わが逃走[162]韓国の印象の巻/齋藤 浩

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結論から言ってしまえば、国と国とは確かにぎくしゃくしている。しかし、人と人とはその真逆であった。

10年前のソウルは、空港に着くや否やキムチの香りに包まれるような印象があったが、現在では良くも悪くも日本とそれほど変わらない。

街からは屋台が激減。学校帰りに笑顔でポンテギ(蚕のさなぎ)を食べる女子高生の姿はもうなかった。

またMERSは確かに大変な問題だが、滞在中のソウルはいたって平穏で、前日に日本のテレビで見た映像は、わざわざマスクをしている人を探し、そこだけトリミングしていたということを知る。

なにごとも自分の目で知ること、その場に身を置いた上で発言することが大切だと改めて思った次第。

さて、この旅は、デザイナーChae Byung-rokさんからソウルでのポスター展ならびに蔚山大学での特別講義のお誘いをうけたことによるもので、韓国には6月4日から11日まで滞在した。

今回は、展示や講義を終えた後の交流をとおして感じたことを書こうと思う。




展覧会はハングルタイポグラフィの巨匠、Ahn Sam-YeolさんとChae Byung-rokさんとの三人展で、テーマは『1文字』。

それぞれの考え方で文字を分解、再構成した作品を発表した。

告知ポスターが開催前夜に刷り上がるなど、大陸的なおおらかさを感じるところもあったが、またなんとかなるところも韓国であった。

5日のオープニングレセプションは、デザイナー、編集者、学芸員、美大生など多くの来場者で賑わい、文字の表現と可能性について二次会、三次会と深夜まで語り合った。

最後まで残ったのは7人だったかな。三次会会場は小さななバルで、シンプルな内装にさりげなくAhn Sam-Yeolカレンダーが効いてる!

どうやらここはAhnさん馴染みの店のようだ。

深夜ゆえほぼ貸切状態。しばらく話に夢中になっていると店長さんがやってきて、「なんてすばらしい客人達だ。私はこの店をこういう文化的な社交場にしたかったんだ! ここからはオレのおごりだ。みんな遠慮なく飲んでくれ!」と大盤振る舞いしてくださったのだ。

熱い。嬉しかったとか驚いたとかそういうのもあるけど、漢気(おとこぎ)にやられた! という感動。まさにそんな感じ。

店長は馴染み客であるAhnさんがデザイナーであることを知らなかったそうで、なにやらとても喜んでくれている様子だった。

10年前にソウルに来たときは、一人の女を巡っての男同士の殴り合いに巻き込まれるという違う意味での大陸の“熱さ”を肌で感じたオレなわけだが、今回こうして地元の、普通の人のやさしさに触れることができたことはとても幸せな経験だった。

ありがとう店長、北村に行ったらまた必ず寄りますよ! 頂いた白磁のぐい呑みは宝物にします。

6月9日の朝、蔚山大学での講義のため、ソウル駅から韓国新幹線KTXに乗り込んだ。特別講義の告知ポスターはやはり前日に刷上がり、当日に掲出されたようだ(笑)。

さて内容だが、前半は自分なりのデザイン論を『ドラえもん』がなぜ青いのかを例に語った。

連載当時の雑誌のタイトルロゴが赤、背景が黄色だったという超シンプルな理由なのだが、これは読者に対しドラえもんの連載誌がここにあるよと伝えるための工夫だ。

カッコイイものを作ることよりも、相手の立場に立った設計思想こそがデザインなのだ、みたいな話をした。

後半は、私が学生のときの恥ずかしい作品から現在の仕事までを時代順に紹介し、そのときどう思い、どう解決してきたか。誰に出会いどのような影響を受け、今どう考えているか、みたいなことを語ってきた。

そして新作ポスターを教材に、漢字の成り立ちの話。

彼らはある程度の漢字は知っているが、日常的に使ってはいない。

たとえば「明」という字は「日」と「月」でできている、までは知っているのだが、実は「日」は窓を意味し、この字は夜の部屋に窓から差し込む月光を表現しているとの説を紹介すると、「へぇ〜」という声があがったので、とりあえず目的は達成できたかなと思っている。

Chaeさんは全ての通訳を完璧にこなしてくれた。しかし通訳の時間を考慮し、もっとコンパクトにまとめるべきだったかもと反省している。

夜は学生たちと朝まで飲んた。みんなよく食べ、よく飲み、よく話す。そして驚いたのは日本語のわかる学生がかなり多いのだ。

高校のときの第二外国語で日本語を履修したり、漫画やアニメからの独学だったり人それぞれだが、みなきちんと会話ができるところがすごい。

まさに感動的である。もちろん英語も流暢。

そしてみんな積極的に話しかけてくれるのだ。嬉しい!!!

熱い学生と語り合うと、オレのハートも熱くなるぜ!!!

思うに、語学教育では日本が完全に負けている。中学、高校と六年も勉強してもうまく話せないのは、島国ならではの危機感のなさから来るのだろうか。

また韓国の若者は勉強したいから大学に来る。あたりまえだが消去法で人生を決めたりしていない。

作品のクオリティは私が教えていた専門学校と同等との印象だったが、学生の覚悟はまるで違った。このへんは日本の若者にぜひ見習ってほしいところだ。

韓国の人たちは皆熱く、学生も社会人も自分の目標のために勉強できることに喜びを感じている。

私が、日本人が、いかにぬるま湯に浸かっているかを体感できた貴重な経験だった。

そしてこういう場所に身を置くことにより、気持ちが共鳴し、お互い成長してゆける。「身を置く」には、その場へ自ら出向かねばならない。当たり前だが、それを忘れていた自分に気づく旅だった。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。