[3950] 漫画のアイドルとお寺のアイドル

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《縁は異なものとはよく言ったもんである》

■Otaku ワールドへようこそ![215]
漫画のアイドルとお寺のアイドル
GrowHair




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■Otaku ワールドへようこそ![215]
漫画のアイドルとお寺のアイドル

GrowHair
< http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20150717140100.html >
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アイドルに関連する私的な話題をふたつ。この関連性はたまたまだけど。アイドルが出てくる漫画を描いた人の話と、お寺から出てきたアイドルの話。

●元上司の娘さんが漫画家デビュー

10年ほど前になるが、勤め先で半導体関連のプロジェクトに入れられ、その拠点である京都や、顧客候補のいる海外へ頻繁に出張していた時期があった。海外は、米国シリコンバレーと台湾が主で、それ以外にも、アメリカの他地域や、フランス、オランダ、ドイツに行った。

そのときのプロジェクトリーダーがM井氏で、たいへんお世話になった。夜になってもなかなか暗くならないライン川べりで、山盛りのマッシュポテトにうんざりしながらビールを飲んだり、アメリカで韓国料理を食ったり、京都祇園でお得意様を接待してべろべろに酔いつぶれたりした、企業戦士としての戦友である。

プロジェクト終了後も、近い技術領域、近い職場で仕事をしており、よく顔を合わせていた。2014年7月14日(月)、M井氏からメールが来た。奥さんと娘さんが私のファンなので、色紙にサインしてくれませんか、と。社内便で色紙が二枚届いた。サインして、翌日返送した。

一年近く経ったつい先週の7月9日(木)、社員食堂でいつものように鉄ヲタのK氏と昼飯を食べていると、めずらしくM井氏がやってきて、K氏の隣りに座った。「ちょっとすごいことになっててね」。顔がほころんでますけど。娘さんが漫画家デビューするという。作品掲載誌が翌日発売になると。

作家名は「松井晶映」(本名)、受賞作品タイトルは『ヒーロードール』。掲載誌は、『少年ジャンプNEXT!! 2015 vol.3』7月10日(金)発売。

集英社の発行する『週刊少年ジャンプ』の定期増刊号で、隔月刊。この号には藤巻忠俊『黒子のバスケ EXTRA GAME』などの連載作品のほか、11人の新人作家による読切作品が掲載されている。
< http://www.shonenjump.com/j/jumpnext/ >

松井晶映氏は、今年の2月に「第92回JUMPトレジャー新人漫画賞」の佳作を受賞している。この賞は、『週刊少年ジャンプ』(集英社)の月例新人漫画賞で、2007年7月から開催されている。入選作が出たためしがなく、準入選作もめったに出ない。

この回も、松井氏の作品が月のトップ賞であるところの「グランドトレジャー賞」を獲得している。これを受賞したことをもって、ジャンプ増刊号への掲載を獲得している。前述の11作品には、第91回(1月)〜第93回(3月)の受賞作品が含まれている。

時は2XXX年。日本は、武器代わりに不死身の兵士を開発しようとして失敗し、街には暴走ゾンビがはびこり始める。政府はゾンビ退治の切り札として、新藤アイを育成する。なるほど新藤は圧倒的なパワーで任務を遂行していきはする。

しかしながら、性格が悪く、態度や素行が悪く、軍部を能なしと馬鹿にし、戦闘ついでに物を壊しまくり、国民からは、当のゾンビよりも嫌われている。軍部から諭されても、しれっと憎まれ口をたたき、まるで反省の色がない。このままでは日本政府の沽券に関わる。

新藤の教育役に起用されたのは生崎リウム。国民的アイドルであるさゃ子たんをこよなく愛するドルヲタ(アイドルオタク)である。

アイドルがなぜ愛されるのか、本質を知り抜き、人生訓に満ち満ちた賢者のような言葉を滔々と発するが、しかし、しょせんはアイドルの尻を追っかけまわしてブヒブヒ言っているキモヲタである。新藤の性格矯正は成功するのか?

