ショート・ストーリーのKUNI[177]ママはロボット
── ヤマシタクニコ ──

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ぼくのママがロボットだということに、ぼくはとっくに気づいていた。いつごろからかおぼえていないけど。

ぼくはママがきらいじゃない。ママがいやな人だと思ったことも、いなくなればいいと思ったこともなかった。

ママは夜明けの空のような澄んだブルーのひとみをしていた。赤みがさして、ぷっくりふくらんだほほは、とれたてのすもものようだった。ぼくに、それはそれはやさしく、子守歌を歌ってくれた。

雨のこどもはなないろの虹
太陽のこどもは草をわたる風
みんなみんな おやすみ  おやすみ

だけど、どんなにやさしくしてくれたって、ママはロボットなんだ。

美しいひとみもほほも、つくりものなのだ。

それがどうした、っておもう。

ロボットだっていいじゃないかと。

でも、そんなにかんたんなことじゃない。




たとえば、ふだんのちょっとしたしぐさとか、まなざしとかに、ぼくは「あっ」とおもうことがあるのだ。シリアルの中にたった一粒まぎれこんでいた砂を発見したときのように。ああ、ママはロボットなんだ、ぼくとはちがうんだ、と。

そのときのきもちを説明するのはとても難しい。けど、それはなにかしらけっていてきなことで、そういうとき、ぼくはそれに続けて「やっぱりそうなんだ」「だからそうなんだ」とおもってしまう。

砂粒はひとつのひきがねになり、毎日のいろんなことがじゃりじゃりしたものに感じられる。着ている服のどこかがぬれたままいつまでもかわかないような、落ち着かないきもち。

「あっとおもったこと」は、そうしてぼくとママのあいだに入りこみ、いつまでもかげをおとすのだ。

パパはもちろん、ロボットじゃない。パパはいつも、ぼくを心からあいしてくれる。ぼくはパパといるとあんしんできる。パパの笑顔はぼくが、こうあってほしいとおもう笑顔だし、パパの声は、ぼくがこんな声がいいなとおもってる声、のような気がする。

ぼくはずっとパパの声を聞き、パパの笑顔を見て、夜寝る前にはできたらパパに本を読んでほしいとおもっている。ママじゃなく。

ぼくがママはロボットであることに気づいたころ、ママはママで、ぼくが知っていることに気づいた、と思う。

だから、ママは時々、ぼくをぎゅっと抱きしめ、「ごめんなさい」と言った。

そして続けて「でも、ママはあなたのことをだれよりもあいしてるの」「しんじてちょうだい」
そう言った。

ごめんなさい、ママ。ママが悪いんじゃない。すべては、ママがロボットであるからなんだ。

でも、ぼくはロボットのママを受け入れた。ママのいうことをきき、ママが出してくれた服を着て、ママがつくってくれたものを食べ、ママといっしょに公園やショッピングセンターに出かけた。表面上はなにも問題はなかったはずだ。


