文字を0〜、A〜Bなどの文字ではなく、任意の文字を使ったフォント見本帳を作成することもできます。この場合、以下のスクリプトになります。

あらかじめ、表示する文章を入力したテキストファイルを用意しておきます。スクリプト実行時に、最初にテキストファイルを選択します。その後、保存先のフォルダを指定すれば、自動的にフォント見本帳が生成されます。


// フォント見本帳(文章指定型)
function drawTextFont2(){
// 表示するテキストファイルを選択する
var textfile = File.openDialog("表示するテキストファイルを選択してください");
if (!textfile){ return; } // キャンセルされたら何もしない
var flag = textfile.open("r");
if (!flag){
alert("ファイルが読み込めません");
return;
}
var defText = textfile.read(); // 全部読み込む
// 保存先フォルダを指定する
var savefolder = Folder.selectDialog("保存先フォルダを指定してください");
if (!savefolder){ return; } // キャンセルされたら何もしない
for(var i=0; i<app.textFonts.length; i++){
// 対象フォント
var fnt = app.textFonts[i];
// A4サイズ
var docObj = documents.add(DocumentColorSpace.CMYK, 595.28, 841.89);
var rect = activeDocument.pathItems.rectangle(780, 15, 570, 730); // Y,X,横幅,縦幅
var txtObj = activeDocument.textFrames.areaText(rect);
txtObj.contents = defText;
txtObj.paragraphs[0].textFont = fnt;
txtObj.paragraphs[0].size = 24; // 24pt
txtObj.paragraphs[0].autoLeading = false; // 行間指定時はfalseにする
txtObj.paragraphs[0].leading = 32;
// フォント名を表示
var header = activeDocument.textFrames.add();
header.top = 820; // 縦の座標
header.left = 10; // 横の座標
header.contents = fnt.name + " / "+fnt.style;
// 保存ファイル名をフォント名で設定し保存する
var filename = new File(savefolder.fsName + "/" + fnt.name+"-"+fnt.style);
activeDocument.saveAs(filename);
activeDocument.close(SaveOptions.DONOTSAVECHANGES);
}
}
drawTextFont2();


【古籏一浩】openspc@alpha.ocn.ne.jp
< http://www.openspc2.org/
>

ようやくサーバーの回線が切り替わって、安定してアクセスできるようになりました。回線も高速になったので、映像ファイルも以前の数倍速くダウンロードできます。やはり、土台がしっかりしていないと駄目です。

・Apple Watch(アップルウォッチ)使い方辞典
< http://www.openspc2.org/reibun/AppleWatch/2015/
>

・Photoshop自動化基本編
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00W952JQW/
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・Illustrator自動化基本編
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00R5MZ1PA
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・Adobe JavaScriptリファレンス
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00FZEK6J6/
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・ExtendScript Toolkit(ESTK)基本編
< http://www.amazon.co.jp/dp/B00JUBQKKY/
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・データビジュアライゼーションのためのD3.js徹底入門
< http://www.amazon.co.jp/dp/4797368861
>

・4K/ハイビジョン映像素材集
< http://www.openspc2.org/HDTV/
>

・クリエイター手抜きプロジェクト
< http://www.openspc2.org/projectX/
>


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■LIFE is 日々一歩(13)[Web]
Dreamweaverと私

森 和恵
< https://bn.dgcr.com/archives/20150615140100.html
>
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こんにちは。森和恵です。梅雨……この時期はどうしても気分が落ち込みますね。誰が悪いわけでもないのに、じめじめとした湿気にいらだってみたり。理不尽なことです。(タメイキ)

いましかない美しいものを愛でて、気分を晴れやかにしてみてはどうでしょう? 大阪の長居植物園では、紫陽花と花菖蒲が見頃だそうですよ。

【長居植物園】
< http://www.nagai-park.jp/n-syoku/
>

さてさて。今回は、Adobe Dreamweaverというソフトについて語ってみたいと思います。予定を変更し、この話題にしたきっかけが先週末に二つありました。

一つは、二年ぶりぐらいにDreamweaverセミナーを講演したことです。久しぶりに、このソフトのいいところを話す内に熱が入りました。

【Dreamweaver入門 〜はじめよう!Web制作〜】
< http://www.sansokan.jp/events/eve_detail.san?H_A_NO=19242
>

もう一つは、週末オンラインセミナーで友人が講演したDreamweaverセミナーを拝聴したことです。熱い語り口調に、彼女もまた、このソフトが好きなんだなと感じました。
< https://schoo.jp/teacher/285
>

これから、「Dreamweaverと私」という、なんともベタなタイトルでお届けします。みなさんにDreamweaverのことを知っていただけたらなと思います。

●Dreamweaverとの出会い

Dreamweaverは、Webオーサリングソフトです。Webページをコーディングするためのソフトですね。Adobeさんとこのソフトですので、主にプロユースで使われています。

【Adobe Dreamweaver】
< http://www.adobe.com/jp/products/dreamweaver.html
>

私とDreamweaverの出会いは、1998年のこと。ソフトのバージョンは、「2」でした。いまはなきMacromedia社が日本市場に大々的にセールスをかけ、急速に普及させたバージョンでもあります。その広がりはすごい勢いで、日本国内のWebサイトの普及と連動しているかのようでした。