いやいや、これ、非常に面白い。他の掲載作品のほとんどが、作者の空想で世界が設定され、作者の空想で話が展開していく。が、この作者はアイドル現場の現実をよーく知っている。SFチックな世界設定でありながら、人物描写はやけに現実的でなまなましい。

同じ人物が賢者のようにもみえ、キモヲタのようにもみえる、二面性の描写がいい。ある種の文学性を備えているといえる。テーマはオタク vs. DQN(ドキュン)か。

生崎は、愛されるアイドルのお手本を新藤に見せようと、さゃ子たんの映像を再生し、真似るように促すが、その過剰なまでのブリっ子ぶりに、新藤は全身にブツブツを発して拒絶反応を示す。

そもそも生崎は、テレビの街頭インタビューで新藤のことを「ブスだし、色気も可愛さもゼロ! その点、さゃ子たんは……」とずけずけけなしていたやつだ。険悪なムードが漂い、先行きに暗雲が立ち込めるが……。

心の暗部の深さを感じさせる、独創的な画風も、私は嫌いではない。あの絵からは、さわやかで健康的なアイドルの世界よりも、暗くて深くて出口の見えないルサンチマンのトンネルをさまよい歩きながら、限りない耽美へと走った、ビジュアル系バンドの表現世界に親和性がありそうにもみえる。

細かいことだが、設定に、ちょっと心配なところがある。ゾンビの正体って、なんなんだろう。軍部の失敗作である新種のウィルスに冒されて、ああいう気の毒な姿になっちゃっている、元はといえば人間だったりしないだろうか。

グロテスクな姿で暴走しまくる迷惑な存在だからといって、敵扱いで、とどめを刺しまくりで、モラル的にだいじょうぶなのだろうか。

細かいところは置いといて、力作である。愛されて生きるという生き方に、力強い説得性がある。元上司の娘さんだからというひいき目を差し引いても、掲載作品の中のトップ集団を走っていると感じられた。

だけど、そうは言っても、他の作品も、なかなかの力作ぞろいである。30年前だったら、即、週刊の本誌に連載をもたせてもらえたんじゃないかとさえ思えるハイクオリティのがごろごろと。

今の時代は裾野が広いので、必然的にトップも高く、あのレベルに到達してさえも、受賞のご褒美として、増刊号に読切作品が一回だけ掲載されるにとどまっている。

漫画家として、継続的に仕事を獲得していくまでには、これからまだまだ一山も二山も越えなくてはならないのかもしれない。

逆に言うと、それだけ粒ぞろいなのは、頼もしくもある。テクノロジー方面、経済方面においては、どうも先行きに明るい展望のみえない日本であるが、そんなことをよそに、若い世代は早々に土俵を移して、違う畑で違う草木を芽吹かせているのかもしれない。

そっちの分野で競争力を発揮できるのであれば、それはそれでいいことだ。テクノロジーの先進性を頼みにした工業製品だけが収穫というわけではない。

もうひとがんばりして、ある程度の知名度を得るようになれば、海外でよく開催されている漫画・アニメ・ゲーム関連のテーマのフェスに招待されるのは、それほど非現実的なことではなかろう。

いつか、あわよくば、同じフェスに呼ばれて、私と一緒に渡航でいるといいなぁ。それを言ったら、父親の嫌がり方が尋常ではなかった。宿泊は離れた場所にしろ、とか、鉄のパンツを穿かせて行かせる、とか。本人が費用向こう持ちで招待されたとしても、父親が自費でついて来ちゃいそうな勢いである。信用ないなぁ、オレ。

いやいや、もう21歳でしょ? 親の目を盗んで、あんなことやそんなことのひとつやふたつ、とっくに経験してたりするんじゃないのぉ?

ともあれ、今後の活躍がめっちゃ楽しみである。

●法事があるので会社を休みます

漫画家がたいへんだなぁと思う理由のひとつとして、近ごろは現実のほうがけっこう漫画っぽくなっていたりして、それの上をいく奇なるストーリーを発案するのは難儀だろうなぁ、というのがある。

瓢箪から駒が出るみたいに、お寺からアイドルが出てきた。その名を「愛$菩薩」という。年齢は十万三十歳。テクノな音楽に合わせて、朗々と唱えるのは念仏。ライブのことを「法事」と呼ぶ。会社を休んで見にいく口実としては便利だ。

中野の「坊主バー」にたまに行く私。2014年12月18日(木)に行ったとき、店主の釈源光氏が高円寺に姉妹店ができたと教えてくれた。その名も「尼僧バー」。

瀬戸内寂聴さんみたいな人が出てきたら、おもしろそう。「過剰な期待をしてはいけない」と釈氏。本物の尼僧もいるけれど、それっぽいだけの人もいるという。

高円寺駅は、JR中央線で中野駅のひとつ隣りにありながら、なかなか足を延ばす気力が起きず、行ったのは今年になってから、5月27日(水)と7月4日(土)の二回だけ。

最初に行ったときは、場所が見つけられればいいや、ということで、11:00pmの閉店間際に行って、10分ぐらいいただけ。カウンターの向こうには、尼僧っぽい女性がいたが、本物ではないとのこと。でも、仏教にご縁のある方のようだった。

