ユーレカの日々[43]冷蔵庫とマグネット/まつむらまきお

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冷蔵庫を買い替えることになった。冷蔵庫の買い替えというのは、壊れてからではやっかいなものだ。昔、実家で冷蔵庫が壊れて大騒ぎになったことがある。

新しい冷蔵庫を買いに走る。モノがモノだけに、お持ち帰り、というわけにはいかない。当時、配達まで数日かかっただろうか。また、その間、冷蔵品、冷凍品がどんどんダメになる。氷を買って来てアイスボックスに食品を移すなど、とても大変だった。

だから、冷蔵庫は壊れる前に買い替えなくてはいけない。我が家の冷蔵庫は買ってから14年。相当にくたびれてきている。

しかし、冷蔵庫というものは地味だ。高価な電気製品なのに地味なのだ。これだけ情報テクノロジーが進化しているのだから、食品の賞味期限や調味料の残量を管理してくれたっていいじゃないか。

しかし、そういうものはなかなか出てこない。もちろん省エネだとか、鮮度を保つだとか、テレビでは散々CMをしているが、とりあえず困ってないし。

そんなわけで壊れない限り、買い替えのモチベーションが湧かない。買い替えが後回しになる代表格だ。そして気がつけば14年である。




●満身創痍の14年モノ

14年も使っていると、冷やす機能は動いても、あちこち傷んでくる。2年ほど前にまず、ドアの取っ手が壊れた。この取っ手、テコが内蔵され、開けやすいレバー式になっていたのが、バキっともげた。取っ手がもげると、冷凍庫が開けにくい(あたりまえだ)。

かといって、冷やす機能には問題がない。ドアの取っ手ごときで、修理を呼んだり、買い替えたりするのも、なんだかなぁということで、大工道具をガサゴソさがしてみると、家電品なんかを持ち換える時によく使う、ヒモがけしてつける「取っ手」が見つかった。

冷蔵庫の取っ手がついていた場所(樹脂)にドリルで穴を開け、針金で買い物用の取っ手をつける。見た目は悪いが、実用上問題ない。そのうち、野菜室の取っ手も壊れたので、同様に買い物取っ手をつける。

中の棚も割れて、不安定になっている。棚だけ部品請求できるかもしれないが、とりあえずは使えているのでそのまま。

まぁこのあたりは、冷やすという機能には関係がないのでだましだまし使ってきたのだが、水漏れがしだすにいたって、そろそろ買い換えかということになった。これが半年ほど前。

なぜ、そこからほっておいたのかというと、冬だったからである。涼しい〜寒い時期は、ものを冷やしてもありがたみがない。冷蔵庫を買い換えるぞーっ、というモチベーションがわかないではないか。

そしていよいよ今年の夏である。今年も暑そうだ。もし冷蔵庫が壊れたら、大変なことになる。冷えたビールが呑めないのは困る。と、モチベーションが最大になるこの時期、ようやく買い換えることにしたのである。

●最近の冷蔵庫のトレンドは……

売り場に行くと、すぐに店員が貼り付いて、あれやこれやと説明をしてくれる。一見、どれも同じに見えるが、説明を聞くと各社の設計思想が見えてくるのが面白い。

たとえば、最下段を冷凍室にするのか、野菜室にするのか。コンプレッサーをどこに置くのか(それによって、庫内のどこを犠牲にするのかが異なる)。

冷蔵庫というのはやはり地味な存在だ。各メーカー、どう差別化するか、何をセールスポイントにするか、なかなか大変そうな世界だ。

そんな中、色々見ていて気がついたのが、現在冷蔵庫というのは大きく二つのグレードに別れているということ。それはドアの仕上げの違いだ。ひとつは、通常の鉄板。もうひとつは、ガラスドアだ。

ガラスドアのものは、ドア前面に段差がないのでお手入れ簡単、光沢も美しいということらしい。

最近の住宅はオープンキッチンがトレンド、食堂とリビングは一部屋にするのが普通だから、冷蔵庫もリビングから見えるということを意識するのだろう。ざっと見たところ、半数はガラスドア。特に大容量のものは、ガラスが中心になっているとのこと。

●今の冷蔵庫はマグネット拒否!

うーん、たしかにガラスドアは存在感があるのだけど、従来の鉄板ドアだって別に小汚いわけではない。だってもともと冷蔵庫、ほっておいたってミニマムデザイン、ただの箱だ。

ドアがガラスかどうかはどうでもいいなぁ、妙なトレンドだなぁと思って聞いていたのだが、その説明の中で驚愕の事実が発覚した。なんと、ガラスドアの冷蔵庫には、マグネットが付かないのだという。

マグネットが付かない冷蔵庫! そういうモノがいつの間に許される時代になったのだろうか? 

そもそも冷蔵庫とマグネットは切っても切れない関係にあるだろう。子どもが学校からもらってきたプリント、ゴミの日のスケジュール、振込伝票、日常的なあらゆる紙はマグネットで冷蔵庫に留められてきたのではなかったのか。

紙だけではない。キッチンタイマーだって、マグネットで冷蔵庫にくっついているのが常識だろう。また、広告媒体としても重要だ。水漏れ工事やピザの宅配の電話番号は、シート型マグネット。冷蔵庫がマグネットを拒否したら、これらはどこに貼られればいいのか?

