グラフィック薄氷大魔王[436]定額制Apple Musicで考えたこと
── 吉井 宏 ──

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Apple Music、僕的には大歓迎! でも、いろいろ考えた。

●「ガマンして聴いてたら大好きになった」がなくなる?

定額制になると「少ない小遣いでようやく手に入れたアルバムが気に入らないけど、もったいないので何度も聴いてるうちに良さがわかってきた!」っていう入門の形が消滅する。

最初から聴ける耳当たりのいい音楽しか聴いてもらえない。他の音楽を聴くのに別料金が必要なわけじゃないなら、好きでもない音楽をガマンして何十回も聴くなんてあり得ない。

定額制って、「今までいろんな音楽を情報としては知ってたけど、アルバムを買うには至らなかった人」にはありがたいサービスだと思うけど、情報ゼロの人には単にBGMの有線放送くらいのありがたみしかないんじゃないか? とか。




えええ!! ダウンロードも可能なんだって! それじゃ、ストリーミングサービスってより、iTunesストアを定額で全解放ってことか! アメリカでは三千万曲、日本では数百万曲(?)が聴き放題な上にダウンロードも可能……。

っていうか、ネットに接続できない所で聴く目的にしか、ダウンロードしたり集めたりする意味すらなくなっちゃうわけだがw

今でもクレジットカードの締切日間際に「今月はiTunesで買ってないから何か買わなきゃ」ってけっこう買ってた。「お金を払って音楽を購入する」は、聴き込むことですごく好きになれたらいいなあ! っていう覚悟みたいなもんで、僕は昔からそんな買い方。

だから、定額だったり無料だったりすると、覚悟を決めなくていいからつまんない。僕だけかもしれんけど。

音楽マニアを育てる的にはどうなんだろう? 音楽マニアが育たないと、新しい音楽をやる人がいなくなる? まあ、聴ききれないくらい音楽たくさんあるから誰も困らないかw レコードになってるものでも鑑賞に堪えるものが100年分くらいあるわけだし。今でもYouTube等で聴き放題に近くなってるから、そんなに変わらないのかもね。

ところで、良さがわかるまで時間がかかった僕的に代表的なものはザ・ビーチボーイズの「ペットサウンズ」だった。「ポピュラー音楽史上最高のアルバム」とのことで聴いてみたところ、一曲目以外はビーチボーイズっぽくない地味な曲ばかりで、なんだこれ? と。

それでも何かいいところがあるんだろうって繰り返して聴いてるうちに、やはり史上最高って納得、僕の「無人島一枚」になった。

もっともっと以前、小学生4年くらいのとき、「教養ある大人はクラシックを聴くもんだ」と思って、家にあったベートーベン「運命」をぜんぜんわからないくせに何十回も繰り返して聴いた末に、めちゃくちゃ好きになったのでした。

なので、どんな音楽も聴き込めば魅力がわかるはず、と信じてる。坂本龍一がレゲエを理解するまで二年聴き込んだって話も。

定額制で聴き込まなくなるとしたら、やっぱちょっと心配。まあしかし、定額制でつまみ食い的な聴き方をする若い人の中から、自由自在に過去と現在を行き来しながらものすごい音楽知識を持つ人も出てくるんだろうな。

●個人所有ライブラリが無意味に

アルバムや曲を「購入」がなくなっちゃうと、アルバムや曲単位で愛でる感覚の時代は終わっちゃう。数百万曲を聴き放題なんだから、最小単位は「アーティスト」か、いや「ジャンル」かな。

僕が三十何年間せっせと買い集めた2万曲160GBの容量も意味なくなる。所有CDがクラウドから聴けるiTunes Matchも意味なくなる。

壁一面をレコード・CD棚にしてる人の、その枚数の意味がなくなっちゃうのは悔しいだろうな〜。CDショップ全体よりもっと多い曲を所有してるのと同じだもん。まあ、iTunesにないCDやレコードを持ってる人は勝ちw

●定額制のすごい点

以前書いた、「日本の各家庭がどれだけ本や雑誌を買うかの統計によれば、10家族の40人のうち本代に13,830円使う人がたった一人いたら、他の39人は一冊も買ってないという計算」。

音楽も似たようなもんでしょう。クラスに一人くらいしかいないマニアが極端にたくさん買う一方、普通の人はそんなに買わない。

仮に、iTunesストアで年に四枚のアルバムを買って6,000円払う人がいたとする。定額制で年12,000円払うようになれば、Appleに入る金額は二倍になる。音楽にお金をまったく払わないできた人の何割かでも定額制に入ったら……すごいね! ミュージシャンにきっちり還元されたら、以前より状況は良くなっちゃったりして。

電子書籍の定額制も来るね。すでに定額制が始まってる雑誌サイトもあったりする。電子書籍になってない本のほうが多い現状ではありがたみ薄いけど、いずれそうなるだろうな。考えてみりゃ、HuluやTSUTAYAではすでに映画の定額制になってるわけだし。