二度目に行ったときは、袈裟っぽいものをまとった若い女性が二人。坊主バーでバイトとしてお手伝いをしていたら、尼僧バーに回されたのだとか。坊主バーのバイトの面接を受けるとき、仏教方面の知識を問われるのかと思いきや、何も聞かれなかったとのことで。

つまりは、ただの尼僧コスプレってことですかい? 比丘尼ガールズというらしい。そこらのガールズバーとあんまり変わらないではないか。

カウンターの上に置いてあるCDが気になった。タイトルは『菩薩 Revolution』。アーティスト名は「愛$菩薩」。ジャケットの写真は丸顔の女の子だが、全体的にやけにキンキラキンで、装飾過多で、頭は仏像の螺髪っぽくて、手には金の蓮華を抱えている。

裏側は、メルヘンチックな色使いのイラストで、蓮華座の上に仏の立像。でも、顔はアイドルだ。曲目は、

1. 愛$菩薩からご挨拶
2. とんちんかんちん愛$ちゃん
3. 三尊禮さんぞんらい)
4. 四誓偈(しせいげ)
5. 信機(笙奏楽)
6. 爪上(そうじょう)の土
7. 極楽は夜の七時
8. なんつったって愛$

さらに、パソコンから再生可能な特典映像が二編。

1. 四誓偈(しせいげ)
2. 情熱犬陸

愛$菩薩さんは奈良に住み、関西方面を中心に活動している。一度だけ東京でのライブに出演している。2015年3月28日(土) に「幡ヶ谷ヘビーシック」で開催された『マツゲナイト 〜何がどうしてこうなった編〜』である。

そのライブに行った比丘尼ガールズの一人が、物販コーナーで頒布していたのを入手してきたものだそうである。値段がついてなくて、任意額のお布施でいいという。

それ、私も欲しいぞ。検索かけてみると、愛$菩薩のオフィシャルウェブサイトがある。
< http://idolbosatsu.jp/ >

ウェブサイトのメールフォームから、一枚入手したい旨を書いて送ると、翌日7月7日(火)に返事が来た。送付先を書いて返信すると、10日(金)に発送しましたと連絡が来て、13日(月)に届いた。わーい!

アイドルの世界は群雄割拠、戦国時代と言われている。地下アイドルも含めれば、とうてい把握しきれないほどの数のアイドルグループがあり、そのほとんどが、観客数十人程度の小規模なライブで歌ったり、物販でチェキを撮ったりして、地下活動をしている。

言っちゃあナンだが、アイドルの基本を踏襲してます、って程度だと、どのグループも似たり寄ったりになってしまう。これといった特徴が出せていなければ、メディアで取り上げられる機会もあまり訪れない。

ほとんどのグループがあまり陽のあたらない地中深くから出られないまま、二〜三年で生涯を終える。

登竜門を駆け上がっていこうと志すのであれば、なにか特徴を出す必要がある。そこはみんな百も承知で、鉄道に特化しただの、飛行機に特化しただの、動物に特化しただの、イチゴに特化しただの、大抵のことはすでにやられている。

その上を行こうとすると、どんどんエスカレートしていき、ついにはキワモノじみてくる。セーラー服を着たおっさんがアイドルだったりとか。そりゃワタシだ。もう引退したけど。

愛$菩薩さんは、そういうものの一種ではない。奇をてらうために、アイドル界に仏教を持ち込んできた、ってな罰当たりなことでは決してないのである。

お寺に生まれ、住職である父親の姿を見て育ち、仏教系の高校に通った。ご自身、コンプレックスやいろんな悩みが深いほうだったといい、解決が仏教に説かれているのではないかと思い、佛教大学に行って勉強しようと進路を決めている。半年くらい勉強する中で、お坊さんになるしかないと決意している。

後に兄が家を出ることになり、資格をもつ愛$菩薩さんが後を継ぐことになり、現在は副住職としてお寺のお勤めをしている。正真正銘、ピッカピカの尼僧である。

一方、宗教に興味をもつようになる前は、歌手になりたいと思っていて、高校生のときからボイストレーニングを習っていたという。アイドルというよりは実力派の歌手になりたかったという。途中から自分の道は違うとなって、遠のいていった。

しかし、歌と仏教とのコンビネーションが、不思議な活路を見出す。僧侶は仏教によって自身が救われていくと同時に、それを人々に伝えるお役目もある。仏教の思想は若い時分から触れておいた方がよいのだが、今の若い人たちは、なかなかお寺に足を運んでくれたりしない。