私は、前職の職場で当時まだあまり普及してなかったホームページ作成の担当になっていて、このソフトのことを知りました。Microsoft FrontPageというソフトを使って、見よう見まねで作っていた初心者のころでした。「便利そうなソフトがある。これを使えば楽できそうだ!」と、思ったのを覚えています。

その当時、Macromedia社と共に普及を進めていた大御所さんが二人いらっしゃいました。森川眞行さんと神森勉さんです。ソフトの使い方を披露するために全国各地のイベントに登壇されていました。

私は、大阪で開催されたイベントに参加して、二人の登壇されている姿を見て、「カッコイイ!(わたしもあのステージに立ってみたい!)」とあこがれたものです。

それからDreamweaverをずっと使い続け、バージョンを重ねるごとにWeb制作への知識や経験も積んで現在にいたります。Dreamweaverに出会わなければ、Webを作ることもこんなに好きにはなってないでしょう。

ソフトが好きでずっと追いかけていたことが功を奏したのか、「Macromedia MAX 2004 Japan」という大舞台に立つことができました。これをきっかけに、認定トレーニングスクールとのご縁もでき、Macromedia認定インストラクターを取得することができました。

この出来事は、これまで私がWeb系セミナー講師を続けてこられた大きな理由です。

●Dreamweaver の好きなところ

とこんな感じに、Dreamweaver愛たっぷりの私ですが、特に好きな機能について、お話します。

1)ファイル管理+検索・置換

Dreamweaverの最強ポイントの一つに、「ファイル管理」機能があります。自分の手元にあるローカルデータはもちろん、ファイルをWebサーバーにアップロードするFTP機能も備えています。

ファイルの場所や名前を変更すれば、サイト全体に対してリンク設定をやり直してくれます。私の経験で言えば、ファイル数が3000ページぐらいあってもちゃんと直してくれました。

そして、サイト全体のすべてのファイルに対して「検索・置換」をかける機能も最強です。単に文字を検索・置換するだけではなく、特定のタグに対して細かなアクションが指定できます。例えば、「< img >タグのwidth属性をすべて削除する」なんて朝飯前です。

WordpressのようなCMSソフトがなく、一枚ずつ手でコーディングするなら、絶対なくてはならない機能です。

もちろん、これらの機能を使うためには、まず最初に「サイト設定」をすることを忘れないでくださいね。Dreamweaverを使う人なら、知ってますよね。

2)テンプレートとライブラリ

Webページは、コンテンツの部分以外に関して各ページ共通でできている場合が多いです。ヘッダー・フッター・サイドバー・ナビゲーションなど、本文をぐるりと囲む周囲は同じデザインですよね。

その周囲のデザインをまるっと登録・管理してくれるのが「テンプレート」機能です。Dreamweaver使いの人なら、サイトを作るとき、まずはテンプレートの制作から始めます。

そして、当たり前と言えば当たり前ですが、テンプレートの親ファイルを変更すれば、そのテンプレートから作られた子ページの共通部分は、自動的に書き換えられる仕組みになっています。ナビゲーションが一つ増えても減ってもへっちゃらです。あっという間に書き換えられます。

ライブラリは、コンテンツの共通部分を一括管理するための機能です。複数のページに同じ文言があれば、ライブラリに登録しておけば、ライブラリの親ファイルを変更するだけで一斉に書き換えがおこなわれます。

……テンプレートとライブラリ、みんなが知っていれば、サイトにCMSを組み込む出番はもっと減るんじゃないかなと思っています。個人的に。

3)画像挿入と画像加工

PhotoshopのPSDデータを直接ページに挿入すると、JPEGやPNGに変換する機能があるって知ってました? 更に、この方法で挿入すれば、画像を書き換える時にDreamweaverから連携でPhotoshopをさくっと起動できるんです。

もう一つは、何のソフトからでもいいので画像をコピーしてからDreamweaverでペーストすると、これもまたJPEGやPNGに変換してくれます。ビットマップデータがクリップボードにありさえすれば、ペーストできるんです。こちらも、画像を大量にページに入れなければならない時に超絶便利です。

そしてなんと。画像のプロパティから、トリミング・サイズ変更・明るさやコントラスト補正・シャープネス……などの簡単な画像加工もできちゃいます。

これが、私の愛するDreameaverの三つの機能です。

●Dreamweaverがあればコードの理解は不要?

便利便利とここまで書いてきましたが、誤解して欲しくないことがひとつあります。

それは、Dreameaverはあくまでも補助ソフトだということです。ソフトを使う前に、HTML・CSS・JavaScriptなど、Web制作の基礎知識はきちんと身につけてください。

「なんでも自動でやってくれる魔法のオートマチック機械」ではありません。何も知らない人が、これがあれば作れるソフトではないのです。そこを勘違いして使ってしまい、落胆される方のなんて多いことか……。悲しいかぎりです。

逆にいうなら、いまバリバリとWeb制作をしている方にこそ使って欲しいソフトなのです。テキストエディターで1分かけてやっていた作業を、45秒に縮めてくれるかもしれない、そんなソフトです。

たった15秒……と思うかもしれませんが、塵も積もれば山となるのが制作時間です。空いた時間を別に使った方がいいとは思いませんか?