●ストリーミングの転送量

蛇足だけど、モバイルで聴き放題すると、どのくらいの転送量になるんだろ? 聞き続けてキャリアの7GB制限をオーバーするのにどのくらいかかるか? ストリーミングが売ってるのと同じような音質だとすると、たとえば僕のiTunesに登録されてる同一アーチストで最も多い44枚が登録されてる、ザ・ビーチボーイズが1.5日分で4.09GB。ってことは丸二日ちょっと聞き続けたらオーバーw

●ライブが苦手です

仮にApple Musicが何かの終わりを意味するものだったとしても、それは録音をひとまとまりにして販売する方法の終わりであって、ライブは終わらない。

ただ……僕はライブの同調圧力がキライでキライで。ミュージシャンや他の観客との「一体感」を楽しむものなんだろうけど、総立ちや手拍子の強制さえ僕はまったくダメ。今はもう「生演奏より録音芸術が好き」って断言できる。その意味で、ライブの映像は嫌いじゃなかったりする。

デーモン小暮閣下が「最前列の関係者が腕組みして見てるのが許せん」と言ってるの聞いて、あー、僕はライブに行ってはいけない人だ、と思った。

CDで聴き込んだ曲をライブでどう演奏するのか、本格PAでどう聞こえるのか、じっくり腕組みして聴きたいんだよ〜。なのに、周囲は総立ちしたりぴょんぴょん跳びはねてるから立ち上がらないと見えないw

立ち上がったら突っ立ってるわけにもいかない。あと、ツアーとかでMCでしゃべることやハプニングとかも、全部練り上げた仕込みって知ったときはガッカリしたw

究極の録音芸術であるYMOなんかも、なんでライブやるんだろ? ってずっと思ってた。ライブはライブを見たいファン層がいるんだよね。僕はちがう層だと思う。目の前で生で演奏するのを聴ける、っていう楽しみがあると思い込んでたけど、PA通しちゃうと生の意味がなくなるw

クラシックで言えば、グレン・グールドが演奏会をやめて録音のみにしたとい
うのも、すごくわかる。失敗できないプレッシャーや演奏の粗探しをする客に
神経をすり減らすのをやめ、レコーディングに専念。テープを切り貼りして完
璧な演奏を作り上げるっていうアレ。

音楽を作るっていうことと、コンサートでパフォーマンスすることは、別のジャンルだと思う。

たった一回の演奏のために死ぬほど練習するわけじゃん? やはりそれって、ほとんどフィギュアスケートや体操競技に近い。僕は絵を描いたりCG作ったりする仕事してるわけだけど、広い会場で失敗の許されないライブペインティングが半ば業務上の義務みたいになってるとしたら……この仕事やめるかもしれないw

自分が思うとおりの演奏や、譜面の作曲家の意図とかを100%に近づけて表現するタイプの音楽芸術があっていいと思う。パソコンを使って0.01秒のタイミングを調整したり、音量や音質を変えたりすることで表現できるわけで。

楽器を使って表現したい人がやるべきことは練習じゃなく、上記のように一曲を満足いくまでいじり倒すことかもしれない、と。有名な演奏家でそういうことやってる人いるのかな?

ポピュラー音楽のミュージシャンの演奏は、そこまでシビアじゃないかもしれないけど、たとえば本番で歌詞を間違えないように必死で覚えることが、それほど意味があるように思われないとかなんとか。

……ライブやコンサートが苦手な大きな理由思い出した。PAの音量っていくらなんでも大きすぎない? 耳がつぶれそう。会場出るとしばらく耳がキーーンっていってるもん。

●告知:NYのClutterギャラリーのCutepocalypse展に参加してます

「Cutepocalypse」とは「カワイイ黙示録」とでも言うのか……とにかくカワイイ作品なら何でもいい、だそうで。僕の作品「Kichu」は「過剰なかわいさが醸し出す怖さ」的なものがテーマ。制作は昨年に続いて織田隆治さんにお願いしました。
< https://shop.cluttermagazine.com/gallery
>
< https://shop.cluttermagazine.com/gallery/609
>
< https://shop.cluttermagazine.com/art-toys/kichu
>

【吉井 宏/イラストレーター】
HP < http://www.yoshii.com
>
Blog < http://yoshii-blog.blogspot.com/
>

どんな音楽でも聴き込めば好きになる……例外もいっぱいあるなあ。ギターギャンギャンなロックがまったくダメ。いや、まだ聴き込みが足りないだけかなw

フォー・シーズンズを「ジャージー・ボーイズ」でミュージカル→映画化、おもしろかった! じゃあ、ザ・ビーチボーイズも見たい〜! っていうか、ブライアン・ウィルソンの「ペット・サウンズ」〜「スマイル」の七転八倒と気が変になっていく様を見たい! って思ってたら、やっぱ見たいと思ってる人多いのね。早く観たい!
< http://loveandmercy-movie.jp
>

・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
< http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500
>

・rinkakの3Dプリント作品ショップ
< https://www.rinkak.com/jp/shop/hiroshiyoshii
>

・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
< https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii
>

・ハイウェイ島の大冒険
< http://kids.e-nexco.co.jp
>

・App Store「REAL STEELPAN」
< https://itunes.apple.com/jp/app/real-steelpan/id398902899?mt=8
>