ならば、若い人のいるところに、自分が出向けばよいではないか。そう考えて、京都のライブハウスで、音楽に合わせてお経を唱えたり、MCで法話を話したりといった活動を始めた。その精神はまさに辻説法ではないか。ありがたいことである。

ただ単純に場所を移しただけでは、そのまますぎるだろうということで、場の空気に合わせて、アイドル仕立てにしている。衣装や螺髪ウィッグを整え、自分なりのイメージで菩薩を表現しようとしている。

この活動、すばらしいと思う。信念に基づいた、意義あることと思う。きっとご自身の高校時代と同じように、出口の見えない悩みにとらわれてくすぶっている人がどこかにいて、お寺に行く機会はなくても、ライブに行く機会はあって、たまたま愛$菩薩さんの説話を聞いて救われるってことが起きるのではなかろうか。

できれば地下にとどまっていることなく、もっと広い場所で、大勢の聴衆を前に説法、あるいは歌唱するようになっていったとしてもバチは当たるまい。

愛$菩薩さんは、8月に法事を予定している。

  名称: Bugって花井生誕祭(仮)
  日時: 8月28日(金) 6:30pm開場、7:00pm開演
  会場: 難波ベアーズ
  出演: Bugって花井/愛$菩薩/膀胱チョップ/ジョニー大蔵大臣/
     ファミコンキッド 他
  料金: 前売2,000円、当日2,300円
  < http://bugtte.com/ >

それ、行こう。Bugって花井さんって、イベントで対バン張ったことがある。去年の6月1日(日)、大阪ミナミの「ロフトプラスワンウエスト」にて、イベント『アイドル界の黒船!? ヒゲ女装パフォーマー・レディビアード写真集出版記念トークライブ』が開催され、ゲストとして一緒に呼ばれているのだ。

おっと、つながり連鎖がループした。私─坊主バー─尼僧バー─愛$菩薩さん─Bugって花井さん─Ladybeard氏─私。一方が坊主バールートで、もう一方がLadybeard氏ルートで、これがつながっちゃうってところが、ワタシ的には大ウケなんだが。縁は異なものとはよく言ったもんである。


【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
セーラー服仙人カメコ。アイデンティティ拡散。
< http://www.growhair-jk.com/ >

うう、書けないっ。って、スランプだとかなんとか、いっちょまえの作家みたいなことを言ってるわけではなく。このところ、私のところに入ってくる情報には、おおっぴらにしづらいものがなんだか多い。

先日、知り合いのH子さんと差しで飲む機会があった。H子さんと会うのは三回目だ。割と個性的な人なので、なんかおもしろいエピソードが聞けるのではないかという期待から、男性経験について聞いてみた。

最初が中三のときで、相手は高校生の童貞クンだったと。以来、相手の数は百人以上、千人未満だそうである。それ、対数目盛りみたいだな。大学の理系の学部の生協に行くと、対数方眼紙が置いてあったもんだが、今でもあるのかな?

非常に小さいスケールから、非常に大きいスケールまで値が変化するような量をグラフにプロットするとき、普通の等間隔な目盛りでは、不都合が起きる。

実際に得られたデータの最大値がグラフに収まるように軸のスケールを決めると、非常に小さな値をとっているところでは、ゼロと区別がつかなくなり、微小な変動が読み取れなくなってしまう。

そういうときに便利なのが、対数目盛りである。たとえば、データ値の1から10までの範囲をグラフ上の1cm分に対応させようとスケール決めしたとすると、必然的に、10から100までが隣りあう次の 1cmになり、100から1,000までがそれに隣りあう次の1cmになる。

また、0.1から1までが、最初の1cmの手前に隣りあう1cmになり、0.01から0.1までが、それのさらに手前に隣りあう1cmになる。

いたした相手の数が多い人には、対数グラフがお勧めである。H子さんの相手は、数が多いばかりでなく、国籍も32か国に及ぶそうで。流儀にいろいろお国柄が表れるらしい。

最近つきあっているのは38歳の准教授だが、ついこの間、童貞をいただいちゃったそうで。その話がまた爆笑もんの面白さなんだが、これはちょっと書けないな。

そういう書けないようなことを聞いちゃうオレもオレだ。お詫びに自分の童貞喪失話でも書きましょうか。公にすること自体は別にいいのだが、それほどの価値ある情報かどうかは……。それに、あんまり生々しいことを書いて、デジクリの品位を下げちゃうのもアレだしなぁ。

最近、そんなネタが多くて困る。『デジクリの真相』とか『本当は怖いデジクリ』とか、そっちに行っちゃいますかぁ?