ある日、パパがぼくを呼んだ。そして、こう言った。

これから、ママのところに行く。でも、決しておどろいてはいけない。ママは、どんなになったって、ママなのだから、と。

ぼくはどきどきしたが、もちろんうなずいた。

ぼくとパパは車に乗り、遠い街に行った。ママは大きな白い建物の中にいた。病院だよ、とパパは言った。

病院の中の部屋のひとつにママはいた。ベッドに横たわり、目を閉じていて、からだのあちこちからたくさんのケーブルのようなものが出ていた。

ママは、やっぱりロボットだったのだ! とうとう故障して、修理されることになったのだ。たくさんのケーブルがその証拠だ。

かわいそうなママ。ママがロボットで、いよいよこわれそうだなんて、だれがそうぞうしただろう。それを知ったらきっと、みんな声も出ないほどおどろいたにちがいない。

かわいそうな、みんな。

かわいそうな、パパ。何も知らないで。

だいじょうぶだよ。ぼくがなぐさめてあげる。ぼくはぜんぶ、とっくのむかしから知っていたんだから。

ぼくとパパは、それから毎日のように病院に行った。ママは目をとじたまま、機械がコツ、コツ、コツ、ゴーッと鳴るのにつれて規則正しい呼吸をしていた。

パパはふだんと同じように話しかけたりしたけど、もちろんママは何も答えなかった。ぼくはパパをなぐさめたかったけど、いざとなるとどうしていいかわからなかった。

その日もぼくとパパはママの病院にいた。パパが、何か用事ができて部屋を出て行った。ぼくに「ちょっとここで待ってるんだよ」と言って。

それでぼくはママのベッドの横にひとりで立っていた。ママの顔を見ようとしたときだ。ずっととじたままだったママの目が、急にぱっと開いた。そして、ぼくの目と合った。

ママの目はぼくを見ていながら何も見ていなかった。ぞっとするほど冷たく、すきとおって、どこまでも深く、ぼくを誘うようだった。何もないところに。

ぼくは叫び声をあげたいほどこわかったが、声がでなかった。しんとした部屋の中にコツ、コツ、コツ、ゴーッ、という音がひびきわたった。ぼくは恐怖のなかでおもった。

──もう、ママは……いや、このロボットはなおらない、絶対なおらない!

ぼくはママのからだにつけられた何本ものケーブルや管を、一本一本、引っこ抜いた。抜き方がわからないものもあった。ぼくはふるえながら、線がつながっている四角い箱を、そばにあった丸椅子でむちゃくちゃに打った。

──こわれたロボットはもうなおらないんだ、ぜったい。だから、こうしたって、いいんだ! いいんだ!

気がつくとパパがそばにいた。

──何をしてるんだ。


ママはそうして、死んだ。

ぼくは、ママはこわれたのだと思うけど、パパもほかの人も、ママは死んだという。どちらが正しいのか、ぼくは知らない。

いろんな人がやってきた。パパの妹とか、お兄さんとか、しんせきだとかいう人たち。そして、パパと話し合った。

──あの子をいつまでおいておくつもりなの?

──あんなおそろしいことをした子を……いくらなおる見込みがなかったとしても……。

──どこかにひきとってもらえば……。

でも、パパはぼくをどこにも行かせなかった。

──あの子は私がいないとだめなんだから。


それから二年がたったある日、パパに呼ばれてリビングルームに行くと、見たことない女の人がいた。パパが言った。

──新しいママだよ。

新しいママはぼくに笑顔を向けた。一瞬で部屋中の空気をあたたかくさせるような笑顔。その笑顔だけで、ぼくはママが大好きになった。ママは手をひろげ、ぼくをだきしめた。

──パパからすっかり話は聞いたわ。つらかったでしょう。

ぼくは抱きしめられるのが気持ちよくてうっとりしてしまった。

──あなたが悪いのじゃないの。設定のせいなのよ。

何を言ってるんだろう。設定?

──あなたはパパの気に入るように設定されていたの。あなたの考え方、感じ方はパパを基準にされていた。だからパパと気があうのは当然だし、ママと合わなかったのは、パパとママがあまりうまくいってなかったことの反映と思われるんですって。

意味がわからなかった。

──でも、これからはうまくいくわ。私とあなたはロボット同士。なかよくしましょう。いえ、なかよくできるように設定されているから心配ないわ。パパは、もう人間はこりごりなんですって。私たちなら病気にもならないし……。


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最近、時々、このデジクリの原稿をiPhoneで書いたりしていたのだが、意外と書きやすい。画面が小さいのになんで? と自分でも思い……iPhoneの予測変換が賢いせいだ! と気づいた。それにひきかえ、ことえりのあほさ加減って、もう(以下略)。

というわけで、久しぶりにAtokを導入。使えない、ストレスたまる一方のことえりには引っ込んでもらうことにした。