一般家庭で、マグネットが効く場所というのは少ない。オフィスでは収納家具の多くがスチール性なので、マグネットが大活躍するが、家庭の家具は木製が中心だ。冷蔵庫に拒否られたら、あとは洗濯機か、マンションの玄関ドアくらいしか残らない。

マグネットが付くというのは、冷蔵庫のアイデンティティではなかったのか。
想像を絶するとはこのことだ。ということで、通常のものから検討していったのだが、容量と価格の関係で、最後の候補として、ガラスの冷蔵庫が残ってしまった。

●本当にマグネットは必要?

いったん家に戻って、冷蔵庫を眺める。我が家の冷蔵庫のドアは、書類やら雑貨やらがマグネットでくっつき、ドアがほとんど見えない状態になっている。

しかし、よく見てみると、そのほとんどはもう要らないものばかりだ。あれ? 必要だから貼っていたはずなのに、これはどういうことだ?

子どもが小学生の頃なら、あれやこれやと学校関係のプリントがあって、それを貼っていたものだが、子どもが成長するにしたがって、そういうものは激減していく。

そういう事情もあるのだろうけど、それにしてもいつから、冷蔵庫に貼らなくなっていたのだろうか……ああ、そうだ、ネットとスマホが生活に入り込んでからだ。

伝言、メモ類は壁に貼っておかなくても、メールなりLINEなりで直接やりとりする。書類だって、なくさないようにその場でスマホで写真に撮る。

冷蔵庫に貼っておく代表格だった振込用紙も、ネットでのカード決済のおかげですっかり少なくなった。いつのまにか、貼っておくべきものが少なくなっていたのだ。

いらないものを捨てていくと、必要なものはほんの数枚になってしまった。「夢のペーパーレス社会」。ふとそんな言葉を思い出す。これくらいの量なら、冷蔵庫の横の壁にピンで留めておけばいい。さらばマグネット。

●貼れぬなら貼らしてみせよう……

そんなわけで、ガラスのドアの冷蔵庫を購入することになった。精算をする時に、粗品として、定規くらいのサイズの「ガラストップのドアに貼れる、マグネットシート」が付いてきたのには笑ってしまった。メーカーロゴが入った、純正品である。

さぞかし「マグネット貼れないんですか!?」という反応が多いのだろう。

こういうものがあるのなら……とネットで探してみると、案の定見つかった。「コクヨ ホワイトボード 吸着シートタイプ ピタボ 」
< http://www.amazon.co.jp/dp/B001MSQWLU/ >

ガラス面に吸着し、ホワイトボードになって、マグネットも効くというシロモノだ。レビューにも「冷蔵庫にマグネットが貼れなくて困っていました」と多数の書き込みがある。

なんだ、悩む必要はなかったのだ。これがあれば、マグネット貼り放題!……いや、ちょっと待て、それはなんかおかしい。せっかくキレイになった冷蔵庫にまた、いろいろ貼るのか……。

ああそうか、そういうことか。ここまで来てようやく、なぜガラスドアの冷蔵庫なのかがわかった。

●美しさの秘密

ガラスドアの冷蔵庫を思いついた人はきっと、冷蔵庫を美しく見せるということを懸命に考えたのだろう。そして、どんなに苦心してデザインしても、ペタペタとマグネットを貼られてしまうことに業を煮やし、きっと思いついたのだ。

「そうだ、マグネットが効かない冷蔵庫なら、いつまでも美しいぞ!」……

なるほど、美しさの秘密は、ガラスではなく、マグネットが効かないというとだったのか…

あえてできない、させないというデザインがあるのだ。たとえばiPhoneにはストラップをつける穴がない。

iPhoneが登場した当初、だれもがそれを不満、不安に思ったものだが、今、電車の中であたりを見回しても、ストラップをつけているスマホを見ることはほとんどない。あれだけみんな、ストラップを付けたがっていたのに。

ジョブズはiPhoneやiPodにストラップをつけることを嫌い、美しくデザインしたのだからそのままで使って欲しいと言っていた。ならば世界はジョブズの思い通りになったということか?

いやいや、スマホをそのままで使っている人などほとんどいない。ストラップに代わって、思い思いのカバーをつけることになった。手帳型のもの、絵がプリントされたもの、ゴテゴテとデコレーションされたもの……

美しくデザインされた、iPhoneの裏側をだれも見ることがない状況になってしまった。

やれやれ、デザインというのは難しい。そして、正解がないから面白い。新しい冷蔵庫でよく冷やしたビールを開けながら、はたしてうちの冷蔵庫はいつまで、貼り紙を拒否できるのかな、と思った。

【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学准教授】
< twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura >
< http://www.makion.net/ > < mailto:makio@makion.net >

イラストレーターの長岡秀星さんが亡くなった。アース・ウィンド・アンド・ファイアーや喜多郎のジャケットで有名な長岡さんだが、幼年期に見た少年雑誌の「未来絵」グラビアイラストが本当にかっこよかった。ちょっと前に段ボール箱から昔買った画集が出てきて、懐かしく見ていた直後の出来事。ご冥福をお祈りします。