●Dreamweaverについてまとめるのが、最後の目標……かな

何冊か書籍を出してきたのですが、これだけ好きなDreamweaverの書籍を執筆する機会には巡り会えていません。

お話したいことがたくさんあるので、自費出版・電子書籍・サイト……なんらかの形で残したいなと思っています。今回、この機会に少しでも、そのよさが伝われば幸いです。

さて次回こそは、PHPについて書こうかと思っております。とりあえずは、勉強の始め方などからぼちぼちと。次回の登壇は来月頭ですね。ではでは、また!(^^)


【森和恵 r360studio 〜 Web系インストラクター 〜】
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編集後記(06/15)

●筒井康隆「世界はゴ冗談」を読む(新潮社、2015)。巨匠はいまや80歳、なおも最前衛に立つ。認知症老人の世界を描いた「ペニスに命中」をはじめ、昔と変わらぬブラック・ユーモア、ギャグ、ナンセンスのパレードだが、「思えば昔は危険を犯してブラックな作品を多く書いたものだったが、あの頃が懐かしい。今、昔書いた小説を読み返してよくまあこんなことを書いたものだと思い、慄然として震えあがったりもする」と作中で語る。ほんとに昔はよかった。女性、百姓、精神異常者、不具者、病人、外国人などに対する差別が平然と小説になっていて、それがもて囃されて筒井康隆はスターになった。

しかし、いまやお得意の路線でたとえば○○を揶揄したりすれば、現代の日本では人非人扱いされるだろう。なにかといえばヘイトスピーチだと色づけされる。不自由な世の中になったものだ。筒井康隆ワールドも多少濃度が薄まったような気がしないでもないが、9本の小説と1本のエッセイは読み応え充分だ。さすがは! と驚嘆したのは「三文字熟語の奇」だ。18ページにわたり、三文字熟語・一字アキで延々と文字組みされているのだ。たとえば ……不穏当 喧嘩腰 国務省 伏魔殿 指導者 不景気…… という感じで延々と、説明など一切なし。なんらか意図がありそでなさそな2352個の三文字熟語。

「メタパラの七・五人」はそもそも意味不明なタイトルだが、死んだ主人公が残された家族と普通に会話しているとんでもない構造。そのうち主人公が「おかしいと思わんかね(この設定が)」と読者を挑発すると、突然作者・筒井康隆が出現して、虚構内存在という概念やメタフィクションという手法について、かつての作品をひきあいに出して延々としゃべり始める。どうやらこの小説はメタフィクションからパラフィクションへの移行を小説仕立てにしたもの、らしい。何を言っているのかわからないが、どうやら批評家のいない文壇は空虚だという主張、らしい。最後は読者(0.5人扱い)が批評に参加する、らしい。

筒井康隆の危険性は、予測ではなく面白半分に書いたことが実現してしまうことだ。50年前の「48億の妄想」では街頭に張り巡らされた監視カメラのある世界を描いていたが、いまや実現している。さらに、李承晩ラインをめぐって日韓戦争が起きる。差別用語満載の「色眼鏡の狂詩曲」では日中戦争が起きる。自分が書いたことによって実現するのではないかという恐怖感が拭えないと、作中の本人に語らせる。筒井康隆スター誕生に対し、往時の批評は「世の中には、いっていいことと悪いことがある」だったが、矢野徹は「世の中には、いって悪いことをいうと良くなることがある」と返した。実に正しい。 (柴田)

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103145315/dgcrcom-22/
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筒井康隆「世界はゴ冗談」


●マラソン続き。大会前日にペンダントとTシャツのデザインが発表される。今年のペンダントは桜の形で、使用するにはあまり使い勝手は良くないが、日本っぽくていい。

Tシャツは名古屋城をイメージしたデザイン。色はターコイズブルー。これを着て名古屋城ならぬ大阪城公園を走る姿を想像して嬉しくなった。が、まぁこれらは完走しないともらえない特別なものなので、どうせ走るならもらいたいなぁと。

そして今年から追加されたのが、レースコンディション・インフォメーション・システム(RIS)。二日前、当日に発表。「Good(緑・リスクは低い)」「Phase1 Care(オレンジ・注意)」「Phase2 Hard(赤・警戒)」「Phase3 Racestop(黒・レース中断)」に区分けされる。

この大会は「Good」。夜中は雨だったが、大会は快晴。最高気温が17度と今年一番の暖かさ。厚着をすると熱中症のおそれがあるので、水分補給など備えを忘れずにとのこと。確かに暑かった。5km地点の給水までに喉が渇いてしまい、ドリンクを持っていけばと後悔した。初マラソンが晴れて良かった。続く。 (hammer.mule)

< http://womens.marathon-festival.com/news/955
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ティファニーペンダント&フィニッシャーTシャツのデザイン発表会が行われました

< http://womens.marathon-festival.com/news/977
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レースコンディション・インフォメーションシステム(PDFが詳しい)