それはともかく。久々にテレビに出してもらえる話になっている。すでに収録をすべて終えていて、8月の放送を待つばかり。収録の模様などを語ってみたいところではあるのだが、これまた箝口令が敷かれてまして。

前週に予告が出れば、放送されることがほぼ確実になり、その時点をもって情報解禁なのだそうで。これまた書けないではないか。

極めつけは、何についての話かすら書けないやつが……。私って、それほど表裏のある人ではないはずなんだけどなぁ。A面/B面ならあるけど。


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編集後記(07/17)

●一週間前の金曜日、晴れ、東からの微風、絶好の自転車日和。以前から行ってみたかった東京都足立区の西新井大師に向かった。17号線(中山道)の戸田橋から、荒川左岸の自転車道路を東にしばらく行けば鹿浜橋に至る。首都高川口線と環七通りが交わる地点から、環七通りを東に一直線、たちまち西新井大師に至る、はずであった。ところが、なぜか鹿浜橋を渡るという思い込みがあり、迷わず渡ってそのまま直進してしまった。やがて線路をまたいだが(京浜東北線であった)、まだ気がつかない。そろそろ着く頃だと思ったとき、板橋本町の首都高速交差点が現れ、環七通りを逆走したのだと分かりショック〜。

Googleマップのプリントを持っていながら、なぜ方角を間違えたのか。鹿浜橋のたもとで、左に行くべきをなぜ右に行ってしまったのか。忘れようとしても思い出せない。後戻りするのは腹立たしいので、板橋本町から17号線を延々と北上し戸田橋まで帰った。この日の走行距離は40キロを超えた。次の日、土曜日、再挑戦。現役時代「懲りない男」と言われたわたしの、本領を発揮するのだ。今度こそポイントを左にとって直進。男女ペアのロードレーサーに引っ張ってもらうかたちで爆走し、あっという間に西新井大師に着いてしまった。せっかくなので参拝し、帰宅してメーターを見たら、往復たったの26キロだった。

今週の火曜日、昼飯を食べてからモニタに向かったとき、なぜかめまいに襲われた。頭がくらくらする。やばい。熱中症か。生まれてこのかた、熱中症なんて罹ったことがない。そもそも熱中症という言葉は、ごく最近一般化されたような気がする。子供の頃はかくらん(霍乱)と言われていた。少なくともわたしの人生60年くらいは、暑さによる不調はまるでなかった。だが、そのときはちょっと不安になった。とくに暑さを感じた日ではないのになぜだ。水を多めに飲んでしばらくベッドに横になっていたら回復したが、外出する元気は失われた。水曜日の午後も多少そんな気分だったが、図書館には行った。

昨日、木曜日は台風の雨であまり暑くなかった。午後から、わたしが大学時代に組織化した「レタリング研究会」の古いメンバー8人による会合があった。要するに昼間から居酒屋で、昔話を御馳走にして延々と飲み食いしたということだが。このときもいまひとつ晴れない頭ではあった。生ビールを飲んだら、ますますボーッとなった。50年近く前の仲間たちは、年相応の顔になったが、それぞれのパーソナリティーは変わらない。記憶力にはかなり差がある。この歳になると、やっぱりケータイ写真の見せっこが発生した。最年長のわたしは、家族の写真を見せられたら、とにかく誉め倒せと命令したのだった。 (柴田)


●マラソン続き。ドームの中からはブルーの道がフィニッシュゲートへ続いていた。時計はよく見えなかった。デジタル表示だから一辺が薄いと数分の違いが出てくる。もう記録はどうでも良くなっていた。とにかく間に合った。

安堵感はあったものの、特に感動はない。涙なんて出ない。まわりを見渡しても泣いている人なんていない。達成感もない。走り続けたら到着できるのは当たり前のことなのだ。

いい経験にはなった。1kmという単位は、普段の倍以上遠くに感じられた。これでテレビでフルマラソンを見ても、42.195kmの距離感、しんどさ、世界レベルの人たちのスピードの凄さを感じられる。

素人ギリギリランナーレベルの話をするならば、しんどいけど、走り(歩き)続ければゴールできる。雲の上の話ではない。ホノルル行かなくても、天気に恵まれれば、7時間制限なら97%の人は完走できる。普段10km上限の人でも大会マジックで大丈夫。続く。 (hammer.mule)